「でもさぁ、オノレ。僕、思ったんだけど」
「……なんだい?」
「ぶっちゃけた話。伝統貴族の権利書なんて、百年や二百年なんてざらだろ」
「そうだね、そういう時もある」
「しかも下手に、この地の一番最初の王朝とかまで行くと数百年前じゃん?」
「
「なら、王都のえっらい貴族すら、権利書が現存してるかなんて怪しくないか?」
「あはは……」
オノレが突然笑い出した。
でも、顔だけは真顔だった。
「――アスタ、それ絶対社交界で言うなよ。ハブられるどころか消されるからね? 君、絶対に言うなよ? フリじゃないからね?(ガチトーン)」
「なんで?」
「みんな薄々わかってるけど、あえてお互い触れないようにしてるからだよ!! 努力して平和保ってんだよ、わかりなよ!!!」
オノレは、限界だと言わんばかりに叫ぶ。
「だから、数百年単位で生きてる長命種なんて関与してた日には厄介なんだよ! 書類の実物を見てるかもしれないから!!」
「あー、なるほどなあ。そりゃエルフ共が嫌われるわけだ」
なんだよ、なら意外と偉い人たちもハッタリかまして生きてんのかよ。大変なんだな。
すると、リュスがこてんと首を傾げ、元公爵令嬢としての視点をさらに添えた。
「確かに、王家が各家の一斉検査なんて実施した日には、国中が大騒ぎとなるでしょうね」
「へー。ちなみに、リュス。どれくらいの騒ぎになると思う?」
「おそらく、各地で偽造証書が大慌てで作られ、腕の良い
「ふははは! そしたら、うちの古臭い皮紙が高く売れそうだな。ゴミに値が付くぞ。おっ、いっそヘイホーを貸し出してやろうか。その辺の
「はい、どちらも高騰するかと。素晴らしい着眼点、それでこそアスタ様です」
「――二人とも、恐ろしい世間話をしないでくれるかな!? 言っとくけど、ラプラス伯爵家では現存してるから、巻き込まないでね?!」
オノレのツッコミを聞きながら、僕はようやく椅子に沈み込んだ。
いやあ、マジ癒されるわ。オノレ。
どこぞの不愉快な先祖とは大違いだわ。早速、コーヒー淹れてくれたし。
「あ、オノレ。僕の分、砂糖とミルクたっぷりね? そう、ドロドロになるくらいに入れてくれ」
「君の味覚、もうどうかしてんじゃないかな……」
文句を言いながらも、オノレは甘い甘~いカフェオレを注いでくれるのだった。
***
……さて、これから真面目に作戦会議だな。
三人にカップが行きわたる。
すると、最初にオノレが手渡された資料を見ながら、口にした。
「ひとまず、状況を整理しようか」
「ああ」
「まず、クラーケンを攻略するための地図を手に入れた。これで地の利が得られる。でも、さらに無視できない新情報がいくつもあった。そうだね?」
僕は、甘いカフェオレを飲みながら頷いた。
「我が家が、ある組織を運営してたってことだな」
「そう、それが一つ目。初代から三代目サキオンの時期だね。彼らは『ヤバマーズ特務研究機関』なる組織を運営していた。そして、代々その機関長なる職に就いている」
テーブルに広げられたのは、ヤバマーズ男爵領の地図。
湖だけでなく、狂気樹海すら描かれているもの。
未知の領域を観測し、物流や運搬に関する記録が残されていた。
……残念ながら、研究内容まではわからないが。
「これは当然、公式記録には存在しない組織だ。この情報に、裏付けとなる根拠はあるかい?」
「……裏付け? いや、隠された情報なんだから疑わなくていいだろ」
「別に保証はないよ、アスタ。誰が残したものであれ、検証は必要だ」
「そうか、確かに。……僕の先祖が嘘つきかもしれないしな」
僕は以前、白骨茸の研究記録を読んだ時も、まずその内容を検証実験した。
それと同じことだった。
でも、僕は首を傾げる。
「うーん。だけど、秘密裏に運営されていたものだろ。裏付けなんてあるはずがなくないか?」
しかし、リュスが迷わず答えた。
「道ですね。朽ち果ててはいましたが、
「その通りだよ。かつて、石畳で整備された道があったということは、その先に、資材を運ばなければならない拠点があったということだ」
それは歴史地理学の鉄則だった。
脳裏に、
「――あ。“道とは、拠点と拠点を結ぶためにある”ってやつ?」
「そう。労力を投じて、狂気樹海に向かうためだけに、わざわざ道を作るとは考えにくいんだ」
「確かに、僕が今している事業すら大変だもんな! 石畳で整備するなんて重労働だし、維持だってしないといけない……!」
「調査隊の獣道でもなく、一時的な開拓道でもない。重い資材を、定期的かつ長期的に往復させる必要があったことを意味する。つまりは大規模拠点の証拠だよ」
なるほどなぁ。
なら、僕たちが道を見つけた時点から、考える材料があったことになる。
「わたくしたちが知る物的証拠と文書が合致して、一気に信頼性が高まったというわけですね」
「あとで、地図の正確性も精査しないとね」
やっべ。
二人とも、頭がいいからトントン話が進むけど、僕が置いて行かれそう。
「では、この組織の目的はなんだったのだろうか」
「……狂気樹海の調査、とか?」
「それは過程や手段であって目的じゃないと思うよ、国益にならない」
「国益? なんで、国益?」
「遡ってごらんよ、君の家がこの地を任されたのはなぜだった?」
「それは――」
我が家が、この不毛の地を与えられた理由。
『初代はな……王様とカードで賭けをしたんだよ』
『賭け、ですか?』
『ああ。そこで、あろうことかイカサマをしようとしてバレて……その罰に、こんな不毛の地を押し付けられた。そんなペテン子爵だよ。ヤバマーズらしい、バカな始まり方だと思うだろ?』
失態をして、王から命じられたから。
それがすべての始まりのはずだった。
『
『え? あ、ああ……そう伝わっているが』
『それは――ずいぶんと仲がよろしかったのですね』
そう、バカなペテン子爵が初代であるはずだった。
「魔境に特務研究機関とやらの施設を作るだなんて、大量の物資が必要だったはずだよ。本当に不遇な子爵家だったなら、どうやって立ちあげられるんだい?」
「……まさか王に命じられて、特務研究機関を立ち上げた?」
「まあ、そう考えた方が自然だろうね」
オノレはコーヒーを啜る。
僕ら一族は……魔物を狩るためだけに、ここに送られたわけではなかった?
「ここでちょっと、かつての君たちの領地を見てみようか」
「かつての?」
広げられた地図は古いものだ。
ヤバマーズが保有していた領地が、何枚にも分けられて描かれている。
必然的に、過去に保有していた子爵領の地図もあった。
「アスタ、見てごらん。ここが今の男爵領、北東の果て地だ」
「ああ、わかってるって。で、三代目まで保有していた子爵領は……王都すら跨いで遥か離れた西海岸だったな」
「西海岸なら、ロザリス公国もそう離れていませんね」
「西海岸は外国貿易の港もあり、ワインの名産地もあった。かつてのヤバマーズ子爵家はさぞ栄えていただろう」
僕は、ムッとした。
領地が二つあって、実は恵まれてたとでも言いたいのかよ。
「バカなこと言うなよ、領地経営としてみると明らかに面倒だろ。どんだけ離れてると思ってんだ」
「そう、すごい飛び地だね。国の両極端、さぞ管理しづらかったことだろう」
「……だからこその罰だ。その上、今いる土地は農作物も取れにくいんだぜ?」
飛び地で領地を任されること自体は、貴族では珍しくもない。
まとまった土地を持つと、どうしても力が強くなるからな。王としては所領を与えるにしても、適度に力を削ぎたいわけだ。
でも、これはさすがにやりすぎ。嫌がらせにしか見えない。
そこに、リュスが補足する。
「わたくしは初代ヤマバーズ当主が、王の
「なんで?」
「深い関係の臣下に、旨味のない領地を与える。これもまた周囲の貴族から見れば、不自然すぎるからです」
「罰という形式が、どうしても必要だったってか?」
「はい。イカサマの罰に、支出ばかりで責任だけ重たい僻地を与える。これならば土地が増えたとはいえ、十分な罰……左遷人事に見えるかと。秘密を隠すにはもってこいです」
すると、オノレが同調した。
「それなら“初代の時代”は、周囲の嫉妬が大きかったのかもしれないね」
「……嫉妬?」
「子爵領は経済的に栄えていて、王とサシでカード遊びをする親しい仲だ」
「感情の問題もあるってことか」
「ああ。罰を与えたとなれば、他の貴族たちも溜飲を下げたかもしれない」
王の不興を買って、魔物を管理させる仕事を与えられた。
それが真実を隠すための、表向きのカバーストーリーに過ぎなかったって?
「そんなの、全部憶測だろ。僕らがどれだけ苦労して来たと思ってる」
オノレが頷いた。
「その通りだ。だけど、こういう王命があったとしたら納得はできる。西の富を使い、東の地で国家プロジェクトを極秘裏に進めよってね」
極秘だからこそ、国家予算が使えなかった。
王と言えど予算を動かせば、どうしても他の貴族たちの目に晒されるから。
「だから、俺はこう思うよ。ヤバマーズの研究とは、国益に類するものだった、とね。……それが軍事なのか、エネルギーなのかはわからないけど」
「おいおい、そんなの……」
それが本当に、この不毛の地の
「――ヤバマーズ家に何の得もないだろうが!」
先祖が選んだのは、あまりにイバラの道だ。
だって、なにも報われていないんだから。
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