【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第186話 命は拾った、メンタルは即死。脳がっ、脳が破壊されるぅっ!!!?

 どくん、と。

 心臓が、いびつな音を立てた。

 脳が、ドス黒く焼けるような不快感。血液が逆流したみたいに気持ち悪い。

 

「ああん?」

「誰がその肩に、触れていいと言った? ……さっさと離れろ」

「……なんで、あんたの許可が必要なんだ?」

 

 墨色髪を揺らした冒険者は、わけがわからないと眉をひそめた。

 挑発でもなんでもない、純粋に疑問に思っているのだ。

 

(なんでって……そんなの。お前が馴れ馴れしく、触れていい人じゃないからだよ)

 

 苛立ちが抑えきれない。

 フツフツと、形容しがたい感情が浮かび上がってくる。

 

 すると、リュスが静かに注意した。

 

「……はあ。近いですよ、離れなさい」

「おっと、悪かったって」

 

 リュスが言えば、男は素直に離れる。

 言い咎められてはいたが、それでも二人の間に流れる空気、その距離感。

 どう見ても、部外者のそれではない。

 

 え、なに、この胸をぎゅうぎゅう締め付ける感情。

 ……すっごく嫌なんだけど。

 

「アスタ様。ご紹介させていただきます。……此度の危機を救ってくださった、わたくしの協力者の一人です」

「ウーティスだ、この通り冒険者稼業をやってる。……ま、そのへんはもう知ってるよな?」

 

 墨色髪のウーティスは、首から下げていた聖勲章(メダリオン)をこれみよがしに見せつけて来た。

 七大神の聖地巡礼を繰り返した証。その円盤には、過酷な巡礼地でしか刻めぬ、特殊な神聖印がいくつも並ぶ。

 

「……お前、バルトロメウスの護衛じゃなかったのかよ」

「オレのパーティは、バルトロメウスの専属ってわけじゃねえのさ。今回もキャラバンと一緒に、ここまで来ただけでな」

「なにが目的で?」

「別に? あんたと仲良くしたくて」

 

 聖王教会と縁が深く、一領主たる僕にふてぶてしい態度。

 その上、古竜人語で『何者でもない(ウーティス)』と、あからさまな偽名を名乗る怪しさ。

 なにより、リュスへの馴れ馴れしい距離感。

 

 あああっ、なんか、こいつ……存在自体が生理的に無理っ!!

 

「私からも、アスタ男爵に挨拶をさせてくれ」

 

 さらに、追い打ちをかけるような足音。

 

「……久しぶりだな、アスタ・ド・ヤバマーズ」

 

 立っていたのは、見覚えのある若き剣士だった。

 隣領の嫡男であり、先の戦いでリュスが一撃で叩きのめしたはずの男――フェルディナン・ド・ドラクロワ。

 

「フェルディナン!? なんで、お前までここにいるんだ……!?」

「ああ、驚くのも無理はない。今の私は……巡礼冒険者たるウーティス殿のパーティに、一時的に身を置かせてもらっているのだ」

「はあ!? お前が冒険者に……?!」

「その通り。七大神が一柱、太陽の女神シャムスによる崇高な導きだ」

「……神様の導きって、急になに言ってんだよ」

「先日の私戦(フェーデ)における敗北。我らは女神シャムスの名を汚してしまったからな。……領内の鶏が、一羽も朝を告げなくなってしまったのだ」

「カッコつけんな、鶏が鳴かなくなっただけだろ。そんなの無関係じゃないのか?」

「いいや、歴史的にも前例がある“神罰の予兆”だ。奮戦からの敗北ならまだしも、あのような無様な失態。神が、ドラクロワ男爵家をお許しになるはずがない」

 

 安易に、神の名を掲げて、攻め込んでくるからだろ……とは思う。

 だが、私戦(フェーデ)の強制力を高めるため、神聖さを利用するのも貴族社会の側面。敗北を問うのは、結果論だ。

 

「私は父上や神官らと協議を重ね、神罰が下る前に、跡取りとして(みそぎ)の旅に出ようと決意した。その矢先、なんと巡礼冒険者たるウーティス殿と、運命的な出会いを果たしたのだ!」

「……へー、凄い偶然もあったもんだな」

「まさに渡りに船だったとも! これぞ、偉大なる女神の導きである!」

 

 フェルディナンは、墨色髪のウーティスを(あるじ)でも、仰ぎ見るような敬意の眼差しで見つめていた。

 

「そういうわけだ、私もヤバマーズ領には厄介になるぞ。よろしく頼む」

「しばらく、世話だぁ……?」

「なんだ、その顔は。剣を交えた因縁はあれど、手打ちが済んだ話ではないか」

「それは、攻め込んだ側が言うセリフじゃねえんだよ!」

 

 混乱する。

 死に物狂いで守ろうとしていた、この不毛な地。ここは領民を含めた……僕の大切な人たちだけのものだ。

 それなのに、僕の知らない強者たちが、当然の顔をして入り込んで来る?

 

「誠に申し訳ありません、アスタ様。わたくしの判断で、彼らに協力を仰ぎました。……あなた様を救うための戦力が必要だったのです」

「……リュス」

「わたくしの力不足です、罰はいかようにでも。……此度は、彼らの滞在をお許しください」

 

 眉を寄せる、リュスの隣。

 ウーティスが「命を拾ったんだから、オレたちに感謝しろよ。男爵殿」と口の端を持ち上げる。

 真鍮籠に入った三羽の子鳥を掲げて。

 

「『カナリア』を頼りに駆けつけてみれば、アスタ男爵殿がクラーケンに締めあげられている真っ最中と来たもんだ。まさに、間一髪の救出劇だったぜ」

「……カナリア」

 

 瘴気や魔物探知を知らせる、警報鳥。

 確かに、湿地帯を越えるには便利かもしれないが、この辺りで手に入るものではないはずだ。美術品クラスの価値はある。

 それを一介の冒険者が? ……あまりに都合が良すぎるじゃないか。

 

「お前。――なんでそんなもん持ってんだよ」

 

 こいつ、やっぱり密偵なんじゃないか?

 僕は、そう疑ったが……。

 

「あん? お、こいつか。リュ……いや、リュスが用意してくれたんだぞ。道中、危険だからってな」

「――お前が持ち込んだんじゃないのかよ!! しかも、呼び捨てぇっ!?」

「あんたを救出した後、なぜか周辺の魔物が寄ってきやがってな。魚人どもと大乱闘まで始めて、まあ、帰りもなかなか大変だったぜ」

「……うう」

 

 彼が親密そうに彼女と視線を交わし、笑い合っている――ように見えてしまった。

 

 いや、わかってる。頭ではわかってる!

 きっと、必要なことだったんだろう。

 言えるわけがない、「なんで、こんな男たちを頼ったんだよ」なんて。

 

(うあああ、なんだこの感情……!? シャルル王太子の時は、こんな風にならなかったのにぃ……っ!)

 

 リュス。僕が焦がれてやまない、高嶺の花(リュシエンヌ)

 僕の紋章色(リバリー)に染まりたいと、女使用人(メイド)服に包み、いつも寄り添ってくれる貴女。

 

 その隣に。

 僕ではない、強くて、健康で、頼りになりそうな美男子たちが。

 僕の知らない絆らしきものを持って、彼女と並び立つ。

 

「アスタ様……? お顔の色が優れません。やはり、まだお身体が……」

「……大丈夫だ……生きてる。……生きてるから、大丈夫だよ」

 

 彼女の手が、伸ばされる。

 さっきまで、僕を包み込んでくれたはずの愛おしい手のひらを。

 

 ……無意識に、そっと払いのけてしまった。

 

「アスタ、様……?」

 

 傷ついたように目を見開く、リュス。

 

 僕は、そんな彼女を直視できず。

 ただただ、そのムカつく命の恩人たちに。

 

「……ようこそ。ヤバマーズへ。……僕を助けてくれて、ありがとうよ」

 

 なんとか、お礼を絞り出すだけで精いっぱい。

 

 その時、口に広がった苦い味は。

 僕が人生で口にして来た、どんなゲテモノ料理よりも――救いようがないほど、ひどい味がした。

 

 あばばばばばっ――脳がっ、脳が破壊されるぅっ!!!?




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