「って、うわ、もう食べ終わっちゃったなあ……」
空になった皿を見つめて、呟いた。
その絶妙なタイミング。
「アスタ様、どうぞ。宜しければ、こちらもお召し上がりくださいませ」
現れたのは、凛とした佇まいのリュス。
彼女が差し出す皿に、盛りつけられたのは
焼き色のついた表面には、食欲をそそる照り。断面から見える、刻まれた豆、鮮やかなハーブ、クルミ、脂身《ラール》が、魔物の薄切り肉によって上品に巻かれている。
え、ちょっと待って。
僕がさっきまで作っていた、大雑把なソテーより断然美味そうなんだけど!?
「すごい! めっちゃ美味しそうじゃないか!」
たまらずフォークで口に運び、噛みしめる。
瞬間――爆発的な旨味が口いっぱいに溢れ出した。
「――っ、うまっ……!?」
肉汁にじっくり溶け出した
「脂身の旨味を、ホクホクの豆が吸ってて……爽やかなハーブもきいてるし、クルミの香ばしいカリッとした歯ごたえもたまらない! こんなにジューシーなのに、いくらでも食べられそうだぞ!」
「ふふ、お気に召していただけて光栄です。アスタ様」
リュスが頬を、ぽっと薄桃色に染めて微笑む。
僕が雑に焼いたソテーとは、次元が違う。
丁寧な仕込みによって、魔物肉が極上のごちそうに化けていた。
「……実は、わたくしが仕留めた魔物で、この料理を作ったのですよ」
「リュスが自分で!?」
「はい。除染作業だけは、オノレ様に手伝っていただきましたけれど。……何度も試行錯誤して、ようやく上手に出来ました」
あまりの健気さと、この出来映え。
僕は、感動で身を打ち震わせた。
元公爵令嬢という経歴を考えれば、料理の経験なんてあろうはずもない。
(その白く可憐な手で、僕のためだけに手料理を作ってくれた!? 憧れの女性がっ!?)
我ながら単純だとは思うが、心に燻っていたモヤモヤが消え失せてしまう。
「これと比べたら、僕が作る雑な魔物料理なんてカスだ! もう僕が料理を作る必要なんてないじゃん!」
「いいえ、アスタ様。それはまったく別の話です」
「え?」
「アスタ様のお料理は、
絶対に。
その部分に、やけに力がこもっていた。
「もちろん、アスタ様のご負担になるのでしたら、無理をなさるべきではありません。ですが――」
「ですが?」
「その、アスタ様のお料理が食べられなくなったら……わたくし、とても悲しくなってしまいますので……」
「そ、そうか……? あー。わかった、ちゃんと覚えておくよ」
うつむき加減に囁く、リュスの破壊力は凄まじかった。
そりゃ、リュスが喜んでくれるなら、やぶさかではないけれど。
(オノレが考案した歓待用料理を食べてもわかったけど……僕って、たぶん味覚が貧困なんだよなあ)
僕自身は、自作ソテーがマズいとは思ってないぞ。
でも、これが彼女の基準で作られた料理だと考えるなら……絶対に我慢して食べているはずだ。なんで、リュスは食べたがるんだろ?
そんな内心とは裏腹に、僕は別の疑問を口にした。
「だけど、本当なのかな……この魔物肉を食べることが、僕の回復に必要だなんて」
「サキオン様が仰ったのですよね?」
「そうだぞ」
そう、サキオンが自信満々に言ったのだ。
「七代目よ。速やかなる快癒を望むなら、魔物肉を喰らい給え」と。
正直、戸惑いを隠せない。
「サキオン様の知識は、現代の魔導学を超越している部分がおありなようですし。……つまらぬ嘘をつくような方でもないではありませんか」
「まあ、性格は最悪の部類だけど、プライドだけは高いからな。間違った知識を、ひけらかすことはしないとは思う」
受けた説明はこんな感じだ。
『貴様の肉体は、既に魔素を代謝の一部として組み込んでいる。そのウロコは、魔素を糧として稼働する。故に供給が滞れば、魔素を確保せんと細胞を侵食する。それこそが、変異進行の正体』
僕はゾッとした。
つまり、僕の肉体はより魔物に近くなっているというのだ。
術式制御に失敗した
左手のウロコが「腹が減った」と、僕の肉を食い荒らそうとしている現実。
「破損した状態のウロコは、魔素の稼働効率に支障をきたしてて……だから、なおさら侵食が起きやすくなってたんだってさ」
話を聞いていたオノレが、前髪をいじりながら言った。
「でも、俺はすごく納得したんだよ。アスタ」
「なにがだ?」
「実は、変に思っていたんだ。君はなかなかの健啖家だけど――最近はろくに食事をとらなくても、平気な顔で動けるようになっていただろ?」
さすがに、食事の手が止まる。
言われてみれば、オノレにそんな指摘をされていたな。
食事量が足りないんじゃないかって。
「今思えば、それも魔物に似た特徴だよね。……魔物は、人間よりも食事に依存しないで生きられるから」
「はあ。……正直、空腹に慣れてたからなあ。大学時代すら、食事を抜きがちだったし」
「いっぱい食べる方なのに空腹に慣れてるのは、やっぱり貴族として哀れだなあ」
「言うなよ!? 悲しくなるだろ!!」
「これからは食事を欠かさずとりなよ? 一応、どんな食材にも、微量ながら魔素が含まれているはずだけど……もし食事をストップし過ぎてたら、知らないうちに変異が進んでたかもだし」
「怖っ!? うわ、知りたくなかった!」
いや、今からでも、気づけて良かったんだろうけどさ。
でも、皮肉な話だよな。
家督を継いで間もない頃は、飢えて野垂れ死ぬより、猛毒のマズい肉を喰らってでも生きようとした。
今は、飢えても死ににくい身体になったが、魔物にならないために猛毒の肉を喰らう必要がある。
「でも、アスタ。一応言うと、魔物肉を処理せずそのまま食べたら、さすがに一発で変異しかねないからね?」
「それは僕も、カラスで確認済みなんだよなあ……」
「幸い、サキオンが算定式を教えてくれたからね。人体に害がないレベルで除染率を加減していこう。あと、あんまり食べ過ぎないように注意してね」
「へいへい……わかってるよ」
変異を抑えるために、適度に除染した魔物肉を食べる。普通に考えれば、狂気の沙汰。
でも、僕からすれば、これまでの研究の延長線上。
(サキオンの研究、その一端を知ることが出来たが……。まさか、編み出した魔物肉の除染技術が僕の命綱になるなんてなあ)
人生とは、わからないものだ。
「では、アスタ様。これからは、もっとわたくしと一緒に、魔物肉を食べる時間を増やしたほうがよろしいですよね……?」
「え、うん……まあ、そうか。そうなるのかな」
すると、リュスが「ふふ」と声を漏らした。
「わたくし、アスタ様のお役に立てそうで……とっても嬉しいですわ」
「……なあ、リュス。貴女は、僕が怖くないのか?」
「怖いですって? 一体なぜでしょうか?」
「なぜって……」
言葉に詰まる。
決まってる。僕の肉体が魔素不足に……飢えが極限に達して、魔物に変貌するかもしれないのだ。
普通なら恐怖を感じて、当然じゃないだろうか。
しかし、リュスはうっとりと語る。
「わたくし、知りませんでした。手間暇かけて用意した食事を、大切な御方に食べていただくことが――これほどまでに甘美であろうとは」
その表情には、恐怖どころか。
狂おしいほどの歓喜が満ち溢れていた。
あ、もしかして、リュスって実は世話好きだったりする?(呑気)
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