ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

167 / 196
第167話 つまり、それってどういうことなんだよ!?(後半)

 ガタッ!

 思わず椅子を揺らす勢いで、身を乗り出してしまった。

 

「ちょっ、ふざけんなよ!? その地図はな、うちの大事な家宝みたいなもんだぞ!?」

「いやぁ、旦那様。そう言われましてもねえ……」

「どういうことか、納得のいく説明をしろっ!」

 

 すぐ近くで、大人しく事務仕事をこなしていたヘイホー。

 コーヒーを啜っていたオノレが、同時にぎょっとする。

 

「だから。あっしは、そのために来たんでさ」

「……そっか。そうだな、すまん(素直)」

 

 命懸けの調査に赴いた部下を、困らせるのはダメな振る舞いだな。

 一度、落ち着こう。すーはー、すーはー。

 

「よし、聞こうか」

「へい。まず、狂気樹海の入り口でやすが……ありゃあ、人の住む世界じゃねえですな。瘴気の濃さといい、蠢く魔物の密度といい。ジル坊ちゃんの防毒マスクなしじゃ一分と持ちやせん、とんだ危険地帯ですよ」

「探索困難なのは、百も承知だ。でも、古地図さえあればルートが――」

「問題は、まさにそこなんでさぁ」

「……そこって?」

「この『特務研究機関』とかいう場所……そこにどう足掻いても辿り着けそうにねえんです」

「はあ? 辿り着けない?」

 

 眼帯の猟兵(シャスール)は、無精ひげをガリガリ掻きむしった。

 顔には、深い疲労感。

 

「魔物を避けながらでも、地図の通り進んだんでやす。なのに、気が付けば同じ場所をグルグル回らされ、ハッと気が付けば……樹海から出てるんさぁ」

「樹海から出てしまう……?」

「木に目印を付けても、コンパスを使っても無駄。ありゃあ、迷いの魔術かなにかが仕掛けられてやすぜ」

 

 そんなトラップなんて、どこにも書いていなかったのに。

 いや、そもそも……古地図以上に詳しい資料なんて残ってない。

 

 え、どうしたらいいんだ。これ? 原因はいったい何なんだ?

 

「で、お次は湖ですな。こいつの描かれようも、まるでアテになりやせん」

「なぜだ?」

「湖の範囲が、明らかに地図より広いんですよ」

「……今度は、湖が広いと来たか」

「ええ。それも一回りどころか、二回りはデカく広がってやがる」

「縮尺が間違ってるとかじゃなく? だいたい昔の測量なんて、今よりいい加減なもんだろ」

「うーん、なんつーか。そういう誤差って感じでもなさそうでして……?」

 

 どうやら現場を見た者でなければ、伝わりにくい状況らしい。

 

「正確じゃなくていい、お前の感性で話せ」

「なんていいやすかね……そう、周辺一帯の陸地がじわじわ侵食されてる感じなんですわ」

「侵食……」

「湖の周りは湿地帯になってやすが、ありゃあ元々は陸だった場所でさ」

「……なぜ、そう思う?」

「なんか変だなと思ってみて回ったら、水に浸かって腐った木がありやがるし、古道らしき石畳が沈んでるところもありやしたね」

 

 ゾワリ。不吉な予感に、怖気が走る。

 確かにあの道中、やけに歩きにくいとは思ったが……どうして、僕はその可能性に気付かなかったのか?

 

「旦那様。こいつはいったい、いつ頃の地図ですかい?」

「……三代目サキオンの頃だ。僕の曽祖父の世代だろうから、せいぜい数十年前……百年までは経っていないはずだ」

「なら、なおさらおかしい。それぽっちの年月で、地形がここまで変わるもんですかねえ?」

 

 地殻変動でも、起きたのか?

 いや、地図が参考にならなくなるほどの天変地異が起きたなら、さすがにヤバマーズ領だけの問題じゃ済まない。王国中に災害記録が残るはずだ。

 

 その時、話を聞いていたオノレが口を開いた。

 

「アスタ、この古地図だけど。湖を描いたものだけで、何枚かバリエーションがあったよね」

「え、ああ。スケッチっぽいものも含めたら、枚数あるな。それがどうした?」

「試しに、並べてみてごらんよ」

 

 言われるがまま、数枚の地図を机に広げていく。

 そして、僕は目を疑った。

 

「よく見たら、全部、湖の大きさが違うじゃないか!?」

「おそらく年月が経つにつれて、湖の境界線がじわりじわりと外側に向けて書き直されているんだ」

「まさか、オノレ。気付いてたのか?」

「パッと見、計測誤差かと思ってたんだよ。もちろん、妙には思ってたけどね」

「……ということは、昔から地形が変わっていたのか」

「なんだったら、昔の方が変動の速度が速かったみたいだね。……たぶんこういう順番だ」

 

 オノレが、地図を並び替えていく。湖のサイズ順へと。

 つまり、湖が肥大化している? そんなバカな。

 

「それに、これも気になったんだが。一番最後に作成されたと思わしき、この地図」

 

 オノレが指で示したのは、広大な湖のど真ん中。

 水没しているはずの地点にぽつんと記載された――謎のランドマーク。

 

「これ、どういう意味だと思う?」

「水中に、目印?」

「……最後の地図にだけ、描いてあるの。変じゃない?」

「確かに。何の意味があってそんな場所に記載したんだ」

 

 頭を捻る僕たち。

 すると、ヘイホーがおずおずと自信なさげに言った。

 

「えっと。なにかの大きな建築物が……水に沈んだ、とかはどうでしょうか?」

 

 オノレは顎に手を当て、一応頷いて見せた。

 

「まあ、なんらかの建築物が沈んでいる可能性は否定しない。たぶん、道があった以上、湖周辺にも拠点はあったはずだから」

「あ、そうか。そう、なるのか」

 

 湖の近くに拠点があるかどうかは、考えてなかった。

 

「もしかしたら、湖に漁村くらいは昔あったのかもな」

「それはこの辺りだと思う。切り開いたような地形があるから」

「……ああ、そういう見方をすればいいのか」

 

 改めて見れば、当時の地図にはそれらしきところもある。

 でも、ランドマークは付いてない。

 

「てか、さすがに湖のど真ん中に建築物はありえねえな」

「そうだね。増水で集落が沈んだなら、湖の端辺りになるんじゃないかな」

「そう、ですか。そうですよね」

 

 ヘイホーは、ションボリした。

 すると、眼帯の猟兵(シャスール)も口を挟んでくる。

 

「なら、船が引っかからないようにする注意喚起なんじゃないですかい? 小島があるとか、浅瀬があるとかよう」

「ありえるけど。そういう記入するなら、他の箇所にも色々書き込みがないとおかしいと思わないかい」

「……そう言われりゃ変ですな、ここだけピンポイントだ」

 

 そもそも一番、最後の地図にだけ書き込みって変なんだよな。

 そんなもの、昔からあるはずだから。

 

 あまりに意味がわからなくて、みんなで唸っていると……廊下から響く、狂乱に近い足音。

 

「……なんだ、やけに騒々しいな」

 

 ――バァンッ!!

 

 蝶番が悲鳴を上げる勢いで、扉が開けられた。

 そこにいたのは、凛々しい執事服に身を包む、我が麗しの女主人代行(グヴェルナント)――リュスだった。

 

「リュス!? どうした、そんなに慌てて……うぐっ!?」

 

 問いかける暇もなく、一直線に僕の胸に飛び込んできた。

 結い上げている髪は乱れ、顔は青ざめている。呼吸も激しく乱れていた。

 

「アスタ、様……っ!! あああ、アスタ様……っ!」

「ほら、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから、僕はここにいるよ」

 

 まさか、また発作が起きたのか?

 最近は、かなり落ち着いて来ていたのに。

 

(いや、普段もけっこうメンタル、ガタガタではあるけどさ。発作までいかなくても、顔色悪い時はあるし。眠れないのか、屋敷内を歩いてる時もあるし……)

 

 率先してバリバリ働いてくれるから、無理をさせがちではある。

 しかも、リュスって人前だと限界まで我慢するしな。

 

(だからこそ、心のケアになるならと思って、一緒にいる時間は望む通りにしてあげてたんだけど……)

 

 同席していたメンバーも、さすがに困っているようだ。

 

 うーん、リュスが精神的に不安定なのは、あまり知られたくないなあ。

 居心地悪くなって、自分のことを責めちゃうかもだし。

 

「どうしたんだ、リュス? よしよし、また不安になったのか?」

「湖が――」

「え、湖?」

「湖が、氾濫しますっ……村も、工房も、濁流に押し流されてしまうっ!」




いつも応援ありがとうございます!

「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。

作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。