ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第150話 統治者は「ざまあみろ」のためには裁かない。らしくなっちまったな、ご当主様。

 かつて、魔人エグレットが最後を迎えた……広大なタンポポ畑。

 そこには今、不格好な建造物があった。

 

 ――黄金の冠(クロンヌ・ドール)

 

 未だに仮設に過ぎず、壁には隙間さえある。

 だが、それでもヤバマーズを動かす最前線だった。

 

「はい、そこ! 撹拌(かくはん)のテンポが遅いっす!」

 

 作業服を着込んだジルが、職人の(かお)で吠える。

 

 彼が監修する生産ラインでは、砕かれた黒銀結晶(クロシュライト)が、ヒマシ油と獣脂の海に沈められていた。

 

 そう、生産されているのは、黒銀(クロシュ)式スラリー燃料。

 

「均一な分散が必要なんすよ、適当にやる作業じゃないっす!」

 

 従業員に起用されたのは、働き場のない難民とヤバマーズの孤児たち。

 

 皆、マスクをして必死に汗水たらして働いている。

 ここが彼らにとっての新しい生活の場のひとつとなる。

 

 ……僕は、そんな工房の様子を見に来たのだ。

 

「よぉ、調子はどうだ。ジル」

「慎重な作業を、ド素人が出来るレベルに落とすのはめんどくさいっすね。手際が悪くてイライラするっす」

「辛口だな。大目に見ろよ、誰だって最初は初めてだ」

「今、正論を聞きたい気分じゃないんっすよ。作業場では怒鳴って怒鳴られるのが当たり前っす」

「……随分、キツいこという奴だな」

「そりゃそうっすよ、甘やかしたら怪我するっす」

「それは、まあ……そうだが」

 

 中性的な童顔のジルだが、実はけっこう気性が荒い。

 第一印象からは、かけ離れているタイプだろう。

 

「チッ。本当ならゴーレムにでも、やらせたいくらいなんすけどね。……母体になる精密作業設備がないから作れないっす」

「ドワーフはすぐそうやってめんどくさがる……」

「逆に、創造性の無い仕事に甘んじてるドワーフがいたら、どうかしてると思うっす」

 

 生まれより、育ちなんだねえ。こいつドワーフじゃない癖に、完全に発想がそっち側なんだよ。

 やりたくない仕事は、すぐ機械にやらせたがるんだもん。

 

「……アスタ先輩。言っとくけど、この生産、大赤字っすからね?」

「わかってる、わかってるって。……今は、実績作りの段階なんだよ」

 

 出来上がったばかりの、黒銀(クロシュ)式スラリー燃料のボトル。

 

 こいつを一瓶作るだけで、材料費に人件費。

 現状のコスト計算では、金貨を溶かして燃料を作っているようなもの。

 

「最初の取引で、“現物がない”なんて言ったら信用が終わる。しかも、こいつを使ってクラーケンをぶっ倒すからな。どっちにしても数はいるんだよ」

「……売ると言っても、黒銀(クロシュ)式スラリー燃料は単体では使い物にならないっすよ。仕組み上、励起装置が必要っすから」

「まあ、そうだな」

「それこそ魔導技師が必要っす。ヤバマーズにはいないんすか?」

「お前の家を基準にすんな、腕は良くても鍛冶師しかいねえよ」

 

 燃料は、今は赤字でもいい。

 でも、現実的には装置の方が問題だった。

 

 ラ・ボアジエ教授に問われた、“現実的な運用障壁となる要求技術の確保”というやつだ。

 簡単に言えば、道具ないと使えないよね、それって言う話。

 

「じゃあ、どうするんす? 励起装置がなければ、ただのゼリーっすよ」

「そんなもん、決まってんだろ」

「げっ、まさか……!?」

「いや、お前に不眠不休で量産させようとかじゃねえから」

 

 さすがに無理があるだろ。

 僕は、どんだけひどい先輩だと思われてんだ。

 

「仕組みをバラすんだよ」

「へ……?」

 

 口を開けたままのジルに、僕はもう一度言ってやる。

 

「励起装置の仕組みは――隠すつもりはない」

「はぁああああっ!?」

「うるせえやつだな、みんなの作業の邪魔になるだろうが」

 

 僕が目論見を説明してやってから、暫くすると。

 

 やがて、ジルによる励起装置のテストが始まる。

 

 キィィィィィ――。

 

 耳を劈くような共鳴音。

 それは檻に閉じ込められたエネルギーが動き出す、新時代の胎動音。

 

 

***

 

 

 寂れていたはずのヤバマーズの村。

 今では急ごしらえの倉庫が立ち並び、商会の旗がいくつも立ち並ぶ。

 

 とうとう待ちわびた、獲物(キツネ)たちがやって来たのだ。

 

 契約を交わした商会のキャラバン。

 その数は、当初の予想を遥かに上回る。

 

 馬車の車輪が泥を跳ね上げて、御者や護衛たちの威勢のいい声が響く。

 

 そんな列を眺めて、複雑な表情を浮かべていたのは――僕の親族。オコトギ・マッケンジーだった。

 

「……よう、ご当主様。ずいぶんと賑やかになっちまったな」

 

 名だたる大商会の、煌びやかで頑丈な荷馬車。

 それに比べれば、地元のマッケンジー商会の荷馬車は使い古され、馬もちょっと貧相。

 格落ち気味なのが否めない。

 

「ああ、久しぶりだな。オコトギ。……すまないな、無理を言って」

「気にするな。……儂は、あんたの家臣だからな」

「そう言ってくれて有難い」

「……有難い、か」

 

 オコトギは居心地悪そうに、しきりに髭を撫でている。

 

「どうした?」

「おめえよう、儂を恨んじゃいないのか?」

「恨む?」

「儂なりの想いはある。だが、動機はどうあれ、黙って割り増して請求を書いてたのは事実だぞ」

「――ああ、その件か」

 

 そりゃあ、思うところがないわけでもないが。

 

「……儂が言うのもなんだが。普通、思い切り懲らしめてやりたいとか思うじゃないのか」

「オコトギの立場なら、そうしてやりたいと思うか?」

「ああ? ……クソ、性格の悪い質問だ」

「そうか。で、どうなんだ?」

「どうって言われてもよう……」

「部下が割り増して請求付けて、マッケンジー商会の金をちょろまかしてたら?」

「……はあ。儂なら、落とし前をつけさせるだろうな。命までは取らねえが、儂がスカっとするまで痛い目に遭わすし。……なんなら、その後も気に食わんままだ」

 

 ため息交じりに、オコトギはこぼす。

 

(なるほどなあ。……オコトギは、オコトギ自身がそうだから納得いかんか。気持ちはわからんでもないが)

 

 でも、罪悪感はあまりなさそうに見える。

 どんな態度をしていいかわからん。……そんな感じだ。

 

 収まりどころが悪くて、モヤモヤするんだろう。

 

 だけどさ――。

 

「お前は、僕の学費を肩代わりした。これまでのヤバマーズ(・・・・・・・・・・)を支えた。その功績はなくならないし、忘れてもいない」

 

 僕は恩義ではなく、功績という言い方に変えた。

 

「そして、僕が思うに……自分がスッキリしたいからと、部下を裁く人間はもはや統治者ではない」

 

 ただ、“ざまあみろ”と言うためだけに。

 誰かを裁くような人間は、人の上に立つべきじゃないだろ。

 

「お前には、デカい仕事をくれてやる。失った信用を、これからのヤバマーズ(・・・・・・・・・・)で取り返せ」

「……おめぇ」

「ああ、それと――」

「それと?」

「お前が率いる部下の目の前で、お前のメンツを潰した。あれからさぞかし、やりづらかっただろう」

「あ、ああ……そいつは……まあな」

「――それはこちらの不手際だ、許せ」

 

 そう告げると、オコトギは目を見開いた。

 

 リュスがしてくれたことは、嬉しかったし。気分も良かったけれど。

 ……それは、領主として良くないことだと思ったから。

 

 すると、オコトギの表情が歪んだ。

 

「……おっかねえ女主人(メトレス)殿に、ケツの毛まで暴かれちまったんだ。もう、身内面してケチな真似はしねえよ」

 

 初めて、こんな顔のオコトギを見た。

 胸に何かが刺さったような、強烈な痛みを堪えるような顔をしていた。

 

「なんだかよぉ……本当に、らしくなっちまったんだな。ご当主様。一番効くぜ、それがよ」

 

 そうして、ひどく寂しそうな顔をして。

 頑固でプライドの高かった僕の親族は……シンと黙り込んだ。




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