【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

190 / 197
第190話 胃腸は丈夫、消化試合の準備をしよう。巨大イカより、今食べる肉。(後半)

「って、うわ、もう食べ終わっちゃったなあ……」

 

 空になった皿を見つめて、呟いた。

 その絶妙なタイミング。

 

「アスタ様、どうぞ。宜しければ、こちらもお召し上がりくださいませ」

 

 現れたのは、凛とした佇まいのリュス。

 彼女が差し出す皿に、盛りつけられたのは巻き肉料理(ルーラード)

 

 焼き色のついた表面には、食欲をそそる照り。断面から見える、刻まれた豆、鮮やかなハーブ、クルミ、脂身《ラール》が、魔物の薄切り肉によって上品に巻かれている。

 

 え、ちょっと待って。

 僕がさっきまで作っていた、大雑把なソテーより断然美味そうなんだけど!?

 

「すごい! めっちゃ美味しそうじゃないか!」

 

 たまらずフォークで口に運び、噛みしめる。

 瞬間――爆発的な旨味が口いっぱいに溢れ出した。

 

「――っ、うまっ……!?」

 

 肉汁にじっくり溶け出した脂身(ラール)の濃密な甘みが弾けて合わさる。しかし、油のくどさを感じない。

 

「脂身の旨味を、ホクホクの豆が吸ってて……爽やかなハーブもきいてるし、クルミの香ばしいカリッとした歯ごたえもたまらない! こんなにジューシーなのに、いくらでも食べられそうだぞ!」

「ふふ、お気に召していただけて光栄です。アスタ様」

 

 リュスが頬を、ぽっと薄桃色に染めて微笑む。

 

 僕が雑に焼いたソテーとは、次元が違う。

 丁寧な仕込みによって、魔物肉が極上のごちそうに化けていた。

 

「……実は、わたくしが仕留めた魔物で、この料理を作ったのですよ」

「リュスが自分で!?」

「はい。除染作業だけは、オノレ様に手伝っていただきましたけれど。……何度も試行錯誤して、ようやく上手に出来ました」

 

 あまりの健気さと、この出来映え。

 僕は、感動で身を打ち震わせた。

 

 元公爵令嬢という経歴を考えれば、料理の経験なんてあろうはずもない。

 

(その白く可憐な手で、僕のためだけに手料理を作ってくれた!? 憧れの女性がっ!?)

 

 我ながら単純だとは思うが、心に燻っていたモヤモヤが消え失せてしまう。

 

「これと比べたら、僕が作る雑な魔物料理なんてカスだ! もう僕が料理を作る必要なんてないじゃん!」

「いいえ、アスタ様。それはまったく別の話です」

「え?」

「アスタ様のお料理は、絶対に(・・・)必要だと思いますわ。代わりなど、どこにもございません」

 

 絶対に。

 その部分に、やけに力がこもっていた。

 

 暗渠(あんきょ)の瞳が、まっすぐ僕を見つめて離さない。

 

「もちろん、アスタ様のご負担になるのでしたら、無理をなさるべきではありません。ですが――」

「ですが?」

「その、アスタ様のお料理が食べられなくなったら……わたくし、とても悲しくなってしまいますので……」

「そ、そうか……? あー。わかった、ちゃんと覚えておくよ」

 

 うつむき加減に囁く、リュスの破壊力は凄まじかった。

 そりゃ、リュスが喜んでくれるなら、やぶさかではないけれど。

 

(オノレが考案した歓待用料理を食べてもわかったけど……僕って、たぶん味覚が貧困なんだよなあ) 

 

 僕自身は、自作ソテーがマズいとは思ってないぞ。

 でも、これが彼女の基準で作られた料理だと考えるなら……絶対に我慢して食べているはずだ。なんで、リュスは食べたがるんだろ?

 

 そんな内心とは裏腹に、僕は別の疑問を口にした。

 

「だけど、本当なのかな……この魔物肉を食べることが、僕の回復に必要だなんて」

「サキオン様が仰ったのですよね?」

「そうだぞ」

 

 そう、サキオンが自信満々に言ったのだ。

 「七代目よ。速やかなる快癒を望むなら、魔物肉を喰らい給え」と。

 

 正直、戸惑いを隠せない。

 

「サキオン様の知識は、現代の魔導学を超越している部分がおありなようですし。……つまらぬ嘘をつくような方でもないではありませんか」

「まあ、性格は最悪の部類だけど、プライドだけは高いからな。間違った知識を、ひけらかすことはしないとは思う」

 

 受けた説明はこんな感じだ。

 

『貴様の肉体は、既に魔素を代謝の一部として組み込んでいる。そのウロコは、魔素を糧として稼働する。故に供給が滞れば、魔素を確保せんと細胞を侵食するのだ。それこそが、変異進行の正体』

 

 僕はゾッとした。

 つまり、僕の肉体はより魔物に近くなっているというのだ。

 術式制御に失敗した魔術師(メイガス)や、はぐれ術師(ウォーロック)の末路が浮かぶ。

 左手のウロコが「腹が減った」と、僕の肉を食い荒らそうとしている現実。

 

「破損した状態のウロコは、魔素の稼働効率に支障をきたしてて……だから、なおさら侵食が起きやすくなってたんだってさ」

 

 話を聞いていたオノレが、前髪をいじりながら言った。

 

「でも、俺はすごく納得したんだよ。アスタ」

「なにがだ?」

「実は、変に思っていたんだ。君はなかなかの健啖家だけど――最近はろくに食事をとらなくても、平気な顔で動けるようになっていただろ?」

 

 さすがに、食事の手が止まる。

 

 言われてみれば、オノレにそんな指摘をされていたな。

 食事量が足りないんじゃないかって。

 

「今思えば、それも魔物に似た特徴だよね。……魔物は、人間よりも食事に依存しないで生きられるから」

「はあ。……正直、空腹に慣れてたからなあ。大学時代すら、食事を抜きがちだったし」

「いっぱい食べる方なのに空腹に慣れてるのは、やっぱり貴族として哀れだなあ」

「言うなよ!? 悲しくなるだろ!!」

「これからは食事を欠かさずとりなよ? 一応、どんな食材にも、微量ながら魔素が含まれているはずだけど……もし食事をストップし過ぎてたら、知らないうちに変異が進んでたかもだし」

「怖っ!? うわ、知りたくなかった!」

 

 いや、今からでも、気づけて良かったんだろうけどさ。

 でも、皮肉な話だよな。

 家督を継いで間もない頃は、飢えて野垂れ死ぬより、猛毒のマズい肉を喰らってでも生きようとした。

 今は、飢えても死ににくい身体になったが、魔物にならないために猛毒の肉を喰らう必要がある。

 

「でも、アスタ。一応言うと、魔物肉を処理せずそのまま食べたら、さすがに一発で変異しかねないからね?」

「それは僕も、カラスで確認済みなんだよなあ……」

「幸い、サキオンが算定式を教えてくれたからね。人体に害がないレベルで除染率を加減していこう。あと、あんまり食べ過ぎないように注意してね」

「へいへい……わかってるよ」

 

 変異を抑えるために、適度に除染した魔物肉を食べる。普通に考えれば、狂気の沙汰。

 でも、僕からすれば、これまでの研究の延長線上。

 

(サキオンの研究、その一端を知ることが出来たが……。まさか、編み出した魔物肉の除染技術が僕の命綱になるなんてなあ)

 

 人生とは、わからないものだ。

 

「では、アスタ様。これからは、もっとわたくしと一緒に、魔物肉を食べる時間を増やしたほうがよろしいですよね……?」

「え、うん……まあ、そうか。そうなるのかな」

 

 すると、リュスが「ふふ」と声を漏らした。

 

「わたくし、アスタ様のお役に立てそうで……とっても嬉しいですわ」

「……なあ、リュス。貴女は、僕が怖くないのか?」

「怖いですって? 一体なぜでしょうか?」

「なぜって……」

 

 言葉に詰まる。

 決まってる。僕の肉体が魔素不足に……飢えが極限に達して、魔物に変貌するかもしれないのだ。

 普通なら恐怖を感じて、当然じゃないだろうか。

 

 しかし、リュスはうっとりと語る。

 

「わたくし、知りませんでした。手間暇かけて用意した食事を、大切な御方に食べていただくことが――これほどまでに甘美であろうとは」

 

 その表情には、恐怖どころか。

 狂おしいほどの歓喜が満ち溢れていた。

 

 あ、もしかして、リュスって実は世話好きだったりする?(呑気)




いつも応援ありがとうございます!

「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。

作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。