かつて、魔人エグレットが最後を迎えた……広大なタンポポ畑。
そこには今、不格好な建造物があった。
――
未だに仮設に過ぎず、壁には隙間さえある。
だが、それでもヤバマーズを動かす最前線だった。
「はい、そこ!
作業服を着込んだジルが、職人の
彼が監修する生産ラインでは、砕かれた
そう、生産されているのは、
「均一な分散が必要なんすよ、適当にやる作業じゃないっす!」
従業員に起用されたのは、働き場のない難民とヤバマーズの孤児たち。
皆、マスクをして必死に汗水たらして働いている。
ここが彼らにとっての新しい生活の場のひとつとなる。
……僕は、そんな工房の様子を見に来たのだ。
「よぉ、調子はどうだ。ジル」
「慎重な作業を、ド素人が出来るレベルに落とすのはめんどくさいっすね。手際が悪くてイライラするっす」
「辛口だな。大目に見ろよ、誰だって最初は初めてだ」
「今、正論を聞きたい気分じゃないんっすよ。作業場では怒鳴って怒鳴られるのが当たり前っす」
「……随分、キツいこという奴だな」
「そりゃそうっすよ、甘やかしたら怪我するっす」
「それは、まあ……そうだが」
中性的な童顔のジルだが、実はけっこう気性が荒い。
第一印象からは、かけ離れているタイプだろう。
「チッ。本当ならゴーレムにでも、やらせたいくらいなんすけどね。……母体になる精密作業設備がないから作れないっす」
「ドワーフはすぐそうやってめんどくさがる……」
「逆に、創造性の無い仕事に甘んじてるドワーフがいたら、どうかしてると思うっす」
生まれより、育ちなんだねえ。こいつドワーフじゃない癖に、完全に発想がそっち側なんだよ。
やりたくない仕事は、すぐ機械にやらせたがるんだもん。
「……アスタ先輩。言っとくけど、この生産、大赤字っすからね?」
「わかってる、わかってるって。……今は、実績作りの段階なんだよ」
出来上がったばかりの、
こいつを一瓶作るだけで、材料費に人件費。
現状のコスト計算では、金貨を溶かして燃料を作っているようなもの。
「最初の取引で、“現物がない”なんて言ったら信用が終わる。しかも、こいつを使ってクラーケンをぶっ倒すからな。どっちにしても数はいるんだよ」
「……売ると言っても、
「まあ、そうだな」
「それこそ魔導技師が必要っす。ヤバマーズにはいないんすか?」
「お前の家を基準にすんな、腕は良くても鍛冶師しかいねえよ」
燃料は、今は赤字でもいい。
でも、現実的には装置の方が問題だった。
ラ・ボアジエ教授に問われた、“現実的な運用障壁となる要求技術の確保”というやつだ。
簡単に言えば、道具ないと使えないよね、それって言う話。
「じゃあ、どうするんす? 励起装置がなければ、ただのゼリーっすよ」
「そんなもん、決まってんだろ」
「げっ、まさか……!?」
「いや、お前に不眠不休で量産させようとかじゃねえから」
さすがに無理があるだろ。
僕は、どんだけひどい先輩だと思われてんだ。
「仕組みをバラすんだよ」
「へ……?」
口を開けたままのジルに、僕はもう一度言ってやる。
「励起装置の仕組みは――隠すつもりはない」
「はぁああああっ!?」
「うるせえやつだな、みんなの作業の邪魔になるだろうが」
僕が目論見を説明してやってから、暫くすると。
やがて、ジルによる励起装置のテストが始まる。
キィィィィィ――。
耳を劈くような共鳴音。
それは檻に閉じ込められたエネルギーが動き出す、新時代の胎動音。
***
寂れていたはずのヤバマーズの村。
今では急ごしらえの倉庫が立ち並び、商会の旗がいくつも立ち並ぶ。
とうとう待ちわびた、
契約を交わした商会のキャラバン。
その数は、当初の予想を遥かに上回る。
馬車の車輪が泥を跳ね上げて、御者や護衛たちの威勢のいい声が響く。
そんな列を眺めて、複雑な表情を浮かべていたのは――僕の親族。オコトギ・マッケンジーだった。
「……よう、ご当主様。ずいぶんと賑やかになっちまったな」
名だたる大商会の、煌びやかで頑丈な荷馬車。
それに比べれば、地元のマッケンジー商会の荷馬車は使い古され、馬もちょっと貧相。
格落ち気味なのが否めない。
「ああ、久しぶりだな。オコトギ。……すまないな、無理を言って」
「気にするな。……儂は、あんたの家臣だからな」
「そう言ってくれて有難い」
「……有難い、か」
オコトギは居心地悪そうに、しきりに髭を撫でている。
「どうした?」
「おめえよう、儂を恨んじゃいないのか?」
「恨む?」
「儂なりの想いはある。だが、動機はどうあれ、黙って割り増して請求を書いてたのは事実だぞ」
「――ああ、その件か」
そりゃあ、思うところがないわけでもないが。
「……儂が言うのもなんだが。普通、思い切り懲らしめてやりたいとか思うじゃないのか」
「オコトギの立場なら、そうしてやりたいと思うか?」
「ああ? ……クソ、性格の悪い質問だ」
「そうか。で、どうなんだ?」
「どうって言われてもよう……」
「部下が割り増して請求付けて、マッケンジー商会の金をちょろまかしてたら?」
「……はあ。儂なら、落とし前をつけさせるだろうな。命までは取らねえが、儂がスカっとするまで痛い目に遭わすし。……なんなら、その後も気に食わんままだ」
ため息交じりに、オコトギはこぼす。
(なるほどなあ。……オコトギは、オコトギ自身がそうだから納得いかんか。気持ちはわからんでもないが)
でも、罪悪感はあまりなさそうに見える。
どんな態度をしていいかわからん。……そんな感じだ。
収まりどころが悪くて、モヤモヤするんだろう。
だけどさ――。
「お前は、僕の学費を肩代わりした。
僕は恩義ではなく、功績という言い方に変えた。
「そして、僕が思うに……自分がスッキリしたいからと、部下を裁く人間はもはや統治者ではない」
ただ、“ざまあみろ”と言うためだけに。
誰かを裁くような人間は、人の上に立つべきじゃないだろ。
「お前には、デカい仕事をくれてやる。失った信用を、
「……おめぇ」
「ああ、それと――」
「それと?」
「お前が率いる部下の目の前で、お前のメンツを潰した。あれからさぞかし、やりづらかっただろう」
「あ、ああ……そいつは……まあな」
「――それはこちらの不手際だ、許せ」
そう告げると、オコトギは目を見開いた。
リュスがしてくれたことは、嬉しかったし。気分も良かったけれど。
……それは、領主として良くないことだと思ったから。
すると、オコトギの表情が歪んだ。
「……おっかねえ
初めて、こんな顔のオコトギを見た。
胸に何かが刺さったような、強烈な痛みを堪えるような顔をしていた。
「なんだかよぉ……本当に、らしくなっちまったんだな。ご当主様。一番効くぜ、それがよ」
そうして、ひどく寂しそうな顔をして。
頑固でプライドの高かった僕の親族は……シンと黙り込んだ。
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