ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第183話 過大評価のバカ大将、ヤバマーズの男を嘗めねえでくだせえ。(後半)

「はあ。また言ってんすか、アスタ先輩。え、どこまでバカなんすか?」

 

 真剣な僕の叫びに、呆れた仕草。

 ジルは手で、シッシッと払う。

 

「オジサンたち、そこのバカ大将を連れて行くっすよ」

「おうよ」

 

 言い終わるか、終わらないか。

 猟兵(シャスール)らは、阿吽の呼吸で僕を軽々担ぎ上げる。

 

「うわ、やめろっ!? なにをする!!?」

「勘弁してくだせえよ、旦那様。さすがにフザケすぎですぜ」

「また気軽に担ぎやがって、もうこんな無礼は許さないぞ!!」

 

 僕はジタバタと足掻くが、取り合ってもらえない。

 眼帯の猟兵(シャスール)が血にまみれた唇を歪め、ニィっと野卑な笑みを作った。

 

「密猟者だのならず者だの、散々蔑まれてきたあっしらが……ようやく、一張羅着て、胸を張れる場所を手にしたんですぜ。旦那様」

「うるさい、黙れっ! 僕は貴族だぞ、逆らうな! 言うことを聞けよぉっ!」

「あんたを置いて、ケツをまくって逃げだしてよぉ。明日から、どんなツラして飯を食えってんです?」

 

 猟兵(シャスール)たちは、へらへらと笑う。

 だが、目だけはギラついていた。

 

「いいですかい? ――ヤバマーズの男を嘗めねえでくだせえ」

 

 僕は、思わず息を呑む。

 

 こいつらは、誇りも矜持も持たないはずの領民だった。

 だが、確かに……なにかが変わってきている。でも、どうして?

 

 ――ぐしゃりっ。

 

 言い合いをしている間にも、ジルがネイルハンマーを振るった。

 粉砕された怪物の体液が飛び散り、もはやひどい有様だった。

 

「言っとくと、うちは……先輩のその“自分を安物扱いするところ”が大嫌いなんっすよ。自己犠牲だの罪悪感だの、そんなもんはクソ食らえっす」

 

 ジルは吐き捨てながら、汚れた髪をかき上げる。

 

「だいたい、アスタ先輩は自分の価値を過小評価しすぎなんす。いや、むしろ、うちらを過大評価しすぎっていうか……」

「……異能を使える僕なら、一番時間稼げるだろうが。僕の囮体質を考えれば、それが合理的な判断だ」

 

 僕は、魔物に狙われやすい囮体質だ。

 なんなら、逃げる上で不利に働いているかもしれなかった。

 

 だから、全員の生存率は上げるなら……僕を捨てた方が良い。

 

 しかし、ジルは言う。

 

「万一、残るなら、また(・・)うちの仕事でしょ。うちだけならね、この義足のギアを回して、いつでも飛んで逃げれるんすよ?」

「そんなのっ……お前に二回も(・・・)させられるわけねえだろ!」

 

 脳裏を過ぎるのは、かつての戦いだ。

 ハーフオーク、鉄仮面のヤンとの死闘。ジルを置いて逃げ出した、あの夜の屈辱。

 ……もうあんな思いはしたくなかった。

 

「むしろ、似たようなやりとり、二回もさせないでもらえるっすか先輩。だいたい、それ、本当に戦術的に合ってるんすか?」

「そんなの、確実に生き残る人数を考えたら――」

「いいや、きちんと答えるっす。うちはマクスウェル子爵家、次期当主として問うてるっす。“大将の駒”をあっさり捨てんのが、戦術的正解なんすか?」

 

 辛辣な指摘。僕は、返す言葉を失った。

 

「学徒なんでしょ? 感情論じゃなくて、真理を答えるっす」

 

 私情を抜いて、本当の最適解を問われれば――答えは一つしかない。

 僕が思いついたけど、さっき言わなかったこと。

 

「ジル。……お前が先導しろ、死ぬ気で道を切り開け」

「ういっす」

「……最悪の場合は、時間を稼ぐのもお前だ。殿(しんがり)を務めろ」

 

 僕は震える声で、命じた。

 ひどい内容だった。決して、友達に言うことじゃない。

 

 でも、領主として、指揮官としてすべきことは……どんなに残酷でも、正しい指示を出すこと。

 そして、その決断の責任を取ること。

 

「……我らが猟兵(シャスール)よ。いいか、僕を運べばさっきより狙われるぞ。死ぬ覚悟をせよ、なにがなんでも僕を生かすんだ」

「へへ、そいつはやり遂げなきゃなりやせんねえ……仰せのままに、旦那様」

 

 ああ、そうだ。

 僕はこいつらが死んだとしても、本当は生きなきゃならない。

 

 ……わかってる。僕は、責任から逃げていた。

 二度も、友達や仲間に「死ね」と命じたくなくて、自分ひとりが消えれば済むという甘い逃げ道を探した。

 

 ああ、死ぬのは、もうそんなに怖くないんだ。

 飢えて死ぬのも、毒を食って死ぬのも、魔物に食われて死ぬのだって。

 

 生きて、誰かの死を背負い続ける方が……僕はよっぽど怖かった。

 

「言えたじゃないっすか。うしっ……んじゃ、派手にやるっすか!」

「うおっしゃああっ! やったるぜぇええっ!」

 

 猟兵(シャスール)たちもまた、獣のような雄たけびで応える。

 しかし、猟兵(シャスール)どもと来たら、ジルの言うことをよく聞くもんだ。

 

 一方、僕は実に無様だ。本当にカッコ悪い。

 領主が駄々をこねて、部下に担がれ、年下の後輩に説教されている。

 

 王都のエリートたちが見たら、指を差して笑い転げるだろうさ。

 “ヤバマーズ男爵は、責任からすら逃げ回るぞ”と。

 

 まさにその通りだよ。でも、いつまでも腐ってなんていられるか!

 

「おい、お前ら。今だ、右に大きく避けろ!」

 

 僕の警告と同時、担ぐ猟兵(シャスール)たちが大きく踏み込む。

 頭上を、ヒュンと重りの付いた網が通り過ぎて行った。

 

「ヒューッ! さすが旦那様、目が後ろにも付いてやがる!」

「ヒューじゃねえよ、なんでお前らそんなに陽気なんだよ!?」

「そりゃあ、決まってる! 旦那様を担いでるからですよ!」

「意味わかんねえよ、バカ野郎っ!?」

「わかってくだせえ! あっしらは今、ヤバマーズの歴史のど真ん中にいる。そんな気分になれるでしょうや! そんなの、もはや祭りと変わらんでしょう!」

 

 ハイテンションな猟兵(シャスール)たち。もうつける薬はないのだろう。

 彼らは槍に刺されながらも、僕の指示に従って果敢に進む。

 

 だが、士気が高いのは良いことだ。

 ジルの活躍と、猟兵(シャスール)たちの奮戦で包囲網突破の希望が見えている。

 

「いいぞ、このままいけば生きて帰れる! あと少しだ!」

 

 僕は、鼓舞する。

 

 でも、妙だ。

 投網は大昔、闘技場でも使われた武器。動きを封じ、もがく相手を槍で刺す。手慣れた巧者が使えば、力自慢すら封じられる。

 見た目に反して、決して油断できる装備ではないが……。

 

(なんでだ? なんで、魚人がそんなものを扱う?)

 

 おかしい、おかしいことだらけだ。

 古代エルフのダムに住む、恐れを知らない魔物たち。待ち伏せを仕掛ける知性、生け捕りを目的とするような立ち振る舞い。

 そう、まるで――。

 

(……なんだか、魔物じゃないみたいだ)

 

 長年、魔物を相手にして来たからこそ、変だと思った。

 

 そんな時、サキオンが言った。

 

「――来るぞ、七代目」

「来るってなにが……うぐっ!?」

 

 左手のウロコが、狂おしく拍動する。

 神経が“死”の接近を、絶叫している。

 

「全員、伏せろぉおおおッ!!」

 

 声を張り上げたら、血の味がした。

 

 ――ドォォォォォォォォォォンッ!!!

 

 湖面が唐突に、爆発。天を衝くほどの巨大な水柱が上がる。

 そこから凄まじい勢いで、浮上し飛び出してきたのは――海魔クラーケン。

 

 奴は漏斗から、水を一気に噴射していた。

 だが、その勢いはあまりに過剰。

 本来は、水中だけで完結するはずの移動が、水面を滑り、いやそれどころか。

 

「――なっ!? 嘘だろ。こっちに突っ込んでくるっ!?」

 

 そう。まるで、制御できていないかのようだった。加速が止まらない。

 暴力的な質量が、砂浜へ強引に不時着。

 

 ――ズガァァァァァァァァァンッ!!!!!

 

 彗星でも降って来たかと思うほどの、衝撃波。

 僕らは、木の葉のように吹き飛ばされた。

 

「うわあああああああああッ!!?」

 

 吹き飛んだのは、僕らだけではない。

 追ってきていた魚人たちすら、余波で吹き飛ばされる。

 

 逃げてもどうにもならなかった。

 津波のような水飛沫と、震動。

 

 そのまま全員が、浜辺に叩きつけられた。

 砂が口に入り、視界がぐるぐると回る。

 全身を打った衝撃で、意識が飛びかけるが――。

 

「ゴホッ、がはっ……! みんな、無事かっ!?」

 

 状況はひどい有様。

 

「ア、アスタ先輩……痛てて。うち、生きてるっすか……?」

「ピンピンしてやすぜ……と言いたいですが、足首ひねっちまいやした。……クソ、あっしはもう動けねえ!」

 

 猟兵(シャスール)たちは重なり合うように倒れ、足を押さえて呻いている。血を流し、気を失っている者までいる始末。

 

 そして、目の前には――陸の上で、殺意を放つ海魔。

 クラーケンの黄色い眼球が、ぐるりと回転。僕だけを捉えていた。




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