【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第199話 大怪獣と大綱引き。僕は無力を認めて、勝ちに走った。(後半)

「ええい、認めんぞ! ドラクロワ家の嫡男たる私が、なぜ、素性も知れぬ女の指図を受けねばならんのだ! 我が剣は、太陽の女神シャムスの正義のためにのみ――」

 

 リュスは、その形の良い眉をひそめた。

 あまりに流麗な動作。すらりとスリットから伸びた脚で――フェルディナンの尻を蹴り飛ばす。

 

「うぎゃぁあああっ!? 女、なにをするっ!!」

「この期に及んで、我が主人の命をこなせないと仰るのですか?」

「…………いや、そういうことでは、なくてだな」

「わたくしはあなたよりも強く、そして、速い」

 

 煌く聖剣、底知れぬ暗渠(あんきょ)の闇。紡がれる声は静か。

 

「これ以上、戦列を乱すおつもりならば、まずその手足を切り――」

「わ、わかった! いや、その……承知、いたしました……っ」

 

 威勢の良さはどこへやら、フェルディナンはすぐに屈した。

 周囲の猟兵(シャスール)まで怯えて、ゴクリと唾を呑み込む。

 

「わかればよろしいのです。――総員、対魚人兵装を投擲、その進行を妨害せよ! 僻地の覇者は、我々だと教えてやりなさい!」

 

 リュスの声は、どこまでもよく通る。そして、あまりに華麗に映える。

 兵を従わせるには良き声、従いたくなる姿でなければならない。

 

「へいっ! 野郎ども、旦那の特製〝目つぶし玉〟をお見舞いしてやれぇ!」

 

 猟兵(シャスール)たちは実に従順。近づいてくる、魚人(サハギン)たちへ向け投擲。

 

 ドカンと弾ける音、もうもうたる粉煙が炸裂。

 その粉塵の主成分は、石灰窯で焼成された生石灰。即ち、酸化カルシウムの粉末である。このありふれた物質が、凶器へ化ける条件はただ一つ。

 ――水分に触れること。

 

「ギィ、ギャアアアアアアッ!?」

「シュグァァァッ! ギヂ、ギヂィッ!!」

 

 耳を塞ぎたくなる絶叫。

 魚人の表面を覆う、濡れそぼった粘液。そこに粉末が付着した途端、猛烈な放熱反応が起きた。外皮がみるみるうちに焼き爛れていく。

 

 瞼の無い眼球、露出したエラはもっと悲惨だ。

 眼球の粘膜を生きたまま灼かれ、エラから気道にかけて、内部から熱傷を負う。想像を絶する激痛、魚人は血泡を吹いて、のたうち回りながら痙攣した。

 

「す、凄まじい! こんなものが、水辺の魔物に効くとは……っ!?」

「感心している暇はありませんよ、ロダン。敵の歩みが止まりました、皆の者、間合いを詰めて各個撃破を!」

 

 先陣を切ったのは、墨色髪の冒険者ウーティス。

 

「へえ、生石灰の粉塵か。確かに海戦じゃあ、たまに見かける手口だが……随分と、エグい手を使うものだな、ヤバマーズ家の男爵殿は」

 

 誰も理解できないことだが、アスタがこのアイデアを思い付いた原因。それは地下墓にて、石灰が乾燥剤として使われたのを見たから、である。

 

 さておき、ウーティスが構えるのは、長大な鉤付き薙刀(フォシャール)。

 一歩で、三間を制する槍捌き。悶える魚人の喉へ、電光石火の突きを繰り出す。

 

「――さあて、思い切り遊ぶとしようかね」

 

 直後。柄を鋭く半回転、背面の逆鉤をエラ蓋に引っ掛けた。

 そのまま自重と遠心力を利用。メキメキと首筋から胸にかけて、汚汁をまき散らしながら引き裂く。

 雑草を刈るように、敵を次々刎ね飛ばす。一見すると、自由奔放な乱戦法。

 

 だが、彼に率いられた冒険者たちも、誰一人孤立しない。

 視線を交わすことすらなく、互いの死角を塞ぎ、流水の如く位置を替え、寄せては返す波のように敵軍を包み込んでは撃破していく。

 

「第二列、槍衾を維持しろ。無理に踏み込むなよ、踏み込まれたら突いて転がせ。転んだ奴から、確実に頭を潰していけばいい」

 

 ウーティスは鉤付き薙刀(フォシャール)で先陣を崩しては、後続の味方にトドメを任せる。忍び寄る気配を察知すれば、長柄の刃で迎撃ラインを調整。

 一介の冒険者には為しえぬ、百戦錬磨の風情がそこにあった。

 

 そして、蹴り飛ばされたフェルディナンも、また勇猛果敢に戦った。

 

「はぁぁぁっ、我が奥義を受けて見よ! パラード、リポストっ!」

 

 見事な太刀筋、まさに正統剣術の模範。

 装飾の施された肉厚のサーベルが、攻撃を受け流し(パラード)、最短での踏み込みで返す(リポスト)。

 

 ――シィンッ! ザシュッ!

 

 鮮やかな切断音。

 だが、その背中に、難民たちから冷ややかな視線。

 

「ケッ、お貴族様が今さら、オラたちを守ってるつもりだべか」

「あのギラギラした剣で、女子供まで切り捨てる気だった癖に……」

 

 侮蔑に満ちた声が、フェルディナンの耳を打つ。

 

「なんだと……!? あの恩知らずの裏切り者どもめ。今まさに命を守られておきながら、感謝もせぬとは!」

 

 フェルディナンには、農奴を見捨てたつもりなどない。ただ、優先順位を〝少し後回し〟にしただけなのだ。

 領地を危機に晒すよりは、断然、正しかった。浅はかな農奴たちが、畑を荒らす魔物に挑み、自滅したに過ぎない。少なくとも、彼はそう思っている。

 

「いいや、耐えるのだ、フェルディナン! 私が剣を振うのは、太陽の女神シャムスへの禊ぎのため! 忘恩の下民であっても、救ってやるのが武徳である」

 

 要するに、フェルディナンはこれっぽっちも反省も改心もしていない。逃亡農奴など、心底気に食わないし、出来れば顔も見たくないのだ。

 それでも、今、見捨てれば貴族の名折れだとは思う。この苦難の旅とて、女神の怒りから故郷を救うための試練と受け入れられる。

 

「女神シャムスよ照覧あれっ! 我こそは邪悪を断つ、一振りの剣なり!!」

 

 数奇な運命だ。結局、互いにわかりあうこともなく、嫌悪し憎みあったまま。

 かつての支配者は、命をかけて逃亡農奴たちを守ると決めたのだった。

 

「へえ、筋がいいこった。華やかな王都の人気剣術も、戦場でまともに使えりゃあ大したもんだぜ」

「おお、ウーティス殿。さすがは我が女神の導き!」

「……別に、オレがそう名乗った記憶はないんだが」

 

 そして、その防衛線の中心。

 ひときわ凄まじい破壊を巻き起こす巨漢がいた。

 

「ふんぬらばぁぁぁぁッッ!! 聖王の御名において――悪鬼粉砕ッ!!」

 

 もちろん、聖騎士ロダンである。振るうのは、いつもの無骨な大剣。

 押し寄せてきた魚人を、三体まとめて、構えていた盾もろとも粉砕。原型留めぬ肉塊に変えながら吹き飛ばす。

 

「いいから、吾輩に寄るなぁぁああッ! 頼むから、ヌメヌメした生臭い身体を近づけるなぁぁぁッ!!」

「――見事な戦いぶりです」

 

 リュスが戦場を疾駆、的確に遊撃の太刀を振るう。

 彼女自身は、軍を率いた経験などろくにない。淑女として、戦術論など学んだことすらないのだ。

 

 だが、彼女の下に集った者たちはどうだ。

 

 狡猾に戦況を支配する、ウーティス。

 隙のない正統派剣術を繰り出す、フェルディナン。

 戦車に匹敵する突破力を持つ、ロダン。

 

 彼らは全員、指揮官としても機能し得る超人たちだ。

 

 故に、リュスは自身が為すべき役割を、こう判断した。

 

「わたくしは、覇気ある象徴として戦場に君臨します。アスタ様を勝利に導かんがために、あの御方のように」

 

 彼女にとって、胸に描く唯一無二の手本――それこそが、アスタ・ド・ヤバマーズ。その人であった。

 そうして、激しい血煙舞う今もなお……リュスは実戦にて、むさぼるように戦術を学んでいる。

 

***

 

 クラーケンは、死に物狂いだ。

 

 漏斗から水を噴射しようにも、両脇の吸水口までもが、スライムに塞がれている。七本の鎖に翻弄され、弱々しい水流を放っても、なんら意味をなさない。

 ゆっくりと確実に、逃れ得ぬ処刑台――ダムへ手繰り寄せられていく。

 

「引けぇぇぇえええッ! あと一歩、あと一歩だ!」

 

 空回りし続ける、暴威。極度の酸欠に喘ぎながらも、虚しい抵抗をやめない。

 己を死へと運んでいく七本の鎖に、〝まだ死にたくない、まだ死にたくない〟と身を震わせて主張している。

 

「――哀れだな」

 

 僕の口を突いたのは、そんな言葉だった。

 

「「「せーの、せぇええぇぇぇッ!!」」」

 

 男たちが血肉を絞る。

 手の皮がベロリと裂け、血が滲もうとも誰も勢いを緩めない。

 

 ズズズズズズ……ッ!

 

 ついに、海魔クラーケンは壁に引き寄せられた。

 内臓をぐちゃぐちゃに潰されながらも、まだ死んでいなかった。しかし、自慢の再生力はまともに機能していない。

 酸素だ。呼吸を断たれたことで、細胞を回復させるコストが支払えなくなっているのだ。

 

 クラーケンの黄色い眼球が、ぐるり。

 確かに、僕を強く睨んだ。

 

「キュ……ルルルルルッッ……ッ!」

 

 搾り出された、怨嗟と激痛が入り混じる悲鳴。浴びせられた、憎しみ。

 激突によって千切れた触手のうち、辛うじて残っていた触手が跳ね上がる。

 

「うわっ!? まだそんな力が残ってやがんのかッ!?」

「ひ、ひぃぃぃっ! 触手が、触手が這いあがって来るべぇぇッ!」

 

 迫る悪夢、民が恐怖に顔を引き攣らせた。鎖を握る手が緩みかける。

 無理もない。普通の人間は、こんな怪物を相手に死闘を繰り広げない。

 

「持ち場を離れんなっ、逃げた奴は頭カチ割るっすよ! ほら、トドメ用の樽を持ってくるっすっ!」

 

 すかさず、ジルが怒鳴りつけた。

 ああ、ちゃんとジルは〝必要ならそこで死ね〟と民に言ってくれた。僕の代わりに、指揮官として。

 

「アスタ、心配しないで。もし危なくなったら、俺が何とかするよ」

 

 オノレもまた、そう告げる。

 

 僕は無力な人間だ。認めよう。

 だから、任せた。だからこそ、目の前のことにだけ集中できるのだ。

 今ならば恐ろしいほど、殺意の軌道が読める。

 

(来る。これから巻き上げ機を破壊するために二本、そして、もう一本が僕を潰しに飛んでくる)

 

 左手に、三日月の刃を収束。もう片方の手には、狩猟刀。

 伸びて来る触手に対し、透き通る極薄の刃はあまりにもか細い。

 

「悪いな、クラーケン。僕には、急いでやることがあるんだ。さっさと殺して――洪水を止めに行く」

 

 ふわりと浮かぶサキオン、彼から伝わってくる。

 歴史の闇に埋もれた、戦争すら止めた英雄の技、その数々が――。




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