「やはり、ヤバマーズの湖など怪物の巣だったではないか!」
「うっせえよ! あんなもん外れ値だ、外れ値!」
聖騎士ロダンの文句に、言い返す。
しかし、海魔がいくら凶悪さを誇ろうとも、所詮は水棲生物。
陸まで追いかけて来るはずもなく、岸辺から離れればなんてことはない。
あっさり安全は確保されたのだった。
(いや、逃げ出すのすら命がけだったけどな?)
思い出すだけで背筋が凍るぞ、あんなん。
触手を砂へ潜らせて、獲物の逃げ場を奪おうとするなんて、トリッキーな真似をする生物がいてたまるか。
自然の神秘はき違えてんだろ。
「なんなんだよ、クラーケンって……。てか、アレって元々はどういう分類の生き物なんだ?」
僕の知識にあるクラーケンとは、おとぎ話でしか知らない魔物だ。
頭に浮かぶのは、船を沈めるバケモノの挿絵のみ。
首を傾げる僕。
すると、逃走劇で乱れた髪を直しながら、リュスが答えた。
「元もなにもありませんよ、アスタ様。どこからどう見ても、イカだったではありませんか」
「イカ? ……なんだよ、そのイカってのは」
「……まさか、ご存じないのですか?」
「聞いたことがあるような、気はする、が……?」
リュスは信じられないとばかりに、視線を向けてくる。
「ええと、イカは海の生き物で……大きさの違いはあれど、わりとあのままの姿です」
「え……?」
「多数の触手と吸盤を持ち、墨を吐いて逃げる。そんな軟体生物ですよ」
「海の、生き物……? あれがあの姿まま……?」
僕は信じられなかった。
あんなヤバそうな見た目なのに、魔素で禍々しく変異したせいじゃないってこと!? サイズが違うだけ!?
「じゃっ……じゃあ、なにかよ!? 小型クラーケンみたいな生き物が、海にはうようよいるって――え、海って怖っ!?」
「うようよはいませんよ、わたくしが知る限りでは」
「なんだ、よかった……」
「漁網に引っかかる程度には、ありふれてますけど」
「いや、なら十分に怖いな!? ヤバマーズなんて目じゃないじゃん!」
「まさか、アスタ様。一度も、海をご覧になったことがない?」
「あるわけないだろ、そんな魔境への旅行経験! ナメんなよ、こちとらド田舎の貧乏貴族じゃ!」
ふんす、と胸を張って貧乏自慢をする僕。
しかし、リュスはさらに不可解そうにする。
「ですが、アスタ様。イカはご存じないのに、どうして魔物のクラーケンは瞬時に見分けられるのですか……?」
「え、そこ驚くことなの? クラーケンなら、たまに騎士物語とかの挿絵に出てくるじゃん」
どうにも世間の貴族が持つ常識が、いまいちよくわからない。
(でも、内陸部に住んでたら、見たことないもんじゃね……? 少なくとも僕は、イカが活躍する感動巨編なんて読んだことないぞ)
王都では、そういう文学が人気あんのかな……?
なんか、いまいちやりとりがかみ合わない。
そんな僕らを横目に、聖騎士ロダンは唸る。
「ムムゥ。いずれにしても、あのクラーケンをなんとかしなければ、湖の調査など出来まいな」
「そうだよ! アイツを倒さないと美味しいお魚が食べられないじゃん! 僕の漁業計画が!」
「貴公。こんな目に遭っても、まだ食い気が勝るのか……?」
仲間たちが、一斉に呆れ果てる仕草。
いやいや、食い扶持増えてんだから、食料確保は大事だろうがよ!!
僕は、これでも真面目に領主してんだよ。(それはそれとして魚食べたい)
結局、今は打つ手なし、ということでいったん帰還。
しかし道中、気になることがあった。
誰に何度確認してみてもさっき湖畔で見かけた、いけ好かない男を“見ていない”と口を揃えて言うのだ。
(まさか、本当に連日の疲れが見せた幻覚だったのか? いや、でも、男が口にした警告は真実だったし。……よくわからんな?)
これも、ヤバマーズの血が騒ぐというやつだったのだろうか。
僕はたまに変に直感が働くからな、似たようなものかも。
考え始めるときりがない。強引に、思考を切り替える。
今、目の前にある確かな事実。
それは僕たちの明るい未来のためには、乗り越えるべきヌメヌメとした障害が居座っている。
ただ、その一点だけなのだから。
***
「はい、というわけで。誰かイカに詳しい人ー?」
というわけで戻ってから、みんなを招集。
今後の方針会議を開いてみたけど、誰も手を上げなかった。
「おいおい遠慮すんなって、ほらほら! ヘイヘイ、我こそはイカ博士なりって奴ぅっ!」
囃し立てながら、一同を見渡すが……。
依然として、静まり返った空気。気まずい。
「……って、マジかよ。本当に誰もいないのかっ!?」
窓の外を眺めて、現実逃避してる奴もいれば。
帳簿を読み返している奴もいるし。
意味もなく、工具を弄んでいる奴までいた。
「お前らなあ、よそ見すんなよ。もうちょっとやる気出せってば! 緊急事態なんだぞ!」
「いや、そう言われてもねえ……」
オノレがぼやき、みんなが顔を見合わせる。
「いくらドワーフの技術が最高でも、対クラーケン武器なんてないっすよ? 縁がないっすもん」
ジルが両手を広げて、口を開いた。
地下に住む種族だもんな、そりゃそうだ。
「なら、オノレ! 勿体ぶんなよ、お前ならなにか知ってんだろ」
「無茶言わないでくれるかな? 軟体動物なんて専門外だよ」
なん……だと……ッ!?
「――上位貴族ってイカに詳しいんじゃないのかよっ!?」
「なんでそうなるんだい!?」
「だって、海に行ってそうじゃん!」
「海への旅行経験あっても、イカに縁があるわけじゃないよね!?」
えー? でも、イカって言ったら、みんなわかったような顔してるじゃん。
常識なんじゃないの?
「あ、あの、男爵閣下。ボクは何の話かさっぱりわかんないです」
「ヘイホー、お前はイカを知らないのか。よしっ、なら僕の側だな!」
「待ちたまえ、アスタ。話が脱線してる」
そうだった、クラーケン対策会議がしたいんだった。
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