リュスの声に、僕の脳細胞は一気に沸騰。
「進路変更! 時間稼ぎは終わりだ、一直線にダムへと急げッ!」
水没林に隠れ、時間を稼ぐ小細工はもうやめだ。
このままじゃ、いずれは端に追いやられ潰される。
「だけど、アスタ! ここからダムまでは水深も深い、見晴らしがいいエリアだよ。そんな場所で直線勝負を挑むなんて、“どうぞ召し上がってください”と言うようなものじゃないか」
「わかってるよ、オノレ。……だからこそだ。奴に追いかけさせる、させなきゃならん!」
安全に逃げ切るだけなら、迂回をすりゃいいかもしれん。
だが、僕らには今、勝負するしかない理由がある。
ヤバマーズが湖に沈む前に――すべての決着をつける!
「イカを釣りたいなら、餌をちらつかせるっきゃないだろ! 奴をダムまで誘い出すには、このルートを通るしかない!」
僕は知っている。クラーケンは賢い。
「僕らが一番恐れるべきは――奴が追いかけっこを諦めることだ!」
これ以上、浅瀬をちんたら逃げ回れば、奴はいずれ追跡をやめて深みへ潜り込んでしまうだろう。
奴にとっての最強の勝ち筋。
それは、のんびり湖の氾濫まで待つこと。
一度、徹底的に守りに入られれば、もはや勝ち目はない。
「だから、このヤバマーズ・イカサマー号というボロ船が壊れる前に、奴の全力を引き出す必要があるんだよッ!」
身体に流れるヤバマーズの血が、ここで日和るなと騒ぎ立てる。
勝負に出ろ、と。崖っぷちからの大逆転を目指せと。
「だから、僕は行く」
すると、眠る血脈を裏付けるように。
宙に浮かぶサキオンが、高らかに笑った。
「クク、七代目よ。誠、その意気やよし。将に盤石に挑める戦無しッ! 後顧の憂いなき人生もまた無しッ!」
サキオンが張り上げるのは、僕に呼応する熱き声。
なにが、そんなに琴線に触れたと言うのか。
「民に飯を食わせたいがため! 天災にも等しき怪物に挑む、空前絶後の大うつけよ。――その笑える野心を貫き通せ。貴様という男の生き様を、
僕は、船べりを叩いて答える。
自然と、同じ笑みが浮かんだ。
ふてぶてしい、自分が負けることなんて考えない笑み。
「……お前に言われなくても、やるに決まってんだろ。バーカ」
――ズブァァァァァンッ!!
湖面が爆発、海魔クラーケンが急回頭。
浅瀬の迷宮から脱した獲物を逃すまいと、巨躯をうねらせ浮上する。
理論の天才、オノレは地図と地形から予測。指を差した。
「まったく、君はいつもこんな無茶をしてるのかい!? いいかい、あのポイントだ。あの水域で、一気に水を吸い込むはずだ」
「よぉし! オノレ、カウントを頼むぞ。リュス、こちらも第二形態準備ッ!」
僕の指示に、リュスは頷く。
「はい、アスタ様」
「いいか。タイミングが遅すぎても、早すぎてもダメだ。……貴女の操作に命運がかかってる」
「わかりました。……必ずや、やり遂げてみせます」
オノレの秒読みは、ウロコの疼きと見事にシンクロしていた。
海魔クラーケンの気配が、次第に膨れ上がっていく。
「
ズ、ズズズズズ……ッ!
外輪が水しぶきを上げて回転、イカサマー号が波をあげて進む。
そこへめがけて、ビリリッと飛ぶエネルギーの胎動。魔素を代謝する怪物が、僕らを睨みつける攻撃的な意志。
「……
クラーケンが体内へ溜め込んだ膨大な水量が、一気に後方へ。漏斗から湖水が一気に噴射された。
――ブボォォォォォォォォッ!!
大海の主が見せる、神速ならぬ魔速の突撃。
だが、こちらも同時。
「
「二人とも、ぜったい振り落とされんなよッ!」
――キィィィィィィィィィィンッ!!
結晶の歌声が、悲鳴へと変貌。
それは敵であるイカのジェット推進を模倣した、
イカサマー号のシリンジに貯められた高圧水が、超臨界状態に達し。高密度かつ膨大な膨張エネルギーと化して一気に解放っ!
ドカンと揺さぶる衝撃。
これまで経験したことがない、凄まじい重力が襲ってくる。
イカサマー号の船首がガバッと跳ね上がり、水面をバウンドしながら猛加速。
「うぁああああああっ!? 壊れる! 船が壊れるよぉぉぉっ!!」
「オノレ、防護障壁を最大展開しろ! 船体がバラバラになるのを防ぐんだ!」
「やってるよっ! もう死ぬ気でやってるよぉっ!!」
ミシミシッ、バキバキッ!
木材、鉄板が悲鳴を上げる。河川用のボートが到底耐えられる速度ではない。
「頼む、もってくれぇええっ!」
左手を船首に伸ばし、必死に水の抵抗を『三日月の刃』で切り裂き続ける。
クラーケンの人知を超えた魔速に対し、イカサマー号は命を削る爆速で応戦。
迫る、灰色の霧の先。すぐそこに壁が迫ってくる。
天辺には、豆粒のように小さな人影がいくつも並んでいた。
「旦那様ッ! こちらです、こちらですぅぅっ!」
猟兵たちが必死に旗を振り、巡礼冒険者ウーティス一行が武器を掲げている。
顔を真っ赤にして叫ぶジルの姿。ドラクロワ男爵領から来た難民までが、祈るようにこちらを見つめていた。
だが、その行く手を阻むように。
「アスタ様!? 魚人たちが……防衛ラインを築いています!」
ダムの根元、ゾロゾロと這い出してきたのは、魚人の軍勢。
十、二十、並ぶ魚人の瞳に、僕らのボートが映った。
「最終防衛ラインっ!? てか、巻き込まれて死ぬ気かよッ!?」
どいつもこいつも、クラーケンの突進に巻き込まれれば肉片になるはずだ。
なのに槍を構え、不気味な肉壁として進路を塞ぐ。
退路なし。
逃げ道など、どこにも存在しない。
背後からは、猛追してくる海魔クラーケン。
正面には、鎧の如き鱗を纏った魚人軍勢の肉壁。
「オノレ!
「ジャンプ台!? そんなのバカげて……――相転移、氷結術式ッ!」
僕の狂気めいた命令に、オノレが銀細工の杖を振るった。
イカサマー号の目の前、水面がバリバリ音を立て凍りついて隆起する。
それはさながら、斜めに鋭く傾斜した――氷のジャンプ台。
「あとは、突入速度さえ足りれば――!」
「――アスタ様、ご無礼をお許しください」
「リュス、急になにを!?」
リュスが、恢復聖剣レストラシオンを引き抜いた。
――スパァァァンッ!!
操舵輪を足で固定したまま、流れるような動作で一閃。
刃が、蒼白い軌跡を描く。
「只今、在ってはならぬ未来を……斬らせていただきました」
ボートの両脇、推進用の外輪が根元から鮮やかに断ち切られ落ちた。
それは、もはや加速の抵抗を増やすばかりだったパーツ。
「そうか! でかしたぞ、リュス! あとは……飛べよぉぉぉおおおッ!!!」
左手のウロコが、一気に熱くなる。
引き寄せ、そして――最大出力の『斥力』を、氷山へと叩きつけるっ!!
ウォータージェットの噴射圧。氷の滑り台。ボートの軽量化。
そして、僕の放つ異能の反発。
すべてが噛み合った瞬間。
ヤバマーズ・イカサマー号は、遂に天へと舞い上がった。
「――飛んだ!?」
オノレの絶叫。
かたや風に髪をなびかせ、可憐に微笑むリュス。
僕らは空を翔け抜ける。
唖然と。槍を掲げる魚人たちを見下ろし、ダムの天辺を目指して躍動。
コンマ数秒。
僕らのいた空間を、クラーケンが容赦なく蹂躙する。
――ドォォォォォォォォォンッ!!!!!
氷のジャンプ台が、魚人たちもろとも粉々に砕け散る。
だが、クラーケンの勢いは止まらない。
いや、止まれるはずがないのだ。奴にブレーキなど存在しない。
クラーケンは人知を超えた魔速のまま、無防備に――悠久なる古代エルフの大壁へと、正面から大激突した。
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