【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第191話 灰を背負う、僻地の王者。僕が殺して、僕が納めた。

(器の小さい僕が、つい素っ気ない態度をとっちゃっても、嫌な顔一つせず、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。……本当に、なんて心の広い人なんだろう)

 

 その温もりに触れるたび、胸の内から湧き上がるのは純粋な尊敬と、深い感謝の念だった。

 

「……うん。さすがは僕の高嶺の花(推し)。なんとしても護らねば」

 

 思わず、決意を新たにする。

 そんな僕を、オノレがなんとも言えない表情で見ていた。

 

「アスタ、君もとことん盲目だよね。一体どんなフィルターを通して世界を見てるか知らないけれど……正直に言っていいかい?」

「なんだ、改まって」

「俺は率直に、君たち二人が怖いよ」

「僕たちが怖い? なんでだよ、感謝し合うことなんて普通に大事だろ」

「どうして、君はこの辺りの話題になると、急激に察しが悪くなるのかな……?」

 

 オノレって、僕がリュスを賛美すると、露骨に嫌そうにするんだよなあ。王立大学(アカデミア)時代から、ずっとそうなんだよ。

 ちょっと崇め奉(推しまく)ってるだけじゃんか、なにが問題なんだ?

 

 どうにもかみ合わないやり取り。

 不意に足音が近づき、新たな来訪者が現れた。

 

「男爵殿、ちょっといいか?」

 

 ウーティスだ。

 個人的に気に食わん奴だが、今じゃ必要な戦力。

 命の恩人だし、邪険には出来ん。

 

「ああ、入れよ。楽にしてくれ」

「クラーケン討伐の打ち合わせがしたくてな、オレのパーティの具体的な役割についてだが……って、うええっ!?」

「どうした?」

「あ、いや……」

 

 ウーティスは、何度も視線を往復させる。

 僕とリュスを、まじまじと見比べるような仕草。

 

「……あんたたちって、本当に仲がいいんだな。驚いた」

「そうか?」

「ああ、そう見える」

 

 なんで、こいつ驚いてんの? まあ、別に言われて悪い気はしないが。

 そんな中、暗渠(あんきょ)の瞳を緩やかに細め、ニコニコしているリュス。

 

「まあ、いい。それより、男爵殿。なにのんびりしてんだ、さっさと戦うべきだろ」

「なんで?」

「なんでって……湖が増水するんだろう? 水が増えてから戦うとか、向こうが有利に決まってるじゃねえか」

「いいや、僕はあえて待ってるんだ。勝機を、な」

「……はあッ!?」

 

 わけがわからないとばかりに叫ぶ、ウーティス。

 なんだ、こいつもリアクションいい奴だな。よしよし。 

 

「ところで、ウーティス。お前、籠城戦は得意か?」

「籠城……戦? 不沈なる海の悪魔、クラーケンと戦うのにか?」

 

 ポカンとしている男に、僕は不敵に言った。

 

「不沈なる海の悪魔? ふはははは……はぁ、あまり笑わせるなよ。ここは海じゃない。――ここは、僕のヤバマーズだ。そうだろう?」

 

 どんな絶望が相手でも、最後には自分が勝つ。

 そう言わんばかりの、自信満々な笑みを浮かべて。

 

 そう、奴が海の悪魔だってなら……僕こそが僻地の王者だ。

 

 

***

 

 

 いよいよ決戦が近付く、ヤバマーズ男爵邸の夜。

 今宵も薄っすら漂う魔素のせいで、星すら見えない有様だ。

 赤銅色の月が、時折、雲の隙間から不吉な眼差しをこちらへ投げかけてくる。

 

 逸る気持ちからか、眼が冴えてどうにも眠れない。身体を休めるのが先決とわかっても、だ。

 だから、気晴らしに少し、屋敷内を散歩していた。

 

「でも、まさか……こんなに早く、脚が治り始めるとはな」

 

 魔素の摂取量を意図的に増やしただけで、歩行の不自由さが急速に改善されつつある。

 どうやら、人間の枠を外れはじめているというのは、紛れもない事実らしい。

 

「うん。……まあ、わりと便利だからいいか」

 

 もちろん、生理的嫌悪がない訳ではないけど。

 これからの戦い。その実用性で考えれば、遥かに利便性が勝ってしまう。

 

(僕だって、くよくよ悩む方だっていう自覚はあるんだけどな。誰かの人生を背負うことと比べたら、全然気にならないや。別に、良心が痛むことをしているわけでもなし)

 

 暗い廊下でたまにすれ違う、夜間見回りの使用人たちと短く挨拶を交わし。

 静かに歩いていく。

 

 そうして、脚の赴くまま辿り着いたのは、天井の高い広大なメインホール。

 正面に掲げられた巨大タペストリー。

 

 銀の地(アージェント)に、赤紐の角笛(ホルン)

 剣でゴブリンの首を貫く、獰猛な黒い猟犬(ブラックハウンド)

 

 我らヤバマーズが、王国の盾として、幾多の魔を屠ってきた血の証。

 この戦果に、これから海の怪物が付け加えられるだろう。

 

「――あれ?」

 

 我が家のタペストリーの真下、赤銅色の月光が窓から差し込んでいる。

 そこに時代遅れのロングコートを翻し、透明な質感を纏って佇む幻影。

 

「こんな夜更けに、どうしたんだよ……サキオン」

「七代目か、貴様こそ眠らなくて良いのか? 過酷な戦いが控えているだろう」

「お前が眠りにつけよ。化けて出るとか、趣味が悪いぞ」

 

 軽口を叩いてやるが、返って来たのはどこか達観した笑み。

 

(湖で気付いたけど……こいつ、僕が無礼な態度をとっても、意外と本気で怒らねえんだよな。呆れはするけどさ)

 

 どこまでも尊大な態度だが、別に相手を見下してるわけじゃないっぽい。

 

「で、なにしてた? 質問に答えろよ、サキオン」

「どうにも、確かめたい事柄があってな」

「なんだよ、気取りやがって」

「貴様は――エマが、どのような末路を辿ったか。知っているか?」

 

 少女エマ。

 かつて、綿毛の魔人エグレットと化し、ヤバマーズを滅ぼそうとした恐ろしい怪物――そして、サキオンの異母妹。

 

 静まり返るホールで、僕は告げるべきか一瞬だけ迷った。

 

「死んだよ」

 

 サキオンの反応は、遅れた。

 

「…………何故、死んだ」

「タンポポ畑、わかるか? デカい木が生えてる、あの森の開けた場所だ」

「ああ……エマが、とりわけ気に入った遊び場であったな」

「そこで、行方不明になったらしい。で――」

 

 続けようとした途端、喉がキュッと締めつけられた。

 舌が、鉛のように重くなる。

 

「少し前の話だ。……魔人と化して、ヤバマーズを襲った」

「それで如何にした」

「僕が殺した」

 

 逃げずに、はっきり言った。

 他でもない、それこそが今の時代の当主である……僕の負うべき責任だったから。

 

「今は……我が家の地下墓地に、その灰を納めてある」

 

 どんな軽口にも動じなかったサキオンが、痛みを堪えるように目を伏せた。

 眉間をもみほぐす仕草。人間味がかすかに覗く。

 

 ……こいつ、ちゃんと人の心があるんだな。

 

「魔人と化し、禍根を齎した者を……誇りある一族の墓所に葬ったというのか」

「なにか悪いかよ」

 

 僕は、怯まない。

 しっかりと胸を張る。

 

「それがヤバマーズ家当主としての、僕の判断だ。そうすることが正しいと思ったから、した」

 

 サキオンはひどく重く、長い溜息を吐き出した。

 

「……成程。であらば、貴様にも知る権利がある」

「知る権利……?」

 

 サキオンの視線が、誰もいないはずの虚空へ向けられた瞬間。

 

 ――空間が、陽炎のようにゆらゆら歪む。

 僕のウロコがじりじりと熱を帯び、視界に色彩を失った過去が溢れ出した。

 

 

***

 

 

 殺伐とした空気が支配する、かつてのホール。記憶の断片。

 

「――どうしてっ! エマが消えてしまったのですかっ!」

 

 耳を(つんざ)く、絶叫。

 そこにいたのは、一人のうら若い女性。乱れた髪、涙にぬれた頬。

 

 対峙しているのは、僕の曽祖父……四代目当主、オットーだ。

 

「貴女はもう、当家とは何も関わりはないはずだ。……速やかに去ってくれ」

 

 以前、記憶の残滓で視た姿よりも。

 表情が張り詰め、余裕を失っている。

 

「あなたが……あなたが私を追い出して、手紙も面会も禁じたんでしょう! あの子に、私の声すら届かないようにしておいてっ!」

「貴女のような評判の女に育てられては、エマがあまりにも不憫だからだ」

 

 オットーの言葉は冷酷というよりは、どこか自分自身に言い聞かせているようだった。

 必死に縋る女性の手を、乱暴に振り払う。

 

「当主として、異母妹の教育方針を決める権利は僕にある」

「よくも、そんな白々しいことが言えたものねっ! 私たちをずっと厄介者扱いしてたくせに! 認めたらどうなの、あなたが……あなたがエマを殺したんでしょうっ!!」

「やめろッ!!」

 

 オットーの怒鳴り声。

 

「僕は……エマを……異母妹を、きちんと養育するつもりだった。然るべき家に、嫁に出すまではな」




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