「――サキオン、お前に質問がある」
僕はもう、彼と向き合うことを恐れていなかった。
ただ心の底から、話したいとそう願った。
忌避感や嫌悪感の向こう側にある、知るべき真実を求めて。
「……なんだって?」
「アスタ様、まさかサキオン様とお話しできるのですか?」
オノレとリュスが、驚きの声を上げる。
――ふらり。
陽炎のように宙に現れる、不敵な笑みを浮かべたサキオン。
「目覚めたかと思えば、相変わらず貴様は慌ただしい男だな。七代目よ」
もう、目を逸らそうとは思わなかった。
僕は、真正面からこの
「おい。湖のランドマーク、あの印の正体はなんだ?」
「急にどうした、実に単刀直入ではないか」
「お前が思い出せてないなら、それでいい。だが、欠片でも覚えているなら話してくれ。僕は、ヤバマーズを……この地で生きる人々を救いたいんだ」
「……貴様にとってのヤバマーズとは、この土地を指し示すものなのだな」
サキオンは、どこか感慨深そうだった。
「
「ああ、そうだ。僕には確信がある」
サキオンが、古代エルフのダムの所在を知っていたこと。
隠されていた古地図が、幾度も更新され、湖の拡大を追い続けていたこと。
そして、最新の地図にのみ記入された、奇妙なランドマーク。
極めつけは、サキオンの死因が、湖で溺死として言い伝えられたこと。
これらのピースは、サキオンの代に……彼が三代目当主として、死ぬ間際まで、湖を調べ尽くそうとしていたことを意味している。
なにより、僕が死を覚悟した時。
これまでにないくらい、こいつが懸命に手を貸してくれた印象を合わせると――。
「サキオン……お前、もしかしてさ。ヤバマーズが沈むのを阻止しようとして、その果てに死んだんじゃないのか?」
つまり、僕らが直面している湖の氾濫とは――かつての災厄の再来。
それも、あの忌まわしき『矢文事件』の真っ最中。あるいは、その直後という、一族が最も脆弱になったタイミングで起きた異変だったのではないか。
僕は疲れきった頭で、そう推理したのだ。
リュスの美貌が硬直。
オノレまでも絶句している。
「国家の命運を揺るがしていた、矢文事件。……それと時を同じくして、このヤバマーズの地が滅亡の危機に瀕していたって?」
オノレは、信じられないようだった。
「アスタ、本当にそんなことがあり得るのかい? 国家の危機と領地の存亡、そんな未曾有の事態が、狙い澄ましたかのように重なるなんて」
「むしろ、この数か月だけで、立て続けにヤバいことが起きてるじゃんかよ。僕の代だけが特別ってか? 確かに“乾いた霧”は遥かに濃くなってるけどな、今までもなにかしらは起きてなきゃいっそ変だろ」
「……言われてみれば、確かにそうだ」
「だろ。きっと誰かが解決してたんだよ、昔も」
僕はサキオンを、ジッと見据える。
「僕はな、サキオン。お前みたいな奴が――矢文事件くらいで潰れるなんてまったく思えないっ!」
だって、僕ですらその程度じゃ諦めないぞ。
真のヤバマーズの男なら、死ぬまでどうにかしようと足掻き続けるはずだ。
(だから、お前だって最後まで足掻いたんだろ? ……そうだと言ってくれよ、サキオン。お前はなんのために死んだんだ?)
僕が祈るように睨み続けると――。
サキオンの、その貌から余裕さが消えていた。
「……てっきり、
「迂闊で悪かったな。で、どうなんだ? 答えろよ、
青いのは認めるよ。でもな、僕とお前は対等だ。
あえて、強気な態度で呼びかける。
「もしも、これがかつて起きた異変、その再来なら――同じ手順を踏めば、解決できるはずだ。僕は必ず、やり遂げるぞ!」
ぶっちゃけ猶予を考えたら、そろそろなにか決め打ちするしかない。
予想が外れていたら負け。合ってるなら……なんとかしてみせる。
すると、サキオンは……また、笑みを浮かべ始めた。
「本来、死者は語る口を持つべきではない。現世を生きる者が、時代を切り拓くべきだ。……とは言うものの、今更、知らぬ存ぜぬを決め込むには、
サキオンは、自らの考えを曲げる。
ゆったり長い足を組みかえ、場の魔力が静かに渦を巻いていく。
「七代目よ。貴様の推論には飛躍があるが……概ね正解だ。然り、
――パチン。
鳴らされた指。
僕の左手の甲が共鳴し、眩さを放つ。
「う、ぐっ……!? あ、熱い……!」
「アスタ様っ!」
執務室の空間そのものへと、光が投影されていく。
「なんだ、これ……」
浮かび上がったのは、二人の影。
それは、色彩を失ったセピア色の過去。
僕だけではない、リュスやオノレの眼にもはっきりと映っていた。
『兄さん、どうして矢文を放つなんて、バカな真似をしたんだよ! いくら、リュディヴィーヌ様が美しいからって、そりゃないだろっ!」
必死にまくしたてるのは、若い青年。
どこか頼りなさげながらも、家族を想う必死さがある。
それは間違いなく、僕の曽祖父……四代目当主となる若き日のオットーだ。
『今はそれどころではない――状況はどうなっている、オットー』
対して、冷淡とも取れる声。
問いを遮り、本題を促すのはサキオン。
『報せは耳にしたぞ。領内の漁村が、一夜にして壊滅したと』
『あ、ああ……そうなんだよ、兄さん。バケモノが現れたらしくて……逃げ込んできた生存者を保護したんだけど……』
『バケモノだと?』
『彼らが言うには、魚の頭を持った不気味な亜人だとか。村人たちを、次々に湖へと引きずり込んでいったらしい……』
『魚人か……淡水域には稀有な存在だ。我が領に生息する生物でもない。どう手を打った?』
威圧され、オットーが「うっ」と身を竦ませた。
『その、出した調査隊が行方不明になったんだ……。最後の報告では、前より早い勢いで水嵩が増してるって……』
『……そうか。一連の事象に、無関係ではあるまいな』
『ねえ、兄さん。今すぐにでも王都に救援を頼もうよ』
『戯言を抜かすな、オットー。今、介入する口実を与えれば、我が家の利権が根こそぎ奪われるぞ。領民が、塗炭の苦しみを味わうこととなりかねん』
『でも――っ!』
『……“砦”の連中は、いかなる見解を示している? あの者たちなら、事態を把握している可能性が高い。いや、次の一手すら講じているやもしれんな』
『狂気樹海の? ……おいおい、あんな金食い虫たちになにがわかるってのさ。はあ、父さんが亡くなった時に、さっさと砦を解体してさえいれば――』
『速やかに答え給えッ!』
サキオンの怒号、投影された映像に激しくノイズが走る。
オットーは唇を噛み、不服そうに吐き出す。
『……それがさ、連絡がつかなくなってしまったんだ』
『なんだと?』
『そんな顔をしないでくれ! 僕だって、手勢を送るくらいしたさ……でも、いつも通りのルートを歩いても、砦に辿り着けない。気付けば、森に放り出されているって言うんだよ』
『……辿り着けぬ、だと』
『変な話だよな。熟練の猟師たちが、自分の庭で迷うなんて』
『まさか……隔離されたとでもいうのか?
サキオンの絶望を孕んだ嘆き。
押し殺された声だが、確かに聞こえた。
『――どうか無事であってくれ、我が盟友たちよ』
浮かぶのは大切な誰かを、今まさに失わんとしている焦燥。
そこまで話し終えると、二つの幻影は消えた。
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