ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第176話 千代に八千代に、いはほとなりて。苔のむす、其処に立った僕ら。

 あまりにも、景観と同化していた。

 枯葉の濁りが混じった水、映し出された鬱蒼とした緑。

 

 湖を覗き通すことは、まるで叶わないが――。

 

「旦那様……どこからか、腹に響く音が聞こえやせんか?」

 

 先導していた猟兵(シャスール)がおびえたように言った。

 

 水面に、垂れ下がった枝の向こう側。

 深くて暗い湖から、ゴォォォと低く唸るような――落ちる音。

 未だ、誰も全貌を理解出来てはいない。

 

 だが、僕はもう確信していた。

 

「ああ、お前の言う通りだ。この土手に見える土塊の下に――水を飲みこむ穴がある」

 

 湖を塞ぐように、あたかも自然物に擬態した何かがここにある。

 

「ちょいと、こいつを登ってみよう。……ちょっと傾斜が急だがな」

 

 僕たちは互いに手を貸し合い、足を滑らせそうになりながらも這い上がる。

 そうして、その天辺に立った瞬間。

 

「……っ!?」

 

 ――僕らは、言葉を失い立ち尽くした。

 

 劇的に開けた視界。

 反対側を覗き込んだ先に、目が眩むような深い垂直の奈落。

 そこへ向かって、制限された水量だけが河川へと流れ込んでいるのだ。分厚い壁の穴から、滝のように落とされて。

 

「これ、なんすか……?」

 

 ジルが、全員の内心を代弁した。

 

 僕らが踏みしめている足元、そこは美しく均された石床。どこまでも真っすぐに、対岸の彼方へと敷き詰められている。

 

「これって巨大な橋っすか? なんで、湖の出口を塞ぐようにこんな建造物が?」

 

 確かにここからの眺めなら、対岸へ渡るための石橋に見えなくもない。

 だが、僕は首を振った。

 

「いや、違うな。これはおそらく――」

 

 本来なら大河となって、広々と流れ出るはずの奔流が、力づくで抑え込まれている。

 湖底からせり上がるこの絶壁を形容するには、橋ではあまりにも力不足だ。

 

「――ダムだ。僕らは今、あまりに巨大なダムの頂き、その天端(てんば)に立ってるんだ」

 

 湖の出口を支配する、途方もない蓋。

 僕たちがさっきまで行き止まり――土手だと思い込んでいた部分――は、この“巨大なダム”の外壁、そのほんの一部に過ぎなかったのだ。

 

「ダム……? 水車回したり、農業水を確保するのに作るアレっすか?」

「ああ、そうだと思う」

 

 すると、猟兵(シャスール)たちがどよめく。

 

「水車を回す……? まさか、この湖をまるごと丸飲みするようなデカい壁が、村にある水車の(せき)と同じだって言うんですかい!?」

「……なんだ、お前ら。ダムを知らんのか」

「聞いたことすりゃありやせんよ、こんなデケェもん。なあ?」

「んだ、んだ……神様か、魔人の仕業だべ」

 

 ……まあ、そうか。

 子爵令息であるジルはまだしも、ヤバマーズ男爵領という閉じた世界しか知らない平民には理解できないのか。

 巨大建造物すら、身近にないからな。

 

 とはいえ、僕もここまで大きいダムを見るのは初めてだが。

 

「でも、アスタ先輩。だったら、リュスさんの言っていた氾濫ってのは?」

「まだ、わからん。……とにかく、このダムを調べるぞ」

 

 最もわかりやすいのは、こいつが老朽化して決壊するってシナリオだ。

 

 僕は手分けをして状況の確認を急がせたが、調べれば調べるほど、その異常さが際立っていく。

 

「すっげえな。何年、放置されてるか知らねえけど、びくともしてねえぞ」

「ああ、ヒビ割れ一つ見当たらねえな」

「オラたちが見て来た、朽ちた古道とは全然ちげえだよ……」

 

 建築知識がないはずの素人の猟兵(シャスール)たちですら、感嘆の声を上げる。

 過酷な水圧と吹き荒れる風に晒され続けているはずなのに、表面は滑らかで、その威風堂々たる壮大さに陰りがない。

 

「普通のセメント類なら成分が溶けだして、表面に汚い結晶(エフロレッセンス)が出来るはずっす。でも、それすらほぼ見られないっすね。……どういう理屈っすか?」

「お前の知識に無い技術ってことか?」

「……そうっすね。でも、年月は経過してそうだし……少なくとも、ドワーフの建築手法じゃないっすね」

「なぜ、そう断言できるんだ?」

「設計思想が違うっす」

「設計思想?」

「ドワーフは地上環境での風化を、ここまで考慮しないと思うっす。地下に住む種族なんで。しかも、建築物の寿命はほどほどにして、改修やメンテナンスを楽しむのが流儀っすから」

「なるほどな。……なら、残るは一つだ」

「おっ、なにか心当たりがあるっすか?」

「ああ、オノレが愛してやまないんだよ……これ」

 

 指先で触れると、伝わってくる。

 

 乳白色の、滑らかでいて強靭な質感。永劫と思えるほどの不朽性。

 それはまさに、古代エルヴン建築の特徴そのもの。

 

「即ち、腐らない石――エルヴン・コンクリートだ」

「へ……? エルフの建材ってコトっすか!?」

「ああ。古代エルフの土木技法で作られた、自己修復性を持つ素材だよ」

「自己修復性っ!? そんなバカな、石が自分で治るわけないでしょ!」

「いや、より正確に言うなら――」

 

 僕はオノレに熱弁された知識を、そのまま脳から引っ張りだす。

 これでも、記憶力には自信あるんだ。

 

「こいつは化学反応により、何千年もかけて“ゆっくりと強度が増す建材”のはずだな」

「はぁああああっ!!? なんかの魔術でコーティング保持し続けるとかじゃなくて!?」

「らしいぞ。だからつまり……強度的には老朽化どころか、未だにノーコストで絶賛成長中ってわけだ」

「は、反則っしょ、耳長エルフ――ッ!!」

「うん。“魔術を使わぬ悠久”とか、もう神秘の域だよなあ」

 

 普通の石材や、人間が作るコンクリートとは構造の次元が違う。

 緻密に練り上げられて開発されたこの素材は、エルフの寿命と調和する。

 

 そう、エルフとは――自らの寿命に見合った、悠久の快適さを求める生物。

 だからこそ、彼らの遺跡は完全な形のまま発見されるのだ。

 

 ……ドワーフとは違う方向で、ヤバい種族である。

 人間なら“魔術がなければ、不朽性は得られない”と思うところを、長命種である奴らは知性と技だけでも、平然とクリアして見せるのだ。

 

 なぜそうするのかって?

 そりゃ、自分たちが“魔術を使わなくても、長生きできるから”だろ。

 それが当たり前だと思ってやがるんだ。僕らとは、発想のスタートラインが違う。

 

「でも、だとしてもっすよ。……辺境のヤバマーズ男爵領に、なんで古代エルフの巨大建築物があるんすか?」

「まあ、問題はそこだよなあ……」

「なんか、親から聞いてないんすか?」

「聞いてたら、悩んでねえよ」

 

 僕は考えながら、天端(てんば)を歩く。

 

 まず、この湖の持つ膨大な水量は、自然の地形で生まれたのではない。

 誰かの意志によって、塞き止められていたものだ。

 

 そして、それはいつからか?

 

「このダムさ、自然物に呑み込まれてたよな?」

「そうっすねぇ。……もしかして、隠そうとしてたんすかね」

「いや、それがもし……時間経過による堆積物だとするなら……?」

「うへぇ。なら、この感じ。絶対に気の遠くなるような年月っすよ」

「やっぱりそう思うか」

 

 だとするならば――僕の先祖、ヤバマーズ家が領主として赴任するより、遥か(いにしえ)の時代。

 エルフ共が、この地と深く関わっていたかもしれない。




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