「なんだって……? あれだけの威力で、盛大に林を薙ぎ払っておいて!?」
「なんでも漏斗からの大噴射で、水中を超高速で移動するんだと」
「……あの恐るべき破壊力が、そのまま推進力に?」
「そう。その速度は、人類が有するあらゆる船を凌駕するそうだ」
僕が語り始めると、オノレの表情から哀れみが消えた。
すぐに、学者の顔になったのだ。
「ということは……どれだけ人類が追い詰めた気になっても、クラーケンはいつでも逃げ出せる。俺が必死にかき集めた討伐記録の整合性は……」
「ああ、だから、世に出回っている情報はほとんどが嘘。まともに戦いが成立するはずないんだってさ」
「……続けてくれ、もっと詳しく」
「ええと、次は触手についてだ。普通のイカですら、トカゲの尻尾みたいに再生できるものらしい。おまけに、味覚や嗅覚などの感覚器官まで備わってるんだと」
「なら、あの巨大な目玉はなんだい? 奴は視覚に頼ってるんじゃないの?」
「え? あー……言われてみれば確かに?」
だって、現に煙幕が通用したよな?
「えーと、そこらへんはどうなん? ……はあッ?! ちょっと待てよ!」
「どうしたの、アスタ?」
「いや、その……奴は、主に視覚を頼りにしているけど。触手は手足であるのと同時に、鼻であり、舌であり、目であり……しまいにゃ“第二第三の頭脳”でもあるって。いやいや、そんなことありえるか? さすがに盛り過ぎだろ、
通訳している僕の方が信じられなかった。
イカってやつは本当に、そんなバケモノなのかよ。
いいや、おかしいね。
そんなデタラメな生物なんて、この世にありえない!
「ごめん、オノレ。やっぱ、こいつは僕が作り出した妄想なんだな。こんな話を聞くのやめようぜ、時間の無駄だから」
あまりに荒唐無稽。
こうなってくると、自分の正気を疑った方が正しい気さえしてくる。
しかし、オノレはブツブツと言い始めやがった。
「目を頼りにしながらも、手足はセンサーの塊。その上、それぞれが独立思考しているからこそ、複雑に動かせる。……だとすれば、いつのまにか砂中に潜り込ませ、俺たちの退路を断った手際も説明がつく、か」
「お、おい。オノレ、なんで真面目に考察してんだよ!?」
「アスタ……クラーケンの急所を確認したい」
僕はうんざりしながらも、問いを投げかけた。
「おい、
「言われずとも聞こえている。……
「拗ねてないで、答えろよ」
「急所か。
「どういう意味だ?」
僕は告げられた回答に、思わず鼻で笑ってしまった。
あまりにバカバカしかったからだ。
「なあ、聞いてくれよオノレ。あいつには、心臓が三つもあるんだってさ」
「――三つ!?」
――ガタッ!
オノレが、思わず立ち上がる。
コーヒーカップが、ソーサーの上でカチャリと音を立てた。
「な、バカみたいだろ? メインの心臓が一つ、そして左右のエラに、血流を加速させるための補助心臓が二つだって。はは、ウケるよな。作り話にしても設定盛り過ぎ……そんなバケモノいるかよ」
「いや、メイン一つと補助二つの、強力なトリプルポンプ! だからこそ、あんなに巨体なのに、デタラメな瞬発力で大暴れできるんだよ!」
「おい、信じるなよ」
「そんなイカから変異したのが、あの海魔クラーケン! 強化された再生力まで加味しすれば、その心臓すらも同時、あるいは極めて短時間で破壊し尽くさない限り、活動が止まらない可能性すらあるんじゃないかっ……!?」
そうして、オノレはとうとう断言する。
「アスタ。少なくとも、
すると、
「くくく、案外、見所があるな。……しかし、心臓を同時破壊するなど現実的ではない。脳もまた、真正面から穿つのは至難の業。故に、海魔クラーケンを打倒する方策は――」
淡々と紡がれる、
それこそが僕らのチームに、正体不明の頭脳が増えた瞬間だった。
そうして、すっかりオノレは……
つい数分前まで、僕の正気を疑って憐れんでいたくせにな!
「これは素晴らしい! 彼の正体が幻覚だろうが、亡霊だろうがもはや関係ないね! その頭脳を活用すべきだ、というか活用しない手なんてない!」
少年のように目を輝かせ、虚空に向かって熱心に問いかける。
挙句には、とうとうオノレのプライベートな研究にまで話が伸び始めた。
「……あの、オノレ? もう傍から見たら、お前の方がヤバい奴だぞ? なにも見えてないし、聞こえてないんだろ?」
「もちろん、見えてないし、聞こえてないけど?」
「逆にすごいな、お前!?」
「肉眼で観測が不可能であっても、有益なリソースがあれば使うべきでは?」
「“使うべきでは?”じゃねえよ! あっさり受け入れんな! だいたいおかしいだろ、なんで大昔の存在っぽい奴が、今の研究に意見なんか言えるんだよ!」
我ながら、真っ当なツッコミ。
オノレのプライベートな研究なんて、
すると、なぜか僕が阿呆扱いされた。
ダブルで突き刺さる視線。
「アスタ。君、
「はあ……貴様は、『智』の本質をまるで解していない。頭蓋の中身は
なんだ、こいつら。
僕が翻訳してやってるくせに、謎の連帯感だし始めたぞ!?
「いいかな、アスタ? 一定の基礎理論が、遥か昔に確立されている分野は多いんだよ。俺たちの研究とは、古人が積み重ねてくれた土台の上にあるんだ」
「当然、
「――会話が成立してない癖に、ピッタリ息を合わせてくんな! ってか、幻影でしかないお前に、ヤバマーズのなにがわかるってんだよ!」
物言いがあまりに上からすぎて、左手のウロコが別の意味で疼きそうだ!?
ああっ、今すぐここから緊急回避がしたい!
「謙虚になりなよ、アスタ。歴史を、先人を軽視する者に、未来を語る資格なんてないんだからさ」
「そういうお前は、手のひら返す速度が早すぎんだよ! あまりの速度に、竜巻が起こせそうだわ!」
「えっ? 君、この状況の美味しさがわかんないかなあ?」
「なにがだよ」
「……どんなに助言を受けても、学術論文に連名を書いてやる必要がない。お金も名誉も渡さなくていい。そんな搾取し放題な
「無二の親友が、マジ最っ低なこと言ってる!?」
まあ、ギャーギャー言い合いもしたが。
オノレのやつ。未知の知恵者に出会えた喜びで、相当テンションが上がってるんだろうな。
「というわけで、偉大なる
「こ、こいつ、とうとう媚びを売りやがった……!?」
「いいかい、アスタ。プライドとはね、頑なに抱えるでも、安易に捨てるでもない――時と場合によって、使い分けるものなんだよ」
「クソみたいな処世術だな!?」
「とにかく。どうか不肖、オノレ・ド・ラプラスにさらなるご教授を」
ふてぶてしく足を組み直し、透き通った瞳でオノレを見つめる。
「ラプラス、か。その家名がいささか不審に思わんでもない。……が、今は
「うわあ!? どんどん、やりとりを繋ぐのがめんどくさそうな話を始めやがったぞ、このインテリどもめ!?」
結局、その日はクラーケン対策の話だけでは全く済まなかった。
夜が更けるまで、色んな研究にコキ使われてしまったのである。
本当に、ひどい。
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