――やがて、マグダリアは「はぁぁ♡」と艶やかな吐息をこぼした。
「とうに失伝したものと思っておりましたのに、不思議なものでございますわねぇ……あの小さかった坊やが、こうして尋ねて来る日が来ようとは」
「ってことは……やっぱりあるんだな!?」
「ええ。この教会で、代々の番人が守り通して参ったのです」
確かにここにある、そう認めるマグダリア。
だが、僕は不思議で仕方がなかった。
「……最初から、すぐ教えてくれたら良かったのに」
「あら。もし坊やが、中央勢力のどなたかにそそのかされていらっしゃったのならば、さすがにお答えする訳にはいきませんわぁ。……たとえば、外からやって来た、そこのお嬢さんとか?」
「――っ!?」
リュスは、身を竦ませた。
「うふふふ。それに、あたくしが判断したのは、今の男爵様のことだけではございませんの」
「なら……なにを判断したんだ?」
「政敵の眼を排除できてらっしゃるのか、秘密を守り抜く力がおありなのか。そして、正しい判断力と覚悟をお備えでいらっしゃるのか。……これまでの決断を、ずっと見守ってまいりましたのよ」
ご存じなかったでしょうけどね、とマグダリアは笑う。
「……これまでの、僕」
「今の男爵様にならば、託せると思いました。……下手をすれば、ヤバマーズ家は破滅。秘匿に関与した番人たちも罪人となってしまいかねませんからね。慎重にもなるものです♡」
「そう、か。でも……少なくとも、リュスは疑わなくて大丈夫だよ」
「そうかしら? 中央の教会に、所属しているだけで怪しいですし……それに、どうにも一介の
「へえ、ならどう見えるって?」
「そうですねぇ……」
勿体ぶって、考えるそぶり。
「たとえば、ヤバマーズ家の機密を手土産に、復興を約束されたどこかの没落令嬢……ですとか? そういった可能性も否定できませんわねぇ?」
鋭い。
マグダリアが、リュスの正体を知るはずはない。
だが、限りなく実態に近い。
そして、可能性だけなら否定できないのだ。
元公爵令嬢リュシエンヌの目的が、ヤバマーズを犠牲にし、かつての栄光を取り戻そうとしている……その可能性というのは。
「そもそも、正しく相伝されなかった時点で、誓いを立てたご当主様の意に沿わない事態ということ。……遺された一族に継ぐ資格があるのか、あたくしは番人として見定めなければならない」
今のヤバマーズ。
そして、僕に先祖の遺志を継ぐ資格がなかったかもしれない。
それもまた否定は、できなかった。
「……その警戒と口の堅さには、感服するけどさ。そこまで頑なに守っても、無駄になるかもしれないとは思わなかったのか?」
長い間、待ちぼうけをくらっていたはずだ。
このまま誰も尋ねて来なければ、番人の努力は意味をなさないだろうに。
すると、マグダリアは笑い出した。
「クスクス、これは異なことを。人間が忘却したからと言って、神は忘れておりません。ならば、どうして我らがその誓いを違えることが出来ましょうか?」
「人が忘れても、神が忘れていない……」
「ですから、やはりこれは神のご意思なのでしょうね……さあ、どうぞこちらへ」
マグダリアは腰に下げた鍵束を、ジャラリと鳴らして手招き。
その足取りは、今にもダンスを踊りだしそうなほどに愉しげで。
「リュス様」
「……なんでしょうか」
「余計なことはお考えになりませんように。先ほどから、物騒なお考えを巡らせているのは、丸わかりですから?」
二人がなにか話し始めた。
リュスが、僕をちらりと見る。
「あらまあ、そんなに坊やが気になる? 心配ならいりませんよ、坊やにはせいぜい日常会話にしか
「あなたはいったい……!?」
「あたくし、ヤバマーズには尽くしているつもりですよ。そこになにか、不利益がおあり?」
「……人外の善意など、信用なりません」
「あらそう」
「否定はしないのですね」
「どうでもいいことですもの。でも、まあまあ困ったわねえ、あなたは人ならざる視野を持っているようだから、施しを差し上げても仲良くするのは難しそう」
「人ならざる視野? ……わたくしが?」
「なら、こう考えてみて。あたくしが死んだら……坊やが悲しむわ。違うかしら?」
うーん、
でも、仲良くしてるならいいことか。気にしないでおこう。
「アスタ様に、害があれば斬ります。――たとえ、あなたがアスタ様にとって、どんなに大切な存在であったとしても」
「クスクス。その時、居場所を失うのが、ご自分でなければいいわね? あーあ、可哀想なリュス様♡」
「……っ!!」
うっわ、睨み合ってる!?
やっぱり、超仲悪いじゃん!!!
そうして僕たちは再び、導かれるまま地下へ降りた。
以前、エマの灰を納めた、ヤバマーズ一族の納骨堂。
ひんやり冷気が這いあがる空間へ降りていく。
蝋燭の灯がゆらめき、影が
「……ここですわ。男爵様、お覚悟はよろしくて?」
マグダリアが脚を止めたのは、ひときわ大きい無骨な石棺の前。
そこには、初代オリヒェン・ド・ヤバマーズの名が刻まれている。
「初代の、棺……?」
「そうよ。開けてみてくださるかしら、男爵様」
「え!? ちょっと待ってくれ、初代様の御遺体が入ってるんじゃないの!? そんなことしていいわけ?!」
さすがに、墓荒らしはタブーだ。
しかも、めちゃくちゃ重そうなんだけど!?
慌てる僕。
すると、リュスが一歩前に出た。
「アスタ様は、片手がまだ本調子ではありません。……ここは僭越ながら、わたくしが」
「いやいや、さすがに女の子一人じゃ無理だろ、って――えぇぇえええっ!?」
――ゴゴゴゴッ。
制止する間もなかった。
リュスが蓋に手を掛けたかと思えば、信じられないほどの腕力で、いとも簡単に横へ滑らせる。
「嘘だろ、躊躇いなし!? しかも、凄い力!?」
「今のわたくしは、
「……うん?」
思わず、二人して間抜けな声を上げてしまった。
予想外。
そこには朽ちた遺骨も、豪華な副葬品も、積まれた古文書もない。
「――中身が、梯子?」
なんと初代当主の石棺は、空っぽ。
代わりに底がぽっかり抜け落ち、オーク材の梯子が奈落へ伸びていたのである。
「ヤバマーズ男爵家の
マグダリアは暗闇を指差し、妖艶に微笑む。
「さあ、お行きなさい。その暗闇の先にこそ、当主たるあなたが求める――真実が眠っていることでしょう」
手渡されたのは、刻印入りの鍵。
角笛と猟犬、紛れもなく我が家の紋章。
……しかし、気のせいだろうか。
マグダリアのその、薄く開かれた双眸は。
――誰もいないはずの虚空、
***
石棺から続く奈落へと、足を踏み入れる。
「アスタ様、先導いたします」
勇ましく、突き進むリュス。
僕は続くように、慎重にその梯子を下った。
(……乾いた石灰の匂いがする)
深さは思ったほどでもなかった、ほんの数メートル。
降り立つ際、僕が脚を庇う動きをカバーするように、リュスが手を添えた。
「どうぞ、こちらです」
「ああ、すまない」
いつのまにか、だ。
僕は手を貸してくれる彼女が、当たり前になってしまったな。
足が着いた瞬間、敷石がカツンと響いた。
特有の冷気が、鼻腔を抜けていく。
「……なんだ、ここ」
思わず、独り言が漏れた。声が反響。
リュスが掲げてくれた蝋燭に、照らされたのは。
思った以上に小さな、真っ白な空間だった。
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