言っちまった。
だから導きってなんだよ、すげえふわふわとした響き。正直、肌に合わん。
なにいってんだ、こいつ。
そう言いたげな、困惑した空気感。
でも、僕はそれっぽいことを言う。
「そうか。どうやら……その様子だと薄々、察していたようだな」
嘘です。察していそうな人なんていない。
でも、僕がそう言うと、全員が密かにキョロキョロする。
「ああ、その通りだ。……ここ最近の、僕の活躍を知っているだろう? きっと驚いたはずだ。それはすべて――実は、その“導き”によるものだ」
そこで重々しく目を閉じ、やはりそれっぽく首を横に振った。
「しかし。仮に、仮にだ。僻地ヤバマーズに“神託の乙女”が滞留しているなどと、噂が流れれば面倒なことになる。わかるな?」
あえて、ここでわざとらしく“神託の乙女”なんて、キーワードを混ぜてやる。
すると、だ。
まず、ヘイホーがひっくり返った声を出した。
「ああっ!? まさか!?」
「ん……? ってことは、前にも取り乱してたのってそういうことですかい!?」
次に反応したのは、眼帯の
こいつは、たびたび
そして、最後に……ゲロハルトがピクリと眉を歪めた。自らの記憶を探るような顔。
この三人の視線が、リュスに集まる。
「まあ、待て皆の者。それ以上、口にはするな。他領に……特に、聖王教会の耳に入るとマズい。横やりが入る」
いまいちピンと来てなくても、ここまで言われたらみんな察する。
でも、すべてがすべて嘘ではない。
だから、顔色を変えずに堂々と言えるし、信憑性も増すわけだ。
(実際、僕が成果を出し始めた時期と、リュスがヤバマーズに来た時期は一致するもんなあ)
で、このまま緘口令を敷けばいい。
「いいか。なにを問われても知らぬ、存ぜぬと答えろ。“神託の乙女”などここにはいない! わかったか!」
「……承知いたしました。このゲロハルト、死しても口は割りませぬ」
杖をつきながらも、ゲロハルトは深く頭を下げた。
その横で、ヘイホーと眼帯の
オコトギまで、「ああ、そういうことだったか」なんてしたり顔を決めている。
ポケっとしてるのは、ジルだけだ。おいお前、僕の話聞いてんのか?
「では、我らはこの試練を乗り越えるべく動き出すぞ。これより湖の氾濫を止めるための戦いを行う」
――これでよし。
勝手にこいつらの誰かがうっかり、まことしやかに広めてくれるだろう。
(だが、僕はこの通り、聖王どころか七大神の名すら出してないぞ。その上、誰かがなにをどう言ったとも言ってない。強いて言うなら、“導きがあった”と言った程度だ)
導きなんて、単なる助言かもしれないだろ? すっごく曖昧な言葉だ。
公明正大に、民たちに発表することもなく。
ましてや、具体的な神の名を騙ることもない。
そう、僕は正直な男。
あくまで、僕は――“神託の乙女はここにいない”と否定した。
それだけが事実だった。
(とはいえ、湖の氾濫を止めるための戦いとは言ったが、止められるのかどうかは、まったく知らん。普通に考えたら、無理な話だ)
理屈で考えたら、巨大なクラーケンに、得体の知れない魚人。
そして、溢れ出す濁流を前に、ちっぽけな人間に何が出来るだろうか?
でも、止められるかもしれないと思わせた方が、みんな頑張れる。
それなら統治者は、嘘でもそのように言うべきだった。
「まず、ゲロハルトとヘイホー。お前たちは最悪の事態に備え、避難計画の手配を任せる」
「畏まりました。この老骨、持てる力を絞り、一人の脱落者も出さぬよう差配いたしましょう」
「あっ。男爵閣下、お待ちください!」
ヘイホーが声を上げた。
「どうした?」
「バルトロメウス氏のボリマッシェ商会から、キャラバンとお客人が到着予定です。それに新しい商会からも、打診が来ておりまして……」
「……そうか、ひっきりなしだな」
本音を言えば、イカだの洪水だので忙しい。
だが、ここで門前払いをすれば、“ヤバマーズに不測の事態が起きた”と勘繰られる。
「対外的な窓口を閉ざすわけにはいかんな。今はいつも通り、いや、いつも以上に余裕をもった対応を見せなければならん」
僕は、視線を走らせる。
「オコトギ、マッケンジー商会のかじ取りはどうなってる?」
「儂の息子を名代に据えて、現場は任せとるぞ」
「そうか。なら、このまま来訪者の対応を頼むよ。……ヘイホー。忙しいと思うが同席してくれ」
「はっ、はい……」
一瞬、ヘイホーはなにか言いたげにしていた。
が、命じると素直に頷いた。“殴られないためのマナー”の顔だった。
(どことなく態度に違和感はあるが、まあ、ヘイホーには、なるべく平時通りの仕事をさせてやりたいし。あえて、これでいこう)
ヘイホーは繊細な奴だ。
きっと、その方が働きやすいはずだと思った。
「ジルは、新しい玩具作りだ。進捗はどうだ?」
「例の対クラーケン兵器なら、もう出来上がってるっすよ」
「わかった。でも、湖の調査も必要だからな」
「……湖の調査? え、そのために今からなんか作るんすか?」
「そうだ、詳細はあとで検討しよう」
あらかた指示を下すと、さっさと解散させる。
今や時間は、宝石よりも遥かに希少だった。
会議室に残ったのは、僕とオノレ、そしてリュス。
「いや、うん。……なんというか。アスタ、君はつくづく物はいいようを体現する男だね?」
「なんだよ。そもそもの言い出しっぺは、お前だろ」
「……俺も噂を流そうとは思ったけど、こういうひねくれたやり方は想像してなかったんだよ」
オノレは呆れたように、僕を見る。
「てっきり、“彼女は予言者だから協力しろ”って命ずるのかと思っていたのに。それなのに君ときたら……“神託の乙女などいない、誰にも言うな”だなんて」
「噂を広めろって命じるより、誰にも言うなと厳命する方が、よりそれっぽいだろうが」
「そりゃそうなんだけど……あれで広まるのかい?」
「もちろん。人間ってのは隠そうとすればするほど、勝手に深読みして、他人に話したがる。そういう生き物だからな」
ゲロハルトはまだしも、どいつもこいつも集まった連中は、秘密を守るには不向きな奴らばかりだから。色んな意味で。
「ふぅ。まあ、確かに合理性もあるか。“神託の乙女がいる”と領主が宣言したら、政治的にリスクがある」
「だろ? 僕がそんなことして、どこかにバレたら言い逃れ出来ないもん」
「でも、そういうやり口を、ポンポン思いつくかと言われたら別の話なんだよねえ……普通は、工作員を使って噂をバラ撒くか、堂々と担ぎ上げるかでしょ?」
「いやいや。誰だっていくらでも思いつくさ、こんなの」
実際、ほんの数秒で思いついたアイデアだった。
しかし、僕が笑うと、オノレは顔の片方だけを歪める。
引き攣った顔だった。
「そんなわけがない。……これを数秒で、いくらでも思いつける? ちょっと、君って怖すぎるんだよ」
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