オコトギ・マッケンジーは、パイプに火を点けた。
使い古された荷馬車に、腰を下ろして吐き出す。
肺に流れ込む煙は、ひどく苦くて……酸っぱい気がした。
「……ケッ、やってられるかって話だ」
毒気づいてみるが、腹の辺りがどっしりしている。
ちっとも軽くならない。
オコトギは、ひどく打ちのめされていた。
……視界の先には、頑丈で立派な馬車が列をなす。
オコトギが必死に回してきたマッケンジー商会、土と埃にまみれた人生。
それらを嘲笑っているようだった。
(そうだ、儂はいつだって必死にやってきたさ。魔物や盗賊うようよしている道を通り、商売した。下げたくもない頭を下げ、ヤバマーズのために荷を下ろす)
絶対に当主にはなれない、遠い分家筋。
だが、一族の中で一番働いていると自負していた。
(請求をかさ増したのも、ちょっとした管理代行費だと思っておった。……屋敷で呑気にしている本家の奴らが、もっと儂に感謝すりゃあいい、とな)
本気で、オコトギはそう思っていた。
ヤバマーズの本家は、揃いも揃ってバカばかり。
魔物を狩るしか能がなく、金の使い道も知らない。
世間の物価も、商売もろくにわかっちゃいない。
そんな連中に預けておいたら、財産なんて全部消えちまう、と。
「だから、儂が金を預かってやったんだ。なのに――」
なんだ、あの眼は。
オコトギは……アスタが怖かった。
(アスタが帰ってきたとき、“ああ、また面倒を見てやらなきゃならねえな”と思った。ガキの頃から面倒見てる、可愛いヤツだ。大学の学費だって出してやった。父親が死んだばかりなのも不憫なもんだ)
それが――どうしてああなったのか?
リュスという新参者……
「恩義があるから許すなんて言ったら、“まだまだ甘い、世間知らずな坊ちゃんだ”と笑ってやったのによぉ」
罰を与えようとしてきたら、これで落とし前はつけたと開き直っただろう。
都合が悪いほどの罰なら、別の土地で商売すれば良いだけだ。
恨みがましく罵倒してきた日には、“こっちだって必死にやってきたんだ。よくも恥をかかせたな、恩知らずめ”と、オコトギは堂々と恨み返してやれたのだ。
しかし――想像していた、そのどれでもなかった。
『お前は、僕の学費を肩代わりした。これまでのヤバマーズを支えた。その功績はなくならないし、忘れてもいない』
過去を否定せず、かといって裏切りを不問にするわけでもない。
アスタは、情や憂さ晴らしを判断の天秤に乗せなかった。
「儂は……恨むほどの相手にすらされとらんかった……ってか」
見下していた若造が、ただ次の仕事を命じた。
ざまあみろ、と言われる方がどれだけマシだったか。
「その上、“こちらの不手際だ、許せ”だと……?」
あまつさえ、メンツを潰したことを。
仕事をやりづらくしたことを謝られた時。
オコトギは、本気で叫びそうになった。
“無能な本家の代わりに儂がやってやる”そのはずだったのに……。
(あれが統治者……領主としての、視座だと言うなら、儂にはもうどうにも出来ん。“そんなもの、こだわるほどではない”と扱われたなら、もはや儂とは格が違うということになってしまうじゃないか)
オコトギが必死に守ってきたプライドも、積み上げてきた立場も価値観もなにもかも。
統治者にとっては――取るに足らない些事だった。そういうことだ。
……癪だった。
ああ、本当に癪だったのだが。
「ええい、マッケンジー商会の意地を見せてやる! おい、てめぇら。ぼさっと運んでんじゃねぇ!」
オコトギは、とろくさい若い衆に怒鳴り散らした。
「いつまで時間をかけてんだ。これから死ぬほど忙しくなるぞ。……ご当主様の期待を裏切ったら、儂が魔物の餌に放り込んでやるからな!」
オコトギは、声が震えたのを自覚した。
『失った信用を、これからのヤバマーズで取り返せ』
オコトギはもう逃げられない。
ここで逃げたら、それが出来ない程度の、無能な商人だったことになってしまうのだ。
だから、もう任された仕事をやるしかない。
「ああ、なんて男に育っちまったんだ。……イマノールよ、お前の息子は……化けちまったかもしれんぞ」
胸中に沸き起こる、悔しさと寂しさ。
それでも張るのは、中年男の意地だ。
あの一丁前になった若造に、もう一度だけ“有難い”と言わせるために、なにがなんでも成果を出してやる。
そんな気概で、オコトギは勝負に挑んだ。
***
「ご覧ください。これぞ、儂らヤバマーズが誇る
オコトギ・マッケンジーが、流暢に話し始めた。
目の前に座るのは、大商会の代表たちから直々に送り出された、キャラバンを率いる中堅商人たち。
そんな席で、僕といえば――。
ムスッと黙って、どっしりふんぞり返っていた。
「無論、燃料だけを売りつけるような真似はしません。今回はこの通り、専用の『励起装置』もセットでお付けしましょう」
「ふむ……で、その装置の追加注文はどうなっているのかね?」
探るような視線で、商人が尋ねる。
どうせ、独占し高値で売りつける気だ、と。
しかし、オコトギは即座に返す。
「ご安心を。ラプラス伯爵家に、マクスウェル子爵家――この両家には、設計図を提供済みです。そちらの工房に発注いただければ、手元に届くことでしょう」
「……ヤバマーズ男爵家で独占されぬのか?」
「儂らでは、皆様の需要を捌ききれませぬゆえ。なにより、王都に近い方が皆様にとってお求めやすいはずだ。……違いますかな?」
オコトギの発言に、商人たちがヒソヒソと囁き合う。
「……確かに、仰る通りだ。ヤバマーズでいちいち仕入れる手間を考えれば、王都の名門工房が窓口になるのは願ってもない」
これが、僕の作戦その一。
同盟を結んでいるオノレや、ジルの実家に利権を分配。
ヤバマーズの生産負担を減らしながら、陣営との協力関係を強める。
「しかし、つまりは……その両家で新技術を独占するという意味かね?」
「いいえ、とんでもない! もし、皆様の工房で生産を望まれるのであれば……半年後には、基礎的な仕組みの設計図をお売りする用意がございます」
「なんと!?」
次々と商人たちから、驚きの声が上がる。
「正気かね!?
「普通、どこの工房も技術の流出を何より恐れるはずだ」
「な、何か裏があるのではないかね?」
すると、オコトギは「くっくっくっ」と芝居がかった含み笑いを漏らした。
「裏なんて、儂らヤバマーズには似合わぬ言葉です! 儂らが売るのは、あくまで基礎的な設計図。最高級品が欲しければ、先行する両家の工房に頼るのが確実……この盤石の構図は揺らぎませんからな」
「……ううむ、だとしてもだ」
「納得いきませんか?」
「いかんとも」
「ならば、こうお考えください。……どんなに素晴らしい燃料も、使う者が限られれば宝の持ち腐れなのだと」
潜められた声に、思わず商人たちは前のめり。
「……と、言うと?」
あーあ、こうなってくると、もうこのタヌキジジイの独壇場。
そう。さっきから商人たちは、オコトギに、思い通りのリアクションを取らされている。
うちのオコトギは――無能ではない。
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