僕は、悪あがきをした。
ジルを煽るように口にする。
「あーあ、期待してたんだけどなあ。ドワーフなら、蒸気で動く鉄の船くらい、鼻歌混じりにパパっと――」
「来ると思った。もう、その手には乗らないっすよ」
「予想されてる……だとっ!?」
バッサリ切り捨てられた。
くそぅ。この手は、予想されると弱いんだぜ。
「だいたいね、アスタ先輩。鉄の船が浮かぶわけないじゃないっすか。どうかしてるんじゃないすか?」
「えー? でも、ほら。工夫すれば浮くかもしれないじゃん」
「浮かないっす」
「いやいやいや。ジル、そういう固定観念に囚われちゃ発明なんて出来ないぜ?」
「金属は水よりも重い、だから沈む。常識でしょ、
そんな断言されちゃうとなあ。
まあ確かに、鉄の塊が水に浮かぶなんて見たことない。
「ドワーフなら不可能を可能にするっす!」と、ひっくり返してほしくて言ってみたんだがな。
「でも、本当にドワーフは船を作らないのか? 絶対に?」
「まあ、地下にも水源……地底湖とかはあるっすね」
「だろ?」
「でも、ニッチなローカルジャンルだと思うっすよ。ドワーフが船を乗り回せるって言うなら、魚類だってピッケル持って、トンネル工事くらいできなきゃおかしいっすもん」
「おいおい。養父の種族に、そこまで言うか?」
「だって、地上に長年住んでるはずのドラン親方すら、未だに“青空を見ると気持ち悪い”って愚痴るっすよ?」
「……確かに、それはヤバいな」
引きこもり界の、殿堂入りチャンピオンみたいな言い草だった。
天井がないことに、生理的嫌悪感あるやん。ドワーフ。
「そこまで来ると、地面が水でフワフワし出したら、気持ち悪いじゃ済まなそうだ」
「ドラン親方、船に数日乗ったら発狂すると思うっす」
滅多にはないが、僕だって、ドワーフを街中で見かけたら不思議には思う。
なんで地下世界で生きてるはずの種族が、わざわざ眩しい太陽の下を、タラタラ歩いてるのか。
普通に変だろ。自然の摂理に逆らって、無理してるように見えるもん。
「そっか。なら別の手を考える、か……」
「だいたい、納期五日足らずで“戦える船作れ”ってバカの発想なんすよね」
「うーん。この後輩、つくづく辛辣ぅ……」
だが、湖が氾濫すると言われても、五日間で治水工事は不可能だ。
そんなもの年単位で行う治水事業である。
本当に、洪水が起きるなら、もはや避難するしか手はない。
可能性を模索するなら、せめて湖自体を調べないとと思ったのに、ヤバマーズ領にあるのは川を渡るための小舟くらいだ。
「……ハハ。本当に、笑っちゃうくらい絶望的だな、おい」
だが、やれることはやろう。
ヤバマーズの血が囁いている。抗え、と。
座して滅びを待つのは、ヤバマーズの作法ではないのだ。
僕は、鈍く疼く脚を叱咤して立ち上がった。
「よし。じゃあ、みんな。出発するぞ!」
腰に狩猟刀、背にはネジ巻き式ボウガン。
そして右腕には、ジルが作り上げたばかりの蒸気銃――じゃじゃ馬。
「え、どこへ行くんすか?」
「決まってんだろ。まだ、僕らの目で見てないところだよ」
***
――ピチャ。ピチャ。
不快な湿り気を帯びた足音。ぬかるみに足を取られる。
辺りからは、聞きなれない虫や鳥の鳴き声。
「うええ、なんでうちがこんなところを……」
「我慢しろ」
「こんなのオノレ先輩の使い魔で、探索させたらいいじゃないっすか!」
「魔素が濃いエリアで、長距離探査が飛ばせるなら偵察兵はいらねえんだよ」
「はーあ、インテリ術師ぶってるくせに使えない先輩っすねぇ。うちの義足、泥とか水とかは出来たら避けたいんすよ? メンテナンスが、めっちゃめんどくて」
「それは……案外、大変なんだな」
僕らは湖から距離を取りつつも、その縁をなぞるように歩いていた。
西の森の湿地帯。
淀んだ水の腐った臭いに、べっとり肌に纏わりつく湿気。
独自の生態系が織りなす、実に興味深いエリアだ。
連れ歩くのは、たった三人の
「だいたい、リュスさんを置いて行ってよかったんすか? あのお姉さん、ついて来たがるでしょ……」
「仕方ないだろ。リュスは本調子じゃないし、かえって進軍速度が落ちる。僕は速攻行って、速攻帰りたいんだっての」
リュス、聖騎士ロダン、オノレ。
三人とも、常人より遥かに強いんだが……少数で適宜、魔物を避けながら動くには、実は向いてない。
一方で、何気にジルは猟兵たちと並んで、ゲリラ的な夜戦を一晩延々とやれちゃったくらいの猛者。その上、機動力も高い。
機動戦力として連れ歩くなら、どうしたってこいつ一択になる。
「でも、アスタ先輩だって、まだ脚を引きずってるじゃないすか……」
「だから、お前を頼りにしたんだろうが。いざって時は頼むぞ」
「はいはい。……はあ、これだからアスタ先輩は。リュスさんのこと、全然わかってないっすね(ボソリ)」
「なんか言ったか?」
「いーえ、なにも!」
ジルはポニテを揺らすと、人懐っこい笑みを浮かべた。
「で、先輩。うちら、どこを目指してるんすか?」
「
「
「水の出口のことさ」
「……出口」
「ああ。もし、この湖が外に水を逃がしている“外流湖”なら、出口が必ずあるわけだ」
簡単な話だ。
洪水とは、流れ込む水と、外に出ていく水。
この収支のバランスが崩れた時に起こる、物理現象に過ぎない。
「水文学の基礎的な考え方だ。湖自体を調べるのは、クラーケンがいて難しい。しかし、水の出入り、その収支を調べれば何かがわかる……かもしれん」
「へー、水文学?」
湖尻の位置なら、古地図で予想が出来る。
今と変化はあるだろうにしても、方向は間違っていないはずだった。
「じゃ、収支ってことなら、先輩は入ってくる水も見たいんすね」
「そうだな。でも、どちらかといえば、僕は出口を見たい」
「ずいぶんと、出口にこだわるんすね」
「まあな。周辺の河川で、増水の報告を受けた記憶がないからな。それっておかしいだろ」
「え? ……それのなにが、おかしいんすか?」
「あー。湖の面積が目に見えて広がったなら、普通に考えると、下流へ押し出される水量や勢いも増えるもんだ。この数十年、民の生活に“異常がないのが異常”なんだよ」
「……なるほど、面白いこと考えるもんすね」
素直に、感心するジル。
僕はそのリアクションが嬉しかったので、調子に乗って喋り始めた。
「一応、理屈だけで考えると、湖の面積が増えると蒸発する量も増えるはずではあるんだ。だとしても、水の流出量に影響が出ないってのは、さすがに違和感があるわけだな」
「……へー、そうすか」
「だから納得がいくのは、出口が詰まってるか。あるいは、水が地下とかに逃げてるパターンなんだが、これだと地盤に影響ありそうで怖い――っておい、なんだ。その顔」
「いや、なんか……」
「おん?」
「あれ、もしかして……アスタ先輩って、実は頭いいんすか?」
「おい、ぶっ飛ばすぞ」
お前らみたいな専門家に、勝てねえだけだっつの。
「いやー。なんか魔物だの毒キノコだの、ヘンなもの食べてるくせに。勉強はできるとか意味わかんないっすよね」
こいつ、ほんっとうにうるせえわ! 呼んだの、誰だよ!(僕です)
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