「はあ。また言ってんすか、アスタ先輩。え、どこまでバカなんすか?」
真剣な僕の叫びに、呆れた仕草。
ジルは手で、シッシッと払う。
「オジサンたち、そこのバカ大将を連れて行くっすよ」
「おうよ」
言い終わるか、終わらないか。
「うわ、やめろっ!? なにをする!!?」
「勘弁してくだせえよ、旦那様。さすがにフザケすぎですぜ」
「また気軽に担ぎやがって、もうこんな無礼は許さないぞ!!」
僕はジタバタと足掻くが、取り合ってもらえない。
眼帯の
「密猟者だのならず者だの、散々蔑まれてきたあっしらが……ようやく、一張羅着て、胸を張れる場所を手にしたんですぜ。旦那様」
「うるさい、黙れっ! 僕は貴族だぞ、逆らうな! 言うことを聞けよぉっ!」
「あんたを置いて、ケツをまくって逃げだしてよぉ。明日から、どんなツラして飯を食えってんです?」
だが、目だけはギラついていた。
「いいですかい? ――ヤバマーズの男を嘗めねえでくだせえ」
僕は、思わず息を呑む。
こいつらは、誇りも矜持も持たないはずの領民だった。
だが、確かに……なにかが変わってきている。でも、どうして?
――ぐしゃりっ。
言い合いをしている間にも、ジルがネイルハンマーを振るった。
粉砕された怪物の体液が飛び散り、もはやひどい有様だった。
「言っとくと、うちは……先輩のその“自分を安物扱いするところ”が大嫌いなんっすよ。自己犠牲だの罪悪感だの、そんなもんはクソ食らえっす」
ジルは吐き捨てながら、汚れた髪をかき上げる。
「だいたい、アスタ先輩は自分の価値を過小評価しすぎなんす。いや、むしろ、うちらを過大評価しすぎっていうか……」
「……異能を使える僕なら、一番時間稼げるだろうが。僕の囮体質を考えれば、それが合理的な判断だ」
僕は、魔物に狙われやすい囮体質だ。
なんなら、逃げる上で不利に働いているかもしれなかった。
だから、全員の生存率は上げるなら……僕を捨てた方が良い。
しかし、ジルは言う。
「万一、残るなら、
「そんなのっ……お前に
脳裏を過ぎるのは、かつての戦いだ。
ハーフオーク、鉄仮面のヤンとの死闘。ジルを置いて逃げ出した、あの夜の屈辱。
……もうあんな思いはしたくなかった。
「むしろ、似たようなやりとり、二回もさせないでもらえるっすか先輩。だいたい、それ、本当に戦術的に合ってるんすか?」
「そんなの、確実に生き残る人数を考えたら――」
「いいや、きちんと答えるっす。うちはマクスウェル子爵家、次期当主として問うてるっす。“大将の駒”をあっさり捨てんのが、戦術的正解なんすか?」
辛辣な指摘。僕は、返す言葉を失った。
「学徒なんでしょ? 感情論じゃなくて、真理を答えるっす」
私情を抜いて、本当の最適解を問われれば――答えは一つしかない。
僕が思いついたけど、さっき言わなかったこと。
「ジル。……お前が先導しろ、死ぬ気で道を切り開け」
「ういっす」
「……最悪の場合は、時間を稼ぐのもお前だ。
僕は震える声で、命じた。
ひどい内容だった。決して、友達に言うことじゃない。
でも、領主として、指揮官としてすべきことは……どんなに残酷でも、正しい指示を出すこと。
そして、その決断の責任を取ること。
「……我らが
「へへ、そいつはやり遂げなきゃなりやせんねえ……仰せのままに、旦那様」
ああ、そうだ。
僕はこいつらが死んだとしても、本当は生きなきゃならない。
……わかってる。僕は、責任から逃げていた。
二度も、友達や仲間に「死ね」と命じたくなくて、自分ひとりが消えれば済むという甘い逃げ道を探した。
ああ、死ぬのは、もうそんなに怖くないんだ。
飢えて死ぬのも、毒を食って死ぬのも、魔物に食われて死ぬのだって。
生きて、誰かの死を背負い続ける方が……僕はよっぽど怖かった。
「言えたじゃないっすか。うしっ……んじゃ、派手にやるっすか!」
「うおっしゃああっ! やったるぜぇええっ!」
しかし、
一方、僕は実に無様だ。本当にカッコ悪い。
領主が駄々をこねて、部下に担がれ、年下の後輩に説教されている。
王都のエリートたちが見たら、指を差して笑い転げるだろうさ。
“ヤバマーズ男爵は、責任からすら逃げ回るぞ”と。
まさにその通りだよ。でも、いつまでも腐ってなんていられるか!
「おい、お前ら。今だ、右に大きく避けろ!」
僕の警告と同時、担ぐ
頭上を、ヒュンと重りの付いた網が通り過ぎて行った。
「ヒューッ! さすが旦那様、目が後ろにも付いてやがる!」
「ヒューじゃねえよ、なんでお前らそんなに陽気なんだよ!?」
「そりゃあ、決まってる! 旦那様を担いでるからですよ!」
「意味わかんねえよ、バカ野郎っ!?」
「わかってくだせえ! あっしらは今、ヤバマーズの歴史のど真ん中にいる。そんな気分になれるでしょうや! そんなの、もはや祭りと変わらんでしょう!」
ハイテンションな
彼らは槍に刺されながらも、僕の指示に従って果敢に進む。
だが、士気が高いのは良いことだ。
ジルの活躍と、
「いいぞ、このままいけば生きて帰れる! あと少しだ!」
僕は、鼓舞する。
でも、妙だ。
投網は大昔、闘技場でも使われた武器。動きを封じ、もがく相手を槍で刺す。手慣れた巧者が使えば、力自慢すら封じられる。
見た目に反して、決して油断できる装備ではないが……。
(なんでだ? なんで、魚人がそんなものを扱う?)
おかしい、おかしいことだらけだ。
古代エルフのダムに住む、恐れを知らない魔物たち。待ち伏せを仕掛ける知性、生け捕りを目的とするような立ち振る舞い。
そう、まるで――。
(……なんだか、魔物じゃないみたいだ)
長年、魔物を相手にして来たからこそ、変だと思った。
そんな時、サキオンが言った。
「――来るぞ、七代目」
「来るってなにが……うぐっ!?」
左手のウロコが、狂おしく拍動する。
神経が“死”の接近を、絶叫している。
「全員、伏せろぉおおおッ!!」
声を張り上げたら、血の味がした。
――ドォォォォォォォォォォンッ!!!
湖面が唐突に、爆発。天を衝くほどの巨大な水柱が上がる。
そこから凄まじい勢いで、浮上し飛び出してきたのは――海魔クラーケン。
奴は漏斗から、水を一気に噴射していた。
だが、その勢いはあまりに過剰。
本来は、水中だけで完結するはずの移動が、水面を滑り、いやそれどころか。
「――なっ!? 嘘だろ。こっちに突っ込んでくるっ!?」
そう。まるで、制御できていないかのようだった。加速が止まらない。
暴力的な質量が、砂浜へ強引に不時着。
――ズガァァァァァァァァァンッ!!!!!
彗星でも降って来たかと思うほどの、衝撃波。
僕らは、木の葉のように吹き飛ばされた。
「うわあああああああああッ!!?」
吹き飛んだのは、僕らだけではない。
追ってきていた魚人たちすら、余波で吹き飛ばされる。
逃げてもどうにもならなかった。
津波のような水飛沫と、震動。
そのまま全員が、浜辺に叩きつけられた。
砂が口に入り、視界がぐるぐると回る。
全身を打った衝撃で、意識が飛びかけるが――。
「ゴホッ、がはっ……! みんな、無事かっ!?」
状況はひどい有様。
「ア、アスタ先輩……痛てて。うち、生きてるっすか……?」
「ピンピンしてやすぜ……と言いたいですが、足首ひねっちまいやした。……クソ、あっしはもう動けねえ!」
そして、目の前には――陸の上で、殺意を放つ海魔。
クラーケンの黄色い眼球が、ぐるりと回転。僕だけを捉えていた。
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