ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第177話 遺跡荒らしの才能。これは心臓に悪い? いや、この心臓が悪い!

「……オノレも来てたら、大喜びだったろうけどな」

 

 だが、歴史ロマンの真実を見つけるなんて、そんな情緒にこだわる余裕はない。

 今、僕らが直面している為すべき課題はただ一つ。

 

「なあ、ジル」

「なんすか?」

「このダムが決壊して、湖が氾濫すると思うか?」

 

 問いに、ジルは戸惑いを見せた。

 

「……あの預言みたいなの、マジなんすか?」

「ああ、必ず起きる。僕らがなにもしなければ、間違いなくな」

 

 ジルは、困ったように頭を掻いた。

 実は、疑っていたらしい。

 

「正直、うちには判断つかないっすよ。この建築物の全貌が把握できないんで」

「……そう、か」

「でも、パッと見た感じ……この分厚い壁が、ぶっ壊れるイメージは湧かないっすね。圧倒的な強度を感じるっす」

 

 それが専門家の直感。

 ならば、僕はそれを信じることにしよう。

 

「だとすると、問題はダムではなく……村側の標高が低いのかもしれん」

「あー! ダムが壊れるより先に、陸地の低い箇所から溢れちゃうんすね。それなら十分にありえるっす!」

「なら、水門を上手いこと調節して、安全に放水量を増やせないか?」

「うーん。……でも、内部に入らなきゃ操作は無理じゃないすかね」

 

 ジルは天端(てんば)の上を、タタタッと軽快に走り抜けていく。

 そうして、ある地点でピタリと止まると、突然、石畳に這いつくばり始めた。

 

「この辺り……っすかね?」

 

 ジルが工具ベルトから取り出したのは、金属のロッドと耳当てがついた道具――聴診器だった。

 能天気な表情が、途端に鋭く変貌する。

 

「ビンゴっす。ここだけ明らかに反響音が違う。この真下が空洞……内部構造へのルートなのは間違いないっすね」

「開けられそうか?」

「やってみるっすけど……これ、どう触ればいいのかなぁ?」

 

 ジルが指先で継ぎ目をなぞった途端。

 細い溝から、幻想的な青白い光の線が走り抜けた。

 

「これ、物理的な鍵じゃないっすね。たぶん、特定の周波数を流し込むか、なにか認証を噛ませるのか……?」

「……厄介だな」

「正しい開け方を知らなきゃ、手も足も出ない。ホント、意地が悪いセキュリティっすね。さすがは性悪エルフの遺物っす」

 

 古代エルフの叡智。

 遥か時を経てもなお、朽ちることなき論理の錠前となって、侵入者を拒絶し続けている。

 

 焦燥感に駆られ、たまらず僕も近寄った。

 その時――。

 

「――くっ、痛っ!?」

「アスタ先輩!?」

 

 黒曜石のごときウロコを突き抜け、走る激痛。

 怪我でヒビ割れたままの隙間から、ピリピリと不快な振動が響く。

 

「大丈夫っすか?」

「ああ……大丈夫だ。だが、なんだか妙な感覚だぞ。左手のウロコが、引き合っているみたいな」

「先輩の異能って、磁気干渉に近い性質だって言ってたすよね」

「ああ、そのはずだ」

「なら、もしかしたら、セキュリティの魔術回路を(さわ)れるんじゃないっすか?」

「……試してみる価値はあるな」

 

 僕は左手を、ゆっくりと光の筋へとかざした。

 

 ウロコが、更に熱を帯びる。

 神経がジリジリ灼けるような痛みを堪え、石壁の内側にある流れを感じ取り、強引に『三日月の刃』の斥力で、ねじ曲げるイメージ。

 

 ――カチリ、カチリ。

 

 内側で、何かが噛み合う音がした。

 同時に、広がっていた石床がガタンガタンと滑り始め、内部へ降りる優美な螺旋階段へと姿を変えていく。

 

「正規の開錠手段じゃなさそうだが……こじ開けられたな」

「……さすが、アスタ先輩。遺跡荒らしの才能まであるとは、恐れ入ったっす」

「お前、ちょっとは素直に褒められないのか?」

 

 開かれた内部へ踏み込むと、外の蒸し暑い空気は一掃された。

 ひんやり涼しく、不思議なほど快適な空間。

 

「明るい……? 窓もないのに?」

 

 見上げれば、天井には仄かに自発光する花が咲き誇る。

 幾何学的に配置された光る導管が、脈動するように壁を伝う。

 

 僕らは一列の隊列を組み、反響する足音を聞きながら歩いた。

 回廊を進むこと、およそ数分。

 

 やがて僕たちは、ダムの中枢と思われる円形広間へと辿り着いた。

 

「うわ……」

 

 誰かから声が漏れた。

 

 脈動する青白いラインが張り巡らされた先、鎮座するのは水晶の円柱。その内部では、スパークが激しい渦を巻く。

 

 轟、轟、と。

 落水音だけではない、この建造物そのものが鳴動していた。

 

「……魔導装置っす」

「なんだと? えと、この水晶のことか?」

「違うっす! このダム自体が、丸ごとデッカい魔導装置なんすよ。高い位置から落下する水のエネルギーを、そのままこいつで増幅してるんす!」

 

 ジルは興奮しながら、水晶の円柱へと駆け寄る。

 

「いや、もしかしたら、水に溶けている魔素も利用してるっすか? うちらが散々兵器を小型化できないかって頭捻ってたのに! ああ、もうっ! スラリー燃料すらアホらしくなるっす!」

「お、おい。落ち着けよ、ジル……」

「それだけじゃないっす。アスタ先輩、見てくださいっす。床や壁に刻まれたラインを!」

 

 水晶の円柱から伸びる、太い魔導導線。

 それは幾重にも枝分かれし、壁を突き抜け、ダムの深層へと消えていた。

 

「ここで生み出された莫大なエネルギーは、ダムを維持するためだけに使われてるんじゃないっす。もっと先、このダムの背後にある、どこかへと送り込まれているっすよ!」

「どこかって……どこだよ」

 

 ――ズキリ。

 

 ヤバマーズの血が騒ぎだす。

 その恐ろしい答えを、僕はもう知っているはずだと囁いてくる。

 

「湖に描かれたランドマーク? ……いや、それとも狂気樹海か?」

 

 ゾクリ、とした。

 もうすぐ引き起こされるという、破滅的な洪水。

 決して誰も辿り着けない、ヤバマーズ特務研究機関。

 

 この巨大なダムが、ただ水を堰き止めるためではなく。

 ヤバマーズの闇に眠る、『ナニカ』を動かすための心臓なのだとしたら。

 

「もしかしたら、そのどちらも……かもしれないっすね」

 

 ジルは円柱の基部にあった、盤上設備に飛びついた。

 複雑な紋章とにらめっこしながら、なにやら動かそうとしているように見える。

 

「水門の操作系は……これすか。チッ、見栄えばかり気にして、使いにくいコンソール作りやがって……クソ、やっぱり現場端末がロックアウトされてるっす」

「コンソール? ……ロックアウトってなに?」

「ええっ、素人への説明ってムズい……。要するにいくら頑張っても、ここじゃ水門は開けられないってコトっす」

「なんで!? 水門は目の前にあるんだぞっ!!」

「外から、操作権限が奪われてるんすよ。誰かがこのダムの制御を奪って、意図的に放水量を絞ってる。そういうことっす」

「外からなんて、そんなことができるのか?」

「……どこか別の操作系と繋がってるんじゃないすか? 言うて、信号減衰とかを考えると、そう遠くない距離だと思うっすよ」

 

 雨も降っていないのに、湖が氾濫する理由。

 それは、何者かが仕組んだ人工的な災害?

 

 ……でも、だとしたら誰がそんなことを?

 その問いに答えるように、不気味な音が響き始めた。

 

 ――ピチャ。……ペチャ。

 

 濡れた肉塊が、石床を叩く足音。

 それも一つや二つではない。

 

「――誰だっ!?」

 

 猟兵(シャスール)の一人が、振り返る。

 ぬらりと現れたのは――水かきに覆われた手。

 

 ツルツルと鱗に覆われた身体、ギョロッと飛び出したまばたきをしない目。上下に裂けた口。

 ヤスリのような牙をギチギチと擦り合わせながら、近づいてくる影。

 

 ふわりと腐った魚のような、吐き気を催す悪臭がした。

 

「うぅ、うぁああああああっ!?」

 

 生理的な嫌悪感に、一人が悲鳴をあげる。

 魚の頭を持つ、二足歩行のバケモノたち――魚人が押し寄せて来たのだ。




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