ようやく、外へと辿り着いたのに最悪だ。
今さら、引き返すことも難しい。
ダムの内部からは、追っ手が迫って来ているはずなのだ。
「魚の癖に、網張って待つような真似してんじゃねえよ……っ」
思わず、毒づく。
だが、事態は、数の暴力だけで済むほど甘くはない。
ズシン、ズシン――ッ!
地面を揺らし、群れの奥から現れた巨影。
「あはは、アスタ先輩。あれ……さすがに目の錯覚っすよね?」
ジルの乾いた笑い。
遠近感がおかしくなりそうだった。
群れる魚人たちが幼子に見えるほどの体躯――
その凶悪なる怪物は、握る長槍の切っ先を僕らに向けた。
「ダムのなかでも、デケェのがいるとは思ったが……さらにその上がいるってか? いらねえよ、そんなサービス精神!」
ギチ、ギチギチッ……。
「もうこうなったら、出し惜しみはなしだ! 使えるものは全部使い切れっ!」
温存していた切り札、蒸気爆弾と煙玉を次々に投擲。
――シュパパァンッ!! プッシュッッウウウッ!
直後、敵陣で起きる、水蒸気爆発。
猛烈な衝撃、飛び散る破片。視界を覆う水蒸気が吹き荒れた。
「ギァアアアアッ!?」
「シュギャッ!?」
手応えはある。
熱風と破片の嵐は、確実に魚人たちの鱗を引き裂いた。
直撃を免れた個体さえも、地にうずくまり体液を激しく吐き散らしている。
だが……。
「おいおい、マジかよ。まだ平然と寄ってくるぞ!?」
煙の向こうから、ゆらりゆらりと歩み寄る醜悪な怪物たち。
人間を凌駕する怪物の包囲網には、なけなしの爆発物だけでは決定力が不足した。
いや、違う。違和感がある。
(本来ならば、魔物にだって生存本能――恐怖心があるはずだ)
そうだ。化けガエルだって、ゴブリンだって、被害が大きければ逃げ出す。
明らかに、こいつらはなにかがおかしかった。
「ヤバい、来るぞ! 散れッ!!」
――ドォォォォンッ!!
粉砕された地面が、礫となって弾けた。
その一片が容赦なく、僕の頬を掠めて熱い朱を引く。
「“じゃじゃ馬”よ、もうひと踏ん張りしてくれッ!!」
加熱した機関から吹き出る蒸気。
ミシミシと悲鳴を上げる銃身。もう耐久限界は越えた愛銃に鞭打つ。
されど、放たれた弾丸は、
「どう足掻いても、貫通力が足りないってか? やっぱ、ちょっと蒸気銃は弱いな」
カチカチッ。
虚しく響く、空打音。
ついに訪れた、弾切れのお知らせ。
「まったく、こうなりゃただの重しにしかならんな」
僕は、あっさり蒸気銃を捨てた。
やはり、最後に頼りになるのは使い慣れた武器だ。静かに狩猟刀を構えて、指を添える。
それぞれ狩猟刀や鉈で応戦するが、魚人たちはじりじり距離を詰めて来た。
しかし、優勢になった魚人たちがとったのは、あまりに不可解な行動だった。
「うわっ、なんじゃこりゃぁああっ!?」
なんと、魚人が繰り出したのは、殺傷用の武器ではない。次々と漁網が投げられたのだ。
猟兵が一人、絡め捕られて転倒する。
「――させるかぁああっ!」
もう出し惜しみは出来なかった。
『三日月の刃』を展開、網を一気に切り裂いて、そのまま魚人の腕を斬り飛ばす。
ヒビ割れている箇所が痛むが、気にする余裕はない!
「おい、大丈夫か! そいつをさっさと助け起こせ!」
「へいっ!」
「クソ、マジで漁網を持ってくる魚がいるかよ……! まさかあいつら、僕たちを生け捕りにする気なのか!?」
でも、なぜそんな面倒なことを? 捕虜なんて概念ないだろうに。
するとサキオンが、眼下の湖を顎でしゃくった。
「……奴らは引きずり込もうとしているのだ。その、昏い湖の底へとな」
「引きずり込む? 湖の底に、なにがあるって言うんだ?」
意味を咀嚼しきる前に、頭上の光が遮られた。
「――させないっす!」
ジルが前へと躍り出る。
放たれた槍の穂先を、ネイルハンマーで正確に打ち払い、その必殺の軌道を強引に逸らした。
「よくやった、ジル!」
千載一遇の好機。
すかさず僕は、低く地を滑るように間合いを詰めた。
「捕まえたいのか、殺したいのか……はっきりしやがれッ!」
旋回させた『三日月の刃』を煌かせ、
「ギシャアアアアアッ!?」
激痛にのけぞる巨躯、怪物が見せた決定的な怯み。
「やれ、今だ!」
「うぃっす、これがドワーフ魂じゃぁぁあああっ!」
ジルが跳躍、空中で躍動する。
袖口から、スラリー燃料がドロリと散布。そう、鉄すらも焼き切る工業の火――
白熱化した超高温の炎刃が、
肉が炭化、骨が白熱。鱗すらも爆ぜ飛んで、熱波は頸椎にまで到達。
ジルの一撃はその巨大な頭部を、半ばまで強烈に切断して見せた。
ぐらり――ドスゥゥゥゥン!
傷口が焼かれ、血が噴き出ることすら叶わない。
巨躯が地面へと、豪快にたたきつけられる。強烈な異臭が立ち込めた。
だが、大物を仕留めたジルに、歓喜はなかった。
「先輩、在庫切れっす。次は……次はもう、ないっす」
「ああ、わかっている! このまま崩れた包囲網を突破するぞ!」
「え、そっちは湖っすよ!? 危ないんじゃ……」
「わかってる、でも湖沿いに走るしかないだろうがっ!」
魚人の軍勢は、一番僕らが逃げたい方向を陣取り。槍を構えて塞いでいる。村への道のりは、大きく迂回するしかない。
一斉に駆け出し、高台を滑り降りていくが、どうしても浜辺を通らざるを得ない。
案の定、湖に接近すると、水中から魚人たちがさらにゾロゾロ這い上がった。
いや、わかってたけどさぁ!?
僕はもう、脚がプルプルしてんだよ。こうなると、やれる手が限られるじゃんか!
「いいか、お前らはそのまま走れッ!」
「え。なに、言ってんすか。先輩?」
「そろそろ、僕の足は限界なんだよ! 手がかりさえ届けば――ヤバマーズが助かるかもしれねえだろうがッ!」
そうさ、屋敷には心強いリュスもいて、天才のオノレまでいるんだ。
たかが僕の身一つが届かなくても、情報さえ渡ればなんとかなるはず。
「さあ、僕の代わりにヤバマーズを救えっ!」
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