ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第193話 楽しい、夏の湖水浴。進め、ヤバマーズ・イカサマー号!(前半)

 運命の朝がやって来た。

 

 わずか数日前までは、僕らが足を取られた湿地帯。

 そこが今や、どっぷり水没。

 かつての古道が、木の根元が、いたいけな草花が、無慈悲にひたひた飲みこまれている。

 

「というわけで――絶好の湖水浴日和だぜ!」

「……こんなどんよりしてる日にかい?」

 

 僕と出撃するメンバーは、選りすぐり。

 礼装を崩しつつも、名門貴族の貴公子として余裕を崩さないオノレ。

 

「まあ、言うて夏じゃん? 避暑地としては、今のヤバマーズは穴場中の穴場だぞ?」

「そりゃ誰も寄ってこないからね」

「おいおい、オノレ。せっかく誘ってやったのに、ノリ悪いなあ」

「……俺はね、透き通る爽やかな青空が好きなんだ」

 

 オノレが、遠い目をしている横で。

 祓魔女(エクソシスター)の法衣を纏うリュスが微笑む。

 

「わたくしは、アスタ様とならどこへ行くのも楽しいですよ」

「おっ、喜んでくれんの? 本当に?」

「はい、本当です。……その行き着く先が、どのような場所でも」

 

 そして、最後の一人。

 重力をふわりと無視する、いけ好かない先祖のサキオン。

 

「常から緊張感を欠いているが、これが貴様の流儀か? 七代目」

「策を補強してくれたのは感謝するけどさ、態度にいちいちケチつけんなよ」

「感謝する必要はない。……が、そもそも感謝を示された記憶など(おれ)にはないぞ」

 

 そんなに文句があるなら、ついて来なきゃいいのに。

 なんか身内に、後ろから採点されてるみたいで、すげー嫌なんだよな。なに、この居心地が悪い感覚?

 

「さあて、刮目せよ! 僕らの逆転を賭けた秘密兵器だッ!」

 

 そこに浮いていたのは、村に眠っていた河川運搬用の小舟……を、無茶苦茶に魔改造した代物。

 ヤバマーズ産の頑丈な木材をベースに、撥水加工を施した魔物革、無骨な鉄板で各所を補強。

 最大の特徴は、船体の左右に配備された外輪!

 

「外輪式蒸気駆動ボート、その名も――『ヤバマーズ・イカサマー号』だッ!!!」

 

 オノレが、これ以上ないほど嫌そうな顔をした。

 

「え、正気? アスタ、やっぱり変異が頭まで回ったの?」

「なんだよ、文句あっか」

「文句しかないよ! まず、名前が変っ!」

「なんでだよ! 我らが始祖、王を騙くらかそうとした稀代のペテン師に敬意を表した、最高にヤバマーズらしいネーミングだろ! 夏のイカを欺く、イカサマー号だぞ!」

「もう、そんなの沈んだ泥船の名前だよ!」

「僕の先祖を、泥船扱いすんな!?」

「しかも、見てごらんよ。このツギハギだらけの外観。試運転だって、ちょろっと数分動かしただけじゃないか」

「ダムと水車から連想した構造だよ! 水蒸気で車輪を回せば、ガンガン進むはずだろ!」

 

 しばし、全力で言い合って、「はあはあ」と息が上がる。

 

「大丈夫だって。ジルだって、“計算上は沈まないっす”って太鼓判押してたし」

「……あの後輩、自分が乗らないからって適当言ってない? ドワーフ工学に、浮力なんて軟弱な概念はないはずじゃなかった?」

「細かいこと気にすんな。さあ、乗れ乗れ」

 

 オノレは深い溜息を吐きながらも、しぶしぶと船に乗り込んだ。

 続いてリュスが、さも当然のように、僕の手を優しく引いてエスコートしてくれる。

 ……いや、普通は男女が逆じゃね?

 

「アスタ様、どうぞ。お足元に気をつけて」

「う、うん……サンキュ?」

「ふふ、わたくしは『イカサマー号』、素敵な名前だと思いますよ」

「だろ! リュスだけはわかってくれると思ったよ……」

「はい――これなら沈む時も、ご一緒できますし」

「あれぇ!? リュスも沈むと思ってる感じなのぉ……?」

 

 ひどく解せない。

 じゃあ、なにかよ。二人とも“舟が沈む”と思ってるのに、作戦に付き合ってるとでも言うのかよ……?

 そんな奴がいるはずないので、全くもって意味不明である。

 

「よし、じゃあ行くぞ! 野郎ども、錨を揚げろー!」

「アスタ、ボートに錨なんて付いてないんだよ」

「いいんだよ。本に出航時はこう言うって書いてあったんだから!」

 

 船体搭載された魔導機構。

 そこへ、タンクから黒銀(クロシュ)式スラリー燃料が投入されていく。

 

 キィィィィィン――。

 

 澄み渡るような結晶の歌声。

 直後、蒸気が吹き出し、左右の外輪が力強く回転を始めた。バシャバシャと力強く水を蹴る。

 

「おっ、いいぞ。安定してるじゃないか」

 

 徒歩なら時間がかかったはずの湿地帯を、やすやすと抜けていく。

 

 獲物を待っていたマッドクラブが、驚いて泡を吹き。

 巨大アメンボが水面を滑って追跡してくるが、蒸気の気配を嫌ってかすぐに引き下がっていく。

 

「アスタ様、ご覧ください。不自然な気泡です」

「よし、オノレ! 左舷、放てっ!」

「はいはい、船長気分なんだね……ったく、人使いが荒いんだから。――術式展開!」

 

 オノレが触媒の杖を向ければ、鋭い氷の槍が飛んでいく。

 スラリー燃料によるエネルギー熱源が搭載されている今、魔力消費を抑えたまま、術式へ変換するのもお手の物だ。

 必要に応じて、電撃も使える。その辺の雑魚なら、もはや敵ではない。

 

「……エネルギーの変換源があると、魔術のキレが変わるなあ」

「気を抜くなよ、オノレ。そろそろ湖の入り口だ」

 

 僕は、左手の甲へと意識を集中。

 ズキリ、と神経を逆撫でするような警告。

 

「ああ、わかってるとも。……やつらの影だ!」

 

 水面から頭だけを出し、槍を構えている魚人の軍勢。

 またもや、待ち伏せ戦法である。が――。

 

「ふはははは、バカの一つ覚えだな、魚人ども! ヤバマーズ・イカサマー号のギアを上げてやるっ!」

「ちょっとアスタ!? 耐久性の問題はっ!? こんな船体が加速に耐えられるはずが――」

 

 僕は、船の前方に左手をかざした。

 

「操縦は任せたぞ、リュス!」

「はいっ!」

 

 加速が増すほど波が立ち、船の先端には凄まじい抵抗負荷がかかる。水が生み出す摩擦が、僕らを阻もうとするのだ。

 だが、もしも――その水の抵抗を、真っ二つに切り裂けたなら?

 

 サキオンが導くように囁く。

 

「往く先を見据え、その剣を伸ばし給え。――心にて、水月を断つ如く」

「お前に言われなくともっ!」

 

 左手から迸る燐光。三日月の刃は船の先端を伝い、より鋭角な船首となって実体化する。

 行く手を阻む、水の壁を裂くために。

 

「――衝角剣起動(ラム・アクティヴ)。リュス、もっと加速させろッ!」

 

 外輪の回転が、本来の限界を超える。ギシギシと軋む音。

 イカサマー号は水面を跳ねるようにして、魚人たちの包囲網へと突っ込んでいく。

 

 慌てた、魚人たちが一斉に槍を放ち、網を投じた。

 だが、そのすべてが。イカサマー号の航跡のなかに悉く置き去りにされる!

 

「あばよ、どんくさ共! せいぜい、後ろからのんびり追って来やがれッ! ふはははははっ!」

 

 ――シュパァァァンッ!!

 

 圧倒的な推進力、疾風のように通り過ぎるボート。

 必死に泳いで追いすがろうとする魚人たちも、その姿がみるみるうちに小さくなっていく。

 

 やがて、安全な距離まで離れたところで、リュスは速度を緩めた。

 僕は船首に形作っていた、水を裂く剣をスッと掻き消す。

 

「うわ……本当に、あの包囲をあっさり突破出来ちゃったよ」

「わたくしの知っている未来では……この時期には、魚人たちが執拗な立ち回りをして、まともに湖に近寄ることが叶わなかったのですが……?」

 

 僕は、自信満々に笑いかけてやる。

 

「だから、言ったろ。あいつらは、なんとかなるって。……そして、このイカサマー号の通常速度にすら、魚人たちは追いつけないのさ」

 

 想像通りだった。

 魚人たちの存在は、もうウロコに警告を送ってこない。

 

「……もしかして、アスタ。海洋生物に詳しいという、サキオン氏の助言だったのかい?」

「いいや。そこは別に聞いてないぞ」

 

 僕は、肩をすくめる。

 

「これくらいなら、ちょっと観察すりゃわかんだろ。なあ、サキオン?」

 

 思わず、浮かぶ不敵な幻影に同意を求めれば。

 彼はなにも言わずに、呆れたように首を振った。

 

 

***

 

 

 遡ること、作戦会議。

 開口一番、こんな一言から始まっていたのだ。

 

「――諸君。魚人どもは、泳ぎが下手だ」

 

 それこそが逆転劇の狼煙だった。




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