ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

194 / 194
第194話 沈んだら、また一からやろう。アスタがいた場合のヤバマーズ。(中間話)

 なにいってんだ、こいつ。

 集められた面々は、一斉に困惑顔を晒した。

 

「魚人を怖がるな! クラーケンを怖がるな! そして、湖がデカくなった程度でうろたえるな! 奴らは思ったほど大したことはない、僕らの攻略手段は――むしろ、増えているんだッ!」

 

 机を叩いて、アスタは強烈に断言。

 だが、誰一人としてピンと来ていなかった。

 

「いや、アスタ先輩。……魚人はどう考えても、兵士としてはだいぶ強いっすよ?」

 

 ジルは、不満げにポニーテールを揺らした。 指を折りながら数え始める。

 

「常人を凌駕する強靭な筋肉でしょ。鎧みたいな鱗、戦術を駆使する知性に、おまけに武器まで使える。……どこをどうみたら、そんな扱いになるんすか」

「おいおい、よく思い出してみろよ、ジル。けっこうな弱点だらけだったろ」

「そっちがよく思い出してほしいっす、一番痛い目を見たのは先輩でしょ!」

 

 しかし、アスタは態度を崩さない。

 

「人型なんて、流線型とは程遠いだろ。水かきやヒレがあったところで、水の抵抗はモロに受けるし、魚みたいに柔軟にくねらせることも出来ない」

「え……そういうもんすか?」

「お前、それでも王立大学(アカデミア)の学徒かよ。そりゃ、人間よりはかなり泳げるかもな。でも、遊泳生物としては鈍足なのが自然。まずは、そう疑うべき(・・・・)じゃないのか?」

 

 否である。

 誰も、そんな着眼点を持つはずがない。

 当然だ。戦場にいた誰もが、目の前の殺意を凌ぐことに必死で、生物学的な観察をする余裕などなかったからだ。

 その上、魚人は水棲生物という前提がある。

 

 だから、それが普通だった。

 

「しかも、どいつもこいつも、湖からゆっくり這い出して来たろ。おかしいと思わないか? アイツらは、水中からピョンって飛び出して奇襲を……問答無用の初見殺しを狙うべきだったろ」

 

 確かに、もしそれが実行可能だったならば。

 湖に近づいたが最後、一撃で再起不能だったかもしれない。

 

「じゃあ、なんでやらなかった? ……違う、出来なかったんだよ。アイツらには、水中から飛び出して襲うほどの瞬発力が、ない」

 

 誰もが、まさかと思い始める。

 しかし、確証がない。

 

 そこに、思いがけない助け船を出した人物がいた。

 巡礼冒険者のウーティスだった。

 

「……ちょっといいか? オレのパーティは、海の経験もあるんだが」

「おっ。巡礼冒険者様の生きた経験談ってか。ぜひ、聞かせてくれ!」

「魚人たちは、人間より遥かに泳ぎに優れる。だがな、奴らが全力で逃げる帆船に、追いつけた記憶は……オレにもない」

 

 場に、どよめきが走る。

 

「魚人の遊泳速度って……そんなものなのかい?」

「ああ。イルカやアザラシ、海獣類の方がよほど速く泳げるだろうよ。それどころか……」

 

 ウーティスは、至極真面目に言った。

 

「下手すりゃ、その辺の魚より遅いかもしれない」

 

 そんな魔物が、成立し得るのだろうか。

 魚人と言えば、人類にあだなす存在。海の恐怖の象徴ではなかったか?

 皆が疑問に思うなか、アスタだけが「だろうな」と頷いた。

 

「いや、アスタ。それじゃ彼らは狩猟すら出来ないんじゃ……? いや、違う。魚人には重量があり、鱗も硬い歩行型。このことから予想できる生態は――」

「まあ、水底で暮らすための肉体構造なんだろうなあ」

「泳ぐんじゃなく、水底を歩いて暮らしてるのか!」

「たぶん、狩りは待ち伏せでやってんじゃね? それか、隠れている魚やエビなんかの穴に忍び寄り、手や道具でとって食べるみたいな?」

 

 待ち伏せ。

 それこそまさに、魚人たちが繰り返し見せた戦闘形態そのもの。

 

「あとは、ほら。カニだの貝だの採取したりさ。水草だってあるだろ。なんなら、そういうの育てたりも出来るかもじゃん?」

 

 魚人が採取作業をし。

 それどころか、畜産や農業の真似事をしている可能性まであるという。

 

 アスタの推論は止まらない。

 

「どっちにしても道具があれば、ハンデがあっても食っていけるよな。人間から学んだのかは知らないが、あいつら投網すら武器にしてたんだぜ。ひょっとして、網漁で食い繋いでんじゃないの? そう解釈する方が合理的だよなあ」

 

 今度は、魚人が網漁をしているとまで言い出した。

 もはや冗談のような話だが、アスタの語りには妙な説得力があった。

 

「つまりさ、あいつらは地上では人類より遅く、水中では魚や帆船より遅い。――どこに行っても、機動性が弱点な生き物なんだ。だから、必要なのは、待ち伏せと忍び寄り対策ってわけ」

 

 ぺらぺらと話す内容は、とても死地での観察結果とは思えない。

 

「ついでに泥の上でも、相当動きにくいんだろうなあ。水かきが泥に埋まったら、引っ張り出すだけで一苦労だし。おかげで僕は、お前らに助け出してもらえたってわけだ。あいつら、湿地帯まで伏兵を用意できないもんなっ!」

 

 魚人が湿地帯を狩場にせず、追撃が甘い理由まで付け足される。

 

 そろそろ、場にいる者たちは疑問に思い始めた。

 本当にこの男……死ぬ寸前の危機から生還した立場なのか?

 

 そう疑ってしまうほどに――拾ってきた情報量があまりに多すぎる。

 

「奴らが弱いとまでは言わない。でも、特徴がはっきりしてるだろ。だから、湖の水位が増すのは、むしろ勝機……攻略手段が増えると判断したんだ。僕がここまで待った理由だ。納得できたか?」

 

 シンと静まり返る、会議室。

 

 しかし、最初に口を開いたのは、思いもよらぬ人々だった。

 

「あの、領主様。オラたちから、話してもいいでしょうか……?」

 

 声を上げたのは、ヤバマーズの村を長年束ねてきた老人。

 その隣には、この地に身を寄せる難民の長が座っていた。

 

 そう、今回ばかりは、湖の氾濫によって避難を余儀なくされるかもしれないと、当事者として呼ばれていたのである。

 

「なんだ、遠慮せず言ってみろ」

「正直言って……領主様の仰ることは、オラにはほとんどわかりませんですだ」

「そっか。それはすまんな、それで?」

「オラたちが心配なのは……これからの、オラたちの生活がどうなってしまうのかってことでして」

 

 ある種、当然のことだった。

 家を追われ、畑を失えば、戦いがどうなろうと生きてはいけない。

 

「湖が氾濫して、家も畑もなにもかもが沈んじまったら、オラたちの暮らしはどうなってしまうんですか? みんな、食うに困って、今度こそ飢え死にしてしまうんでないですか?」

 

 切実な言葉。

 向き合うアスタは、取り繕うのをやめた。

 

「ごめんな、不安だよな。でも、僕は……大丈夫だとか、無責任に言ってやれないんだ」

 

 村の代表たる老人も、難民の長も、その言葉に大きく動揺した。

 それでもアスタは、都合よく言いくるめようとはしなかった。

 

「でも、僕は……二つだけ。二つだけ、約束できることがある」

「……なんですだ?」

「一つはな。僕が死ぬ気で立ち向かうってことだ。僕は領主で、お前たちの働きによって生かされている。だから……ここで命を懸けて、戦ってくるよ」

 

 他の地方領主なら、まずこんな言い方をしない。

 難民たちが来たからこそ、ヤバマーズの民も改めて実感する。これは誠実な態度だ。

 それでも、何代も経て開拓してきたのが今の生活だ。そう簡単に、失う覚悟がつくはずもない。

 

「……それで、オラたちの暮らしはどうにかなるんですか?」

「すまん。命は懸けたところで、上手く行く保証はないんだ。……僕が負けたら、逃げてくれ」

 

 領民たちには、リュスが神託を受けたという噂が広まっていた。

 七大神の導きがあるなら、奇跡が起きるはずだと。

 

 だが、それでも。

 目の前の領主は“保証はできない”と、残酷なほどに正直に答えた。

 

「なら……ならっ! オラたちが汗水流して耕した畑が水没してしまったら、一体どうしたらいいんですかっ!? もう、オラたちはそこでおしまいなんですかっ!!」

 

 領民にとって、これまで受けた恩義だけでは、生活を失う恐怖は抑えられない。

 自然の猛威の前にどうしようもないとわかっても、やり場のない怒りが、叫びとなってアスタを打つ。

 

 けれど、アスタは落ち着いてこう言った。

 

「その時は……また一からやろう!」

「い、一から……っ!?」

「そうだ。また、どこか大変な土地に流れることになるかもしれない。たどり着くまでに、辛い目に遭うかもしれない。……でもさ! お前たちの先祖が、かつてやり遂げたことなんだ。僕らにだって、できないはずがないッ!」

 

 なんの解決にもなってない精神論。

 だが――。

 

「僕も一緒に鍬を持って、汗を流して頑張るよ。約束する。だから……そん時は、また(・・)苦労を掛けるけどよろしくな」

 

 この領主には、すごい能力があるわけではない。

 土地を豊かに切り開く力があるわけでも、都合よく奇跡を起こせるわけでもない。

 ああ、普通なら“なんの特別な力もないくせに”と思うだろう。

 

 だが、どうだ? さながら初代ヤバマーズのように。

 決して無敵ではない、たった十九歳の若き領主が。

 不安に押し潰されそうな自分たちを励まそうと、悪戯っぽく笑いかける等身大の姿は。

 

 ――確実に、領民たちに火を点けていく。

 

「領主様がそこまで仰るなら……オラたちも、出来る限りお手伝いしますだ。そうせねば、なりませんですだ……」

 

 なにも解決していない。不安が消えたわけでもない。

 それでも、“この領主とならもう一度やれるかもしれない”とは思えた。

 

 そして、その姿を見る……仲間たち。 いや、かつての敵対者や、冒険者たちの心にすら、なにか変化が訪れていた。




いつも応援ありがとうございます!

「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。

作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~(作者:木乃実なぎ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

▼ これは、英雄に憧れた少年が――いつか、誰かにとっての英雄になるまでの物語。▼ 生まれてから十七年。▼ 母と二人、森の奥で暮らしていた少年ルキウスは、物語に登場する英雄へ憧れ、ハンターになるため旅へ出る。▼ 胸が躍るような冒険を夢見て辿り着いた、自由交易都市エルドラン。▼ そこで彼は、この世界の常識を初めて知った。▼「え? 人間は千年前に滅んだ種族?」▼「…


総合評価:1486/評価:8.51/連載:59話/更新日時:2026年08月21日(金) 21:00 小説情報

ドールマスターヒロシ(作者:我島甲太郎)(オリジナルSF/冒険・バトル)

人形使いは木製のマネキン人形を召喚して戦わせる職業だ。▼ゴーレムより脆く、精霊よりも火力がない木偶人形にも一つだけ利点があった。▼それはレベルを上げていけば、人間並みの知能を得られるということ。▼――なら、人工声帯とオナホ仕込んで嫁にするしかないよね。▼そんな性欲に脳を犯された猿どものせいで風評被害に塗れたとある人形使いの少年は、ある日に飛び降り自殺を図って…


総合評価:2232/評価:8/連載:95話/更新日時:2026年08月21日(金) 18:00 小説情報

【書籍発売中】転生宰相のダンジョン魔改造録 ~ポンコツ魔王様に頼られたので、壊滅した魔王軍を再建します~(作者:パンダプリン)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

【美人で最強、なのに俺の前ではうざかわポンコツな魔王様】▼女神さまにハズレ扱いされた俺は、ラスボスの魔王が超高難易度で有名なとあるゲームの世界へ転生させられてしまった。▼スキルはダンジョンマスター。種族は魔族。どう見ても主人公側ではなく、敵側としてだ……。▼途方に暮れていたところ、明らかに格上の存在と出会ってしまったが、あなたが魔王……?▼勇者たちを倒したは…


総合評価:2422/評価:8.3/連載:359話/更新日時:2026年08月22日(土) 11:50 小説情報

プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~(作者:翠碧緑)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

気が付くと、俺は人間と魔族が争うクソみたいな世界で、赤ん坊として捨てられていた。▼孤児院で育ち、飢えと貧困に耐える日々。▼そんな中、外見の特徴を理由に貴族に拾われる。▼どうやら俺の血には「特別な何か」が混じっているらしい。▼理不尽(暴力)。▼理不尽(陰謀)。▼そして、逃れられない理不尽(因果)。▼それでも、俺は生きることを諦めない。▼「そっちがそう来るなら、…


総合評価:6686/評価:9.18/連載:136話/更新日時:2026年06月28日(日) 20:09 小説情報

病弱貴族になった俺、治癒魔法をかけながら戦えばいいことが判明する(※血反吐付き)(作者:池崎)(オリジナルファンタジー/戦記)

突如として前世の記憶を思い出し、自身が病弱貴族になってしまったことを悟った主人公は、とある出来事をきっかけに──「治癒魔法をかけ続けたら戦えるのでは??」と気づき、おっさん治癒術師を巻き込んで修練に励む。▼その結果──確率で血反吐を吐きながら拳で戦うHENTAIスタイルになってしまう。▼「だ、大丈夫! すごく痛いけどすぐ治るから!!」▼


総合評価:2782/評価:8.31/連載:14話/更新日時:2026年08月12日(水) 12:39 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>