ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第151話 タダより高いものは無いと震える客。タダより高い授業料を払わされる男爵。

 オコトギ・マッケンジーは、パイプに火を点けた。

 使い古された荷馬車に、腰を下ろして吐き出す。

 

 肺に流れ込む煙は、ひどく苦くて……酸っぱい気がした。

 

「……ケッ、やってられるかって話だ」

 

 毒気づいてみるが、腹の辺りがどっしりしている。

 ちっとも軽くならない。

 オコトギは、ひどく打ちのめされていた。

 

 ……視界の先には、頑丈で立派な馬車が列をなす。

 

 オコトギが必死に回してきたマッケンジー商会、土と埃にまみれた人生。

 それらを嘲笑っているようだった。

 

(そうだ、儂はいつだって必死にやってきたさ。魔物や盗賊うようよしている道を通り、商売した。下げたくもない頭を下げ、ヤバマーズのために荷を下ろす)

 

 絶対に当主にはなれない、遠い分家筋。

 だが、一族の中で一番働いていると自負していた。

 

(請求をかさ増したのも、ちょっとした管理代行費だと思っておった。……屋敷で呑気にしている本家の奴らが、もっと儂に感謝すりゃあいい、とな)

 

 本気で、オコトギはそう思っていた。

 

 ヤバマーズの本家は、揃いも揃ってバカばかり。

 魔物を狩るしか能がなく、金の使い道も知らない。

 世間の物価も、商売もろくにわかっちゃいない。

 そんな連中に預けておいたら、財産なんて全部消えちまう、と。

 

「だから、儂が金を預かってやったんだ。なのに――」

 

 なんだ、あの眼は。

 オコトギは……アスタが怖かった。

 

(アスタが帰ってきたとき、“ああ、また面倒を見てやらなきゃならねえな”と思った。ガキの頃から面倒見てる、可愛いヤツだ。大学の学費だって出してやった。父親が死んだばかりなのも不憫なもんだ)

 

 それが――どうしてああなったのか?

 

 リュスという新参者……女主人(メトレス)におんぶされてるだけではなかったのか?

 

「恩義があるから許すなんて言ったら、“まだまだ甘い、世間知らずな坊ちゃんだ”と笑ってやったのによぉ」

 

 罰を与えようとしてきたら、これで落とし前はつけたと開き直っただろう。

 都合が悪いほどの罰なら、別の土地で商売すれば良いだけだ。

 

 恨みがましく罵倒してきた日には、“こっちだって必死にやってきたんだ。よくも恥をかかせたな、恩知らずめ”と、オコトギは堂々と恨み返してやれたのだ。

 

 しかし――想像していた、そのどれでもなかった。

 

『お前は、僕の学費を肩代わりした。これまでのヤバマーズを支えた。その功績はなくならないし、忘れてもいない』

 

 過去を否定せず、かといって裏切りを不問にするわけでもない。

 アスタは、情や憂さ晴らしを判断の天秤に乗せなかった。

 

「儂は……恨むほどの相手にすらされとらんかった……ってか」

 

 見下していた若造が、ただ次の仕事を命じた。

 ざまあみろ、と言われる方がどれだけマシだったか。

 

「その上、“こちらの不手際だ、許せ”だと……?」

 

 あまつさえ、メンツを潰したことを。

 仕事をやりづらくしたことを謝られた時。

 オコトギは、本気で叫びそうになった。

 

 “無能な本家の代わりに儂がやってやる”そのはずだったのに……。

 

(あれが統治者……領主としての、視座だと言うなら、儂にはもうどうにも出来ん。“そんなもの、こだわるほどではない”と扱われたなら、もはや儂とは格が違うということになってしまうじゃないか)

 

 オコトギが必死に守ってきたプライドも、積み上げてきた立場も価値観もなにもかも。

 

 統治者にとっては――取るに足らない些事だった。そういうことだ。

 

 ……癪だった。

 ああ、本当に癪だったのだが。

 

「ええい、マッケンジー商会の意地を見せてやる! おい、てめぇら。ぼさっと運んでんじゃねぇ!」

 

 オコトギは、とろくさい若い衆に怒鳴り散らした。

 

「いつまで時間をかけてんだ。これから死ぬほど忙しくなるぞ。……ご当主様の期待を裏切ったら、儂が魔物の餌に放り込んでやるからな!」

 

 オコトギは、声が震えたのを自覚した。

 

『失った信用を、これからのヤバマーズで取り返せ』

 

 オコトギはもう逃げられない。

 

 ここで逃げたら、それが出来ない程度の、無能な商人だったことになってしまうのだ。

 だから、もう任された仕事をやるしかない。

 

「ああ、なんて男に育っちまったんだ。……イマノールよ、お前の息子は……化けちまったかもしれんぞ」

 

 胸中に沸き起こる、悔しさと寂しさ。

 それでも張るのは、中年男の意地だ。

 

 あの一丁前になった若造に、もう一度だけ“有難い”と言わせるために、なにがなんでも成果を出してやる。

 

 そんな気概で、オコトギは勝負に挑んだ。

 

 

***

 

 

 

「ご覧ください。これぞ、儂らヤバマーズが誇る黒銀(クロシュ)式スラリー燃料。用途に合わせて、三種類の濃度をご用意しました」

 

 オコトギ・マッケンジーが、流暢に話し始めた。

 

 目の前に座るのは、大商会の代表たちから直々に送り出された、キャラバンを率いる中堅商人たち。

 

 そんな席で、僕といえば――。

 ムスッと黙って、どっしりふんぞり返っていた。

 

「無論、燃料だけを売りつけるような真似はしません。今回はこの通り、専用の『励起装置』もセットでお付けしましょう」

「ふむ……で、その装置の追加注文はどうなっているのかね?」

 

 探るような視線で、商人が尋ねる。

 どうせ、独占し高値で売りつける気だ、と。

 

 しかし、オコトギは即座に返す。

 

「ご安心を。ラプラス伯爵家に、マクスウェル子爵家――この両家には、設計図を提供済みです。そちらの工房に発注いただければ、手元に届くことでしょう」

「……ヤバマーズ男爵家で独占されぬのか?」

「儂らでは、皆様の需要を捌ききれませぬゆえ。なにより、王都に近い方が皆様にとってお求めやすいはずだ。……違いますかな?」

 

 オコトギの発言に、商人たちがヒソヒソと囁き合う。

 

「……確かに、仰る通りだ。ヤバマーズでいちいち仕入れる手間を考えれば、王都の名門工房が窓口になるのは願ってもない」

 

 これが、僕の作戦その一。

 同盟を結んでいるオノレや、ジルの実家に利権を分配。

 

 ヤバマーズの生産負担を減らしながら、陣営との協力関係を強める。

 

「しかし、つまりは……その両家で新技術を独占するという意味かね?」

「いいえ、とんでもない! もし、皆様の工房で生産を望まれるのであれば……半年後には、基礎的な仕組みの設計図をお売りする用意がございます」

「なんと!?」

 

 次々と商人たちから、驚きの声が上がる。

 

「正気かね!? 秘匿技術(アルカナ)にする気はないと言うのか!?」

「普通、どこの工房も技術の流出を何より恐れるはずだ」

「な、何か裏があるのではないかね?」

 

 すると、オコトギは「くっくっくっ」と芝居がかった含み笑いを漏らした。

 

「裏なんて、儂らヤバマーズには似合わぬ言葉です! 儂らが売るのは、あくまで基礎的な設計図。最高級品が欲しければ、先行する両家の工房に頼るのが確実……この盤石の構図は揺らぎませんからな」

「……ううむ、だとしてもだ」

「納得いきませんか?」

「いかんとも」

「ならば、こうお考えください。……どんなに素晴らしい燃料も、使う者が限られれば宝の持ち腐れなのだと」

 

 潜められた声に、思わず商人たちは前のめり。

 

「……と、言うと?」

 

 あーあ、こうなってくると、もうこのタヌキジジイの独壇場。

 そう。さっきから商人たちは、オコトギに、思い通りのリアクションを取らされている。

 

 うちのオコトギは――無能ではない。





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