――ギチ、ギチギチギチッ。
無機質な回廊に、ヤスリを擦り合わせるような不快な音が反響。
発光花に照らされて、魚人の軍勢が肥大化した眼球をぎらつかせた。
「なんで、古代エルフのダムに魚人が間借りしてんだよ!」
「ひょっとして、あいつらエルフなんじゃないすか」
「んなわけねえだろっ?! あんな生臭いエルフがいてたまるか!」
軽口を叩く間に、怪物たちは押し寄せて来る。
異変真相の糸口をつかんだ僕らは、窮地に陥った。
「ヒィッ!? くるな、くんじゃねえッ!!」
「怯むな、撃てっ!」
僕は蒸気銃“じゃじゃ馬”を構え、トリガーを引き絞った。
「抜けてきた奴は任せるっす!」
ジルが蒸気駆動式ネイルハンマーを構え、迫りくる魚人の腕を強引に叩き折る。バキッ、という生々しい破壊音。
だが、倒れた死体を踏み越えて、後続がさらに押し寄せてくる。
「いつも通りにやれ。魔物除けの煙玉だ、進行を少しでも遅らせろ!」
指示と同時に、投げつけられた煙玉。
立ち込めるのは、ツンとしたミントの強い刺激臭。
「ギギッ!? ギガァアアアッ!」
白煙が立ち込めれば、わずかに怯んだ。
粘膜に、強い刺激が走っているのだ。
だが、濁った瞳に宿る殺意は消えない。
「そりゃそうだ、命に別状があるわけじゃないからな」
煙玉は忌避剤であって、それ以上でもそれ以下でもない。
煙が薄れる間もなく、二メートルを超える巨躯の魚人が、仲間を蹴散らすようにして前線へ躍り出た。
背びれが鋭い刃物のように硬質化し、手には不格好な槍を握っている。
「……おいおい、あんなデカいのまでいるのかよ」
「アスタ先輩。さすがに手持ちの武器だけだと、ジリ貧っす!」
「わかってる、このままさっきの入り口へ後退するぞ!」
すると、
「旦那様、あっしらが通って来た回廊からも奴らが!」
「なんだと!? 出口は他にないんだぞ!?」
どうやら、外からも侵入して来たらしい。
このまま逃げれば、挟み撃ちに遭う。
手持ちの武装は、連戦で消耗。
蒸気銃の圧力も不安定、
(もう無理を押してでも異能を使って戦うしかないか? ――くっ、なにか手掛かりはっ!?)
僕は左手の甲へ、意識を集中する。
ヒビが入った黒曜石のウロコ、ズキズキと脈打つような痛み。
迫る殺意が、警鐘を鳴らし続ける。
伝わる情報は、どこかしこも死一色。
いいや、違った。
ほんの一点だけ、異なる気配があった。
「――不甲斐ない奴め。貴様の眼球は飾り
不意に降ってくる、不遜な声。
「サキオンッ!?」
見上げれば、そこに宙を浮く幻影がいた。
三代目当主サキオン・ド・ヤバマーズ。時代遅れのコートを翻し、腕を組んだまま、僕らを見下ろしている。
「いつから、そこに……?」
「
「ずっと……? 認知だって?」
ムカつく物言いだが、なんだか異様に引っかかる。
いや、今は疑問に思っている場合ではない。
「いいか。斯様な巨大建築物において、出入り口が一か所のみという道理などあろうはずもない」
「講釈はいいんだよ、僕にどうしろって?!」
サキオンは呆れたように、床の一点を指差した。
「そこだ」
「って、まさかの床っ!?」
「いいか、野暮ったいの。ここまで大規模に水流を遮断するともなれば、必ずや維持管理のための動脈が張り巡らされる。点検と排水を可能とする――監査廊が存在せぬはずがない!」
「監査廊ってのはよくわからんが……ジル、あの床を見てくれ!」
「えっ、今っすか!? うおりゃっ! ……ちょっと待つっす」
ジルが魚人を蹴り飛ばし、床を調査する。
「まさか、これはハッチ? ああ、そっか! 動力源やら施設の保守点検くらいするっすもんね!」
「開きそうか?」
「テコの要領で、こじ開けるっす!」
ネイルハンマーの突起を無理やり、挿し込んでそのまま力を掛ける。
――ドォォォンッ!
すると、暗い垂直の穴が姿を現した。
入り口は狭く、梯子が掛かっている。
「あった……本当に道があったっす!」
「さあ、全員、飛び込め。躊躇うなッ!」
僕は仲間たちに命じて、
ピンを抜き、金属製のボトルを投げつける。そう、蒸気爆弾だ。
「――こいつで遊んでろ、生臭い魚類ども」
水蒸気爆発、猛烈な水蒸気による熱傷と爆風。
魚人たちの悲鳴を聞きながら、僕は垂直穴へと身を投げた。
***
「……なかなか狭い縦穴っすね」
本当に人間がぎりぎり一人通れるくらいの、狭さだ。
息苦しささえある。
「かえって都合がいいだろ。あいつら、図体がデカかったからな」
縦穴の壁面は、これまでの様子とは一転。
エルヴン・コンクリートが剥き出しなだけだ。
「足元に気を付けろよ、結露で結構すべるぞ」
その時、頭上の開口部から、嫌な音が響いた。
見上げれば、ヌラヌラと不気味な頭部が穴を覗き込んでいる。魚人だ。
「ひぃぃいっ!? やつらが追いついてきやがった!」
「落ち着け! 一列にならざるを得ない構造だ、上を向かずに降りろ!」
魚人が無理やり、狭小な隙間に身をねじ込もうとする。
だが、背びれが引っかかったようだ。生臭い雫と剥がれた鱗が、ポタポタと僕らの肩や頬に落ちてくる。
「うわ、くっさいな」
「アスタ先輩。この先に、出口があるんすかね? なかったら、ヤバくないすか?」
「えっと……」
僕は、サキオンの声に耳を傾ける。
「僕らは
「なんでっすか?」
「物資搬入の問題があるだろ、
「なるほど、それは確かに」
足元に、底板の気配。
着地と同時に膝を折り、衝撃を殺す。
そこは飾り気のない、湿った通路だ。さっきのエリアとは空気が違う。
「うーん……よし、みんな。こっちだ、ついてこい!」
「え、そんな適当で大丈夫なんすか?」
「ああ。この通路、監査廊って言うらしいんだが……こいつは横にまっすぐ突き抜けてるものらしい。だから方向があってれば、問題ないよ」
「監査廊?」
「えーと、ダムに入り込む水を抜くための通路?」
「ああ、排水用途っすか。納得っす」
確かに見れば、掘られた側溝に、絶え間なく水が流れている。
ジルはもちろん、
でも、先導する僕は不思議で仕方ない。
「……ごめん、ジル。なんで排水用の通路が必要なんだ? 内部をスカスカにしない方が、強いダムになりそうじゃね??」
「それ、説明してた本人が聞いてくるの、おかしくないっすか!?」
だって、僕は理解して話してるわけじゃないもん。
そもそも、
だから、サキオンに言われた通り説明してるだけ。
まっ、お前らには見えてないだろうけど。
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