縦にも横にも、大股数歩で突き当たる。
馬車を二台ほど詰めればいっぱいになるだろう、そんなコンパクトな広さ。
しかし見上げれば――弧を描く交差ヴォールトの天井、分厚い白壁。
「四方の壁と天井だけで、この空間を強固に支えようとしているのか」
その強固さは、ここが
にも関わらず、彫刻などの装飾は一切ない。
まさしく機能美の極致、だ。
その設計に込められた思想が美しい、僕は素直にそう思った。
「……良好な状態だな。番人共は、なかなかに殊勝に働いていたと見える」
今までやけに静かだった
彼が、とうとう口を開いた。
「おい、
「いや……なにも思い出せんよ」
しかし、
触れられもしないのに。
リュスが呟いた。
「湿気がない、ですね。驚きました、地下なのに驚くほど空気が澄んでいます」
理由は明白だった。
僕もまた、そっと白壁に手を触れる。
やはり、ざらついた感触。粉っぽさが指に残った。
「これだよ、石灰が何重にも塗られてるからだな。……ちょっと剥がれ落ちてるけど、こいつが乾燥剤の役割を果たしているんだ」
そして、そんなにも湿気を嫌ったのはなぜか?。
正面の壁際には石造りの棚と、ラック。丈夫そうな木箱が並ぶ。
そこに机と椅子まで、用意してあって――。
「たぶん、書斎? ……いや、きっと文書保管庫かな。だから、なにか書物があるから湿気を避けたんだ」
歩けば、微かに空気の流れを感じた。
よく見れば、天に穿たれたわずかな通気孔。
風の囁きが、耳と肌を撫でている。
そこに、リュスが言う。
「ああ、そういうことでしたら……おそらく少し違うかと」
「なに?」
「もちろん文書保管庫の一種には違いないですが、正確には、ヤバマーズ家の
「
「はい、こちらの方がより重要ですよ。貴族にとって、金銀財宝よりも価値のあるもの。それは――権利書ですから」
リュスが示したのは、右手の壁。
そこに、さらに小さな収納庫。扉には、ヤバマーズ家の紋章。
「そして、歴代当主が守り続けた秘密を納める部屋でもあるはずです」
「さっき貰った鍵は……ここってことか!」
中身は、領地の権利書、王家からの勅許状や秘密文書、歴史にまつわる記録。
そして――。
「あったぞ、西の森の地図だ! 見ろ、湖まで書かれている!」
喜びに持ち上げると、カサリ。
一緒に、こぼれ落ちる文書に目を見開く。
「――え?」
凍り付いた僕に、リュスが尋ねた。
「アスタ様。……どうか、なさったのですか?」
「なんだ、これ……地図だけじゃない」
戦慄すべき、記述。それと地図を比較する。
狂気樹海。
誰もが生きては帰れぬはずの魔界に、印が付けられていた。
印に付けられた名は――ヤバマーズ特務研究機関。
「特務、研究機関……?」
しかも、それどころではない。
それすらも通過点にして、果てしない森の先すら目指そうとして頓挫した形跡。
「まさか、うちの先祖たちは……ただ魔物を狩っていただけじゃなかったのか?」
ヤバマーズは狂気樹海にすら根ざし……その先を目指そうとしていた? なぜ、何のために?
僕はさらに、書類を漁った。
初代、二代目……歴代の機関長に名を連ねる、当主たち。
そして、最後の責任者の名は――。
ヤバマーズ家の歴史が崩れ、塗り替えられていく。
「まさか、そんな……っ!?」
思わず、僕は駆け出した。
「アスタ様、どうなさったのです?!」
「ここにこそ……あるはずだ! 誰かが真実を残そうとしたなら!」
部屋の隅にあった木箱を、片っ端から乱暴に開ける。
見つけた。大切そうに包まれた肖像画、見覚えのある顔。
「
キャンバスの中から僕を見据えていたのは、時代遅れのロングコート。
一切の絶望を撥ね退けるような、不敵な笑み。鼻持ちならない端正な顔だち。
すると、
「そうか」
やがて、静かに受け入れた。
「――其れが、
一族の恥さらし、色ボケのクズ、ヤバマーズを没落させた元凶。
ヤバマーズ特務研究機関、最後の責任者。
その名は――。
「……三代目機関長、サキオン・ド・ヤバマーズ」
僕がずっと大嫌いになろうとしていたその男が、今、目の前にいた。
「サキオン様……?」
リュスの震える声が、石室に反響した。
蝋燭の炎が、呼応するように激しく揺らめく。
「その、アスタ様と話されている不可視の人物……
喉が、カラカラに乾く。
もう、認めるしかなかった。
「ああ、信じたくはないが……僕の眼に映る幻覚は、まさにこの肖像画とそっくりなんだ」
サキオンの肖像画、それは一族の歴史から抹消されたはずの禁忌。
だが、納得もする。見覚えがあるはずだ、と。
こうして同じタッチの絵を見れば、鼻筋や眉の形。
僕の曽祖父オットーの若き日の肖像にどこか似ていた。
(そりゃそうか、兄弟だもんな。だけど、気付けるわけがない。僕が幼い頃から抱いていたイメージとあまりに違い過ぎる。“色ボケのクズ”と呼ばれたサキオン像と、不敵に佇むこの男が……なにをどうしたら結びつくっていうんだ?)
すると、
実体を持たない指は、虚しく油絵具の層をすり抜ける。
「腑に落ちた。
「……サキオン」
「サキオン、か。名を知ってもなお、自己の輪郭はどこか霧のように曖昧だ。だが……それでも一つ言えることがある」
「なんだよ」
「絵師の腕前が足りていない」
「はあ? なにを言って――」
「もう少し……
「抜かせよ! なんで死んでからも、そんな自信満々でいられるんだよ!」
僕が怒鳴った、その時だった。
突如、リュスが冷たい石床に、その両手と膝をつく。
「本当に……本当に、そこにいらっしゃるのですね、サキオン様! ああっ、聖王よ、この奇跡に心から感謝いたします」
「騒がしいな、小娘。
「わたくしは、リュシエンヌ・ド・フルーリス。あなた様がお救い下さった、ロザリス公国が公女リュディヴィーヌの――その、曾孫にあたります」
「リュディ、ヴィーヌ……?」
サキオンは、引っかかりを覚えたようだ。
億劫そうに歩み寄ると、リュスの顔を覗き込んだ。
「……その面差し。言われてみれば、どこぞで見覚えがなくもない」
「わたくしにはその御姿も、お声を聴くことも叶いません。ですが、そこにいらっしゃるのであれば……お伝えしたいことがございます!」
「
「あなた様は名誉もお立場も投げうって、ロザリス公国の民をお救いになられた。その献身は未だなお、忘れられておりません!」
「ロザリス公国……その響きも知っている」
「サキオン様がいなければ、公国は
サキオンが、戦争を止めた……?
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