ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第160話 これより先、神すら立ち入りを禁ず。計算が合わぬ美女、答え合わせは死者の家で。(後半)

 ――やがて、マグダリアは「はぁぁ♡」と艶やかな吐息をこぼした。

 

「とうに失伝したものと思っておりましたのに、不思議なものでございますわねぇ……あの小さかった坊やが、こうして尋ねて来る日が来ようとは」

「ってことは……やっぱりあるんだな!?」

「ええ。この教会で、代々の番人が守り通して参ったのです」

 

 確かにここにある、そう認めるマグダリア。

 だが、僕は不思議で仕方がなかった。

 

「……最初から、すぐ教えてくれたら良かったのに」

「あら。もし坊やが、中央勢力のどなたかにそそのかされていらっしゃったのならば、さすがにお答えする訳にはいきませんわぁ。……たとえば、外からやって来た、そこのお嬢さんとか?」

「――っ!?」

 

 リュスは、身を竦ませた。

 

「うふふふ。それに、あたくしが判断したのは、今の男爵様のことだけではございませんの」

「なら……なにを判断したんだ?」

「政敵の眼を排除できてらっしゃるのか、秘密を守り抜く力がおありなのか。そして、正しい判断力と覚悟をお備えでいらっしゃるのか。……これまでの決断を、ずっと見守ってまいりましたのよ」

 

 ご存じなかったでしょうけどね、とマグダリアは笑う。

 

「……これまでの、僕」

「今の男爵様にならば、託せると思いました。……下手をすれば、ヤバマーズ家は破滅。秘匿に関与した番人たちも罪人となってしまいかねませんからね。慎重にもなるものです♡」

「そう、か。でも……少なくとも、リュスは疑わなくて大丈夫だよ」

「そうかしら? 中央の教会に、所属しているだけで怪しいですし……それに、どうにも一介の祓魔女(エクソシスター)の振る舞いにも見えませんわ」

「へえ、ならどう見えるって?」

「そうですねぇ……」

 

 勿体ぶって、考えるそぶり。

 

「たとえば、ヤバマーズ家の機密を手土産に、復興を約束されたどこかの没落令嬢……ですとか? そういった可能性も否定できませんわねぇ?」

 

 鋭い。

 マグダリアが、リュスの正体を知るはずはない。

 だが、限りなく実態に近い。

 

 そして、可能性だけなら否定できないのだ。

 元公爵令嬢リュシエンヌの目的が、ヤバマーズを犠牲にし、かつての栄光を取り戻そうとしている……その可能性というのは。

 

「そもそも、正しく相伝されなかった時点で、誓いを立てたご当主様の意に沿わない事態ということ。……遺された一族に継ぐ資格があるのか、あたくしは番人として見定めなければならない」

 

 今のヤバマーズ。

 そして、僕に先祖の遺志を継ぐ資格がなかったかもしれない。

 それもまた否定は、できなかった。

 

「……その警戒と口の堅さには、感服するけどさ。そこまで頑なに守っても、無駄になるかもしれないとは思わなかったのか?」

 

 長い間、待ちぼうけをくらっていたはずだ。

 このまま誰も尋ねて来なければ、番人の努力は意味をなさないだろうに。

 

 すると、マグダリアは笑い出した。

 

「クスクス、これは異なことを。人間が忘却したからと言って、神は忘れておりません。ならば、どうして我らがその誓いを違えることが出来ましょうか?」

「人が忘れても、神が忘れていない……」

「ですから、やはりこれは神のご意思なのでしょうね……さあ、どうぞこちらへ」

 

 マグダリアは腰に下げた鍵束を、ジャラリと鳴らして手招き。

 その足取りは、今にもダンスを踊りだしそうなほどに愉しげで。

 

「リュス様」

「……なんでしょうか」

「余計なことはお考えになりませんように。先ほどから、物騒なお考えを巡らせているのは、丸わかりですから?」

 

 二人がなにか話し始めた。

 リュスが、僕をちらりと見る。

 

「あらまあ、そんなに坊やが気になる? 心配ならいりませんよ、坊やにはせいぜい日常会話にしか認識できません(・・・・・・・)

「あなたはいったい……!?」

「あたくし、ヤバマーズには尽くしているつもりですよ。そこになにか、不利益がおあり?」

「……人外の善意など、信用なりません」

「あらそう」

「否定はしないのですね」

「どうでもいいことですもの。でも、まあまあ困ったわねえ、あなたは人ならざる視野を持っているようだから、施しを差し上げても仲良くするのは難しそう」

「人ならざる視野? ……わたくしが?」

「なら、こう考えてみて。あたくしが死んだら……坊やが悲しむわ。違うかしら?」

 

 うーん、なぜか(・・・)話が上手く聞き取れないな。

 でも、仲良くしてるならいいことか。気にしないでおこう。

 

「アスタ様に、害があれば斬ります。――たとえ、あなたがアスタ様にとって、どんなに大切な存在であったとしても」

「クスクス。その時、居場所を失うのが、ご自分でなければいいわね? あーあ、可哀想なリュス様♡」

「……っ!!」

 

 うっわ、睨み合ってる!?

 やっぱり、超仲悪いじゃん!!!

 

 そうして僕たちは再び、導かれるまま地下へ降りた。

 以前、エマの灰を納めた、ヤバマーズ一族の納骨堂。

 

 ひんやり冷気が這いあがる空間へ降りていく。

 蝋燭の灯がゆらめき、影が(いび)つに揺れた。

 

「……ここですわ。男爵様、お覚悟はよろしくて?」

 

 マグダリアが脚を止めたのは、ひときわ大きい無骨な石棺の前。

 そこには、初代オリヒェン・ド・ヤバマーズの名が刻まれている。

 

「初代の、棺……?」

「そうよ。開けてみてくださるかしら、男爵様」

「え!? ちょっと待ってくれ、初代様の御遺体が入ってるんじゃないの!? そんなことしていいわけ?!」

 

 さすがに、墓荒らしはタブーだ。

 しかも、めちゃくちゃ重そうなんだけど!?

 

 慌てる僕。

 すると、リュスが一歩前に出た。

 

「アスタ様は、片手がまだ本調子ではありません。……ここは僭越ながら、わたくしが」

「いやいや、さすがに女の子一人じゃ無理だろ、って――えぇぇえええっ!?」

 

 ――ゴゴゴゴッ。

 

 制止する間もなかった。

 リュスが蓋に手を掛けたかと思えば、信じられないほどの腕力で、いとも簡単に横へ滑らせる。

 

「嘘だろ、躊躇いなし!? しかも、凄い力!?」

「今のわたくしは、祓魔女(エクソシスター)ですので……これは?」

「……うん?」

 

 思わず、二人して間抜けな声を上げてしまった。

 

 予想外。

 そこには朽ちた遺骨も、豪華な副葬品も、積まれた古文書もない。

 

「――中身が、梯子?」

 

 なんと初代当主の石棺は、空っぽ。

 代わりに底がぽっかり抜け落ち、オーク材の梯子が奈落へ伸びていたのである。

 

「ヤバマーズ男爵家の地下納骨堂(クリプタ)、そのさらに下。……そこは神の目も、聖王の光さえも届かぬ、あなた方一族だけの聖域にございます」

 

 マグダリアは暗闇を指差し、妖艶に微笑む。

 

「さあ、お行きなさい。その暗闇の先にこそ、当主たるあなたが求める――真実が眠っていることでしょう」

 

 手渡されたのは、刻印入りの鍵。

 角笛と猟犬、紛れもなく我が家の紋章。

 

 ……しかし、気のせいだろうか。

 

 マグダリアのその、薄く開かれた双眸は。

 ――誰もいないはずの虚空、幻影(ファントゥム)を捉えていたように見えた。

 

 

***

 

 

 石棺から続く奈落へと、足を踏み入れる。

 

「アスタ様、先導いたします」

 

 勇ましく、突き進むリュス。

 僕は続くように、慎重にその梯子を下った。

 

(……乾いた石灰の匂いがする)

 

 深さは思ったほどでもなかった、ほんの数メートル。

 降り立つ際、僕が脚を庇う動きをカバーするように、リュスが手を添えた。

 

「どうぞ、こちらです」

「ああ、すまない」

 

 いつのまにか、だ。

 僕は手を貸してくれる彼女が、当たり前になってしまったな。

 

 足が着いた瞬間、敷石がカツンと響いた。

 特有の冷気が、鼻腔を抜けていく。

 

「……なんだ、ここ」

 

 思わず、独り言が漏れた。声が反響。

 

 リュスが掲げてくれた蝋燭に、照らされたのは。

 思った以上に小さな、真っ白な空間だった。




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