名誉のない戦争にしてしまえば、誰も戦えなくなる。
貴族どころか、兵士だって戦いたくない。
色ボケのクズが原因じゃ、誰も死ねない。
「まともな人間なら、主戦派の悪事を告発しようと考えるだろうね。――そして、そのまま戦争勃発だ。こうなると、主戦派を罰することすら難しい」
「なんでそうなる?」
「戦争中に、国を割るわけにはいかないだろう?」
「まさか戦争にさえしちまえば、うやむやになるって見越してたのか!? ……つくづく主戦派とやらは狡猾だな」
「そう。でも、この一手は見事に弱点を突いた。世論の手前、どっちの国も表面上はピリピリするだろうけど。主戦派も十年は“戦争したい”なんて言えない空気になるよね」
しかし、僕は計画の穴を指摘した。
「でも、たった十年の猶予なんて、一時しのぎだろ?」
「いいや。その期間で、第二王子とリュディヴィーヌの間に子が生まれ、国の関係も改善すればいいから……狙うなら、わりと現実的なラインだったかも」
確かに結果的に言えば、その後、両国間で大きな戦争は起きてない。
仲が良いとは言い切れないが、戦争を起こした時の損も大きくなってしまったのだ。
「……その後の動きまで、計算されてた? だとしても、誰がそんなことを考えたんだ?」
「誰が、か。歴史の裏側を知れば、俺も後付けで解説はできる。けれど……それは、あくまで結果を知ってるからだ」
そう。結果を知ってれば、何とでも言える。
ああすればよかった、こうすればよかったって。
「“戦争自体を笑いものにする”なんて手は、絶対まともな人間にゃ思いつかないだろ」
「ああ。あまりに異常、奇想天外な発想と言っていい。当時にこれを思いつけるのは、誰かな……。無理だ、ちょっと俺には思考がトレースできない」
さすがのオノレもお手上げだった。
結論、そんなことを思いつく奴は異常者。
「はあ。そんなバカげた案を考えた奴さえいなければ、ヤバマーズ家は没落しなかったのに」
「ただ、矢文の件がなかったとしても……騒ぎが大きくなったら、サキオンが被るしかなかったとは思う。本人も覚悟はしてたんじゃないかな?」
「なら、サキオン自身は……関わると決めた時から、ほぼ詰んでたってことかよ」
不公平すぎる。
しかも、その後サキオンは死んでるし。
「で、ヤバマーズは使い捨てってか? ……胸クソ悪い話だな」
「……そこはわからない。なにか焔王家と取引があったのかもしれないし」
「でも、実際、落ちぶれてんだろ。サキオンはすべてを捨てて、みんなを助けたけど……誰にも助けてもらえなかったんだ。家も救われなかった」
「……確かに、そういう風に見えるね」
考えこむ、オノレ。
だが、それ以上、答えは出ないようだった。
「満足かよ、サキオン。残った一族は泥水を啜り、顔も知らない子孫は呪い蔑む。そんな未来で……お前は本当によかったのかよ」
だが、彼が返事をくれることはない。
僕の目の前から、姿を消してしまったから。
「――ですが、アスタ様。これはあくまで……わたくしの曾祖母、リュディヴィーヌから見た一方的な真実です」
リュスがそっと、僕の手を包み込んだ。
「あなた様のおっしゃる通り、救われたわたくしたちはヤバマーズ家に手を差し伸べませんでした」
「あ、いや。……僕はそういうつもりじゃ」
「そして、残されたヤバマーズ家の皆様が、これまでどんなに苦しい想いをしたのか。……これと救われた誰かがいることとは、まったく別の話だと思います」
「……リュス」
「同時に――サキオン様がなにを想い、なぜこのような決断を下したのか。それもまた、わからないことなのです」
沈黙に包まれた、オノレの部屋。
僕は言葉が見つからなくて、目を伏せた。
飲み干したカップの底に、溶けきれなかった砂糖がジャリジャリ残っていた。
(これまで、リュスが口にしなかった理由も……わかる)
決して、表に出てはならない歴史。
早く話してほしかったな、と思う反面。
その話してもらえなかった原因は、明らかに僕の心や態度にあった。
『サキオンは……要するに、救いようのないバカだったんだよ。ただし、バカはバカでも家を潰しかけた“最低の害悪”だ』
『ならば。もしも――恋文ではなかったとしたら? サキオン様の行いに、誰にも言えぬ事情があったとしたら。……少しは、心のしこりが消えますか?』
そう、再会したばかり。
まだ、
僕は激昂し、彼女へ刃を向けてしまった。最悪の空気だった。
(リュスは、すぐに真実を伝えてくれようとしたんだろう。でも、僕があまりに拒絶するから、時期を見ることにしたんだ。……実際、今ですら受け止めきれていない)
僕は、とうとう理解してしまった。
大切な人の秘密を受け止められるほど、成長できてなかったことを。
(……あれでけっこう頑張ってるつもりだったんだけどな、僕)
二人は僕を気を遣ってか、暫し口を開こうとはしなかった。
全員がコーヒーを飲み終えた頃合いに、ようやくオノレが声をかけてくる。
「気分はどうだい、アスタ。……落ち着いた?」
僕は、適切な言葉を探そうとした。
でも、どうにも気持ちが、上手くカタチになってくれない気がした。
「腹が立って、モヤモヤしてさ。自分でも抑えられないくらい気持ちが暴れまくってたんだけど」
「うん」
「なんか急に話がデカくなりすぎて、それどころじゃなくなったっていうか……」
「はは、それは良かったね」
「……これ、良かったのかな。決着がつかないまま、どっかにぽーんと投げられたような気分なんだが」
やり場のないグチャグチャな感情は、スッキリ晴れることはない。
“それどころじゃない”。そんな名前の蓋を、強引にかぶされてしまった。
「アスタ、
「おい、オノレ。実は、微妙に疑ってないか?」
「仕方ないだろう。俺には、彼の姿が見えないんだから」
「そりゃあ……まあ、そうか」
思わず、口ごもる。
それでも、オノレはその存在を否定はしなかった。
「実体がなき幽霊なんて、非魔導学的なオカルトは信じない。たかが未練があるってだけで現世に居座れるなら、この世はとっくに死者でパンクしてるはずだ。……でも、なんらかの“観測可能な存在”がいたんだろうとは思う」
この理論の天才は目に見えない現象を、未解明のデータとして処理する。
現代魔導学は、別に万能じゃないと割り切っているから。
「わたくしは……想いを残した魂が、現世に留まってくださることもあると信じますよ」
リュスは慈しむように僕の手を握りしめたままだ。
なんか、気恥ずかしい。
そこに、オノレが口にした。
「とにかく、アスタ。俺には違和感があるんだ」
「違和感?」
「俺は、直に言葉を交わせたわけじゃない。それでも、君を通してやり取りした限りでの“サキオン氏の印象”というやつがある」
「……どんな印象だよ」
「たぶん、他人の言いなりになるタイプでもないし、ましてや、簡単に死を受け入れるタイプでもない。なんだか、変だなって思わない?」
不思議としっくり来た。
肉体はおろか記憶すらまともになく。
己の死という残酷な真実を突き付けられてなお、サキオンが放っていたのは――強烈なまでの自我。
「……確かに、そうだな」
「アスタ。君の目に映った彼は、どんな人だった?」
「一癖も二癖もあって、ふてぶてしくて、どこまでも傲慢で――」
浮かぶのはあの不敵な、クソむかつく笑み。
「――もう死んでるくせに、殺したって死にそうにない男だった」
気が付けば、口をつくのはそんな感想。
サキオンは本当に、王家に使い潰されただけの悲劇の男だったのか?
(いや、違う。あの男は……そんなヤワなタマじゃねえよ、絶対に)
オノレはゆっくり立ち上がり、窓を開けた。
青々とした香りが夏風に乗り、執務室の空気を押し流していく。
「ついでに、めちゃくちゃ偏屈そうだけど。案外、そこまで薄情でもないんじゃないかなって思うんだよね」
「お前なあ。あいつは感謝を述べたリュスを、冷たくあしらったんだぞ」
「いや、まあそこは聞いたけど――」
オノレは、ゆっくりと天井を仰ぐ。
それから僕の顔を見て、穏やかに笑った。
「――君に、ちょっと似てると思ったから、ね」
「は……?」
「いや、タイプは全然違うんだけどさ~。どこか共通性はあるよ」
「どこも似てねえよ」
「本当にそう思ってる?」
……いや、そんなことはない。
僕は、あいつが残した本を読んで育ったんだから。
否定しながらも、どこかでその生き様に憧れもあったんだから。
その解釈は、あまりにも変わってしまったけれど。
(でも、だからこそ……知りたい)
そう、僕はようやく、サキオンのことを知りたいと心から思えた。
ふと、リュスが疑問を口にする。
「アスタ様。実は、わたくしも気になっていることがあります」
「なんだ、リュス?」
「クラーケン対策についての見識が深まったのは、サキオン様からの情報だと伺いましたが……お間違いないでしょうか?」
「ああ。……あの頃は、正体がサキオンとは思ってなかったけどな」
「では、どうして、サキオン様は“イカ”に詳しかったのでしょうか?」
いきなり話が変わった。
「いや、どうしてって言われても……西海岸に領地があったからだろ」
「しかし、だからと言って、そのようにイカに詳しくなれるものなのでしょうか? もしや、そこになにか大きな秘密が……?」
あまりにも、リュスが真剣に聞いてくる。
だが、浮かんだ答えは一つだった。
僕とオノレは、同時に答える。
「「たぶん、普通に変人だったんじゃないか?」」
やっぱあいつって、イカの足とか数えてたのかな。
でも、なんだか、それってすっごく……ヤバマーズの当主らしいなって思ってしまった。
***
古地図の信憑性を確かめるべく、早速、僕らは調査を開始した。
この危険な任務に起用したのは、現場を知り尽くした眼帯の
リーダー格でもある彼なら、実力も申し分ない。
……同時に、密猟密売の常習犯。ベテランの鼻つまみ者でもあったんだがな。
「旦那様よう。あっしら街道警備と開拓地の見回りで、マジで手が回らねえんですよ」
「そこをなんとか頼む、お前が頼りなんだ」
「チッ。イケてる
「そんな美味い話が、ヤバマーズにあるわけないだろ!?」
「商人どもの接待じゃ、美味い話だと誘ったくせによぉ……」
「もうっ! 四の五の言わず早く行ってこい! その情報次第で、イカ野郎を殺せるかが決まるんだから」
「へいへい。……世の中、甘くねえですなあ」
僻地貧乏男爵の元で働きたいというなら、落ち着くまでは、年中無休の覚悟を決めてもらわないと困るぞ。(ブラック)
そうして調査に出すこと、二日間。
もたらされた報告は、あまりに予想外のもの。
戻ってきた、眼帯の
「旦那様。……この地図、ぶっちゃけゴミですぜ」
……なんだって?
つまり、それってどういうことなんだよ!?
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