ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第157話 もうダメそうだな、寝たほうがいい。だって、そんな生き物いるわけがないから。(後半)

「なんだって……? あれだけの威力で、盛大に林を薙ぎ払っておいて!?」

「なんでも漏斗からの大噴射で、水中を超高速で移動するんだと」

「……あの恐るべき破壊力が、そのまま推進力に?」

「そう。その速度は、人類が有するあらゆる船を凌駕するそうだ」

 

 僕が語り始めると、オノレの表情から哀れみが消えた。

 すぐに、学者の顔になったのだ。

 

「ということは……どれだけ人類が追い詰めた気になっても、クラーケンはいつでも逃げ出せる。俺が必死にかき集めた討伐記録の整合性は……」

「ああ、だから、世に出回っている情報はほとんどが嘘。まともに戦いが成立するはずないんだってさ」

「……続けてくれ、もっと詳しく」

「ええと、次は触手についてだ。普通のイカですら、トカゲの尻尾みたいに再生できるものらしい。おまけに、味覚や嗅覚などの感覚器官まで備わってるんだと」

「なら、あの巨大な目玉はなんだい? 奴は視覚に頼ってるんじゃないの?」

「え? あー……言われてみれば確かに?」

 

 だって、現に煙幕が通用したよな?

 

「えーと、そこらへんはどうなん? ……はあッ?! ちょっと待てよ!」

「どうしたの、アスタ?」

「いや、その……奴は、主に視覚を頼りにしているけど。触手は手足であるのと同時に、鼻であり、舌であり、目であり……しまいにゃ“第二第三の頭脳”でもあるって。いやいや、そんなことありえるか? さすがに盛り過ぎだろ、幻影(ファントゥム)!」

 

 通訳している僕の方が信じられなかった。

 イカってやつは本当に、そんなバケモノなのかよ。

 

 いいや、おかしいね。

 そんなデタラメな生物なんて、この世にありえない!

 

「ごめん、オノレ。やっぱ、こいつは僕が作り出した妄想なんだな。こんな話を聞くのやめようぜ、時間の無駄だから」

 

 あまりに荒唐無稽。

 こうなってくると、自分の正気を疑った方が正しい気さえしてくる。

 

 しかし、オノレはブツブツと言い始めやがった。

 

「目を頼りにしながらも、手足はセンサーの塊。その上、それぞれが独立思考しているからこそ、複雑に動かせる。……だとすれば、いつのまにか砂中に潜り込ませ、俺たちの退路を断った手際も説明がつく、か」

「お、おい。オノレ、なんで真面目に考察してんだよ!?」

「アスタ……クラーケンの急所を確認したい」

 

 僕はうんざりしながらも、問いを投げかけた。

 

「おい、幻影(ファントゥム)。クラーケンに、急所はあんのかよ? それとも完全無欠の神様ってか?」

「言われずとも聞こえている。……(おれ)の知識に、懐疑を抱くのは貴様の勝手だがな」

「拗ねてないで、答えろよ」

「急所か。(きゃつ)とて、無敵ではない。脳もあれば心臓も在る。殺せぬ生物など有り得んよ……だがな、少なくとも安易な真似はせん方が賢明だ」

「どういう意味だ?」

 

 僕は告げられた回答に、思わず鼻で笑ってしまった。

 あまりにバカバカしかったからだ。

 

「なあ、聞いてくれよオノレ。あいつには、心臓が三つもあるんだってさ」

「――三つ!?」

 

 ――ガタッ!

 

 オノレが、思わず立ち上がる。

 コーヒーカップが、ソーサーの上でカチャリと音を立てた。

 

「な、バカみたいだろ? メインの心臓が一つ、そして左右のエラに、血流を加速させるための補助心臓が二つだって。はは、ウケるよな。作り話にしても設定盛り過ぎ……そんなバケモノいるかよ」

「いや、メイン一つと補助二つの、強力なトリプルポンプ! だからこそ、あんなに巨体なのに、デタラメな瞬発力で大暴れできるんだよ!」

「おい、信じるなよ」

「そんなイカから変異したのが、あの海魔クラーケン! 強化された再生力まで加味しすれば、その心臓すらも同時、あるいは極めて短時間で破壊し尽くさない限り、活動が止まらない可能性すらあるんじゃないかっ……!?」

 

 そうして、オノレはとうとう断言する。

 

「アスタ。少なくとも、幻影(ファントゥム)は……君の妄想、ではなさそうだ」

 

 すると、幻影(ファントゥム)が感心したようなそぶりを見せた。

 

「くくく、案外、見所があるな。……しかし、心臓を同時破壊するなど現実的ではない。脳もまた、真正面から穿つのは至難の業。故に、海魔クラーケンを打倒する方策は――」

 

 淡々と紡がれる、幻影(ファントゥム)の恐るべき策の数々。

 それこそが僕らのチームに、正体不明の頭脳が増えた瞬間だった。

 

 そうして、すっかりオノレは……幻影(ファントゥム)に感服してしまったらしい。

 つい数分前まで、僕の正気を疑って憐れんでいたくせにな!

 

「これは素晴らしい! 彼の正体が幻覚だろうが、亡霊だろうがもはや関係ないね! その頭脳を活用すべきだ、というか活用しない手なんてない!」

 

 少年のように目を輝かせ、虚空に向かって熱心に問いかける。

 

 挙句には、とうとうオノレのプライベートな研究にまで話が伸び始めた。

 

「……あの、オノレ? もう傍から見たら、お前の方がヤバい奴だぞ? なにも見えてないし、聞こえてないんだろ?」

「もちろん、見えてないし、聞こえてないけど?」

「逆にすごいな、お前!?」

「肉眼で観測が不可能であっても、有益なリソースがあれば使うべきでは?」

「“使うべきでは?”じゃねえよ! あっさり受け入れんな! だいたいおかしいだろ、なんで大昔の存在っぽい奴が、今の研究に意見なんか言えるんだよ!」

 

 我ながら、真っ当なツッコミ。

 オノレのプライベートな研究なんて、王立大学(アカデミア)の最先端だ。

 

 すると、なぜか僕が阿呆扱いされた。

 ダブルで突き刺さる視線。

 

「アスタ。君、古人(こじん)の叡智をバカにし過ぎじゃないかい。まさか旧世紀の人間が、自分より無知だと思ってるタイプ?」

「はあ……貴様は、『智』の本質をまるで解していない。頭蓋の中身は藍洞(がらんどう)か? 貧弱蒙昧でも、脳味噌が詰まっているならば使え」

 

 なんだ、こいつら。

 僕が翻訳してやってるくせに、謎の連帯感だし始めたぞ!?

 

「いいかな、アスタ? 一定の基礎理論が、遥か昔に確立されている分野は多いんだよ。俺たちの研究とは、古人が積み重ねてくれた土台の上にあるんだ」

「当然、管見(かんけん)によりて、擦り合わせるべき条項は多い。……が、ある程度は既知と成り得るのだ。それすら読み解けんとはな、ヤバマーズの名が泣くぞ」

「――会話が成立してない癖に、ピッタリ息を合わせてくんな! ってか、幻影でしかないお前に、ヤバマーズのなにがわかるってんだよ!」

 

 物言いがあまりに上からすぎて、左手のウロコが別の意味で疼きそうだ!?

 ああっ、今すぐここから緊急回避がしたい!

 

「謙虚になりなよ、アスタ。歴史を、先人を軽視する者に、未来を語る資格なんてないんだからさ」

「そういうお前は、手のひら返す速度が早すぎんだよ! あまりの速度に、竜巻が起こせそうだわ!」

「えっ? 君、この状況の美味しさがわかんないかなあ?」

「なにがだよ」

「……どんなに助言を受けても、学術論文に連名を書いてやる必要がない。お金も名誉も渡さなくていい。そんな搾取し放題な超優秀助言者(アカデミック・アドバイザー)、最高過ぎると思わないのかい?」

「無二の親友が、マジ最っ低なこと言ってる!?」

 

 まあ、ギャーギャー言い合いもしたが。

 オノレのやつ。未知の知恵者に出会えた喜びで、相当テンションが上がってるんだろうな。

 

「というわけで、偉大なる幻影(ファントゥム)殿。アスタという拙い仲介を通さねばならないのが残念でなりませんが、その見識の深さには感銘を受けました。次は、この黒銀結晶(クロシュライト)についても、ご意見を伺えませんか?」

「こ、こいつ、とうとう媚びを売りやがった……!?」

「いいかい、アスタ。プライドとはね、頑なに抱えるでも、安易に捨てるでもない――時と場合によって、使い分けるものなんだよ」

「クソみたいな処世術だな!?」

「とにかく。どうか不肖、オノレ・ド・ラプラスにさらなるご教授を」

 

 幻影(ファントゥム)はどうしてか、そんな現金な態度がすこぶる気に入ったらしい。

 ふてぶてしく足を組み直し、透き通った瞳でオノレを見つめる。

 

「ラプラス、か。その家名がいささか不審に思わんでもない。……が、今は()いてやろう。問いに、答えてやる前に精査すべき点があるのだが――」

「うわあ!? どんどん、やりとりを繋ぐのがめんどくさそうな話を始めやがったぞ、このインテリどもめ!?」

 

 結局、その日はクラーケン対策の話だけでは全く済まなかった。

 

 夜が更けるまで、色んな研究にコキ使われてしまったのである。

 本当に、ひどい。




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