ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第17話 ヤバマーズ男爵の実験劇場、なお被検体は爆発

 領民たちは、意気消沈。鳴らされていた、鍋も太鼓も今は静か。

 

「もう無理です……これじゃあ、また(・・)……」

「また、だと?」

 

 膝をつき、がたがたと震えるリュス。

 ベールが外れ、露わになった瞳は、絶望にいっそう深く昏くなっている。……なんか前より悪化してんな。

 

「おい、リュス。呆けてないで、ロダンを引かせろ! 第二波が来るぞ!」

 

 返事すらない。

 この女、さっきから「待て」だの、「また」だの。教会のエリートのくせに、うちの領民よりよっぽど根性がないじゃないか。

 

「ふんっ、こいつはもうダメだな」

 

 僕は狩猟刀を逆手に構え、地を蹴った。

 

「若様っ!? おやめください、無謀にございますっ!」

 

 執事ゲロハルトが絶叫。

 黙れ。無謀だと? そんなもん、僕の死体を見てから言え。

 

「ヤバマーズの血が騒いでいるのだ。現状を打破せよと、僕の脳髄をブッ叩いている!」

 

 あえて大声を出し、真正面に躍り出る。

 

「さあ、僕が相手だ! 棘山熊(エピヌウルス)!」

 

 ギロリ。

 棘山熊(エピヌウルス)の双眼が僕を捉えた。体毛は逆立ち、雷撃で焼かれた空気が、独特のツンとした臭いとなって満ちている。

 

「ウガァアアアアッ!!」

 

 奴は、迷わず僕を選んだ。あえて背中を見せてやったのだ。逃げる獲物を追うのは、獣の本能。

 

 巨体に似合わぬ俊敏な跳躍。岩をも砕く剛腕の一撃っ!

 

「もう、それは覚えたっ!」

 

 ヤバマーズ流、無駄に素早い身のこなし――その極意は、死の境界をなぞり往く曲芸だ。

 殺意が肌を撫でる寸前、左手のウロコがピリリと警鐘を鳴らす。

 

 ――右、斜め、後ろ!

 

 ドォォォォォン!! ドォォォォォン!!

 

 地面が何度も、炸裂した。鉄球を叩きつけたかというほどに。

 泥が飛ぶ。震動が腹に響く。

 

 だが、僕は不敵に笑った。

 

「ふはははっ! おやおや息切れしてるじゃないかぁ、棘山熊(エピヌウルス)ぅっ!」

 

 ――観察しろ、脳を回せ。

 背中の角から立ち昇る、赤い蒸気。収まるどころか、濃くなっている。

 

「その角は、ただの防具じゃないな? 雷撃を使う代償に、体内で発生した熱を逃がすための排熱装置なんだ!」

 

 こいつ、過剰な魔素活動に対する排熱が、まったく追いついていない。

 

「さては、燃費が悪すぎるんだろう? さっきのドデカい一発。相当、身体に負荷があったんじゃないか?」

「グルルル……」

「どうした、魔熊! 聖騎士を一発で黙らせた威勢はどこへ行った! 僕はまだ、ピンピンしてるぞっ!」

 

 僕は逃げない。攻撃範囲ギリギリを、円を描くように飛び跳ねては、狩猟刀を叩きこむ。

 ダメージなど微々たるもの。だが、奴が僕を殺そうと腕を振り、巨体を捻れば、捻るほど。その強大な筋肉が、さらなる熱を生む。

 そう、追い込んでいるはずの、棘山熊(エピヌウルス)こそが……。

 

「ほら、さあ! 動けるうちに、雷撃を落とせよ。ここだぞ!」

 

 いまや究極の決断を、迫られている。

 

「おいおい、なにビビってる? それともただの野良熊に戻ったかよ?」

「……グルゥ」

 

 来た。左手のウロコが焼けるように熱くなる。雷撃の予兆。

 そして、見つけた。背棘の根元。皮膚の継ぎ目が、赤く脈動している。あれが、電荷を蓄える部位。

 

「結局、その『異能』こそが弱点なんだよ!」

 

 僕は背負っていた、ネジ巻き式ボウガンを取り出すと。

 ボルトの先端、返し刃の隙間へ――『黒銀結晶』の小瓶を無理やりねじ込んだ。

 

「さあ、ヤバマーズ男爵の実験劇場を始めようかっ! こいつが、もし(・・)結晶化した魔素なら――ブチ込まれた、お前の回路はどうなるんだろうな?」

 

 トリガーを絞る。

 ボルトは吸い込まれるように、赤く光る棘の根元へ突き刺さった。

 

 一瞬の静寂……からの。

 

 バチィィィィィィィッ!!

 

「グォオオオオオオッ!?」

 

 標的へ放たれるはずの雷光が逆流、棘山熊(エピヌウルス)自身を、内側から焼き裂いた。

 だが、土煙が収まった時……僕は息を呑んだ。

 

「……まだ、立ってやがるのかよ」

 

 角はひび割れ、露出した肉からは、焦げ臭い黒煙が立ち上る。

 それでも、焼かれて濁った双眼で、僕を睨みつけていた。止まらぬ殺意。

 

「貴公っ、逃げろっ!」

 

 聖騎士ロダンが、血を吐きながら叫ぶ。

 

 知性も戦術も消え、残ったのは自壊を伴う最後の逆襲。死なば諸共。

 

「ガアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 ただの質量と化した、爆発的な突進。

 電荷制御を失った全身から、無作為な火花が散り、触れるものすべてを焼き尽くす処刑機へと変貌している。

 

「くっ、死ぬ間際の特攻かよっ!」

 

 さすがにこれを避けても、放電の余波までは防げない。

 死を覚悟した瞬間――左手のウロコが、かつてないほど眩く発光した。

 

 パリッ、と小さな閃光が芽吹く。

 

「……はああっ?!」

 

 大気から何かが収束するように、左手の甲に……三日月状の半透明な刃が構築。

 武器というよりは、身体の一部という感覚だった。

 

 もはや、僕は無意識にそれを突き出し、肉薄する魔熊とすれ違った。

 

 ――ザシュゥウウウウウウウウッ!

 

 刃は、電流すらもはじき返し――容易く奴の分厚い腹を掻っ捌く。

 

「なにか腕から、生えてきやがったぁあああっ!?」

 

 勢い余って草むらに転がり落ち、振り返る。

 棘山熊(エピヌウルス)の巨躯は、慣性のまま地面を滑り、動き出すことはなかった。

 

 勝ったよ、勝ったけど!

 消えゆく左手の光る刃を見つめ、僕は顔を引きつらせた。

 

「なんじゃ、こりゃぁあああああっ!?! 僕の体はどうなってるんだよ!」

 

 ヤバマーズに、新たな説明不能が刻まれた瞬間だった。




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