ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第181話 知識の借りもの競争、幻影カンニングペーパー。とりま、知ったかぶっとけ。(後半)

「うちは、ダムの専門家ではないっすけど。……先輩が言い当てた“監査廊”ってやつの理屈は、工学的に見て正解っす」

 

 湿り気を帯びた空気が、肌にべったりとまとわりつく。

 ジルの義足が、カツン、カツン、と規則正しい金属音を響かせた。

 

 ここはまるで、巨大生物の体内を歩いている錯覚をしそうになる。

 湿気に濡れる壁が、胃みたいに思えた。

 

「いいすか。この水抜き通路がないと、このダムはぶっ壊れるんっすよ」

 

 ちらり。

 ジルは側溝を流れる水に、目をやる仕草。

 

「そうなの? 空洞を作る方が、強度が落ちそうだけど。コンクリートをぎっしり詰めたほうがいいんじゃないか」

「内部に染みる水、その逃げ場を考えるっすよ。アスタ先輩」

「水が染みる? こんな分厚いコンクリートのなかに?」

「そうっすよ。水が溜まったら、内圧でパァンって破裂するか。内側から持ち上げられて、ダムがズルズルーって流されるかもしれないじゃないすか」

「いやいや。何十トン、いや、何百トンあるかもわからない巨大コンクリートだぞ。ありえねえよ」

 

 僕は、思わず笑い飛ばした。

 だが、ジルは断言した。

 

「いいすか、この世に水を通さない建材はないっす。岩盤でも、コンクリートでも」

「この世にないなんて、さすがに大げさだな」

「全然、大げさじゃないっす。水ってのはね、極小の粒の集まり。いつかは必ず、染み出してくるっす。……ドワーフの地下建築でも、水の侵入が問題になるんすよねぇ」

 

 思わぬところで、話が繋がる。

 地上にあるダムと、地下にある都市じゃ、まるで話が違いそうなのに。

 

「ジル。お前、ドワーフに船がないって言ったじゃん。てっきり、水自体に縁がないのかと……」

「そりゃ浅はかっすね。地下設計は、水との戦いっすから。鉱山採掘だって、地下水脈に当たればおじゃんでしょ?」

「まあ……言われたらそうだな」

「このダムはすげー水圧が掛かってるっすからねぇ。水が入り込む力も桁外れかもしんないっすね」

「へー、そんなに大事な通路だったのか、これ」

 

 聞いてみないと、わからないもんだな。ただの歩行路かと思った。

 すると、ジルがじーっと怪しむような目で見つめてきた。

 

「ってか、どうしてまともに理解してない癖に、アスタ先輩は道案内できるんすか? さっきから、おかしくないっすか?」

「う……」

 

 詰まった。

 いや、自分でも支離滅裂でおかしいとは思う。

 

 僕が自信満々に振舞っているのは……隣に浮かぶ不可思議な幻影(ファントゥム)――サキオンの指示だ。

 カンニングしてるみたいで、ちょっと気分が悪い。

 

(っていうか、もしかしてさ……)

 

 僕は小声で、問いかけた。

 

「なあ、サキオン。お前、まさか記憶が戻ってるのか?」

「幾分かは、な。実のところ、貴様らが掘り返した昔話も聞いていたのだ。お陰で思い出した事柄もある」

「……んだよ、それ。なら、さっさと出て来いよな」

「貴様が、(おれ)を“大嫌い”などと宣ったのだろう。忌避されているのに、わざわざ顔を晒すのはさすがに悪趣味だと思わんか?」

「……」

「それに……貴様が真に切望しさえすれば叶ったはずだ」

「切望? まさか、僕が呼べば出てこれたとでも?」

 

 サキオンは答えず、ただ不敵な笑みを深めるだけ。

 ムカつくが、こいつがいると妙に安心感があった。

 

 僕は、質問を変える。

 

「……お前、このダムの中、入ったことあったのかよ?」

「存在は把握していたがな。だが、封印を解くことは出来なんだ。(おれ)にとっても、ここは未知の領域だぞ」

 

 思わぬ言葉に、驚いた。

 

「おい、冗談だろ? 初めて入った場所で、なんで自信たっぷりに案内なんてできるんだよ。行き止まりだったら、僕ら全滅だぞ!?」

不羈自由(ふきじゆう)に、列国の遺跡を探索していた時期がある。それに巨大な構造物ほど、気まぐれな設計など許されぬよ。いわば、必然の塊」

「過去に、遺跡を探索したって?」

「そうだ。そうして視認できる部分から、不可視の部分を逆算し、設計者の思想をなぞれば道が浮かび上がる。理屈の通らぬ壁など、存在せぬからにして」

 

 こいつ、本当になんなんだ……マジで、バケモノかよ。

 

「貴様も指揮を執るなら、より早く答えを導き出し給えよ。堂々とな。最悪の顛末などは一旦忘却せよ、思索の邪魔になる」

 

 現代の大学教授陣にすら匹敵――いや、現場の即断力も含めれば、それすら超え得る器量かもしれない。

 ラ・ボアジエ教授とは、また違ったタイプの“智”の持ち主。

 

(主戦派相手に立ち回って、達人級の弓技決めたってのは伊達じゃないってことかよ。たぶん、知識の実践力がヤバいんだ)

 

 でも、だからこそチグハグだ。

 なおさらどうして、こんな奴がいてヤバマーズが落ちぶれる羽目になる?

 矢文事件の後にでも、やりようがあったんじゃないか?

 

「先輩! ぼさっとしてると、生臭い魚に追いつかれるっすよ!」

「なんだ、もう来てるのか?」

「嫌な臭いが、ふわっと漂ってきたっす」

「……そいつは嫌な判別法だなあ」

「でも、たいして速くはないっすね。今のアスタ先輩に追いつけないんすから」

「僕が、足引っ張ってて悪かったな!?」

 

 すると、猟兵(シャスール)が叫ぶ。

 

「旦那様。通路が――左右に分岐しておりやすが!?」

「一本道じゃなかったんすか?!」

 

 一本道だった監査廊が、唐突に枝分かれ。上下に伸びる梯子まである。

 古エルフ語で刻まれた文字が、かすかに光っていた。

 

「……少し待て、今、僕が読む」

 

 追撃してくる魚人たちの足音が、ピチャピチャと聞こえ始めた。

 

「みんな、左の道にある梯子を登るぞ! 上層へ退避する!」

「え、今度は登るんすか?」

「あいつらは梯子の上り降りに弱い。――僕を信じろ! 必ず出口に辿り着ける!」

 

 僕が不敵に笑みを浮かべて言いきると、仲間たちは落ち着きを取り戻す。

 仲間たちは、自信満々な僕を信じたのかもしれない。

 

 だが、僕を励ましたのは――。

 

「そうだ、領主たる者笑え。……如何なる時であってもな」

 

 腹が立つほど、自信満々なサキオンの姿だった。

 

 

***

 

 

 ――ガァンッ!!

 

 幾何学的模様の扉。

 僕と猟兵(シャスール)たちが、思い切り体当たりをかます。

 

 古代エルフのセキュリティロックだけではなく、長年の泥と植物の根によって固着していたが。

 軋み声を上げ、ついに開いた。

 

「出られた……! 外だ!」

 

 飛び出した途端、灰色の空が目に映った。どんよりしているが、ほっとした。草木と土の匂い。

 出入り口は、生い茂る蔓に覆われていたらしく、これでは外から見つけるのは不可能に近かっただろう。

 

「はぁ、はぁ……っ! オラたち、助かった、のか……?」

 

 猟兵(シャスール)たちが、へたり込むようにして次々と崩れ落ちた。

 

 僕らは湖面を見下ろした。

 湖の目の前だが、少し小高い位置にいるらしい。

 

 まあ、そりゃそうか。水没したら困るもんな。

 

「はぁ……出られたっすね。あー、生きた心地がしなかったっす……」

 

 僕は頷こうとして――。

 

 ――ズキリ。

 

 左手のウロコが、鋭く警鐘を鳴らした。

 

 ギチ、ギチギチギチッ。

 

 ヤスリを擦り合わせるような、あの不快な音が四方八方から響く。

 

「……嘘だろ」

 

 周囲の繁みから、ぬらり、ぬらりと……。

 

 一匹、二匹ではない。

 十、二十……数えるのを放棄したくなるほどの影。

 それも明らかに、大きな影が多く入り混じっている。

 

「――なんで、外にまでいるんだよ!」

 

 僕らは、魚人に待ち伏せをされていたのだ。




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