ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第171話 僕は正直な男だ。神託の乙女など、ここには存在しない。(後半)

 言っちまった。

 だから導きってなんだよ、すげえふわふわとした響き。正直、肌に合わん。

 

 なにいってんだ、こいつ。

 そう言いたげな、困惑した空気感。

 

 でも、僕はそれっぽいことを言う。

 

「そうか。どうやら……その様子だと薄々、察していたようだな」

 

 嘘です。察していそうな人なんていない。

 でも、僕がそう言うと、全員が密かにキョロキョロする。

 

「ああ、その通りだ。……ここ最近の、僕の活躍を知っているだろう? きっと驚いたはずだ。それはすべて――実は、その“導き”によるものだ」

 

 そこで重々しく目を閉じ、やはりそれっぽく首を横に振った。

 

「しかし。仮に、仮にだ。僻地ヤバマーズに“神託の乙女”が滞留しているなどと、噂が流れれば面倒なことになる。わかるな?」

 

 あえて、ここでわざとらしく“神託の乙女”なんて、キーワードを混ぜてやる。

 

 すると、だ。

 まず、ヘイホーがひっくり返った声を出した。

 

「ああっ!? まさか!?」

「ん……? ってことは、前にも取り乱してたのってそういうことですかい!?」

 

 次に反応したのは、眼帯の猟兵(シャスール)

 こいつは、たびたび祓魔女(エクソシスター)として戦うリュスが、戦場で悲鳴を上げる姿を見ているのだ。

 

 そして、最後に……ゲロハルトがピクリと眉を歪めた。自らの記憶を探るような顔。

 この三人の視線が、リュスに集まる。

 

「まあ、待て皆の者。それ以上、口にはするな。他領に……特に、聖王教会の耳に入るとマズい。横やりが入る」

 

 いまいちピンと来てなくても、ここまで言われたらみんな察する。

 

 でも、すべてがすべて嘘ではない。

 だから、顔色を変えずに堂々と言えるし、信憑性も増すわけだ。

 

(実際、僕が成果を出し始めた時期と、リュスがヤバマーズに来た時期は一致するもんなあ)

 

 で、このまま緘口令を敷けばいい。

 

「いいか。なにを問われても知らぬ、存ぜぬと答えろ。“神託の乙女”などここにはいない! わかったか!」

「……承知いたしました。このゲロハルト、死しても口は割りませぬ」

 

 杖をつきながらも、ゲロハルトは深く頭を下げた。

 その横で、ヘイホーと眼帯の猟兵(シャスール)も飲まれるように表情を硬くし、固い頷きを交わし合っている。

 オコトギまで、「ああ、そういうことだったか」なんてしたり顔を決めている。

 

 ポケっとしてるのは、ジルだけだ。おいお前、僕の話聞いてんのか?

 

「では、我らはこの試練を乗り越えるべく動き出すぞ。これより湖の氾濫を止めるための戦いを行う」

 

 ――これでよし。

 勝手にこいつらの誰かがうっかり、まことしやかに広めてくれるだろう。

 

(だが、僕はこの通り、聖王どころか七大神の名すら出してないぞ。その上、誰かがなにをどう言ったとも言ってない。強いて言うなら、“導きがあった”と言った程度だ)

 

 導きなんて、単なる助言かもしれないだろ? すっごく曖昧な言葉だ。

 

 公明正大に、民たちに発表することもなく。

 ましてや、具体的な神の名を騙ることもない。

 

 そう、僕は正直な男。

 あくまで、僕は――“神託の乙女はここにいない”と否定した。

 それだけが事実だった。

 

(とはいえ、湖の氾濫を止めるための戦いとは言ったが、止められるのかどうかは、まったく知らん。普通に考えたら、無理な話だ)

 

 理屈で考えたら、巨大なクラーケンに、得体の知れない魚人。

 そして、溢れ出す濁流を前に、ちっぽけな人間に何が出来るだろうか?

 

 でも、止められるかもしれないと思わせた方が、みんな頑張れる。

 それなら統治者は、嘘でもそのように言うべきだった。

 

「まず、ゲロハルトとヘイホー。お前たちは最悪の事態に備え、避難計画の手配を任せる」

「畏まりました。この老骨、持てる力を絞り、一人の脱落者も出さぬよう差配いたしましょう」

「あっ。男爵閣下、お待ちください!」

 

 ヘイホーが声を上げた。

 

「どうした?」

「バルトロメウス氏のボリマッシェ商会から、キャラバンとお客人が到着予定です。それに新しい商会からも、打診が来ておりまして……」

「……そうか、ひっきりなしだな」

 

 本音を言えば、イカだの洪水だので忙しい。

 だが、ここで門前払いをすれば、“ヤバマーズに不測の事態が起きた”と勘繰られる。

 

「対外的な窓口を閉ざすわけにはいかんな。今はいつも通り、いや、いつも以上に余裕をもった対応を見せなければならん」

 

 僕は、視線を走らせる。

 

「オコトギ、マッケンジー商会のかじ取りはどうなってる?」

「儂の息子を名代に据えて、現場は任せとるぞ」

「そうか。なら、このまま来訪者の対応を頼むよ。……ヘイホー。忙しいと思うが同席してくれ」

「はっ、はい……」

 

 一瞬、ヘイホーはなにか言いたげにしていた。

 が、命じると素直に頷いた。“殴られないためのマナー”の顔だった。

 

(どことなく態度に違和感はあるが、まあ、ヘイホーには、なるべく平時通りの仕事をさせてやりたいし。あえて、これでいこう)

 

 ヘイホーは繊細な奴だ。

 きっと、その方が働きやすいはずだと思った。

 

「ジルは、新しい玩具作りだ。進捗はどうだ?」

「例の対クラーケン兵器なら、もう出来上がってるっすよ」

「わかった。でも、湖の調査も必要だからな」

「……湖の調査? え、そのために今からなんか作るんすか?」

「そうだ、詳細はあとで検討しよう」

 

 あらかた指示を下すと、さっさと解散させる。

 今や時間は、宝石よりも遥かに希少だった。

 

 会議室に残ったのは、僕とオノレ、そしてリュス。

 

「いや、うん。……なんというか。アスタ、君はつくづく物はいいようを体現する男だね?」

「なんだよ。そもそもの言い出しっぺは、お前だろ」

「……俺も噂を流そうとは思ったけど、こういうひねくれたやり方は想像してなかったんだよ」

 

 オノレは呆れたように、僕を見る。

 

「てっきり、“彼女は予言者だから協力しろ”って命ずるのかと思っていたのに。それなのに君ときたら……“神託の乙女などいない、誰にも言うな”だなんて」

「噂を広めろって命じるより、誰にも言うなと厳命する方が、よりそれっぽいだろうが」

「そりゃそうなんだけど……あれで広まるのかい?」

「もちろん。人間ってのは隠そうとすればするほど、勝手に深読みして、他人に話したがる。そういう生き物だからな」

 

 ゲロハルトはまだしも、どいつもこいつも集まった連中は、秘密を守るには不向きな奴らばかりだから。色んな意味で。

 

「ふぅ。まあ、確かに合理性もあるか。“神託の乙女がいる”と領主が宣言したら、政治的にリスクがある」

「だろ? 僕がそんなことして、どこかにバレたら言い逃れ出来ないもん」

「でも、そういうやり口を、ポンポン思いつくかと言われたら別の話なんだよねえ……普通は、工作員を使って噂をバラ撒くか、堂々と担ぎ上げるかでしょ?」

「いやいや。誰だっていくらでも思いつくさ、こんなの」

 

 実際、ほんの数秒で思いついたアイデアだった。

 

 しかし、僕が笑うと、オノレは顔の片方だけを歪める。

 引き攣った顔だった。

 

「そんなわけがない。……これを数秒で、いくらでも思いつける? ちょっと、君って怖すぎるんだよ」




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