ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第166話 つまり、それってどういうことなんだよ!?(前半)

 名誉のない戦争にしてしまえば、誰も戦えなくなる。

 

 貴族どころか、兵士だって戦いたくない。

 色ボケのクズが原因じゃ、誰も死ねない。

 

「まともな人間なら、主戦派の悪事を告発しようと考えるだろうね。――そして、そのまま戦争勃発だ。こうなると、主戦派を罰することすら難しい」

「なんでそうなる?」

「戦争中に、国を割るわけにはいかないだろう?」

「まさか戦争にさえしちまえば、うやむやになるって見越してたのか!? ……つくづく主戦派とやらは狡猾だな」

「そう。でも、この一手は見事に弱点を突いた。世論の手前、どっちの国も表面上はピリピリするだろうけど。主戦派も十年は“戦争したい”なんて言えない空気になるよね」

 

 しかし、僕は計画の穴を指摘した。

 

「でも、たった十年の猶予なんて、一時しのぎだろ?」

「いいや。その期間で、第二王子とリュディヴィーヌの間に子が生まれ、国の関係も改善すればいいから……狙うなら、わりと現実的なラインだったかも」

 

 確かに結果的に言えば、その後、両国間で大きな戦争は起きてない。

 焔王国(フラム)とロザリス公国は、経済的にも密になった。

 

 仲が良いとは言い切れないが、戦争を起こした時の損も大きくなってしまったのだ。

 

「……その後の動きまで、計算されてた? だとしても、誰がそんなことを考えたんだ?」

「誰が、か。歴史の裏側を知れば、俺も後付けで解説はできる。けれど……それは、あくまで結果を知ってるからだ」

 

 そう。結果を知ってれば、何とでも言える。

 ああすればよかった、こうすればよかったって。

 

「“戦争自体を笑いものにする”なんて手は、絶対まともな人間にゃ思いつかないだろ」

「ああ。あまりに異常、奇想天外な発想と言っていい。当時にこれを思いつけるのは、誰かな……。無理だ、ちょっと俺には思考がトレースできない」

 

 さすがのオノレもお手上げだった。

 結論、そんなことを思いつく奴は異常者。

 

「はあ。そんなバカげた案を考えた奴さえいなければ、ヤバマーズ家は没落しなかったのに」

「ただ、矢文の件がなかったとしても……騒ぎが大きくなったら、サキオンが被るしかなかったとは思う。本人も覚悟はしてたんじゃないかな?」

「なら、サキオン自身は……関わると決めた時から、ほぼ詰んでたってことかよ」

 

 不公平すぎる。

 しかも、その後サキオンは死んでるし。

 

「で、ヤバマーズは使い捨てってか? ……胸クソ悪い話だな」

「……そこはわからない。なにか焔王家と取引があったのかもしれないし」

「でも、実際、落ちぶれてんだろ。サキオンはすべてを捨てて、みんなを助けたけど……誰にも助けてもらえなかったんだ。家も救われなかった」

「……確かに、そういう風に見えるね」

 

 考えこむ、オノレ。

 だが、それ以上、答えは出ないようだった。

 

「満足かよ、サキオン。残った一族は泥水を啜り、顔も知らない子孫は呪い蔑む。そんな未来で……お前は本当によかったのかよ」

 

 だが、彼が返事をくれることはない。

 僕の目の前から、姿を消してしまったから。

 

「――ですが、アスタ様。これはあくまで……わたくしの曾祖母、リュディヴィーヌから見た一方的な真実です」

 

 リュスがそっと、僕の手を包み込んだ。

 

「あなた様のおっしゃる通り、救われたわたくしたちはヤバマーズ家に手を差し伸べませんでした」

「あ、いや。……僕はそういうつもりじゃ」

「そして、残されたヤバマーズ家の皆様が、これまでどんなに苦しい想いをしたのか。……これと救われた誰かがいることとは、まったく別の話だと思います」

「……リュス」

「同時に――サキオン様がなにを想い、なぜこのような決断を下したのか。それもまた、わからないことなのです」

 

 沈黙に包まれた、オノレの部屋。

 僕は言葉が見つからなくて、目を伏せた。

 

 飲み干したカップの底に、溶けきれなかった砂糖がジャリジャリ残っていた。

 

(これまで、リュスが口にしなかった理由も……わかる)

 

 決して、表に出てはならない歴史。

 

 早く話してほしかったな、と思う反面。

 その話してもらえなかった原因は、明らかに僕の心や態度にあった。

 

『サキオンは……要するに、救いようのないバカだったんだよ。ただし、バカはバカでも家を潰しかけた“最低の害悪”だ』

『ならば。もしも――恋文ではなかったとしたら? サキオン様の行いに、誰にも言えぬ事情があったとしたら。……少しは、心のしこりが消えますか?』

 

 そう、再会したばかり。

 まだ、祓魔女(エクソシスター)リュスの正体を知らなかった頃。

 

 僕は激昂し、彼女へ刃を向けてしまった。最悪の空気だった。

 

(リュスは、すぐに真実を伝えてくれようとしたんだろう。でも、僕があまりに拒絶するから、時期を見ることにしたんだ。……実際、今ですら受け止めきれていない)

 

 僕は、とうとう理解してしまった。

 大切な人の秘密を受け止められるほど、成長できてなかったことを。

 

(……あれでけっこう頑張ってるつもりだったんだけどな、僕)

 

 二人は僕を気を遣ってか、暫し口を開こうとはしなかった。

 全員がコーヒーを飲み終えた頃合いに、ようやくオノレが声をかけてくる。

 

「気分はどうだい、アスタ。……落ち着いた?」

 

 僕は、適切な言葉を探そうとした。

 でも、どうにも気持ちが、上手くカタチになってくれない気がした。

 

「腹が立って、モヤモヤしてさ。自分でも抑えられないくらい気持ちが暴れまくってたんだけど」

「うん」

「なんか急に話がデカくなりすぎて、それどころじゃなくなったっていうか……」

「はは、それは良かったね」

「……これ、良かったのかな。決着がつかないまま、どっかにぽーんと投げられたような気分なんだが」

 

 やり場のないグチャグチャな感情は、スッキリ晴れることはない。

 “それどころじゃない”。そんな名前の蓋を、強引にかぶされてしまった。

 

「アスタ、幻影(ファントゥム)……君が見ていた人物を、サキオンだとするならば――」

「おい、オノレ。実は、微妙に疑ってないか?」

「仕方ないだろう。俺には、彼の姿が見えないんだから」

「そりゃあ……まあ、そうか」

 

 思わず、口ごもる。

 それでも、オノレはその存在を否定はしなかった。

 

「実体がなき幽霊なんて、非魔導学的なオカルトは信じない。たかが未練があるってだけで現世に居座れるなら、この世はとっくに死者でパンクしてるはずだ。……でも、なんらかの“観測可能な存在”がいたんだろうとは思う」

 

 この理論の天才は目に見えない現象を、未解明のデータとして処理する。

 現代魔導学は、別に万能じゃないと割り切っているから。

 

「わたくしは……想いを残した魂が、現世に留まってくださることもあると信じますよ」

 

 リュスは慈しむように僕の手を握りしめたままだ。

 なんか、気恥ずかしい。

 

 そこに、オノレが口にした。

 

「とにかく、アスタ。俺には違和感があるんだ」

「違和感?」

「俺は、直に言葉を交わせたわけじゃない。それでも、君を通してやり取りした限りでの“サキオン氏の印象”というやつがある」

「……どんな印象だよ」

「たぶん、他人の言いなりになるタイプでもないし、ましてや、簡単に死を受け入れるタイプでもない。なんだか、変だなって思わない?」

 

 不思議としっくり来た。

 

 肉体はおろか記憶すらまともになく。

 己の死という残酷な真実を突き付けられてなお、サキオンが放っていたのは――強烈なまでの自我。

 

「……確かに、そうだな」

「アスタ。君の目に映った彼は、どんな人だった?」

「一癖も二癖もあって、ふてぶてしくて、どこまでも傲慢で――」

 

 浮かぶのはあの不敵な、クソむかつく笑み。

 

「――もう死んでるくせに、殺したって死にそうにない男だった」

 

 気が付けば、口をつくのはそんな感想。

 サキオンは本当に、王家に使い潰されただけの悲劇の男だったのか?

 

(いや、違う。あの男は……そんなヤワなタマじゃねえよ、絶対に)

 

 オノレはゆっくり立ち上がり、窓を開けた。

 青々とした香りが夏風に乗り、執務室の空気を押し流していく。

 

「ついでに、めちゃくちゃ偏屈そうだけど。案外、そこまで薄情でもないんじゃないかなって思うんだよね」

「お前なあ。あいつは感謝を述べたリュスを、冷たくあしらったんだぞ」

「いや、まあそこは聞いたけど――」

 

 オノレは、ゆっくりと天井を仰ぐ。

 それから僕の顔を見て、穏やかに笑った。

 

「――君に、ちょっと似てると思ったから、ね」

「は……?」

「いや、タイプは全然違うんだけどさ~。どこか共通性はあるよ」

「どこも似てねえよ」

「本当にそう思ってる?」

 

 ……いや、そんなことはない。

 僕は、あいつが残した本を読んで育ったんだから。

 否定しながらも、どこかでその生き様に憧れもあったんだから。

 

 その解釈は、あまりにも変わってしまったけれど。

 

(でも、だからこそ……知りたい)

 

 そう、僕はようやく、サキオンのことを知りたいと心から思えた。

 

 ふと、リュスが疑問を口にする。

 

「アスタ様。実は、わたくしも気になっていることがあります」

「なんだ、リュス?」

「クラーケン対策についての見識が深まったのは、サキオン様からの情報だと伺いましたが……お間違いないでしょうか?」

「ああ。……あの頃は、正体がサキオンとは思ってなかったけどな」

「では、どうして、サキオン様は“イカ”に詳しかったのでしょうか?」

 

 いきなり話が変わった。

 

「いや、どうしてって言われても……西海岸に領地があったからだろ」

「しかし、だからと言って、そのようにイカに詳しくなれるものなのでしょうか? もしや、そこになにか大きな秘密が……?」

 

 あまりにも、リュスが真剣に聞いてくる。

 

 だが、浮かんだ答えは一つだった。

 僕とオノレは、同時に答える。

 

「「たぶん、普通に変人だったんじゃないか?」」

 

 やっぱあいつって、イカの足とか数えてたのかな。

 でも、なんだか、それってすっごく……ヤバマーズの当主らしいなって思ってしまった。

 

 

***

 

 

 古地図の信憑性を確かめるべく、早速、僕らは調査を開始した。

 

 この危険な任務に起用したのは、現場を知り尽くした眼帯の猟兵(シャスール)

 

 リーダー格でもある彼なら、実力も申し分ない。

 ……同時に、密猟密売の常習犯。ベテランの鼻つまみ者でもあったんだがな。

 

「旦那様よう。あっしら街道警備と開拓地の見回りで、マジで手が回らねえんですよ」

「そこをなんとか頼む、お前が頼りなんだ」

「チッ。イケてる紋章鎧(リバリー)を着て、カッコつけてるだけで金がもらえる。そんなご身分になれると思っておったんですがねえ」

「そんな美味い話が、ヤバマーズにあるわけないだろ!?」

「商人どもの接待じゃ、美味い話だと誘ったくせによぉ……」

「もうっ! 四の五の言わず早く行ってこい! その情報次第で、イカ野郎を殺せるかが決まるんだから」

「へいへい。……世の中、甘くねえですなあ」

 

 僻地貧乏男爵の元で働きたいというなら、落ち着くまでは、年中無休の覚悟を決めてもらわないと困るぞ。(ブラック)

 

 そうして調査に出すこと、二日間。

 もたらされた報告は、あまりに予想外のもの。

 

 戻ってきた、眼帯の猟兵(シャスール)は、なんとも渋い顔をしていた。

 

「旦那様。……この地図、ぶっちゃけゴミですぜ」

 

 ……なんだって?

 つまり、それってどういうことなんだよ!?




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