【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第196話 空前絶後の大うつけ。烏より高く、烏賊よりイカす、飛べよイカサマー号。

 リュスの声に、僕の脳細胞は一気に沸騰。

 

「進路変更! 時間稼ぎは終わりだ、一直線にダムへと急げッ!」

 

 水没林に隠れ、時間を稼ぐ小細工はもうやめだ。

 このままじゃ、いずれは端に追いやられ潰される。

 

「だけど、アスタ! ここからダムまでは水深も深い、見晴らしがいいエリアだよ。そんな場所で直線勝負を挑むなんて、“どうぞ召し上がってください”と言うようなものじゃないか」

「わかってるよ、オノレ。……だからこそだ。奴に追いかけさせる、させなきゃならん!」

 

 安全に逃げ切るだけなら、迂回をすりゃいいかもしれん。

 だが、僕らには今、勝負するしかない理由がある。

 

 ヤバマーズが湖に沈む前に――すべての決着をつける!

 

「イカを釣りたいなら、餌をちらつかせるっきゃないだろ! 奴をダムまで誘い出すには、このルートを通るしかない!」

 

 僕は知っている。クラーケンは賢い。

 

「僕らが一番恐れるべきは――奴が追いかけっこを諦めることだ!」

 

 これ以上、浅瀬をちんたら逃げ回れば、奴はいずれ追跡をやめて深みへ潜り込んでしまうだろう。

 

 奴にとっての最強の勝ち筋。

 それは、のんびり湖の氾濫まで待つこと。

 一度、徹底的に守りに入られれば、もはや勝ち目はない。

 

「だから、このヤバマーズ・イカサマー号というボロ船が壊れる前に、奴の全力を引き出す必要があるんだよッ!」

 

 身体に流れるヤバマーズの血が、ここで日和るなと騒ぎ立てる。

 勝負に出ろ、と。崖っぷちからの大逆転を目指せと。

 

「だから、僕は行く」

 

 すると、眠る血脈を裏付けるように。

 宙に浮かぶサキオンが、高らかに笑った。

 

「クク、七代目よ。誠、その意気やよし。将に盤石に挑める戦無しッ! 後顧の憂いなき人生もまた無しッ!」

 

 サキオンが張り上げるのは、僕に呼応する熱き声。

 なにが、そんなに琴線に触れたと言うのか。

 

「民に飯を食わせたいがため! 天災にも等しき怪物に挑む、空前絶後の大うつけよ。――その笑える野心を貫き通せ。貴様という男の生き様を、(おれ)に見届けさせよッ!」

 

 僕は、船べりを叩いて答える。

 自然と、同じ笑みが浮かんだ。

 

 ふてぶてしい、自分が負けることなんて考えない笑み。

 

「……お前に言われなくても、やるに決まってんだろ。バーカ」

 

 ――ズブァァァァァンッ!!

 

 湖面が爆発、海魔クラーケンが急回頭。

 浅瀬の迷宮から脱した獲物を逃すまいと、巨躯をうねらせ浮上する。

 

 理論の天才、オノレは地図と地形から予測。指を差した。

 

「まったく、君はいつもこんな無茶をしてるのかい!? いいかい、あのポイントだ。あの水域で、一気に水を吸い込むはずだ」

「よぉし! オノレ、カウントを頼むぞ。リュス、こちらも第二形態準備ッ!」

 

 僕の指示に、リュスは頷く。

 

「はい、アスタ様」

「いいか。タイミングが遅すぎても、早すぎてもダメだ。……貴女の操作に命運がかかってる」

「わかりました。……必ずや、やり遂げてみせます」

 

 オノレの秒読みは、ウロコの疼きと見事にシンクロしていた。

 海魔クラーケンの気配が、次第に膨れ上がっていく。

 

(ヌフ)(ユイット)(セット)(シス)……」

 

 ズ、ズズズズズ……ッ!

 

 外輪が水しぶきを上げて回転、イカサマー号が波をあげて進む。

 そこへめがけて、ビリリッと飛ぶエネルギーの胎動。魔素を代謝する怪物が、僕らを睨みつける攻撃的な意志。

 

「……(ドゥ)(アン)(ゼロ)!」

 

 クラーケンが体内へ溜め込んだ膨大な水量が、一気に後方へ。漏斗から湖水が一気に噴射された。

 

 ――ブボォォォォォォォォッ!!

 

 大海の主が見せる、神速ならぬ魔速の突撃。

 だが、こちらも同時。

 

クラーケン式(・・・・・・)ジェット推進、開始しますっ」

「二人とも、ぜったい振り落とされんなよッ!」

 

 ――キィィィィィィィィィィンッ!!

 

 結晶の歌声が、悲鳴へと変貌。

 それは敵であるイカのジェット推進を模倣した、黒銀結晶(クロシュライト)によるウォータージェット。

 イカサマー号のシリンジに貯められた高圧水が、超臨界状態に達し。高密度かつ膨大な膨張エネルギーと化して一気に解放っ! 

 

 ドカンと揺さぶる衝撃。

 これまで経験したことがない、凄まじい重力が襲ってくる。

 イカサマー号の船首がガバッと跳ね上がり、水面をバウンドしながら猛加速。

 

「うぁああああああっ!? 壊れる! 船が壊れるよぉぉぉっ!!」

「オノレ、防護障壁を最大展開しろ! 船体がバラバラになるのを防ぐんだ!」

「やってるよっ! もう死ぬ気でやってるよぉっ!!」

 

 ミシミシッ、バキバキッ!

 木材、鉄板が悲鳴を上げる。河川用のボートが到底耐えられる速度ではない。

 

「頼む、もってくれぇええっ!」

 

 左手を船首に伸ばし、必死に水の抵抗を『三日月の刃』で切り裂き続ける。

 クラーケンの人知を超えた魔速に対し、イカサマー号は命を削る爆速で応戦。

 

 迫る、灰色の霧の先。すぐそこに壁が迫ってくる。

 天辺には、豆粒のように小さな人影がいくつも並んでいた。

 

「旦那様ッ! こちらです、こちらですぅぅっ!」

 

 猟兵たちが必死に旗を振り、巡礼冒険者ウーティス一行が武器を掲げている。

 顔を真っ赤にして叫ぶジルの姿。ドラクロワ男爵領から来た難民までが、祈るようにこちらを見つめていた。

 

 だが、その行く手を阻むように。

 

「アスタ様!? 魚人たちが……防衛ラインを築いています!」

 

 ダムの根元、ゾロゾロと這い出してきたのは、魚人の軍勢。

 十、二十、並ぶ魚人の瞳に、僕らのボートが映った。

 

「最終防衛ラインっ!? てか、巻き込まれて死ぬ気かよッ!?」

 

 どいつもこいつも、クラーケンの突進に巻き込まれれば肉片になるはずだ。

 なのに槍を構え、不気味な肉壁として進路を塞ぐ。

 

 退路なし。

 逃げ道など、どこにも存在しない。

 

 背後からは、猛追してくる海魔クラーケン。

 正面には、鎧の如き鱗を纏った魚人軍勢の肉壁。

 

「オノレ! ジャンプ台(・・・・)をつくれ!」

「ジャンプ台!? そんなのバカげて……――相転移、氷結術式ッ!」

 

 僕の狂気めいた命令に、オノレが銀細工の杖を振るった。

 

 イカサマー号の目の前、水面がバリバリ音を立て凍りついて隆起する。

 それはさながら、斜めに鋭く傾斜した――氷のジャンプ台。

 

「あとは、突入速度さえ足りれば――!」

「――アスタ様、ご無礼をお許しください」

「リュス、急になにを!?」

 

 リュスが、恢復聖剣レストラシオンを引き抜いた。

 

 ――スパァァァンッ!!

 

 操舵輪を足で固定したまま、流れるような動作で一閃。

 刃が、蒼白い軌跡を描く。

 

「只今、在ってはならぬ未来を……斬らせていただきました」

 

 ボートの両脇、推進用の外輪が根元から鮮やかに断ち切られ落ちた。

 それは、もはや加速の抵抗を増やすばかりだったパーツ。

 

「そうか! でかしたぞ、リュス! あとは……飛べよぉぉぉおおおッ!!!」

 

 左手のウロコが、一気に熱くなる。

 引き寄せ、そして――最大出力の『斥力』を、氷山へと叩きつけるっ!!

 

 ウォータージェットの噴射圧。氷の滑り台。ボートの軽量化。

 そして、僕の放つ異能の反発。

 

 すべてが噛み合った瞬間。

 ヤバマーズ・イカサマー号は、遂に天へと舞い上がった。

 

「――飛んだ!?」

 

 オノレの絶叫。

 かたや風に髪をなびかせ、可憐に微笑むリュス。

 

 僕らは空を翔け抜ける。

 唖然と。槍を掲げる魚人たちを見下ろし、ダムの天辺を目指して躍動。

 

 コンマ数秒。

 僕らのいた空間を、クラーケンが容赦なく蹂躙する。

 

 ――ドォォォォォォォォォンッ!!!!!

 

 氷のジャンプ台が、魚人たちもろとも粉々に砕け散る。

 だが、クラーケンの勢いは止まらない。

 いや、止まれるはずがないのだ。奴にブレーキなど存在しない。

 

 クラーケンは人知を超えた魔速のまま、無防備に――悠久なる古代エルフの大壁へと、正面から大激突した。




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