ただの幻覚ではないのは、明白だった。
「……サキオン、お前、今なにを視せた?」
「これまで集積した記憶を補完し、再構成したのだ」
「集積した記憶?」
「ああ。
このウロコがなんだってんだよ。
僕は左手の甲をびっしり覆う、漆黒を眺める。
「とにかく、さっきのは過去の出来事ってことだな?」
「勘違いするな、なんらかの偏りや齟齬は在ると思え」
「偏り? 齟齬?」
「そうだ。……過ぎ去りし過去を、完璧に復元する
「つまり、再現しきれない欠落があるってことか」
「……そうとも言える」
こいつの含みがある言い方、どうにも引っかかるなあ。
でも、モヤモヤしても仕方ない。要するに――。
「わかった、整理させてくれ。“砦”ってのが、ヤバマーズ特務研究機関のメイン施設。で、その人員の多くが、狂気樹海に閉じ込められたってわけだな?」
「
すると、オノレが得心がいったように頷いた。
「なるほどね。樹海で道に迷う異常現象は、その頃から意図せず発生しちゃったものなのか。……異変へ対抗できる一級人材が、軒並み機能不全に陥っていた、と」
直前まで、国家間戦争の一歩手前。
……ゾッとするような悪条件である。同じ立場になりたくない。
「限られた時間と戦力。
「湖底遺跡……それが例のランドマークの正体ってわけか」
ダムの莫大なエネルギーが送られる先として、妥当な距離感。
そこに、ダム全体の操作系が設置されているとしたら、この詰んだ状況を打破する糸口になる。
でも、その湖底遺跡ってのは、いったい何のための施設だったんだろ?
「まあ、いいや。そこに辿り着けば、なんとかなるんだな?」
「あの時と、全く同一とは断言できんぞ。
「……障害? なにかヤバい敵がいたってことか」
「そこまで、
「はあ? 湖底遺跡に敵がいたからって、お前の御大層な使命とは関係ないはずだろうが!?」
憤慨する僕を無視して、サキオンはプイと沈黙を決め込んだ。
未だに、大昔の約定だの使命だのにこだわる気かよ。どこまでも頑固で偏屈な奴だ。
すると、オノレが困ったようにため息をついた。
「湖底かあ。ねえ、アスタ。今さら潜水装備を整えて調査するなんて、かなり厳しいんじゃないかい?」
「それは……まあ、一理あるな」
思わず、言葉を詰まらせてしまう。
そんな中、リュスがちょこんと手を挙げた。
「あの、アスタ様っ!」
「なんだ?」
「わたくし、今から泳ぐ特訓をいたしましょうか?」
「「えっ?」」
「
オノレが思わず、ツッコんだ。
「……いやね、リュシエンヌ。湖の深さって、下手したら数百メートルはあるんじゃないかな。普通に考えて、素潜りじゃ無理だよ」
「え? ……湖とは、それほどまでに底が深いものなのですか?」
ちょっとピンが外れた、リュスの天然発言。
こういう一面があるとは知らなかった。かっ……可愛いじゃん(末期)
オノレはぼやく。
「ましてや、湖には狂暴な魚人たちや、伝説の海魔クラーケンまで居座ってるわけだし。……そんなバケモノたちが泳ぐなか、湖底調査だなんて出来るわけがないよねえ」
「ああ、クラーケンなら問題ないぞ。もう始末できる」
僕は、あっさりと言った。
その瞬間。サキオンを含め、場にいた全員が凝視してくる。
「な、なんだよ、その顔。僕、変なこと言ったか?」
「変って言うか……聞き違いかな? アスタ、今なんて言ったんだい?」
「いや、だから。あのイカ野郎なら、こっちの準備さえ整えば、いつでも仕留められるって言ったんだよ」
「えぇぇえええっ!? なにその謎の自信っ!? 根拠は、根拠はあるのっ!?」
「間近で叫ぶな、うるせぇなあ! そりゃこれだけ戦ってんだから、攻略法の一つや二つ思いつかない方がどうかしてんだろ」
アイツを倒すアイディアは、今回の探索でバッチリ思いついていた。
結局のところ、奴も生物という枠組みは超えられていない。
「だから僕はもう、アイツをどう料理するかは消化試合の気分なんだよ。……あの湖底遺跡に辿り着く方法だけ、一緒に考えてくんない?」
僕はヤバマーズらしい傲慢さで、不敵に笑ってみせた。
***
それから、ヤバマーズは慌ただしくなった。
仮眠から目覚めた僕は、次から次に部下たちへ指示を飛ばしていく。
「そうだ! お前らは、スライムを集めて来い、山ほどだ!」
「えぇ!? 旦那様、どうしてそんなドブ臭いものを……」
「説明するヒマなんてない、いいからサッサと行け! お前らのその働きに未来が掛かっているんだぞ!」
「へ、へいっ!!」
「よっし、良い返事だ! ……もぐもぐ」
威厳たっぷりにドンと構えながら、僕は山盛りの肉をヤケ食いしていた。
その光景を、オノレが引いたような顔で見て来る。
「うわあ……魔物肉ってだけでもどうかと思ってるのに。よくそんな体力が削られた状態で、ギラギラした肉なんか食べられるね」
そう。僕が今、絶えず口に運んでいるのは魔物肉だった。
「うーん。肉を食うのに、身体の疲れとか関係あるか?」
「……アスタさぁ。胃腸が弱って、食事が受け付けなかった経験とかないの? なんなら、プレッシャーもあるでしょ?」
「そりゃ疲れもプレッシャーもあるけどさ、食事が受け付けない? ……あんまり記憶にはないかなぁ」
僕はモグモグ咀嚼しながら、昔の出来事を思い出す。
「子供の頃、熱出して寝込んだ時すら、食欲だけはあったからなあ。なんなら風邪を引くと、無性に肉が食べたくならん?」
「普通はならないよ。もう、その時点でだいぶ元気でしょ!」
「在学中に、領地で紛争が起きた時もさ。大事な試験があったから、戦場で戦ったらすぐトンボ返りする無茶苦茶なスケジュールだったんだけど……」
「ああ。確かに、君、そんなことしてたね?」
「マジ大変だった。でも、その戦場で食べた、脂身たっぷり濃い味料理が美味かったんだよなあ……」
「内臓が丈夫にも程があるよねぇっ!? しかも、しっかり試験落としてないし!」
「そもそも、食が細い奴はすぐバテるから、戦いに向いてないと思うぞ?」
厳しい戦場で上に立つべきなのは、腕が立つ人間じゃない。
もっと大事なのは、メシが食える丈夫な胃腸と、戦場に響き渡るくらい声がデカい奴――ってのが僕の持論。
「この二つの才能は、僕の自慢だ。こればかりは、心の底から誇れるよ」
なにせ“強い”なんかより、間違いなくレアリティが高い才能の組み合わせだからな。
言ってしまえば、強い人間なんて後天的にいくらでも作れるだろ?
「強さにこだわり溺れる人間は、役に立たんことが度々あるが。いつでもメシが食える人間は、いつも同じパフォーマンスで動けるだろ?」
「まったく、アスタ。君ってやつは。……まあ、確かに君は、精神的に落ち込んでいても食事だけはとってたもんなあ」
「ああ。……そういえば、確かにそうだったな」
そうなのだ。
憧れのリュシエンヌが追放された時ですら、すげー申し訳ないことに食事がバッチリ喉を通ってたのだ。
父上を看取った時すら、ちゃんとお腹が空いてたから、ガチで体質だと思う。
まあ、さすがに……その夜の眠りは、浅くなってしまったけどな。
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