「うちは、ダムの専門家ではないっすけど。……先輩が言い当てた“監査廊”ってやつの理屈は、工学的に見て正解っす」
湿り気を帯びた空気が、肌にべったりとまとわりつく。
ジルの義足が、カツン、カツン、と規則正しい金属音を響かせた。
ここはまるで、巨大生物の体内を歩いている錯覚をしそうになる。
湿気に濡れる壁が、胃みたいに思えた。
「いいすか。この水抜き通路がないと、このダムはぶっ壊れるんっすよ」
ちらり。
ジルは側溝を流れる水に、目をやる仕草。
「そうなの? 空洞を作る方が、強度が落ちそうだけど。コンクリートをぎっしり詰めたほうがいいんじゃないか」
「内部に染みる水、その逃げ場を考えるっすよ。アスタ先輩」
「水が染みる? こんな分厚いコンクリートのなかに?」
「そうっすよ。水が溜まったら、内圧でパァンって破裂するか。内側から持ち上げられて、ダムがズルズルーって流されるかもしれないじゃないすか」
「いやいや。何十トン、いや、何百トンあるかもわからない巨大コンクリートだぞ。ありえねえよ」
僕は、思わず笑い飛ばした。
だが、ジルは断言した。
「いいすか、この世に水を通さない建材はないっす。岩盤でも、コンクリートでも」
「この世にないなんて、さすがに大げさだな」
「全然、大げさじゃないっす。水ってのはね、極小の粒の集まり。いつかは必ず、染み出してくるっす。……ドワーフの地下建築でも、水の侵入が問題になるんすよねぇ」
思わぬところで、話が繋がる。
地上にあるダムと、地下にある都市じゃ、まるで話が違いそうなのに。
「ジル。お前、ドワーフに船がないって言ったじゃん。てっきり、水自体に縁がないのかと……」
「そりゃ浅はかっすね。地下設計は、水との戦いっすから。鉱山採掘だって、地下水脈に当たればおじゃんでしょ?」
「まあ……言われたらそうだな」
「このダムはすげー水圧が掛かってるっすからねぇ。水が入り込む力も桁外れかもしんないっすね」
「へー、そんなに大事な通路だったのか、これ」
聞いてみないと、わからないもんだな。ただの歩行路かと思った。
すると、ジルがじーっと怪しむような目で見つめてきた。
「ってか、どうしてまともに理解してない癖に、アスタ先輩は道案内できるんすか? さっきから、おかしくないっすか?」
「う……」
詰まった。
いや、自分でも支離滅裂でおかしいとは思う。
僕が自信満々に振舞っているのは……隣に浮かぶ不可思議な
カンニングしてるみたいで、ちょっと気分が悪い。
(っていうか、もしかしてさ……)
僕は小声で、問いかけた。
「なあ、サキオン。お前、まさか記憶が戻ってるのか?」
「幾分かは、な。実のところ、貴様らが掘り返した昔話も聞いていたのだ。お陰で思い出した事柄もある」
「……んだよ、それ。なら、さっさと出て来いよな」
「貴様が、
「……」
「それに……貴様が真に切望しさえすれば叶ったはずだ」
「切望? まさか、僕が呼べば出てこれたとでも?」
サキオンは答えず、ただ不敵な笑みを深めるだけ。
ムカつくが、こいつがいると妙に安心感があった。
僕は、質問を変える。
「……お前、このダムの中、入ったことあったのかよ?」
「存在は把握していたがな。だが、封印を解くことは出来なんだ。
思わぬ言葉に、驚いた。
「おい、冗談だろ? 初めて入った場所で、なんで自信たっぷりに案内なんてできるんだよ。行き止まりだったら、僕ら全滅だぞ!?」
「
「過去に、遺跡を探索したって?」
「そうだ。そうして視認できる部分から、不可視の部分を逆算し、設計者の思想をなぞれば道が浮かび上がる。理屈の通らぬ壁など、存在せぬからにして」
こいつ、本当になんなんだ……マジで、バケモノかよ。
「貴様も指揮を執るなら、より早く答えを導き出し給えよ。堂々とな。最悪の顛末などは一旦忘却せよ、思索の邪魔になる」
現代の大学教授陣にすら匹敵――いや、現場の即断力も含めれば、それすら超え得る器量かもしれない。
ラ・ボアジエ教授とは、また違ったタイプの“智”の持ち主。
(主戦派相手に立ち回って、達人級の弓技決めたってのは伊達じゃないってことかよ。たぶん、知識の実践力がヤバいんだ)
でも、だからこそチグハグだ。
なおさらどうして、こんな奴がいてヤバマーズが落ちぶれる羽目になる?
矢文事件の後にでも、やりようがあったんじゃないか?
「先輩! ぼさっとしてると、生臭い魚に追いつかれるっすよ!」
「なんだ、もう来てるのか?」
「嫌な臭いが、ふわっと漂ってきたっす」
「……そいつは嫌な判別法だなあ」
「でも、たいして速くはないっすね。今のアスタ先輩に追いつけないんすから」
「僕が、足引っ張ってて悪かったな!?」
すると、
「旦那様。通路が――左右に分岐しておりやすが!?」
「一本道じゃなかったんすか?!」
一本道だった監査廊が、唐突に枝分かれ。上下に伸びる梯子まである。
古エルフ語で刻まれた文字が、かすかに光っていた。
「……少し待て、今、僕が読む」
追撃してくる魚人たちの足音が、ピチャピチャと聞こえ始めた。
「みんな、左の道にある梯子を登るぞ! 上層へ退避する!」
「え、今度は登るんすか?」
「あいつらは梯子の上り降りに弱い。――僕を信じろ! 必ず出口に辿り着ける!」
僕が不敵に笑みを浮かべて言いきると、仲間たちは落ち着きを取り戻す。
仲間たちは、自信満々な僕を信じたのかもしれない。
だが、僕を励ましたのは――。
「そうだ、領主たる者笑え。……如何なる時であってもな」
腹が立つほど、自信満々なサキオンの姿だった。
***
――ガァンッ!!
幾何学的模様の扉。
僕と
古代エルフのセキュリティロックだけではなく、長年の泥と植物の根によって固着していたが。
軋み声を上げ、ついに開いた。
「出られた……! 外だ!」
飛び出した途端、灰色の空が目に映った。どんよりしているが、ほっとした。草木と土の匂い。
出入り口は、生い茂る蔓に覆われていたらしく、これでは外から見つけるのは不可能に近かっただろう。
「はぁ、はぁ……っ! オラたち、助かった、のか……?」
僕らは湖面を見下ろした。
湖の目の前だが、少し小高い位置にいるらしい。
まあ、そりゃそうか。水没したら困るもんな。
「はぁ……出られたっすね。あー、生きた心地がしなかったっす……」
僕は頷こうとして――。
――ズキリ。
左手のウロコが、鋭く警鐘を鳴らした。
ギチ、ギチギチギチッ。
ヤスリを擦り合わせるような、あの不快な音が四方八方から響く。
「……嘘だろ」
周囲の繁みから、ぬらり、ぬらりと……。
一匹、二匹ではない。
十、二十……数えるのを放棄したくなるほどの影。
それも明らかに、大きな影が多く入り混じっている。
「――なんで、外にまでいるんだよ!」
僕らは、魚人に待ち伏せをされていたのだ。
いつも応援ありがとうございます!
「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。
作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!