ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第174話 チャラチャラと浮つくんじゃねえ! ドワーフ技師が正論で殴ってくる件について。(後半)

 僕は、悪あがきをした。

 ジルを煽るように口にする。

 

「あーあ、期待してたんだけどなあ。ドワーフなら、蒸気で動く鉄の船くらい、鼻歌混じりにパパっと――」

「来ると思った。もう、その手には乗らないっすよ」

「予想されてる……だとっ!?」

 

 バッサリ切り捨てられた。

 くそぅ。この手は、予想されると弱いんだぜ。

 

「だいたいね、アスタ先輩。鉄の船が浮かぶわけないじゃないっすか。どうかしてるんじゃないすか?」

「えー? でも、ほら。工夫すれば浮くかもしれないじゃん」

「浮かないっす」

「いやいやいや。ジル、そういう固定観念に囚われちゃ発明なんて出来ないぜ?」

「金属は水よりも重い、だから沈む。常識でしょ、王立大学(アカデミア)の学徒が聞いて呆れるっすよ」

 

 そんな断言されちゃうとなあ。

 まあ確かに、鉄の塊が水に浮かぶなんて見たことない。

 「ドワーフなら不可能を可能にするっす!」と、ひっくり返してほしくて言ってみたんだがな。

 

「でも、本当にドワーフは船を作らないのか? 絶対に?」

「まあ、地下にも水源……地底湖とかはあるっすね」

「だろ?」

「でも、ニッチなローカルジャンルだと思うっすよ。ドワーフが船を乗り回せるって言うなら、魚類だってピッケル持って、トンネル工事くらいできなきゃおかしいっすもん」

「おいおい。養父の種族に、そこまで言うか?」

「だって、地上に長年住んでるはずのドラン親方すら、未だに“青空を見ると気持ち悪い”って愚痴るっすよ?」

「……確かに、それはヤバいな」

 

 引きこもり界の、殿堂入りチャンピオンみたいな言い草だった。

 天井がないことに、生理的嫌悪感あるやん。ドワーフ。

 

「そこまで来ると、地面が水でフワフワし出したら、気持ち悪いじゃ済まなそうだ」

「ドラン親方、船に数日乗ったら発狂すると思うっす」

 

 滅多にはないが、僕だって、ドワーフを街中で見かけたら不思議には思う。

 なんで地下世界で生きてるはずの種族が、わざわざ眩しい太陽の下を、タラタラ歩いてるのか。

 普通に変だろ。自然の摂理に逆らって、無理してるように見えるもん。

 

「そっか。なら別の手を考える、か……」

「だいたい、納期五日足らずで“戦える船作れ”ってバカの発想なんすよね」

「うーん。この後輩、つくづく辛辣ぅ……」

 

 だが、湖が氾濫すると言われても、五日間で治水工事は不可能だ。

 そんなもの年単位で行う治水事業である。

 本当に、洪水が起きるなら、もはや避難するしか手はない。

 

 可能性を模索するなら、せめて湖自体を調べないとと思ったのに、ヤバマーズ領にあるのは川を渡るための小舟くらいだ。

 

「……ハハ。本当に、笑っちゃうくらい絶望的だな、おい」

 

 だが、やれることはやろう。

 

 ヤバマーズの血が囁いている。抗え、と。

 座して滅びを待つのは、ヤバマーズの作法ではないのだ。

 

 僕は、鈍く疼く脚を叱咤して立ち上がった。

 

「よし。じゃあ、みんな。出発するぞ!」

 

 腰に狩猟刀、背にはネジ巻き式ボウガン。

 そして右腕には、ジルが作り上げたばかりの蒸気銃――じゃじゃ馬。

 

「え、どこへ行くんすか?」

「決まってんだろ。まだ、僕らの目で見てないところだよ」

 

 

***

 

 

 ――ピチャ。ピチャ。

 

 不快な湿り気を帯びた足音。ぬかるみに足を取られる。

 辺りからは、聞きなれない虫や鳥の鳴き声。

 

「うええ、なんでうちがこんなところを……」

「我慢しろ」

「こんなのオノレ先輩の使い魔で、探索させたらいいじゃないっすか!」

「魔素が濃いエリアで、長距離探査が飛ばせるなら偵察兵はいらねえんだよ」

「はーあ、インテリ術師ぶってるくせに使えない先輩っすねぇ。うちの義足、泥とか水とかは出来たら避けたいんすよ? メンテナンスが、めっちゃめんどくて」

「それは……案外、大変なんだな」

 

 僕らは湖から距離を取りつつも、その縁をなぞるように歩いていた。

 

 西の森の湿地帯。

 淀んだ水の腐った臭いに、べっとり肌に纏わりつく湿気。

 独自の生態系が織りなす、実に興味深いエリアだ。

 

 連れ歩くのは、たった三人の猟兵(シャスール)。そして、ジル。

 

「だいたい、リュスさんを置いて行ってよかったんすか? あのお姉さん、ついて来たがるでしょ……」

「仕方ないだろ。リュスは本調子じゃないし、かえって進軍速度が落ちる。僕は速攻行って、速攻帰りたいんだっての」

 

 リュス、聖騎士ロダン、オノレ。

 三人とも、常人より遥かに強いんだが……少数で適宜、魔物を避けながら動くには、実は向いてない。

 野伏(レンジャー)のような技能を修めてないからだろう。

 

 一方で、何気にジルは猟兵たちと並んで、ゲリラ的な夜戦を一晩延々とやれちゃったくらいの猛者。その上、機動力も高い。

 機動戦力として連れ歩くなら、どうしたってこいつ一択になる。

 

「でも、アスタ先輩だって、まだ脚を引きずってるじゃないすか……」

「だから、お前を頼りにしたんだろうが。いざって時は頼むぞ」

「はいはい。……はあ、これだからアスタ先輩は。リュスさんのこと、全然わかってないっすね(ボソリ)」

「なんか言ったか?」

「いーえ、なにも!」

 

 ジルはポニテを揺らすと、人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「で、先輩。うちら、どこを目指してるんすか?」

湖尻(こじり)だよ。まあ、河口でもいいが」

湖尻(こじり)? ……なんすか、それ」

「水の出口のことさ」

「……出口」

「ああ。もし、この湖が外に水を逃がしている“外流湖”なら、出口が必ずあるわけだ」

 

 簡単な話だ。

 

 洪水とは、流れ込む水と、外に出ていく水。

 この収支のバランスが崩れた時に起こる、物理現象に過ぎない。

 

「水文学の基礎的な考え方だ。湖自体を調べるのは、クラーケンがいて難しい。しかし、水の出入り、その収支を調べれば何かがわかる……かもしれん」

「へー、水文学?」

 

 湖尻の位置なら、古地図で予想が出来る。

 今と変化はあるだろうにしても、方向は間違っていないはずだった。

 

「じゃ、収支ってことなら、先輩は入ってくる水も見たいんすね」

「そうだな。でも、どちらかといえば、僕は出口を見たい」

「ずいぶんと、出口にこだわるんすね」

「まあな。周辺の河川で、増水の報告を受けた記憶がないからな。それっておかしいだろ」

「え? ……それのなにが、おかしいんすか?」

「あー。湖の面積が目に見えて広がったなら、普通に考えると、下流へ押し出される水量や勢いも増えるもんだ。この数十年、民の生活に“異常がないのが異常”なんだよ」

「……なるほど、面白いこと考えるもんすね」

 

 素直に、感心するジル。

 

 僕はそのリアクションが嬉しかったので、調子に乗って喋り始めた。

 

「一応、理屈だけで考えると、湖の面積が増えると蒸発する量も増えるはずではあるんだ。だとしても、水の流出量に影響が出ないってのは、さすがに違和感があるわけだな」

「……へー、そうすか」

「だから納得がいくのは、出口が詰まってるか。あるいは、水が地下とかに逃げてるパターンなんだが、これだと地盤に影響ありそうで怖い――っておい、なんだ。その顔」

「いや、なんか……」

「おん?」

「あれ、もしかして……アスタ先輩って、実は頭いいんすか?」

「おい、ぶっ飛ばすぞ」

 

 王立大学(アカデミア)で、学位取得目前だったのは伊達じゃねえよ。

 お前らみたいな専門家に、勝てねえだけだっつの。

 

「いやー。なんか魔物だの毒キノコだの、ヘンなもの食べてるくせに。勉強はできるとか意味わかんないっすよね」

 

 こいつ、ほんっとうにうるせえわ! 呼んだの、誰だよ!(僕です)




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