だが、おしゃべりばかりもしていられない。
“じゃじゃ馬”――蒸気銃のグリップを握り締め、神経を集中。
「ほら、そこだ。葦が不自然に揺れてるぞ」
「応よっ! 野郎ども、油断すんなよ!」
道中は、一歩たりとも気が抜けない。
ここで警戒すべきなのは、果たしてどんな悪意か。
そこかしこを、ウネウネ這いまわるスライムか?
いいや、違う。
あいつらは、下手に踏み抜かない限りは実害がない。
触れれば、そりゃ激痛に見舞われるだろうが、別に死にはしないだろう。
スライムで恐ろしいのは、鼻と口を塞がれて窒息させられることくらいなもんだ。
しかし、それよりも恐ろしいのは――。
「おい。一旦、水辺から離れるぞ」
「うわ、なんすか。アレ……」
「アメンボだよ、サイズ感がおかしいけどな」
水の振動を感知して、現れた――水上滑走する巨大アメンボ。
水面の死神。圧倒的な高速能力を備えた、凶悪な捕食者。
捕まれば、長い針を刺されて消化液を注入。
生きたまま内臓をドロドロ溶かされて、食われることになる。
「でも、遭遇頻度は稀だろうな。そう怯えるな」
「いやいや、怖がるなって方が無理っすよ!!」
「視野を広く持てよ。水面から離れれば手出ししてこないだろうが、泥で脚を取られてる間に、忍び寄られたら即アウトだ」
「てか、トラウマ級にキモいっす……」
わりと見かけるのが、水辺を根城にするマッドクラブ。
群れを形成するものの、雑食性でわりと大人しい。甲殻が頑丈すぎて、武器の通りも悪そうなので、迂回する。
「だが、なんだかんだで、一番の厄介者は……やっぱりこいつらだなっ!」
迂回した先。前方から躍り出たのは、化けガエルの群れ。
弾力性のある筋肉質のボディは、見た目以上に脅威。なにせぴょんぴょんと、無軌道に跳ねてしまえば、それだけで馬と激突してくるくらいの衝撃になる。
待ち伏せを多用して来て、油断すれば、粘つく舌で絡めとられて丸飲み。その上、数も多いと来た。
避けて通ろうにも、奴らが空腹なら逃げきれない。
「喰らいやがれ、蒸気銃っ!」
――シュゥゥッ!
銃口から金属弾が放たれる。
跳躍態勢に入っていた、一頭の化けカエルがそのまま失速。ドシンと落ちた。
この武器の連射性は、群れをなす魔物にこそ有効だった。
「このまま後退だ、忌避剤を撒け!」
命じれば、
立ち込めるのは、涙が出るほどツンとくる強烈なミントの香り。嗅覚が鋭い魔物は、だいたいこれを嫌うのだ。
だが、ここで蒸気銃の弱みが出た。
数発撃ち込むごとに、貫通力が著しく下がる。
「おい、あからさまに威力が落ちてないか。今、カエルの皮膚に弾かれたぞ!?」
「アスタ先輩ってば、その問題点ならさっき検証したでしょ。ボケちゃったんすか?」
「あー、もうっ! 破裂リスクに気を遣ってもこれかよ! 繊細過ぎんだろ、この“じゃじゃ馬”は!」
「先輩ってば、女の扱い知らなそうっすもんね~」
「うっせえよ!」
「ちょっとワガママ言ってくれるくらいが可愛いんすよね」
「そこはわかるけどさぁっ!」
この“じゃじゃ馬”は役には立つのだが、慣れるまでが大変そうだ。
せめて、取り回しだけでもなんとかならないのかよ。
「ジル、お前も遊んでないで飛び道具使え!」
「そういうのは、うちの趣味じゃないっすねえ」
「殺し合いに、美学を優先させてんじゃねえよ!?」
ジルは僕を無視して、あえて群れへと果敢に飛び込む。
肉薄した化けカエルへ、手にした異形を振るって、頭部を豪快に破壊。脳漿がグチャグチャに飛散した。
「手ごたえがないツールって、どうしても好きになれないんすよ。……でも、なんか違うなぁ」
ジルが両手で握りしめていたのは、ネイルハンマーだ。
しかし、明らかに常軌を逸した構造をしている。先端部分が複雑な機構によって、異常なほど肥大化しているのだ。
「そっか、この武器の取り回し方は――こうっすね!」
ジルはコマのように一回転。
重さを利用し、遠心力を最大限生かす。その絶妙な瞬間に、トリガーを引き絞ると、蒸気によってさらに加速した。
「さあ、ド派手にブチまけるっす!」
金属塊の頑強さと質量を強みに、敵を次々に殴殺。
その歪な異形兵装こそ――蒸気駆動式ネイルハンマーだった。
「おっ、さすがに逃げていくな」
先頭の数頭は即死、他の個体もちらほら負傷。
化けガエルたちは散開すると、次々に水場や草むらへ逃げていく。
魔物と言えど、生存本能はある。
死ぬまで戦う生物など、自然界では限られているのだ。
「でも、ミントを主成分とした忌避剤はかなり有効だったな。煙に触れた奴らは、あっという間に逃げてったもん」
カエルは、弱点がはっきりしてていい。皮膚や粘膜が脆弱だ。
「うちとして、もうちょっと遊びたかったんすけどねえ……」
「……お前、そんな暴れて疲れねえの?」
「は? それはこっちのセリフなんすけど。先輩こそ、よくその不自由な脚で付いて来れるっすね」
「僕は、人並みに疲れるぞ。普通だ」
そう返すと、ジルに「またおかしなこと言ってる」みたいな顔をされた。
だから、なんでだよ。
僕が疲れてるって言ったら、おかしいかよ。
なんにせよ、僕らは数々の困難を突破した。
戦場の指揮で一番重要なのは、本来は声がデカいことである。
しかし、喉をケガした僕でも、気心が知れた五人チームなら思い通り動かせた。
互いに死角をカバーし合い、迅速に助け合うのには最適な人数。
(……もしかして、僕がいちいち声を張り上げて、細かく指揮しなければならない状況設定こそが問題だったりするのか?)
クラーケン戦の光景を、思い浮かべる。
いちいち指示のテンポが遅れて、上手く戦えなかった。
(より有効なアイディアで、クラーケンを倒す準備をするのはきっと可能だ。だが、作戦はそれで十分なんだろうか?)
リュスがくれたチャンスを、僕は生かしたい。より確かなカタチで、だ。
それには、いったいどうしたらいいのだろうか?
そうして、ようやく辿り着いたのは湖の南端。
葦の群生をかきわけた先にあったのは……どん詰まりの入り江だった。
「あれ? おかしいっすね、まさかの行き止まりじゃないっすか」
ジルは、蒸気駆動式ネイルハンマーを担ぎ直す。
猟兵たちも足を止め、不審そうにあたりを見回した。
「……ああ、僕にもそう見える」
口では同意しながらも、僕は目を凝らした。
湖の南端を塞ぐように広がるのは、また鬱蒼と生い茂る葦。
水面に浮く、分厚い藻の絨毯。
ところどころに根を張った低木林。
そして、その先にある土手。
一見すると、自然が作り出した行き止まりに見える。川なんてどこにもない。
……しかし、僕には水面がかすかに波立っているように見えた。
「おそらく、水の流れがある」
「えっと、言われてみれば……?」
僕は大きく、鼻から空気を吸い込んだ。
それは淀んだ沼と異なる臭い。鼻腔をくすぐる、どこか澄み渡った気配。
「こっちだ、この先を調べる」
「えっ!? 行き止まりの先っすか?」
近づいてみて、ようやくその正体がうっすらと見えてきた。
湖の終点は、緩やかな土手などではなかったのだ。
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