「君は、つくづく困った奴だな。そんなにリュシエンヌが大事かい?」
「ああ、大事だよ。……僕自身よりもな」
恥ずかしげもなく、言い切った。
そんなの、今さら確認するようなことじゃない。
やはり、何度も考えても――あの日、十七歳の僕は手を伸ばすべきだった。
「アスタ様……」
感極まったような、リュスの声。
「なら、聞くけどさ。俺や君が身動き取れない状況になったら、今のリュシエンヌになにができるっていうんだ? ……前の戦いでもそうだったろ」
「うっ!?」
盗賊団に包囲されていた時の裏側は、僕も聞いている。
どれだけリュスが苦しんだのか、ということも。
「今の彼女は強い。ああ、認めるよ、俺たちよりも遥かにね。でも、武力だけじゃなにも解決できなかった」
「……お前の言うことはわかる。それでも僕は……出来れば、リュスを便利な手札にしたくないんだ」
すると、オノレは呆れて見せた。
「はあ。カッコつけてるけどさ、それは君のエゴだよ」
「エゴ……」
「自分の愛する人だけ、綺麗なまま安全圏に置きたい? バカも休み休み言いなよ」
「そう思うのが、悪いかよ」
「人間だからね、気持ちは理解できなくもない。でも、本当はわかってるよね? 今のヤバマーズ領に、安全圏なんてないってことを」
オノレは、スパッと切り捨てる。
なにも言い返せなかった。
部下や仲間は危険に晒して、リュスだけ特別扱いしようとしても無駄。
現状では実現不可能な願いだと、僕の身勝手さと共に突き付けられてしまった。
「君は、情が入ると本当にダメダメだ。ほら、リュシエンヌ。君自身はどうしたい? 揺り篭に、丁重に守られて過ごしたいかい?」
「わたくしは――」
リュスは真っすぐに、凛と僕らを見据えていた。
「――少しでも、アスタ様のお力になれる選択をしたいです」
「リュス、本気なのか!?」
「もちろんです」
「だが、もしも……この選択が、取り返しのつかない結果を生んだら、僕はっ!」
「正直に申し上げれば、このような選択を与えられたこと自体が、今回が初めての経験です。だから、本当は少し怖いです」
「なら、やめたらいい。今を乗り越えるために、明日を売り渡す必要はない! 僕が必ずなんとかする!」
なりふり構わず、啖呵を切る。
ああ、今回だってなんとかして見せると。
しかし――。
「いいえ、アスタ様。わたくしはどうしても、あなた様の隣にいたいのです。そのためにならば、このヤバマーズの地で、一緒に生きていけるのならば、どんな役柄でも喜んで演じてみせましょう」
リュスの決意は、僕の想像より遥か深く、昏い場所に根ざしている。
「僕は……そんなこと望んでないぞ」
「申し訳ございません。どうしても、そのお気持ちには添えないのです」
「リュス、頼むよ。僕の力を信じてくれ」
「信じております、アスタ様の覚悟の強さを。でも、だからこそ、あなた様だけが、苦労し犠牲を払うならば、それは一緒に生きていることにはならぬのです」
リュスの
「わたくし、アスタ様がくださった“今日”を失うくらいなら――魂ですら売り払う覚悟でおりますから。許してくださいましね」
重い。あまりに重い。
貴女がそんな選択を望むくらいなら、いっそのこと、僕を好きにならないで欲しい。大事に思わないで欲しい。
けれど、この案に合理性があることは、本当は僕だってわかっていた。
「ですが、意外ですね。……オノレ様はわたくしに、影響力を与えたくないものかと思っておりましたのに」
「もちろん、本音は与えたくないよ」
「ならば、わたくしを少しは信頼してくださったのですか?」
「いいや、信頼もしてない。リュシエンヌ、君の極端な本性はなにも変わってない。いつかその“潔癖さ”を暴走させると、俺は確信しているよ」
「……でしたら、ますます不思議ですね。なぜ?」
「シンプルに、今の盤面ではリスクを取るしかないと思ったからだね。この先を勝つために」
「……そう、ですか」
リュスは白い指先を顎に添え、考えこんだ。
「しかし。七大神の名を騙れば、神罰が下りかねないのではないですか?」
それこそが、世に軽々しく預言者が現れぬ理由。
名を呼べば、神はその事実を認知する。
故に、神の名をみだりに唱えることなかれ。不敬を働いたものに待つのは、人知を超えた破滅だ。
「ああ。だから、やりかたは工夫する必要がある。まず――」
「待て」
僕は、二人の会話を遮った。
二人が僕を見た。オノレは億劫そうに、リュスはもの悲しげに。
「違う、止めたいわけじゃない」
どうせ、やるしかないなら――決断は僕がする。
「やり方は僕に任せろ」
僕は、不敵な笑みを張り付ける。
なぜならすべての責任も、後悔も僕が背負うべきだからだ。
ヤバマーズの現当主であり、彼女を守ると決めた……この僕が。
***
僕は仲間たちを集めた。
うちの数少ない重鎮、勢揃いだ。
大広間。まだ、明るいうち、締め切られたカーテン。
集められた者たちは緊張の面持ちだ、いったい何事かと思ってるんだろうな。
オノレとリュスは勿論、ゲロハルト。ジルにヘイホー。
それから、眼帯の
いや、ごめん嘘。
勢ぞろいと言ったが、聖騎士ロダンは仲間外れだ。すまん。
「そろそろ、察している者もいるだろう。――これはヤバマーズにおける、重要な秘匿事項である!」
皆が、ざわめいた。
「単刀直入に言う。我がヤバマーズ領は今、人知を超えた『大いなる導き』の渦中にある」
「大いなる導き?」
「ああ。……五日後、昼過ぎにそれは起きる」
まだ、喉は本調子じゃない。
だが、声を潜めているくらいが、雰囲気が出た。
「……西の森。そこの湖が、氾濫する。このままだと未曾有の災厄に見舞われるのだ」
いつもより簡単だった。
不吉なことを不吉なままに口にするのは、不吉なことを鼓舞するように言うよりも、遥かに簡単だった。
言葉が落ちた瞬間、部屋の温度が数度下がったような錯覚。
真っ先に声を上げたのは、オコトギだった。
「は、氾濫だと!? 坊ちゃん、そいつは冗談じゃ済まねえぞ。森の湖が溢れたなんて話、儂ぁ、この歳まで一度も聞いたことがねえ!」
「ああ、普通ならありえないだろう。だが、起きる……いや、『起こされる』と言った方が正しいかもしれないな」
「起こされるってのは……いったい?」
知らん。今、僕は適当に言っている。
うーん、なんで起きるんだろうな? 正しいのかもしれないとは言ったけど、正しくないのかもしれないな?
「それはまだ詳しく言えん」
だって、知らんからな。
「だが、間違いなく起きる! ああ、断言しよう!」
ちらり。
これ見よがしに、僕はリュスへと視線を向けた。
「――僕は、さる御方から導きを得たのだから」
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