ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第170話 僕は正直な男だ。神託の乙女など、ここには存在しない。(前半)

「君は、つくづく困った奴だな。そんなにリュシエンヌが大事かい?」

「ああ、大事だよ。……僕自身よりもな」

 

 恥ずかしげもなく、言い切った。

 そんなの、今さら確認するようなことじゃない。

 

 やはり、何度も考えても――あの日、十七歳の僕は手を伸ばすべきだった。

 

「アスタ様……」

 

 感極まったような、リュスの声。

 

「なら、聞くけどさ。俺や君が身動き取れない状況になったら、今のリュシエンヌになにができるっていうんだ? ……前の戦いでもそうだったろ」

「うっ!?」

 

 盗賊団に包囲されていた時の裏側は、僕も聞いている。

 どれだけリュスが苦しんだのか、ということも。

 

「今の彼女は強い。ああ、認めるよ、俺たちよりも遥かにね。でも、武力だけじゃなにも解決できなかった」

「……お前の言うことはわかる。それでも僕は……出来れば、リュスを便利な手札にしたくないんだ」

 

 すると、オノレは呆れて見せた。

 

「はあ。カッコつけてるけどさ、それは君のエゴだよ」

「エゴ……」

「自分の愛する人だけ、綺麗なまま安全圏に置きたい? バカも休み休み言いなよ」

「そう思うのが、悪いかよ」

「人間だからね、気持ちは理解できなくもない。でも、本当はわかってるよね? 今のヤバマーズ領に、安全圏なんてないってことを」

 

 オノレは、スパッと切り捨てる。

 

 なにも言い返せなかった。

 部下や仲間は危険に晒して、リュスだけ特別扱いしようとしても無駄。

 現状では実現不可能な願いだと、僕の身勝手さと共に突き付けられてしまった。

 

「君は、情が入ると本当にダメダメだ。ほら、リュシエンヌ。君自身はどうしたい? 揺り篭に、丁重に守られて過ごしたいかい?」

「わたくしは――」

 

 リュスは真っすぐに、凛と僕らを見据えていた。

 

「――少しでも、アスタ様のお力になれる選択をしたいです」

「リュス、本気なのか!?」

「もちろんです」

「だが、もしも……この選択が、取り返しのつかない結果を生んだら、僕はっ!」

「正直に申し上げれば、このような選択を与えられたこと自体が、今回が初めての経験です。だから、本当は少し怖いです」

「なら、やめたらいい。今を乗り越えるために、明日を売り渡す必要はない! 僕が必ずなんとかする!」

 

 なりふり構わず、啖呵を切る。

 ああ、今回だってなんとかして見せると。

 

 しかし――。

 

「いいえ、アスタ様。わたくしはどうしても、あなた様の隣にいたいのです。そのためにならば、このヤバマーズの地で、一緒に生きていけるのならば、どんな役柄でも喜んで演じてみせましょう」

 

 リュスの決意は、僕の想像より遥か深く、昏い場所に根ざしている。

 

「僕は……そんなこと望んでないぞ」

「申し訳ございません。どうしても、そのお気持ちには添えないのです」

「リュス、頼むよ。僕の力を信じてくれ」

「信じております、アスタ様の覚悟の強さを。でも、だからこそ、あなた様だけが、苦労し犠牲を払うならば、それは一緒に生きていることにはならぬのです」

 

 リュスの暗渠(あんきょ)の瞳は、どんよりと濁っている。

 

「わたくし、アスタ様がくださった“今日”を失うくらいなら――魂ですら売り払う覚悟でおりますから。許してくださいましね」

 

 重い。あまりに重い。

 貴女がそんな選択を望むくらいなら、いっそのこと、僕を好きにならないで欲しい。大事に思わないで欲しい。

 

 けれど、この案に合理性があることは、本当は僕だってわかっていた。

 

「ですが、意外ですね。……オノレ様はわたくしに、影響力を与えたくないものかと思っておりましたのに」

「もちろん、本音は与えたくないよ」

「ならば、わたくしを少しは信頼してくださったのですか?」

「いいや、信頼もしてない。リュシエンヌ、君の極端な本性はなにも変わってない。いつかその“潔癖さ”を暴走させると、俺は確信しているよ」

「……でしたら、ますます不思議ですね。なぜ?」

「シンプルに、今の盤面ではリスクを取るしかないと思ったからだね。この先を勝つために」

「……そう、ですか」

 

 リュスは白い指先を顎に添え、考えこんだ。

 

「しかし。七大神の名を騙れば、神罰が下りかねないのではないですか?」

 

 それこそが、世に軽々しく預言者が現れぬ理由。

 名を呼べば、神はその事実を認知する。

 故に、神の名をみだりに唱えることなかれ。不敬を働いたものに待つのは、人知を超えた破滅だ。

 

「ああ。だから、やりかたは工夫する必要がある。まず――」

「待て」

 

 僕は、二人の会話を遮った。

 二人が僕を見た。オノレは億劫そうに、リュスはもの悲しげに。

 

「違う、止めたいわけじゃない」

 

 どうせ、やるしかないなら――決断は僕がする。

 

「やり方は僕に任せろ」

 

 僕は、不敵な笑みを張り付ける。

 なぜならすべての責任も、後悔も僕が背負うべきだからだ。

 ヤバマーズの現当主であり、彼女を守ると決めた……この僕が。

 

 

***

 

 

 僕は仲間たちを集めた。

 うちの数少ない重鎮、勢揃いだ。

 

 大広間。まだ、明るいうち、締め切られたカーテン。 

 集められた者たちは緊張の面持ちだ、いったい何事かと思ってるんだろうな。

 

 オノレとリュスは勿論、ゲロハルト。ジルにヘイホー。

 それから、眼帯の猟兵(シャスール)から、オコトギ・マッケンジーまで。

 

 いや、ごめん嘘。

 勢ぞろいと言ったが、聖騎士ロダンは仲間外れだ。すまん。

 

「そろそろ、察している者もいるだろう。――これはヤバマーズにおける、重要な秘匿事項である!」

 

 皆が、ざわめいた。

 

「単刀直入に言う。我がヤバマーズ領は今、人知を超えた『大いなる導き』の渦中にある」

「大いなる導き?」

「ああ。……五日後、昼過ぎにそれは起きる」

 

 まだ、喉は本調子じゃない。

 だが、声を潜めているくらいが、雰囲気が出た。

 

「……西の森。そこの湖が、氾濫する。このままだと未曾有の災厄に見舞われるのだ」

 

 いつもより簡単だった。

 不吉なことを不吉なままに口にするのは、不吉なことを鼓舞するように言うよりも、遥かに簡単だった。

 

 言葉が落ちた瞬間、部屋の温度が数度下がったような錯覚。

 

 真っ先に声を上げたのは、オコトギだった。

 

「は、氾濫だと!? 坊ちゃん、そいつは冗談じゃ済まねえぞ。森の湖が溢れたなんて話、儂ぁ、この歳まで一度も聞いたことがねえ!」

「ああ、普通ならありえないだろう。だが、起きる……いや、『起こされる』と言った方が正しいかもしれないな」

「起こされるってのは……いったい?」

 

 知らん。今、僕は適当に言っている。

 うーん、なんで起きるんだろうな? 正しいのかもしれないとは言ったけど、正しくないのかもしれないな?

 

「それはまだ詳しく言えん」

 

 だって、知らんからな。

 

「だが、間違いなく起きる! ああ、断言しよう!」

 

 ちらり。

 これ見よがしに、僕はリュスへと視線を向けた。

 

「――僕は、さる御方から導きを得たのだから」




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