「なんだ、お前。やけにテンション高くないか?」
僕は、立腹しながら尋ねる。
物言いがいつもと違う気がしたのだ。
すると、オノレはいつもの癖で、青い前髪をいじり始める。
整った顔が、なぜか少し照れ臭そうにしていた。
「あー……怒らないで、聞いてくれよ?」
「そりゃ内容によるな」
僕は思わず、ぶっきらぼうに返してしまった。
「不謹慎だろうけど、正直に言うよ。俺は今、ちょっとワクワクしてるんだ」
「ワクワク……?」
「そうさ。今までは君の危機に、安全なところから見ているくらいしか出来なかったからね」
思ってもみない返答に、一瞬言葉を失う。
「……そりゃあ、お前にもラプラス伯爵家の立場があったからだろ」
「まあね。でも今回は違うよ、三家合同作戦の真っ最中、その延長のままだ! 気兼ねなく最前線で一緒に戦える! これが喜ばずにいられるかい?」
――ああ、そうか。
完璧超人にさえ見えていた親友は、密かに心苦しく無力感を噛みしめていたのだ。
僕からしてみれば、十二分に大きな支えとなってくれていたのに。
「それにさ、思わないかい?」
「思うって何をだよ」
「ここ最近の出来事だよ! ああ、もちろん厄介事のオンパレードだ。聞かない方が良かったと思うことも多い。でも、これぞまさに、君がくれた手紙の通りじゃないか!」
オノレは、キラキラと目を輝かせた。
「――“されど、謎はここにあり”だよ! アスタ、君がくれた手紙は嘘なんかじゃなかった。こんなにも解き明かすべき謎をくれる場所を、俺は他に知らない!」
「オノレ……っ!?」
「退屈な社交界を捨て、君のために早馬を潰し駆け抜けた。俺は、あの決断を誇りに思う! 招待してくれて、本当にありがとう!」
毒気を抜かれてしまった。
こんな危機的状況なのに、ここまで嬉しそうに語られてしまうとはな。
僕だって借りを作ってばかりで、ろくなお返しもできてないと申し訳なく思っていたのに。
でも、ここで必要なのは謝罪じゃなかった。
「……僕だって、お前が真っ先に来てくれて本当に助かってる。ありがとうな」
「あはは、ならやっぱり来て良かったよ。親友の危機に居合わせるなんて、こんな贅沢はないと思うからね」
リュスの視た未来では、確かに破滅したのかもしれないが。
こいつが機嫌良さそうにしてるのを見ていたら、今回もなんとかなる気がして来た。
「もしや、わたくしの最大のライバルは……オノレ様なのでは?」
リュスがなにやら呟いているが、立ち直ってくれたなら良し。
さあ、運命なんてハナで笑って、ひっくり返してやろう。
「なら、なにから始めるか、だな。……そもそも、その洪水ってのはただの天災か?」
僕は、まず問題提起をした。
魔人や盗賊とか、ぶっ倒せるわかりやすい脅威とはまるで違う。
相手は自然現象か、あるいはそれに擬態したなにか、だ。
「ああ、原因究明は急ごう。でも、その前にやるべきことがある」
「なんだ?」
「まず、リュシエンヌの異能について扱いの方針を固めることだ」
オノレの提案に、意表を突かれた。
それは本人も同じだったようで……。
「それは、わたくしの……『回帰』のことでしょうか?」
「ああ。俺が思うにある程度、周囲に公開するしかない段階にきていると思う」
「で、ですが……」
リュスは困惑したように、
「待てって、オノレ!」
僕は反論した。反射的だった。
「『回帰』の異能を、隠すべきだと言ったのはお前だろ。聖王教会や権力者に知られたら終わりだって! 研究材料として使い潰されるって!」
「確かに、リスクはある。でも、そろそろ限界だ」
「限界ってなんだよっ!」
「まず、いざ洪水が起きる時に、根拠もなく避難を呼びかけても誰も信じないだろう? それに……さっきの取り乱し方もそうだが、毎回、彼女の反応はあまりに鮮烈すぎるんだ」
ぐっと息が詰まった。
正直、僕もそう思ったからだ。
「……まあな。もう領民たちの噂になってても、おかしくないとは思う」
リュスが“たまに変なことを言い出す”とか、密かに陰口を叩かれてそうだ。
僕はそれが怖かった。
「そろそろバレる段階に来てるんだ。隠ぺいが綻び始めたなら、こちらから新しい布を被せるしかない」
「新しい布?」
「そう、物はいいようだよ。たとえば……“神託が降りることがある”と言えばどうだい?」
「神託? ……そんなの、『回帰』とどう違うってんだよ」
時間をやり直して、未来を知る。
神からお告げを聞いて、未来を知る。
結果として、未来を知っているという点では同じじゃないか。
「全然違うよ、アスタ。それはね――権威と責任の所在だ」
「権威と責任……?」
オノレは指を二本立てて、そう言った。
「『回帰』の異能は、個人の力。君のウロコと同じで、下手にバレたら解明したいって輩が集まってくる。獲得や再現可能な技術と思われたら、彼女の平穏は死ぬまで訪れない」
「……そんなの、絶対に許せるかよ」
「だろうね。でも、神託は違う」
「どう違うってんだ」
「神託とは、聖王や七大神からの啓示であり、選ばれし者への慈悲。リュシエンヌはただの受信機であり、力の源泉は神にある」
「えーと、リュスが凄いんじゃなくて、あくまで“神様が凄いだけ”というロジックってわけか?」
「そうだよ。稀にあるだろ、信仰心の賜物として受け入れられやすいストーリーだ。もちろん、箔は付いてしまうけどね」
確かに歴史上、例がない訳ではない。
いや、なんなら僕みたいな貴族どころか、その辺の村娘にでも、神の気まぐれさえあれば起こり得る程度の奇跡。
虫の知らせ、なんて言い方もある。
“ありふれた希少品”という慣用句が、これほど相応しい現象も他にない。
「そんなの聖王教会が許すとは思わないな。あいつらは、リュスを
「でも、リュシエンヌに味方を作ってあげられる。そこが大きな違いだ」
「味方?」
「そうだよ、得体の知れない異能なら“不気味な逸脱者”。だが、神託を受けた女性なら、“神に選ばれた聖女”になれる。……民衆が彼女を守ろうとする動機になるんだ」
僕は、ますます怖くなった。
これは敵対しないための策じゃない、敵対を前提としたものだ。
「そんなのはダメだ! 結局、彼女が有名になって、権力者の目に晒される。危険に巻き込まれるってことじゃないか!」
リュスはこんな僻地だけど、せっかく安息を掴みかけているんだ。
「シャルル王太子だって、排斥した元婚約者が『神託の乙女』として復活したなんて知ったら、何をしでかすかわかったもんじゃないぞ!」
僕はどうなっても、かまわない。
でも、リュスがこれ以上、苦しむのだけは看過できなかった。
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