ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第182話 過大評価のバカ大将、ヤバマーズの男を嘗めねえでくだせえ。(前半)

 ようやく、外へと辿り着いたのに最悪だ。

 

 今さら、引き返すことも難しい。

 ダムの内部からは、追っ手が迫って来ているはずなのだ。

 

「魚の癖に、網張って待つような真似してんじゃねえよ……っ」

 

 思わず、毒づく。

 だが、事態は、数の暴力だけで済むほど甘くはない。

 

 ズシン、ズシン――ッ!

 

 地面を揺らし、群れの奥から現れた巨影。

 

「あはは、アスタ先輩。あれ……さすがに目の錯覚っすよね?」

 

 ジルの乾いた笑い。

 

 遠近感がおかしくなりそうだった。

 群れる魚人たちが幼子に見えるほどの体躯――魚巨人(ギガ・サハギン)

 

 その凶悪なる怪物は、握る長槍の切っ先を僕らに向けた。

 

「ダムのなかでも、デケェのがいるとは思ったが……さらにその上がいるってか? いらねえよ、そんなサービス精神!」

 

 ギチ、ギチギチッ……。

 

 魚巨人(ギガ・サハギン)が顎を鳴らせば、怪音で脳髄が削られる気がした。悪寒が止まらない。

 

「もうこうなったら、出し惜しみはなしだ! 使えるものは全部使い切れっ!」

 

 温存していた切り札、蒸気爆弾と煙玉を次々に投擲。

 

 ――シュパパァンッ!! プッシュッッウウウッ!

 

 直後、敵陣で起きる、水蒸気爆発。

 猛烈な衝撃、飛び散る破片。視界を覆う水蒸気が吹き荒れた。

 

「ギァアアアアッ!?」

「シュギャッ!?」

 

 手応えはある。

 熱風と破片の嵐は、確実に魚人たちの鱗を引き裂いた。

 直撃を免れた個体さえも、地にうずくまり体液を激しく吐き散らしている。

 

 だが……。

 

「おいおい、マジかよ。まだ平然と寄ってくるぞ!?」

 

 煙の向こうから、ゆらりゆらりと歩み寄る醜悪な怪物たち。

 人間を凌駕する怪物の包囲網には、なけなしの爆発物だけでは決定力が不足した。

 いや、違う。違和感がある。

 

(本来ならば、魔物にだって生存本能――恐怖心があるはずだ)

 

 そうだ。化けガエルだって、ゴブリンだって、被害が大きければ逃げ出す。

 明らかに、こいつらはなにかがおかしかった。

 

「ヤバい、来るぞ! 散れッ!!」

 

 ――ドォォォォンッ!!

 

 魚巨人(ギガ・サハギン)が、長槍を振り下ろしたのだ。

 粉砕された地面が、礫となって弾けた。

 その一片が容赦なく、僕の頬を掠めて熱い朱を引く。

 

「“じゃじゃ馬”よ、もうひと踏ん張りしてくれッ!!」

 

 加熱した機関から吹き出る蒸気。

 ミシミシと悲鳴を上げる銃身。もう耐久限界は越えた愛銃に鞭打つ。

 

 されど、放たれた弾丸は、魚巨人(ギガ・サハギン)の厚鱗に弾かれ、火花を散らすにとどまった。

 

「どう足掻いても、貫通力が足りないってか? やっぱ、ちょっと蒸気銃は弱いな」

 

 カチカチッ。

 

 虚しく響く、空打音。

 ついに訪れた、弾切れのお知らせ。

 

「まったく、こうなりゃただの重しにしかならんな」

 

 僕は、あっさり蒸気銃を捨てた。

 やはり、最後に頼りになるのは使い慣れた武器だ。静かに狩猟刀を構えて、指を添える。

 

 猟兵(シャスール)たちも矢が尽きている。

 それぞれ狩猟刀や鉈で応戦するが、魚人たちはじりじり距離を詰めて来た。

 

 しかし、優勢になった魚人たちがとったのは、あまりに不可解な行動だった。

 

「うわっ、なんじゃこりゃぁああっ!?」

 

 なんと、魚人が繰り出したのは、殺傷用の武器ではない。次々と漁網が投げられたのだ。

 猟兵が一人、絡め捕られて転倒する。

 

「――させるかぁああっ!」

 

 もう出し惜しみは出来なかった。

 『三日月の刃』を展開、網を一気に切り裂いて、そのまま魚人の腕を斬り飛ばす。

 ヒビ割れている箇所が痛むが、気にする余裕はない!

 

「おい、大丈夫か! そいつをさっさと助け起こせ!」

「へいっ!」

「クソ、マジで漁網を持ってくる魚がいるかよ……! まさかあいつら、僕たちを生け捕りにする気なのか!?」

 

 でも、なぜそんな面倒なことを? 捕虜なんて概念ないだろうに。

 するとサキオンが、眼下の湖を顎でしゃくった。

 

「……奴らは引きずり込もうとしているのだ。その、昏い湖の底へとな」

「引きずり込む? 湖の底に、なにがあるって言うんだ?」

 

 意味を咀嚼しきる前に、頭上の光が遮られた。

 魚巨人(ギガ・サハギン)が再び、長槍を振るって来たのだ。

 

「――させないっす!」

 

 ジルが前へと躍り出る。

 放たれた槍の穂先を、ネイルハンマーで正確に打ち払い、その必殺の軌道を強引に逸らした。

 

「よくやった、ジル!」

 

 千載一遇の好機。

 すかさず僕は、低く地を滑るように間合いを詰めた。

 

「捕まえたいのか、殺したいのか……はっきりしやがれッ!」

 

 旋回させた『三日月の刃』を煌かせ、魚巨人(ギガ・サハギン)の極太の指をまとめて切り落とす。

 

「ギシャアアアアアッ!?」

 

 激痛にのけぞる巨躯、怪物が見せた決定的な怯み。

 

「やれ、今だ!」

「うぃっす、これがドワーフ魂じゃぁぁあああっ!」

 

 ジルが跳躍、空中で躍動する。

 袖口から、スラリー燃料がドロリと散布。そう、鉄すらも焼き切る工業の火――溶融鉄斬(スラリックブレイド)である。

 

 白熱化した超高温の炎刃が、魚巨人(ギガ・サハギン)の首元へ喰らいつく。

 肉が炭化、骨が白熱。鱗すらも爆ぜ飛んで、熱波は頸椎にまで到達。

 

 ジルの一撃はその巨大な頭部を、半ばまで強烈に切断して見せた。

 

 ぐらり――ドスゥゥゥゥン!

 

 傷口が焼かれ、血が噴き出ることすら叶わない。

 巨躯が地面へと、豪快にたたきつけられる。強烈な異臭が立ち込めた。

 

 だが、大物を仕留めたジルに、歓喜はなかった。

 

「先輩、在庫切れっす。次は……次はもう、ないっす」

「ああ、わかっている! このまま崩れた包囲網を突破するぞ!」

「え、そっちは湖っすよ!? 危ないんじゃ……」

「わかってる、でも湖沿いに走るしかないだろうがっ!」

 

 魚人の軍勢は、一番僕らが逃げたい方向を陣取り。槍を構えて塞いでいる。村への道のりは、大きく迂回するしかない。

 一斉に駆け出し、高台を滑り降りていくが、どうしても浜辺を通らざるを得ない。

 

 案の定、湖に接近すると、水中から魚人たちがさらにゾロゾロ這い上がった。

 

 いや、わかってたけどさぁ!?

 僕はもう、脚がプルプルしてんだよ。こうなると、やれる手が限られるじゃんか!

 

「いいか、お前らはそのまま走れッ!」

「え。なに、言ってんすか。先輩?」

「そろそろ、僕の足は限界なんだよ! 手がかりさえ届けば――ヤバマーズが助かるかもしれねえだろうがッ!」

 

 そうさ、屋敷には心強いリュスもいて、天才のオノレまでいるんだ。

 たかが僕の身一つが届かなくても、情報さえ渡ればなんとかなるはず。

 

「さあ、僕の代わりにヤバマーズを救えっ!」




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