ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第165話 イカサマ茶番劇。僕らの歴史は、誰が仕組んだ?(後半)

 ヤバマーズ家は汚名を背負い、私財まで投じている。

 

 そりゃ難民やならず者同然だった民たちは、ヤバマーズ家のおかげで魔物がいる森を開拓できたし、人としての生活を手に入れただろうけど……。

 

「ああ、得はないだろうね。多少、裏から便宜を図ってもらったとしても、損得勘定で言えば損な仕事だよ」

「自分たちの名誉を投げ捨てて、財産まで投じて。そんなの、儲けがあるかもわからないのに……!」

「儲けは……実際、あまりなかったんだろうね。だからこそ、子爵領の没収で力を失ったと考えるべきだ」

「はは、やっぱバカだろ。ご先祖様は、王に弱みでも握られてたのかよ」

 

 あまりに滅私奉公すぎて、そうでもなければ理解できない。

 でも、もし、そうじゃないんだったら?

 

(まるで、ヤバマーズ家が――焔王家(フラム)と心からの厚い友誼を結んでいたみたいじゃないか……?)

 

 僕は、(かぶり)を振った。

 

 カフェオレを飲んで、強引に糖分を脳へと送り込む。

 思考を回復させるには、この甘ったるさがとにかく必要だった。

 

(教会にあった証書庫(シャルトリエ)。あれは土台の段階から設計しないと、成立しないような構造だったな。後から掘ったものじゃない)

 

 初代の意志が、教会建築時点から入り込んでいるのは確かだった。

 

「……初代がそんな事情だったかもしれないのは理解したよ。でも、だとしたらこそ、余計にわけがわからない。そこまで王との繋がりが強かったとしたら、どうして僕らは落ちぶれている?」

「問題はそこだね。さて、二つ目の焦点だ」

 

 オノレは冷めた目で、手元の皮紙を指先で叩いた。

 そこにあるのはヤバマーズ特務研究機関、最後の機関長サキオンの名だ。

 

「機関が途切れた、三代目の時代。おそらく、ここで大きな変化が起きた」

「やっぱ、サキオンのせい、か?」

 

 僕が知っているのは、三代目サキオンがやらかしたって話だ。

 隣国の公女様に惚れて、和睦交渉のさなかに矢文を放つなんてやらかした、前代未聞のバカ。

 

「それは……うーん、どうかなあ?」

「どうかなあって。僕はサキオンが失踪し、湖で溺死したと聞いているぞ」

「で、不祥事の責任をとる形で、ヤバマーズ家は子爵領を失い、不毛の地しか持たない男爵となった。それが表向きの歴史だね」

「ああ」

「後を継いだ、弟のオットー……君の曽祖父は、王命を一切引き継いでいないように見える。子爵領という収入源がなくなったから、機関を存続できなくなったのは理解できるんだけどね」

 

 ヤバマーズの立ち位置が変わったのは、サキオンがやらかしたからなのか?

 僕は、遂に問いかけた。

 

「――リュス。貴女なら知っているんじゃないか? 公女リュディヴィーヌから受け継いだ、真実を」

 

 謎を解くカギは、彼女しかいないと思った。

 

 すると、リュスは昏い瞳を沈ませる。

 

「わたくしにも、ヤバマーズ家での内情はわかりません。ですが間違いなく、サキオン様は我が家系にとって……そして、ロザリス公国にとって、永久(とわ)に語り継ぐべき恩人に他ならないのです」

「例のサキオンが、ロザリス公国を救ったって話か」

「はい」

「……いったい何があったんだ?」

「当時の焔王国(フラム)では、海の要衝たるロザリス公国に侵攻すべきだという機運が高まっていた。それはご存じですか?」

「ああ、もちろん。それで公女リュディヴィーヌは、熾烈な交渉の末、焔王国(フラム)の第二王子へと嫁いだんだろ?」

 

 両国の緊張が高まる中、この縁談こそが戦争を寸前で回避させた。

 歴史的な和睦の象徴にして、美談だ。

 

 そんなもの、子供だって知っている。

 

「ヤバマーズ家以外にとっては、めでたしめでたし。ハッピーエンドだ」

「それが……そう簡単な話でもなかったのです」

「どういう意味だ?」

「第二王子との婚姻を交渉したのは、既に第一王子には正妃がいたからですが……この交渉は難航していました。焔王国(フラム)には和睦を快く思わない主戦派が数多く、その妨害も激しかったのです」

 

 すると、オノレが、あからさまに嫌な顔をした。

 

「ねえ、それ。実は、俺たちが聞いちゃヤバい話じゃないかな?」

 

 オノレはこれ以上、深入りしたくないと言う態度。

 だが、僕は構わず先を促す。

 

「続けてくれ、リュス。主戦派は、どんな妨害を仕掛けたんだ?」

「リュディヴィーヌはロザリス大公家の正当なる証として、『宵星の銀指環』を持参しました」

「神から授かった装身具か……名前は聞いたことあるな」

「はい。七大神が一柱、慈愛の女神イシュターより拝領したものです。精神を安らかに保ち、瘴気を退け病魔を払う。そう言われています。……これが焔王国(フラム)に嫁ぐ上で、絶対に必要な条件として課せられました」

 

 神から賜った聖遺物(レリック)を、政略結婚の道具として差し出す。

 いくら戦争を止めるためとは言え、国としてはかなりの譲歩。苦渋の決断だ。

 

「主戦派は……その指輪を、リュディヴィーヌから強奪しようとしたのです」

「なっ!? 平和の大使から、聖遺物(レリック)を強奪!?」

「あー、もうっ。言わんこっちゃない! やっぱり知ったらいけない、歴史の闇じゃないか!」

 

 さすがに揃って、悲鳴に近い声を上げた。

 これ、外に漏れたら、今の時代でも問題になるやつだ!?

 

「当然ながら、もし指環が失われれば、和睦の儀は成立しません」

「……そりゃそうだろうな、平和が遠のく」

「いいえ、それどころではありません」

「え?」

「なんと主戦派は、聖遺物(レリック)を紛失した責任すら押し付け、“公国は約定を破った”として宣戦布告するつもりだったのですわ」

 

 指環を紛失した公女は追い返され、公国側も激昂。

 どちらも退くに退けない……血みどろの開戦だ。

 

「絶体絶命の危機でした。護衛は買収され、公女は孤立無援の状況……その絶望に、一矢の光を届けた者がいたのです」

「まさか……!?」

「そう。その窮地を救い出した御方こそが、サキオン様だったのです」

 

 衝撃の事実。

 一族が呪い続けてきた、色ボケの凶行。

 

 その真実とは、たった一人で“王国の主戦派”という強大な悪意に立ち向かった。あまりにも孤高な強行突破だった!?

 

「えと……じゃあ、恋の矢文って話は?」

「サキオン様は、指環を奪取してくださいました。ですが、主戦派の手回しも巧妙で……『宵星の銀指環』の検分が、予定よりも早く始まることになってしまったのです」

「えっ、なら間に合わなかったのか!?」

「いいえ。サキオン様は追っ手と戦いながらも、遠く離れた監視塔を駆け登った……」

「監視塔?」

「そして、ついに最も高き処に立ち、弓を構え。矢に指環を固く括りつけると――」

 

 リュスの暗渠(あんきょ)の瞳が、潤みを帯びる。

 

「遥か彼方。到底、不可能とも思える距離を越えて、見事、公女のいる窓へと放った――それが後世に貶められた、矢文だったのです」

 

 飲み干したカフェオレの甘みが、急にひどく苦く感じられた。

 喉の奥が熱い。指が、震える。

 

「あいつ、恋文なんかじゃなくて……盗まれた聖遺物(レリック)を届けたのか」

 

 僕は、呆然としてしまった。

 

 矢文の正体。

 それは恋心を綴った紙切れなどではなく、国家存亡を懸けた至宝の返還。

 

「ええ。ですが――この指環の奪還劇は、絶対に世に出てはならなかった」

「なんでだよ!?」

 

 思わず、僕は叫ぶ。

 

 しかし、オノレが疲れた顔で、首を振った。

 

「わからないかい、アスタ。貴族の主戦派たちが“指環を盗んで戦争を企てた”なんて話が表に出たら……結局、公国との対立構造が再燃する」

「じゃあ、あれかよ。戦争を回避するには、サキオンというバカが、公女に惚れて勝手に不祥事を起こしただけ。そういう話にするしかなかったって?」

「そういうことだね。和平派が目的を達するには、それしかない」

「なんだよ、それ! だいたい和平派って誰だよ!」

「――焔王家だよ。そうでなければ、話が成立しない」

 

 焔王家は手を汚さず、関与の証拠も残さずに和睦を完遂。

 泥を被ったのは、サキオンだけ。

 

「公女への懸想。この下品なスキャンダルは、誰もが面白おかしく騒ぎ立てる喜劇だ。真実を覆い隠すには、さぞかしうってつけだっただろう」

「いいや、僕はこれで国家間の緊張が高まったって聞いたぞ! なら、逆効果じゃないか」

「このスキャンダルで、国家間の緊張が高まる、か。おそらく、それは事実でもあるけど……同時に嘘でもあるね」

「い、意味わかんないことをいうなよ」

「アスタ、考えてもごらん。色ボケ貴族の暴走求愛。もし、そんな理由で戦争を始めたら――ひどくバカバカしいだろ?」

 

 絶句するのは、今度は僕の番だった。

 もし、実際に戦争が起きていたらどうなっていたか?

 

 史上最もバカバカしい戦争として、全員が永久に笑いものになる。

 

 それはあまりに、あまりにも……人を食ったような一手だった。




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