【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第200話 前座が終わり。そして、世界が塗り替わる。

 キィィィィィンッッ!!

 

 その一撃、ふわりと触れたのは――狩猟刀。

 刃の傾斜、手首と膝の柔らかな脱力。空中で回転しながら、弾く。

 

(僕は呼ぶ。〝ヤバマーズ流、無駄に素早い身のこなし〟と。今日までは、そう呼ぶことしか出来なかった)

 

 その極意は、死をなぞり往く極限曲芸。未熟ながらも、修めたのはその身体捌きと呼吸法だけ。

 遡れば幼少期、父上からたたき込まれた体術。

 

(――なのに、どうしてだろう? サキオンの技は、これまでの動きにしっくり馴染む)

 

 スパァァァァァンッ!!

 

 澄み切った一閃。

 

「――ぬぁっ!? クラーケンの触手が真っ二つでねえかっ!?」

 

 民衆から、驚愕のどよめき。

 まき散らされた体液。触手が輪切りにされて、ドスンと落ちる。

 

「七代目よ。怪物を狩る技芸は、避(さ)ると表裏一体。目指すは合理、斬れる斬れたは結果に過ぎぬ。それこそがヤバマーズの剣法と知れ」

 

 幻影(ファントゥム)の腕、足が、身体が、僕と重なる。

 

 羽毛のように、ふわりふわり。柳のように、ふらりふらり。

 三日月の刃が、触手の表面を撫でられるよう、狙いを定め飛び跳ねる。

 

 逃げまわる足掻きが、紙一重、避(さ)ければ、裂(さ)けるへ転じた。

 

 無論、タイミングを外せば死ぬ。

 だが、ウロコの導きは、どこまでも確か。

 

(思えば、同じく父上から受けたはずの剣術稽古は、この動きとまったく一致していなかったな……?)

 

 お陰で、弟イリリクにも、幾度となく打ちのめされ続けた。

 ちぐはぐだった、僕のこれまで。

 

 だが、今は――そのバラバラだったはずの動きが合致する。

 

 そこで頭上から降ってきた、鋭い叫び。

 空を旋回する、一羽のフクロウ。オノレの使い魔だ。

 

「アスタ、守れっ!」

 

 狙われたのは、民と砲。

 半狂乱、クラーケンも必死だ。生きるために、最後の力で壊そうとする。やらせる訳にはいかない。

 

「でも、間合いが遠い。僕の剣が届かない!」

 

 駆られる焦燥、左手のウロコがビリリと知らせた。

 それは、銀の触媒杖(タクトゥス)が振るわれる気配。

 

 ――パキパキパキィィィンッ!

 

 踏み込みに合わせて、分厚い氷壁がどんどん出現。

 親友(とも)が構築した、氷結術式。

 

「オノレ。お前は最高だぜ、ちくしょうっ!!」

 

 阿吽の呼吸。僕がどこに足を置き、どこへ跳びたいのか、歩幅、踏み込みの速度、跳躍の角度――あの若き天才はすぐさま計算したのだ。

 

 蹴る、加速して飛ぶ。一気に、上空へと身を躍らせる。

 眼下、巨大な触手が、砲と民たちを叩き潰そうと迫っていた。

 

「させ……るかぁぁぁぁぁッ!!」

 

 民を守れずして、何が領主か。

 右手の狩猟刀、左手の魔刃が交差。繰り出すのは、渾身の一閃。肉を断つ斬撃ではなく、軌道を逸らすための――束ねられた斥力。

 

 ――ズドォォォォン!

 

 炸裂する衝撃。迫る触手は、明後日の方向に吹き飛び、叩きつけられた。

 

「ひぃぃっ!?」

「おい、コラァ! 男が情けねえ顔して、ボケッとしてんじゃねえっすよ。バカ大将が命張ってる間に、さっさと流し込めっ!」

 

 防戦の合間、追い立てるジル。

 樽を抱えた男たちは、恐怖に震え、悲鳴を上げながら断行。

 ダムの天端から、ドボトボと流し込まれる濁った液体。ツンとする刺激臭。

 

「キュ、キュゥゥゥゥウーーッ!!?」

 

 直後、クラーケンの皮膚が不規則に隆起した。

 内部から、殴りつけられたかのように、肉が膨れ上がり……パァァンッ!

 血肉が四散。白煙と毒ガスを吹き出しながら、組織が破壊されていく。

 

「たらふく腹いっぱい食えよ、クラーケン。そいつが我が領、自慢の名物だ」

 

 流し込まれた液体、その正体は……白骨茸の廃水。

 

 本来、こんな巨獣にぶっかけたところで、大したダメージになるはずもない。湖でやっても希釈されて終わるだけだ。

 

 だが、今のクラーケンは条件が違う。

 事前に浴びせられたスライムと、その粘素(ムチン)。双方がべっとり貼り付いている。

 身体の表面もズタズタ、傷だらけの死に体状態。

 

「強大な魔物であるお前の体内には、それはそれは膨大な魔素が貯め込んであるんだろうな。だがな……それすらも、お前の弱点だ」

 

 白骨茸の廃水は、魔素を濃厚に含んだ血液、臓物と化学反応を起こす。

 不沈なる海の悪魔よ、毒を喰らえ。粘液(ムチン)に抱かれ、化合されて死ね。

 

 どくん、どくん。

 

 焼けただれ、皮膚がただれ落ちた外套膜の奥深く。

 ダムとの激突で、既に破裂した主心臓の代わり。辛うじて、命を繋ぎとめていたのは――二つの鰓心臓。

 そこへ、廃水が侵食。壮絶な熱量と共に、黒銀結晶(クロシュライト)を精製しながら――命が焼き尽くされていく。

 

 悶えた、苦しむ。黄色い目玉から、失われる光。

 悪名高き海魔、その心臓が――ついに黒く輝く結晶となった。

 

「……勝った、のか?」

 

 誰かが、掠れ声で呟いた。

 猟兵(シャスール)の誰かだったか、農奴だったか。

 

 湖畔に、ぷかぷか力なく浮かぶ肉塊。

 

「うおおおおおおっっ!!」

「倒したぞ! でっぇぇバケモノを、本当に倒しちまったぞぉぉぉっ!!」

 

 上がる歓声。

 男たちが抱き合い、帽子を放り投げ、血豆だらけの手を突き上げる。

 

 残る魚人(サハギン)たちは後ずさり、水へと没するように姿を消していった。

 

「ふぅ……僕が、だから言ったろ。イカ野郎を料理すんのは、ただの消化試合だってさ」

 

 クラーケンを殺す方法なら、時間さえあればいくらでも捻りだせる。

 大海原では不可能でも、ヤバマーズ領でなら、な。

 

 僕は堂々と狩猟刀を掲げ、沸き立つ群衆に応えた。

 

「旦那様万歳っ! ヤバマーズ万歳ぁぁぁいっ!!」

 

 勝ったら勝ったで、格好つけるのも統治者の仕事。

 

 とは言ったものの、ムチャな動きをしたせいで、へたり込みそうだ。

 それでも、何とか堪えた。足の調子もかなりマシになったが、さすがに長丁場はキツい。

 

「アスタ様、お怪我はございませんか? お身体は――」

「大丈夫、大丈夫だよ。ほら、擦り傷くらいさ」

 

 リュスが、優しく額の汗を拭ってくれる。

 すごく冷たい手、熱くなった身体に心地いい。

 

「オノレ、魚人どもはどうなった?」

「間違いなく、退いたね。……まあ、この後、黙って見てるって保証もないけど」

「まあ、そりゃそうだな。かなりの数を削ったみたいだけど……」

 

 残った敵の数まではわからないが、邪魔をされれば面倒。

 今日の正午を過ぎれば、湖が溢れ出すはずだ。破滅のタイムリミットは、迫っている。

 

「んじゃ、ジル。潜水樽の準備は?」

「……アスタ先輩、こんなガラクタを本気で使う気なんすか?」

「当たり前だろ、僕らは水門の操作盤を探してんだから! クラーケン退治なんて前座だ、前座!」

「相変わらず、正気を投げ捨ててるっすね……」

 

 そこにあるのは、ガラス窓付きのオーク樽。重りを付ければ沈み、外せば浮き上がるだけのシンプル極まりない作り。

 しかし、黒銀結晶(クロシュライト)を使った溶接加工技術があるからこその、リベットに頼らぬ、強度の高い密閉仕様だった。

 

「空気の供給は無理だったが、それでも、三十分程度なら持つ。作業用に、手足を樽から伸ばすこともできる。ふははは、今回はヤバマーズ産の樽が大活躍だな!(何しろ、木材加工が主産業)」

 

 ウーティスは鉤付き薙刀(フォシャール)を担ぎ、興味ありげに見つめて来た。

 

「へえ、クラーケン退治は通過点で、本命が潜水樽だってか? はあん、さてはこいつ、予想以上に面白い男だな。……彼女が夢中なのもわかる」

「ウーティス殿まで何を仰る。私も、アスタ男爵の力量は認めるが……」

 

 フェルディナンは、沸いた空気に顔を歪ませる。視線の先には、かつての臣民、逃亡農奴たちだ。

 なにやら複雑な感情が渦巻いてそうだが、まあ、血を見る揉め事にならなかったなら、どうでもいいや。

 

「よし、リュス! 留守を頼むぞ。僕はちょっと、湖の底を覗いてくるから」

「アスタ様、わたくしも同行いたします!」

「いや、貴女は――」

 

 言いかけた、まさにその時。

 

 ――バリッ。

 

 左手のウロコが、これまでとは違う脈動を刻む。痛みとは違う。

 殺意でもなければ、危機でもなく。逃げられるものでも、避けられるものでもない波動。

 

 あえて、その恐ろしい感覚を言葉にするならば――。

 

「世界が……塗り替えられてる、みたいな……?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!

 

 突如として、大地が鳴動した。

 いや、震えているのは大地ではない。足元の巨大ダム、そして、目前に広がる広大な湖。

 

「されば、時は尽きたり。七代目よ、事が及ぶより前に、悪しき刻限が定められていたようだ」

「サキオン、それはどういう……っ!?」

 

 オノレの顔色が変わった。血相を変え、湖を凝視。

 

「魔力反応……? 違う! 馬鹿な、こんなデタラメな出力、クラーケンどころの騒ぎじゃないっ! 湖の底から、何か途方もないものが上がってくる!!」

 

 大渦潮が巻き起こり、湖をかき混ぜる。

 その中心は、古地図に記されていた、あの謎のランドマーク。湖底遺跡が存在するはずの、まさにその水域。

 そこを突き破ったのは、漆黒の触手。

 

 クラーケンの再来か? 否、それは――あまりにも、あまりにも巨大すぎた。

 

 ダムからの、この距離でも分かる。吸盤ですら、村民の家屋サイズ。

 それが、一本、二本、三本……天に逆らう巨塔の如く、湖のど真ん中から次々生えていく。

 灰色の空が、漆黒へと塗りつぶされ。暴風が吹き荒れた。

 

「こんなの、嘘です……。わたくしたちは……勝ったんじゃ……」

 

 リュスの唇から、絶望が零れる。

 

 誰もが悟った。潜水樽では、もう解決できない。




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