ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第169話 貴女を守る新しい布。でも、僕はどこかに隠してしまいたい。

「なんだ、お前。やけにテンション高くないか?」

 

 僕は、立腹しながら尋ねる。

 物言いがいつもと違う気がしたのだ。

 

 すると、オノレはいつもの癖で、青い前髪をいじり始める。

 整った顔が、なぜか少し照れ臭そうにしていた。

 

「あー……怒らないで、聞いてくれよ?」

「そりゃ内容によるな」

 

 僕は思わず、ぶっきらぼうに返してしまった。

 

「不謹慎だろうけど、正直に言うよ。俺は今、ちょっとワクワクしてるんだ」

「ワクワク……?」

「そうさ。今までは君の危機に、安全なところから見ているくらいしか出来なかったからね」

 

 思ってもみない返答に、一瞬言葉を失う。

 

「……そりゃあ、お前にもラプラス伯爵家の立場があったからだろ」

「まあね。でも今回は違うよ、三家合同作戦の真っ最中、その延長のままだ! 気兼ねなく最前線で一緒に戦える! これが喜ばずにいられるかい?」

 

 ――ああ、そうか。

 

 完璧超人にさえ見えていた親友は、密かに心苦しく無力感を噛みしめていたのだ。

 僕からしてみれば、十二分に大きな支えとなってくれていたのに。

 

「それにさ、思わないかい?」

「思うって何をだよ」

「ここ最近の出来事だよ! ああ、もちろん厄介事のオンパレードだ。聞かない方が良かったと思うことも多い。でも、これぞまさに、君がくれた手紙の通りじゃないか!」

 

 オノレは、キラキラと目を輝かせた。

 

「――“されど、謎はここにあり”だよ! アスタ、君がくれた手紙は嘘なんかじゃなかった。こんなにも解き明かすべき謎をくれる場所を、俺は他に知らない!」

「オノレ……っ!?」

「退屈な社交界を捨て、君のために早馬を潰し駆け抜けた。俺は、あの決断を誇りに思う! 招待してくれて、本当にありがとう!」

 

 毒気を抜かれてしまった。

 

 こんな危機的状況なのに、ここまで嬉しそうに語られてしまうとはな。

 僕だって借りを作ってばかりで、ろくなお返しもできてないと申し訳なく思っていたのに。

 

 でも、ここで必要なのは謝罪じゃなかった。

 

「……僕だって、お前が真っ先に来てくれて本当に助かってる。ありがとうな」

「あはは、ならやっぱり来て良かったよ。親友の危機に居合わせるなんて、こんな贅沢はないと思うからね」

 

 リュスの視た未来では、確かに破滅したのかもしれないが。

 こいつが機嫌良さそうにしてるのを見ていたら、今回もなんとかなる気がして来た。

 

「もしや、わたくしの最大のライバルは……オノレ様なのでは?」

 

 リュスがなにやら呟いているが、立ち直ってくれたなら良し。

 さあ、運命なんてハナで笑って、ひっくり返してやろう。

 

「なら、なにから始めるか、だな。……そもそも、その洪水ってのはただの天災か?」

 

 僕は、まず問題提起をした。

 

 魔人や盗賊とか、ぶっ倒せるわかりやすい脅威とはまるで違う。

 相手は自然現象か、あるいはそれに擬態したなにか、だ。

 

「ああ、原因究明は急ごう。でも、その前にやるべきことがある」

「なんだ?」

「まず、リュシエンヌの異能について扱いの方針を固めることだ」

 

 オノレの提案に、意表を突かれた。

 それは本人も同じだったようで……。

 

「それは、わたくしの……『回帰』のことでしょうか?」

「ああ。俺が思うにある程度、周囲に公開するしかない段階にきていると思う」

「で、ですが……」

 

 リュスは困惑したように、暗渠(あんきょ)の瞳を揺らす。

 

「待てって、オノレ!」

 

 僕は反論した。反射的だった。

 

「『回帰』の異能を、隠すべきだと言ったのはお前だろ。聖王教会や権力者に知られたら終わりだって! 研究材料として使い潰されるって!」

「確かに、リスクはある。でも、そろそろ限界だ」

「限界ってなんだよっ!」

「まず、いざ洪水が起きる時に、根拠もなく避難を呼びかけても誰も信じないだろう? それに……さっきの取り乱し方もそうだが、毎回、彼女の反応はあまりに鮮烈すぎるんだ」

 

 ぐっと息が詰まった。

 正直、僕もそう思ったからだ。

 

「……まあな。もう領民たちの噂になってても、おかしくないとは思う」

 

 リュスが“たまに変なことを言い出す”とか、密かに陰口を叩かれてそうだ。

 僕はそれが怖かった。

 

「そろそろバレる段階に来てるんだ。隠ぺいが綻び始めたなら、こちらから新しい布を被せるしかない」

「新しい布?」

「そう、物はいいようだよ。たとえば……“神託が降りることがある”と言えばどうだい?」

「神託? ……そんなの、『回帰』とどう違うってんだよ」

 

 時間をやり直して、未来を知る。

 神からお告げを聞いて、未来を知る。

 

 結果として、未来を知っているという点では同じじゃないか。

 

「全然違うよ、アスタ。それはね――権威と責任の所在だ」

「権威と責任……?」

 

 オノレは指を二本立てて、そう言った。

 

「『回帰』の異能は、個人の力。君のウロコと同じで、下手にバレたら解明したいって輩が集まってくる。獲得や再現可能な技術と思われたら、彼女の平穏は死ぬまで訪れない」

「……そんなの、絶対に許せるかよ」

「だろうね。でも、神託は違う」

「どう違うってんだ」

「神託とは、聖王や七大神からの啓示であり、選ばれし者への慈悲。リュシエンヌはただの受信機であり、力の源泉は神にある」

「えーと、リュスが凄いんじゃなくて、あくまで“神様が凄いだけ”というロジックってわけか?」

「そうだよ。稀にあるだろ、信仰心の賜物として受け入れられやすいストーリーだ。もちろん、箔は付いてしまうけどね」

 

 確かに歴史上、例がない訳ではない。

 いや、なんなら僕みたいな貴族どころか、その辺の村娘にでも、神の気まぐれさえあれば起こり得る程度の奇跡。

 

 虫の知らせ、なんて言い方もある。

 “ありふれた希少品”という慣用句が、これほど相応しい現象も他にない。

 

「そんなの聖王教会が許すとは思わないな。あいつらは、リュスを祓魔女(エクソシスター)……兵器みたいに扱ってるんだぞ?」

「でも、リュシエンヌに味方を作ってあげられる。そこが大きな違いだ」

「味方?」

「そうだよ、得体の知れない異能なら“不気味な逸脱者”。だが、神託を受けた女性なら、“神に選ばれた聖女”になれる。……民衆が彼女を守ろうとする動機になるんだ」

 

 僕は、ますます怖くなった。

 これは敵対しないための策じゃない、敵対を前提としたものだ。

 

「そんなのはダメだ! 結局、彼女が有名になって、権力者の目に晒される。危険に巻き込まれるってことじゃないか!」

 

 リュスはこんな僻地だけど、せっかく安息を掴みかけているんだ。

 祓魔女(エクソシスター)としての任務から逃れられなくても、そっとしておいてあげたいじゃないか!

 

「シャルル王太子だって、排斥した元婚約者が『神託の乙女』として復活したなんて知ったら、何をしでかすかわかったもんじゃないぞ!」

 

 僕はどうなっても、かまわない。

 でも、リュスがこれ以上、苦しむのだけは看過できなかった。




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