勝てなかった理由は、油断や慢心じゃない。
僕が“イカ”という未知の生命体を。
奴が潜む“環境”というものを理解できなかったからだ。
考えてみれば、僕がこれまで戦って来た魔物は、元をただせば熊だったり植物だったりしたわけだ。
だから、
そして、なにより。
それらはすべて、“森”という知り尽くしたフィールドの範疇から、逸脱してはいなかったんだ。
だから、限られた情報からでも、妥当な一手を探ることが出来たんだ。
だけど、今回は――。
***
「ねえ、アスタ。これ、本当に勝てるんだよね?」
乾いた霧が立ち込める湖畔に、布陣するヤバマーズ軍。
青い前髪をいじり、問いかけて来たのはオノレだった。
そう、今回の作戦はヤバマーズ男爵家単独ではない。
正式な同盟――
ついに……ついに、だ。
僕は今回、理論の天才のオノレを前線に引っ張り出すことが出来たのだ。彼を、ラプラス伯爵家の名代として。
「ふはははは、なにを弱気なことを。オノレ、僕とお前がコンビを組んで、負けるわけがないだろう!」
「……逆にさ。初参戦で負けたら、俺、めちゃくちゃショックなんだけど?」
「いーや、勝つね! 僕の勘がそう言ってる!」
僕は胸を張って、断言する。
でも、嘘だ。
別に、勝ちを確信しているわけではない。
現状の情報が出揃ったから、まずは戦う。そういう状況。
それでも、僕は率いる立場。自信ありげに振舞う義務がある。
不安があるからって、不安そうなツラが許されるのは……下っ端だけだからな。
すると、オノレは冷めた目で手元の杖を触って。
ぽつり、問いかけて来た。
「……ちなみにさ、ヤバマーズの血はなんて言ってるの?」
「え?」
「ほら、アスタがいつも言ってるじゃないか。ヤバマーズの血が騒ぐとかなんとか。あのオカルトっぽいやつ」
「いや……別に、今回はうんともすんとも言ってないけど?(そこは正直)」
「あー、そっか……。やっぱり、そういう感じか」
「なんだよ、やる気出せよ! 今回、お前が作戦の要なんだよ!!」
僕はパラパラと、記録の束を捲った。
「伸びてくる触手を大砲で吹き飛ばし、動きが鈍ったところを電撃と火炎で仕留める。――概ね、そういうことだろ?」
作戦は、実にシンプルだ。
僕は……それが可能なだけの準備を整えればよかった。
「……集まった記録を要約すれば、ね」
「だから、僕はその通りにハメ殺してやる。そういうことだ」
命知らずな船乗りが、遭遇した事件。
軍人や冒険者たちが挑んだ――惨敗と勝利の交戦記録が綴られている。
その数少ない勝利報告を参考にしたのが、今回の作戦だった。
「うーん。一応、
「なら、問題ないじゃないか。森なら魔素が濃いから、魔術の展開もスムーズ。燃料はジルが量産してくれた。いけるいける!」
「だといいけどね」
「おいおい、オノレ。お前が手を尽くし、集めてくれた情報だろ?」
「でも未検証だ」
「こんな検証なんて、実戦でしか出来ないんだよ。……でも、どの弱点も、真っ当に考えたら生物には致命傷になりえるじゃんか」
しかし、オノレはため息。
だからやめろ、みんなの士気が下がるだろうが!!
そんな風に、僕たちが作戦の最終確認をしていると。
――ふと、熱烈な視線を感じた。
視線の主は、どこか物言いたげなリュス。
まあ、彼女からしてみれば、“私には確かな伝手があるのに、どうして頼ってくれないのか”という心境なのかもしれないが。
(リュスが心配なのもあるけどさ。今、下手に外国と繋がる動きを見せたら、いよいよヤバマーズ領の立場も危ういかなって気もするんだよなあ)
それこそ、安全な情報ルートが確立できれば別なんだが。
すると、ジルが横から覗き込んで来た。
ポニーテールが揺れる。
「へえ。その記録、面白いっすね。なになに……“クラーケンは、腐ったサメの臭いを嫌う”……なんすかそれ、マジっすか?」
「さあなぁ、どこぞの船乗りの手記に残されていたらしい。“強烈な悪臭の撒き餌を投げ込んだら、化け物がたまらず逃げ出した”ってな」
「……それ、たまたまクラーケンが、別の獲物を見つけたとかじゃないっすか?」
「僕もそう思うがな」
この手の記録は、“こいつから見たらそうだった”という主観に過ぎないから。
「だけどさ。こういう一見、突拍子もない馬鹿げた主観のなかに、突破口が隠れている場合もあるんだよ」
「ふーん、そういうもんすか。でも、さすがに“クラーケンが竪琴で大人しくなった”ってのは嘘でしょ。いくらなんでも情緒豊か過ぎるっす」
「それはそう」
繊細な竪琴の音色に聞き惚れて、怪物が大人しく引き下がる。
そんなメルヘンは、あり得ないだろう。
「別に、人類だって……音楽を聞けば戦争が止まる、なんてことはないしな」
もし、そんなことが可能なら、世界はとっくに平和になってる。
どれほど魂を揺さぶる演奏を聞いても、争いはなくなりゃしない。
「まっ、仮に芸術なんかで、バケモノが改心するってなら……人間の情緒はバケモノ以下ってことになっちまう」
そう。イカだけに、な。(どやぁ)
***
――ドォォォォンッ!!
鼓膜を震わせる衝撃。
僕のアイディアを元に、ジルが設計した渾身作。
「一瞬で、武器になるレベルの水蒸気が出せるってなら――そいつの圧力で、弾丸を飛ばせるに決まってるよなぁああっ!」
組み立て設置式、
火薬などではなく、
これこそが、僕の考えたとっておき。
だが――。
「下がってください、アスタ様!」
「効いてない……だと!? 確かに直撃したはず――っ!?」
いや、まったく効いていないわけじゃなかった。
圧縮蒸気のエネルギーは、鋼鉄の砲弾を押し出し、湖面から突き出た触手へと直撃。
肉塊は飛び散り、青白い体液が舞った。
なのに……弾け飛んだ切断面から、次第に新しい肉が盛り上がる。
クラーケンの動きのキレに、衰えも見られない。
「ぬぅおおおおっ!」
前線を張る、聖騎士ロダンが大剣を振るい。
すぐさまジルが、
――ジューゥゥゥッ!
肉が焦げる臭い。
触手の一部は炭化して、千切れた。
しかし……やはり、結果はそこまでだ。
「アスタ先輩! いくら触手を破壊しても、本体の動きに支障がないっす!」
たとえ触手を数本焼き切り、千切り飛ばしたところで。
イカという生物にとって、致命的なダメージにならないらしい。
「くそっ。だが、触手の数は一時的でも減った。リュス、次の指示を頼む」
「はい! ――全員、第二プランへ移行っ!」
「今のうちに、ダメージを叩きこむんだ」
「投擲準備! 投擲準備です、急げ!」
前線で指揮を執る声が、喧騒で届かない。
僕が声を張れないというだけで、
ほんのワンテンポだ。でも、そのせいで連携が遅れていた。
「オノレ様、先に電撃をお願いしますっ!」
「わかってるってば! ――雷鎖術式、展開!」
オノレが杖を振り下ろせば、青白い稲妻が走りだす。
――バチバチバチィィッ!!
あまりに眩い光。
視界を焼き、湖水が沸騰して白煙を上げた。
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