ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第195話 楽しい、夏の湖水浴。進め、ヤバマーズ・イカサマー号!(後半)

 イカサマー号が、湖をぷかぷか進む。

 僕は揺れに身を任せ、作戦会議での光景を思い返していた。

 

 でも、そこでたった一人。

 リュスだけは違った目で、僕を見ていたと思う。

 

 どこまでも微笑ましそうに。

 あるいは何物にも代えがたい幸せを噛みしめるように、じっと見つめていた。

 

「……アスタ様、なんでしょうか? わたくしの顔に、なにか?」

「ああ、いや」

 

 つい、見つめてしまった。

 

「ただ、貴女が嬉しそうに見えてさ」

「はい、嬉しいですよ。不思議なことに、あなた様がいると世界から絶望が消え失せて……わたくしは、幸せな女になってしまうのです」

「……おいおい、僕はそんな大した奴じゃないぞ」

 

 なんだか、こそばゆくなる。

 すると、サキオンは、我慢が出来ないとばかりに言った。

 

「貴様は、いったい何を言っているのだ」

「なんだよ、いきなり」

「死の淵にて得た知見を、玩読(がんどぐ)の心地同然に片付けながら、民の心まで束ねてみせる。圧倒的な武があるならば、その胆力も理解できよう。だが、貴様は違う」

「まあ。僕は別に、そこまで強いわけではないな」

「にも関わらず、死にかけた貴様は、平然と死地に戻った。恐怖心が欠落しているのではないのか?」

「……そりゃ僕だって怖くないわけじゃないが」

 

 サキオンの問いに、僕は首をかしげた。

 でも、過ぎ去ったことは、“あー、死にかけたな”って割り切ればいい。

 

「過去を振り返って考察するくらいなら、誰にだってできるだろ。怖さはそっと脇において、頭を整理して言葉に出す。前だけを見て進むだけさ」

「誰にでも? ……貴様は天才には程遠い。されど、その偏りは、凡夫と括るには無理があろうよ」

「はいはい、ご高説どうも」

 

 だから、僕はサキオンが苦手なままなのだ。

 後ろからジロジロ眺めては、なにかと口を出してくる。

 

 サキオンのような鋼の精神性の持ち主が、僕の足掻きをどう評しても、嫌みにしか聞こえない。

 

(どうせ、情報を揃えてやれば、机上でパパッと答えを出せんだろ。天才どもめ。僕はボコボコにされてからじゃないと、答えが出せないだけだっつの)

 

 聞き流しながら、左手の甲へと神経を集中。警戒を維持。

 すると、ついにウロコが脈打ち始める。

 

「――来たぞ」

「加速しますっ!」

 

 すかさず、リュスがレバーを操作した。

 

 ――ズブァァァァァンッ!!

 

 回避。湖底から急上昇したのは、巨大な影。

 水が盛り上がったかと思うと、数十本の触手が鞭のようにしなり、しぶきとともに降り注ぐ。

 

 ぬらりと姿を現したのは、山のような質量。

 海魔、クラーケン。

 

「出たな、ヌメヌメ野郎ッ! 会いたかったぜ!」

「……なんで、魔物に会えてうれしそうなんだい。君は?」

 

 オノレが引き攣った顔でぼやくが、僕は構わず海魔を挑発。

 

「さあ、海魔よッ。お前が求めているのは、この匂いなんだろ? 異能、(デコイ)の波動――最大広域放射ッ!」

 

 漆黒のウロコより、不可視の信号がどんどん広がっていく。

 魔物にとって、最高級の獲物が放つ甘い誘惑。抗いがたい殺意の芳香。

 

 ――ギロリ。

 

 クラーケンの黄色い眼球が、ドロンと回転。ただ、一点。この小さなボートへと固定。

 

「よし、釣れたぞ! リュス、全速前進だ!」

「はいっ、お任せください!」

「ちょっと待って!? まさか、俺たちが釣りの餌だって言ってるのかい!?」

 

 外輪が咆哮を上げ、イカサマー号は水面を滑るように加速。僕は、船の移動を補助するように、衝角剣(ラム)を創出。

 

 ――ドォォォォォンッ!!

 

 直後、巨大な触手が叩きつけられた。

 ボートが木の葉のように跳ねあがる。

 

「きゃぁあっ!?」

「うおっと! 転覆させるなよ!」

 

 すかさず、周囲の地形を読み解く。

 たしかに、湖の面積は広がった。だが、猟兵(シャスール)たちが命懸けで調査した情報は無駄になったか?

 

 いいや、断じて違うっ! なにも無駄になんかなってない!

 

「リュス、二時方向から迂回! 立木の間を抜けるぞ!」

「承知いたしました」

「オノレ、エネルギー制御系は――」

「もうやってる! 名門の魔術師(メイガス)にボートの出力調整をやらせるなんて、君くらいだよ!」

 

 僕たちの連携。そして、これまでの足で稼いだ情報から、天才たちが導き出した最適な逃走ルート。

 

 イカサマー号は、突き出でた木々を縫うように蛇行。

 追うクラーケン。その巨躯が……水没した林へ突っ込む。

 

 ――バリバリ、メキメキッ、ドォォォォン!!

 

 クラーケンの突進によって、小枝のように粉砕されていく障害物。

 だが、それでいい。

 

「アスタ! クラーケンの勢いが落ちている!」

「狙い通りだ! あいつはな、この狭い環境じゃ、ご自慢の加速構造を上手く扱えないんだよ!」

 

 大海の悪魔は、この湖という“閉鎖された箱庭”には、あまりにデカすぎた。

 

 先日、奴が陸に乗り上げたのは、一見すれば、僕たちにとって絶望的な状況に思えたが……アレは湖が狭すぎたが故の失敗だったのだ。

 

 サキオンの援護があれば、短時間でも僕が拮抗できるほどに。援軍があれば、僕を奪還できるほどに。海魔クラーケンは、驚くほど弱くなっていた。

 その理由はただ一つ、陸に上がってしまったから。

 

「奴は賢い! 陸地に乗り上げないように、気を付けるだろう。見知った地形での勝負は通用しない!」

「……だからこそ、水嵩が増した今に勝負するのか!」

「その通り! 今の湖は水没したばかりの林と浅瀬が複雑に入り混じった、未学習の新地形ッ! 対して、僕たちイカサマー号は小回りにおいて激烈超有利ッ!」

 

 水没林では、クラーケンが暴れまわれる十分な空間がない。

 無理に触手を振えば振るうほど、加速すればするほど、その衝撃が自らへと跳ね返り体力を削る。

 

「そうだ、七代目よ。物理法則は……嘘をつかぬッ!」

 

 サキオンの知は、僕の策を見事に裏付けした。

 

「この浅瀬こそが、クラーケンには致命的な枷となる。流体力学において、水深が浅く幅が狭い水域を、巨大な物体が移動することは困難。水流は逃げ場を失い――抵抗が急増する!」

「だろう? ふはははは、さすが僕だ! 見てみろよ。あの無様なザマをなあ!」

 

 前回は、僕らの邪魔をした“水”というフィールド。

 だが、この追いかけっこにおいては、僕らの味方だった。

 

 その上、妨害しようとするはずの魚人たちからも悲鳴が上がる。

 

「アスタ様、ご覧ください。魚人たちが化けカエルに襲われています!」

「僕が発揮した、囮能力(デコイ)の異能のせいだよ」

 

 ニヤリと不敵に笑みを浮かべてやる。

 

「僕を救出する際、魚人たちと他の魔物が乱戦になったって言ってたろ」

「……はい」

「それは間違いなく、僕の異能が起こした二次被害だ」

 

 もし、都合が良いことが起きたなら。

 単に運が良かったのではなく、なんらかの因果関係が存在する。

 

「僕の異能は、統率された魔物にとっては、突発的トラブルの温床になるんだ!」

 

 そして、その混乱が起きている先こそ、僕らの取るべき進路。

 

「そこだ! 舵を右へ!」

 

 急旋回。

 イカサマー号が波を立てて回避した刹那、僕らがいた場所に――。

 

 ――ズバァアアアアンッ!!

 

 クラーケンの質量が、頭が、触手が、衝突を巻き起こす。

 同士討ちという言葉すら生ぬるい惨劇。哀れ、魔物たちは、ミンチとなって湖面へぶち撒けられた。

 

「ふはははは! チームワークが足りてないんじゃないか? いやぁ、むしろ仲がいいから仲良くイチャついてるのかなあ?」

「アスタ……君って戦闘になると、性格悪くなるね?」

「そこは、策を褒めろよ!?」

 

 だが、クラーケンも学習している。

 ボートの進路を先読みし始めていたのだ。

 

 じりじりと逃げ場が減り、追い詰められていく。

 

「チッ、そろそろ時間稼ぎも限界か」

「イカって、こんなに長く獲物を追えるものなのかい?」

「知るか! さすがに、向こうも削れてるとは思うんだがな。このままじゃ、船体が持たんぞ!」

 

 まだか、まだなのか!?

 冷や汗が背中を伝い、さすがの僕も焦りを隠せなくなってくる。

 

 その時――。

 

「アスタ様、ご覧ください」

 

 操舵するリュスが、目ざとく見つけた。

 それは僕が待ちに待った、希望の合図。

 

「――ダムから、狼煙が上がりました」

 

 ついに、準備が整った。




毎日更新が難しくなりそうです。
リアルタイムで執筆していたので、お待たせするかもしれません。

===

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