ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第180話 知識の借りもの競争、幻影カンニングペーパー。とりま、知ったかぶっとけ。(前半)

 ――ギチ、ギチギチギチッ。

 

 無機質な回廊に、ヤスリを擦り合わせるような不快な音が反響。

 発光花に照らされて、魚人の軍勢が肥大化した眼球をぎらつかせた。

 

「なんで、古代エルフのダムに魚人が間借りしてんだよ!」

「ひょっとして、あいつらエルフなんじゃないすか」

「んなわけねえだろっ?! あんな生臭いエルフがいてたまるか!」

 

 軽口を叩く間に、怪物たちは押し寄せて来る。

 異変真相の糸口をつかんだ僕らは、窮地に陥った。

 

「ヒィッ!? くるな、くんじゃねえッ!!」

「怯むな、撃てっ!」

 

 僕は蒸気銃“じゃじゃ馬”を構え、トリガーを引き絞った。

 猟兵(シャスール)たちも、絶叫しながらボウガンで応戦。

 

「抜けてきた奴は任せるっす!」

 

 ジルが蒸気駆動式ネイルハンマーを構え、迫りくる魚人の腕を強引に叩き折る。バキッ、という生々しい破壊音。

 だが、倒れた死体を踏み越えて、後続がさらに押し寄せてくる。

 

「いつも通りにやれ。魔物除けの煙玉だ、進行を少しでも遅らせろ!」

 

 指示と同時に、投げつけられた煙玉。

 立ち込めるのは、ツンとしたミントの強い刺激臭。

 

「ギギッ!? ギガァアアアッ!」

 

 白煙が立ち込めれば、わずかに怯んだ。

 粘膜に、強い刺激が走っているのだ。

 

 だが、濁った瞳に宿る殺意は消えない。

 

「そりゃそうだ、命に別状があるわけじゃないからな」

 

 煙玉は忌避剤であって、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 煙が薄れる間もなく、二メートルを超える巨躯の魚人が、仲間を蹴散らすようにして前線へ躍り出た。

 背びれが鋭い刃物のように硬質化し、手には不格好な槍を握っている。

 

「……おいおい、あんなデカいのまでいるのかよ」

「アスタ先輩。さすがに手持ちの武器だけだと、ジリ貧っす!」

「わかってる、このままさっきの入り口へ後退するぞ!」

 

 すると、猟兵(シャスール)が叫んだ。

 

「旦那様、あっしらが通って来た回廊からも奴らが!」

「なんだと!? 出口は他にないんだぞ!?」

 

 どうやら、外からも侵入して来たらしい。

 このまま逃げれば、挟み撃ちに遭う。

 

 手持ちの武装は、連戦で消耗。

 蒸気銃の圧力も不安定、猟兵(シャスール)の矢も残り少ない。

 

(もう無理を押してでも異能を使って戦うしかないか? ――くっ、なにか手掛かりはっ!?)

 

 僕は左手の甲へ、意識を集中する。

 ヒビが入った黒曜石のウロコ、ズキズキと脈打つような痛み。

 

 迫る殺意が、警鐘を鳴らし続ける。

 伝わる情報は、どこかしこも死一色。

 

 いいや、違った。

 ほんの一点だけ、異なる気配があった。

 

「――不甲斐ない奴め。貴様の眼球は飾り(かな)?」

 

 不意に降ってくる、不遜な声。

 

「サキオンッ!?」

 

 見上げれば、そこに宙を浮く幻影がいた。

 三代目当主サキオン・ド・ヤバマーズ。時代遅れのコートを翻し、腕を組んだまま、僕らを見下ろしている。

 

「いつから、そこに……?」

(おれ)は終始近くにおったぞ。貴様が(おれ)を認知していなかったに過ぎん」

「ずっと……? 認知だって?」

 

 ムカつく物言いだが、なんだか異様に引っかかる。

 いや、今は疑問に思っている場合ではない。

 

「いいか。斯様な巨大建築物において、出入り口が一か所のみという道理などあろうはずもない」

「講釈はいいんだよ、僕にどうしろって?!」

 

 サキオンは呆れたように、床の一点を指差した。

 

「そこだ」

「って、まさかの床っ!?」

「いいか、野暮ったいの。ここまで大規模に水流を遮断するともなれば、必ずや維持管理のための動脈が張り巡らされる。点検と排水を可能とする――監査廊が存在せぬはずがない!」

「監査廊ってのはよくわからんが……ジル、あの床を見てくれ!」

「えっ、今っすか!? うおりゃっ! ……ちょっと待つっす」

 

 ジルが魚人を蹴り飛ばし、床を調査する。

 

「まさか、これはハッチ? ああ、そっか! 動力源やら施設の保守点検くらいするっすもんね!」

「開きそうか?」

「テコの要領で、こじ開けるっす!」

 

 ネイルハンマーの突起を無理やり、挿し込んでそのまま力を掛ける。

 

 ――ドォォォンッ!

 

 すると、暗い垂直の穴が姿を現した。

 入り口は狭く、梯子が掛かっている。

 

「あった……本当に道があったっす!」

「さあ、全員、飛び込め。躊躇うなッ!」

 

 僕は仲間たちに命じて、殿(しんがり)を務めた。

 ピンを抜き、金属製のボトルを投げつける。そう、蒸気爆弾だ。

 

「――こいつで遊んでろ、生臭い魚類ども」

 

 水蒸気爆発、猛烈な水蒸気による熱傷と爆風。

 魚人たちの悲鳴を聞きながら、僕は垂直穴へと身を投げた。

 

 

***

 

 

「……なかなか狭い縦穴っすね」

 

 本当に人間がぎりぎり一人通れるくらいの、狭さだ。

 息苦しささえある。

 

「かえって都合がいいだろ。あいつら、図体がデカかったからな」

 

 縦穴の壁面は、これまでの様子とは一転。

 エルヴン・コンクリートが剥き出しなだけだ。

 

「足元に気を付けろよ、結露で結構すべるぞ」

 

 その時、頭上の開口部から、嫌な音が響いた。

 見上げれば、ヌラヌラと不気味な頭部が穴を覗き込んでいる。魚人だ。

 

「ひぃぃいっ!? やつらが追いついてきやがった!」

「落ち着け! 一列にならざるを得ない構造だ、上を向かずに降りろ!」

 

 魚人が無理やり、狭小な隙間に身をねじ込もうとする。

 だが、背びれが引っかかったようだ。生臭い雫と剥がれた鱗が、ポタポタと僕らの肩や頬に落ちてくる。

 

「うわ、くっさいな」

「アスタ先輩。この先に、出口があるんすかね? なかったら、ヤバくないすか?」

「えっと……」

 

 僕は、サキオンの声に耳を傾ける。

 

「僕らは天端(てんば)から入ったが、ダムの両端……ようするに左右の岸辺にも、出口がある可能性が高い」

「なんでっすか?」

「物資搬入の問題があるだろ、天端(てんば)は使いにくいからな。それに、いざって時の脱出口は、複数用意するもんだ。城と同じで」

「なるほど、それは確かに」

 

 足元に、底板の気配。

 着地と同時に膝を折り、衝撃を殺す。

 

 そこは飾り気のない、湿った通路だ。さっきのエリアとは空気が違う。

 

「うーん……よし、みんな。こっちだ、ついてこい!」

「え、そんな適当で大丈夫なんすか?」

「ああ。この通路、監査廊って言うらしいんだが……こいつは横にまっすぐ突き抜けてるものらしい。だから方向があってれば、問題ないよ」

「監査廊?」

「えーと、ダムに入り込む水を抜くための通路?」

「ああ、排水用途っすか。納得っす」

 

 確かに見れば、掘られた側溝に、絶え間なく水が流れている。

 ジルはもちろん、猟兵(シャスール)たちも物珍しそうだ。

 

 でも、先導する僕は不思議で仕方ない。

 

「……ごめん、ジル。なんで排水用の通路が必要なんだ? 内部をスカスカにしない方が、強いダムになりそうじゃね??」

「それ、説明してた本人が聞いてくるの、おかしくないっすか!?」

 

 だって、僕は理解して話してるわけじゃないもん。

 そもそも、王立大学(アカデミア)で勉強したダムに、監査廊なんて存在しないんだよ。

 だから、サキオンに言われた通り説明してるだけ。

 

 まっ、お前らには見えてないだろうけど。




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