ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第153話 こいつがイカを殺す攻略本? 人間は嘘つき、物理法則は嘘つかない。(前半)

 勝てなかった理由は、油断や慢心じゃない。

 

 僕が“イカ”という未知の生命体を。

 奴が潜む“環境”というものを理解できなかったからだ。

 

 考えてみれば、僕がこれまで戦って来た魔物は、元をただせば熊だったり植物だったりしたわけだ。

 だから、(いびつ)に変異していても、ベースとなる性質や弱点の予想が出来た。

 

 そして、なにより。

 それらはすべて、“森”という知り尽くしたフィールドの範疇から、逸脱してはいなかったんだ。

 

 だから、限られた情報からでも、妥当な一手を探ることが出来たんだ。

 だけど、今回は――。

 

 

***

 

 

「ねえ、アスタ。これ、本当に勝てるんだよね?」

 

 乾いた霧が立ち込める湖畔に、布陣するヤバマーズ軍。

 

 青い前髪をいじり、問いかけて来たのはオノレだった。

 

 そう、今回の作戦はヤバマーズ男爵家単独ではない。

 正式な同盟――黒銀結晶(クロシュライト)の利権共有――の元に行われる初の共同作戦なのである。

 

 ついに……ついに、だ。

 僕は今回、理論の天才のオノレを前線に引っ張り出すことが出来たのだ。彼を、ラプラス伯爵家の名代として。

 

「ふはははは、なにを弱気なことを。オノレ、僕とお前がコンビを組んで、負けるわけがないだろう!」

「……逆にさ。初参戦で負けたら、俺、めちゃくちゃショックなんだけど?」

「いーや、勝つね! 僕の勘がそう言ってる!」

 

 僕は胸を張って、断言する。

 

 でも、嘘だ。

 別に、勝ちを確信しているわけではない。

 

 現状の情報が出揃ったから、まずは戦う。そういう状況。

 

 それでも、僕は率いる立場。自信ありげに振舞う義務がある。

 不安があるからって、不安そうなツラが許されるのは……下っ端だけだからな。

 

 すると、オノレは冷めた目で手元の杖を触って。

 ぽつり、問いかけて来た。

 

「……ちなみにさ、ヤバマーズの血はなんて言ってるの?」

「え?」

「ほら、アスタがいつも言ってるじゃないか。ヤバマーズの血が騒ぐとかなんとか。あのオカルトっぽいやつ」

「いや……別に、今回はうんともすんとも言ってないけど?(そこは正直)」

「あー、そっか……。やっぱり、そういう感じか」

「なんだよ、やる気出せよ! 今回、お前が作戦の要なんだよ!!」

 

 僕はパラパラと、記録の束を捲った。

 

「伸びてくる触手を大砲で吹き飛ばし、動きが鈍ったところを電撃と火炎で仕留める。――概ね、そういうことだろ?」

 

 作戦は、実にシンプルだ。

 僕は……それが可能なだけの準備を整えればよかった。

 

「……集まった記録を要約すれば、ね」

「だから、僕はその通りにハメ殺してやる。そういうことだ」

 

 命知らずな船乗りが、遭遇した事件。

 軍人や冒険者たちが挑んだ――惨敗と勝利の交戦記録が綴られている。

 

 その数少ない勝利報告を参考にしたのが、今回の作戦だった。

 

「うーん。一応、黒銀結晶(クロシュライト)の熱量を、電気に変換する術式は用意したけどさあ……」

「なら、問題ないじゃないか。森なら魔素が濃いから、魔術の展開もスムーズ。燃料はジルが量産してくれた。いけるいける!」

「だといいけどね」

「おいおい、オノレ。お前が手を尽くし、集めてくれた情報だろ?」

「でも未検証だ」

「こんな検証なんて、実戦でしか出来ないんだよ。……でも、どの弱点も、真っ当に考えたら生物には致命傷になりえるじゃんか」

 

 しかし、オノレはため息。

 だからやめろ、みんなの士気が下がるだろうが!!

 

 そんな風に、僕たちが作戦の最終確認をしていると。

 ――ふと、熱烈な視線を感じた。

 

 視線の主は、どこか物言いたげなリュス。

 まあ、彼女からしてみれば、“私には確かな伝手があるのに、どうして頼ってくれないのか”という心境なのかもしれないが。

 

(リュスが心配なのもあるけどさ。今、下手に外国と繋がる動きを見せたら、いよいよヤバマーズ領の立場も危ういかなって気もするんだよなあ)

 

 それこそ、安全な情報ルートが確立できれば別なんだが。

 

 すると、ジルが横から覗き込んで来た。

 ポニーテールが揺れる。

 

「へえ。その記録、面白いっすね。なになに……“クラーケンは、腐ったサメの臭いを嫌う”……なんすかそれ、マジっすか?」

「さあなぁ、どこぞの船乗りの手記に残されていたらしい。“強烈な悪臭の撒き餌を投げ込んだら、化け物がたまらず逃げ出した”ってな」

「……それ、たまたまクラーケンが、別の獲物を見つけたとかじゃないっすか?」

「僕もそう思うがな」

 

 この手の記録は、“こいつから見たらそうだった”という主観に過ぎないから。

 

「だけどさ。こういう一見、突拍子もない馬鹿げた主観のなかに、突破口が隠れている場合もあるんだよ」

「ふーん、そういうもんすか。でも、さすがに“クラーケンが竪琴で大人しくなった”ってのは嘘でしょ。いくらなんでも情緒豊か過ぎるっす」

「それはそう」

 

 繊細な竪琴の音色に聞き惚れて、怪物が大人しく引き下がる。

 そんなメルヘンは、あり得ないだろう。

 

「別に、人類だって……音楽を聞けば戦争が止まる、なんてことはないしな」

 

 もし、そんなことが可能なら、世界はとっくに平和になってる。

 どれほど魂を揺さぶる演奏を聞いても、争いはなくなりゃしない。

 

「まっ、仮に芸術なんかで、バケモノが改心するってなら……人間の情緒はバケモノ以下ってことになっちまう」

 

 そう。イカだけに、な。(どやぁ)

 

 

***

 

 

 ――ドォォォォンッ!!

 

 鼓膜を震わせる衝撃。

 僕のアイディアを元に、ジルが設計した渾身作。

 

「一瞬で、武器になるレベルの水蒸気が出せるってなら――そいつの圧力で、弾丸を飛ばせるに決まってるよなぁああっ!」

 

 組み立て設置式、蒸気砲(ヴァプール・カノン)

 火薬などではなく、黒銀結晶(クロシュライト)と水だけで放つ火砲。

 これこそが、僕の考えたとっておき。

 

 だが――。

 

「下がってください、アスタ様!」

「効いてない……だと!? 確かに直撃したはず――っ!?」

 

 いや、まったく効いていないわけじゃなかった。

 

 圧縮蒸気のエネルギーは、鋼鉄の砲弾を押し出し、湖面から突き出た触手へと直撃。

 肉塊は飛び散り、青白い体液が舞った。

 

 なのに……弾け飛んだ切断面から、次第に新しい肉が盛り上がる。

 クラーケンの動きのキレに、衰えも見られない。

 

「ぬぅおおおおっ!」

 

 前線を張る、聖騎士ロダンが大剣を振るい。

 すぐさまジルが、溶融鉄斬(スラリックブレイド)で切断を試みる。

 

 ――ジューゥゥゥッ!

 

 肉が焦げる臭い。

 触手の一部は炭化して、千切れた。

 

 しかし……やはり、結果はそこまでだ。

 

「アスタ先輩! いくら触手を破壊しても、本体の動きに支障がないっす!」

 

 たとえ触手を数本焼き切り、千切り飛ばしたところで。

 イカという生物にとって、致命的なダメージにならないらしい。

 

「くそっ。だが、触手の数は一時的でも減った。リュス、次の指示を頼む」

「はい! ――全員、第二プランへ移行っ!」

「今のうちに、ダメージを叩きこむんだ」

「投擲準備! 投擲準備です、急げ!」

 

 前線で指揮を執る声が、喧騒で届かない。

 

 僕が声を張れないというだけで、猟兵(シャスール)たちの動きが鈍る。

 ほんのワンテンポだ。でも、そのせいで連携が遅れていた。

 

「オノレ様、先に電撃をお願いしますっ!」

「わかってるってば! ――雷鎖術式、展開!」

 

 黒銀結晶(クロシュライト)が励起、真っ赤に融解。

 オノレが杖を振り下ろせば、青白い稲妻が走りだす。

 

 ――バチバチバチィィッ!!

 

 あまりに眩い光。

 視界を焼き、湖水が沸騰して白煙を上げた。




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