【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第189話 胃腸は丈夫、消化試合の準備をしよう。巨大イカより、今食べる肉。(前半)

 ただの幻覚ではないのは、明白だった。

 

「……サキオン、お前、今なにを視せた?」

「これまで集積した記憶を補完し、再構成したのだ」

「集積した記憶?」

「ああ。(おれ)も、我が身についての把握が進んでいる。起点は、貴様の左手に生えたそのウロコ。それこそが、情報の残滓を読み解く鍵となり得る」

 

 このウロコがなんだってんだよ。

 僕は左手の甲をびっしり覆う、漆黒を眺める。

 

「とにかく、さっきのは過去の出来事ってことだな?」

「勘違いするな、なんらかの偏りや齟齬は在ると思え」

「偏り? 齟齬?」

「そうだ。……過ぎ去りし過去を、完璧に復元する(すべ)などない」

「つまり、再現しきれない欠落があるってことか」

「……そうとも言える」

 

 こいつの含みがある言い方、どうにも引っかかるなあ。

 でも、モヤモヤしても仕方ない。要するに――。

 

「わかった、整理させてくれ。“砦”ってのが、ヤバマーズ特務研究機関のメイン施設。で、その人員の多くが、狂気樹海に閉じ込められたってわけだな?」

然様(さよう)である」

 

 すると、オノレが得心がいったように頷いた。

 

「なるほどね。樹海で道に迷う異常現象は、その頃から意図せず発生しちゃったものなのか。……異変へ対抗できる一級人材が、軒並み機能不全に陥っていた、と」

 

 直前まで、国家間戦争の一歩手前。

 焔王国(フラム)内外での政治闘争や諜報工作。それらに人材が割かれ、手薄になったところに……さらに、有能な手足をまるごと封じられていたのだ。

 

 ……ゾッとするような悪条件である。同じ立場になりたくない。

 

「限られた時間と戦力。(おれ)が死力を尽くし、見出した唯一の手掛かりは……湖底に、古代エルフの遺跡が眠る事実のみであった」

「湖底遺跡……それが例のランドマークの正体ってわけか」

 

 ダムの莫大なエネルギーが送られる先として、妥当な距離感。

 そこに、ダム全体の操作系が設置されているとしたら、この詰んだ状況を打破する糸口になる。

 

 でも、その湖底遺跡ってのは、いったい何のための施設だったんだろ?

 

「まあ、いいや。そこに辿り着けば、なんとかなるんだな?」

「あの時と、全く同一とは断言できんぞ。(おれ)は、当時の障害を排除したはずだからな」

「……障害? なにかヤバい敵がいたってことか」

「そこまで、(おれ)の口から言及してやる気はない。……貴様は焔王家より、大任を継承されぬ身。助力するのは、この地を救済する(まで)のことよ」

「はあ? 湖底遺跡に敵がいたからって、お前の御大層な使命とは関係ないはずだろうが!?」

 

 憤慨する僕を無視して、サキオンはプイと沈黙を決め込んだ。

 未だに、大昔の約定だの使命だのにこだわる気かよ。どこまでも頑固で偏屈な奴だ。

 

 すると、オノレが困ったようにため息をついた。

 

「湖底かあ。ねえ、アスタ。今さら潜水装備を整えて調査するなんて、かなり厳しいんじゃないかい?」

「それは……まあ、一理あるな」

 

 思わず、言葉を詰まらせてしまう。

 そんな中、リュスがちょこんと手を挙げた。

 

「あの、アスタ様っ!」

「なんだ?」

「わたくし、今から泳ぐ特訓をいたしましょうか?」

「「えっ?」」

祓魔女(エクソシスター)の肉体ならば、きっと素潜りも可能なはずですよ!」

 

 オノレが思わず、ツッコんだ。

 

「……いやね、リュシエンヌ。湖の深さって、下手したら数百メートルはあるんじゃないかな。普通に考えて、素潜りじゃ無理だよ」

「え? ……湖とは、それほどまでに底が深いものなのですか?」

 

 ちょっとピンが外れた、リュスの天然発言。

 こういう一面があるとは知らなかった。かっ……可愛いじゃん(末期)

 

 オノレはぼやく。

 

「ましてや、湖には狂暴な魚人たちや、伝説の海魔クラーケンまで居座ってるわけだし。……そんなバケモノたちが泳ぐなか、湖底調査だなんて出来るわけがないよねえ」

「ああ、クラーケンなら問題ないぞ。もう始末できる」

 

 僕は、あっさりと言った。

 その瞬間。サキオンを含め、場にいた全員が凝視してくる。

 

「な、なんだよ、その顔。僕、変なこと言ったか?」

「変って言うか……聞き違いかな? アスタ、今なんて言ったんだい?」

「いや、だから。あのイカ野郎なら、こっちの準備さえ整えば、いつでも仕留められるって言ったんだよ」

「えぇぇえええっ!? なにその謎の自信っ!? 根拠は、根拠はあるのっ!?」

「間近で叫ぶな、うるせぇなあ! そりゃこれだけ戦ってんだから、攻略法の一つや二つ思いつかない方がどうかしてんだろ」

 

 アイツを倒すアイディアは、今回の探索でバッチリ思いついていた。

 結局のところ、奴も生物という枠組みは超えられていない。

 

「だから僕はもう、アイツをどう料理するかは消化試合の気分なんだよ。……あの湖底遺跡に辿り着く方法だけ、一緒に考えてくんない?」

 

 僕はヤバマーズらしい傲慢さで、不敵に笑ってみせた。

 

 

***

 

 

 それから、ヤバマーズは慌ただしくなった。

 仮眠から目覚めた僕は、次から次に部下たちへ指示を飛ばしていく。

 

「そうだ! お前らは、スライムを集めて来い、山ほどだ!」

「えぇ!? 旦那様、どうしてそんなドブ臭いものを……」

「説明するヒマなんてない、いいからサッサと行け! お前らのその働きに未来が掛かっているんだぞ!」

「へ、へいっ!!」

「よっし、良い返事だ! ……もぐもぐ」

 

 威厳たっぷりにドンと構えながら、僕は山盛りの肉をヤケ食いしていた。

 

 その光景を、オノレが引いたような顔で見て来る。

 

「うわあ……魔物肉ってだけでもどうかと思ってるのに。よくそんな体力が削られた状態で、ギラギラした肉なんか食べられるね」

 

 そう。僕が今、絶えず口に運んでいるのは魔物肉だった。

 

「うーん。肉を食うのに、身体の疲れとか関係あるか?」

「……アスタさぁ。胃腸が弱って、食事が受け付けなかった経験とかないの? なんなら、プレッシャーもあるでしょ?」

「そりゃ疲れもプレッシャーもあるけどさ、食事が受け付けない? ……あんまり記憶にはないかなぁ」

 

 僕はモグモグ咀嚼しながら、昔の出来事を思い出す。

 

「子供の頃、熱出して寝込んだ時すら、食欲だけはあったからなあ。なんなら風邪を引くと、無性に肉が食べたくならん?」

「普通はならないよ。もう、その時点でだいぶ元気でしょ!」

「在学中に、領地で紛争が起きた時もさ。大事な試験があったから、戦場で戦ったらすぐトンボ返りする無茶苦茶なスケジュールだったんだけど……」

「ああ。確かに、君、そんなことしてたね?」

「マジ大変だった。でも、その戦場で食べた、脂身たっぷり濃い味料理が美味かったんだよなあ……」

「内臓が丈夫にも程があるよねぇっ!? しかも、しっかり試験落としてないし!」

「そもそも、食が細い奴はすぐバテるから、戦いに向いてないと思うぞ?」

 

 厳しい戦場で上に立つべきなのは、腕が立つ人間じゃない。

 もっと大事なのは、メシが食える丈夫な胃腸と、戦場に響き渡るくらい声がデカい奴――ってのが僕の持論。

 

「この二つの才能は、僕の自慢だ。こればかりは、心の底から誇れるよ」

 

 なにせ“強い”なんかより、間違いなくレアリティが高い才能の組み合わせだからな。

 言ってしまえば、強い人間なんて後天的にいくらでも作れるだろ?

 

「強さにこだわり溺れる人間は、役に立たんことが度々あるが。いつでもメシが食える人間は、いつも同じパフォーマンスで動けるだろ?」

「まったく、アスタ。君ってやつは。……まあ、確かに君は、精神的に落ち込んでいても食事だけはとってたもんなあ」

「ああ。……そういえば、確かにそうだったな」

 

 そうなのだ。

 憧れのリュシエンヌが追放された時ですら、すげー申し訳ないことに食事がバッチリ喉を通ってたのだ。

 

 父上を看取った時すら、ちゃんとお腹が空いてたから、ガチで体質だと思う。

 まあ、さすがに……その夜の眠りは、浅くなってしまったけどな。




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