チリッ! 左手のウロコが不吉を知らせる。
「おい! こいつら――動くぞっ!」
僕が警告を発すれば、聖騎士ロダンは大剣を、
最初に立ち上がったのは、ゴブリンの死骸だ。
「グガァアア……ッ!」
喉元を突き破って咲いた大輪のタンポポが、頭部を無理やり引き上げ、四肢を不自然に躍動させた。
それだけではない。
……その頭に、大きなタンポポを生やして。
「ふんぬぅッ!」
ロダンが振るった大剣が、先頭の群れを両断した。
すると、千切れた上半身から緑色の樹液が噴き出し、断面から蔓を伸ばして絡みつこうと
「むぅぅ、なんと面妖な!」
「下手に触れんなよ! 危ないぞっ!」
僕も狩猟刀を叩きこむが、手ごたえが異様に重い。植物の束が、強靭に編み込まれている。って、こんなのよく斬れるな!?
「信じられぬ。これは……
「アレよりは、断然わかりやすい。動物の
「タンポポが、かっ!? 植物が、意思を持って動いているというのか!」
「意思があるかは知らねえよ! ったく、死体の再利用なんて、たいした節約術だ! まさかタンポポが、僕の研究の先をいってるとはな。マジウケるぜ!」
ピキ、ピキピキッ、とヒビ割れるような異音が、漏れだしている。
死体の内部に張り巡らせた茎や根が、無理やり骨格を動かしているせいだろう。
「ですが、逆に言えば……媒介となる
リュスの聖なる剣が、迷いなく魔物の関節を断ち切っていく。
「いやいや、痛覚どころか、手足落としても這い寄ってくるとか厄介すぎるだろ!」
僕は呆れて、悪態をついた。
が、聖騎士ロダンの反応は違った。
「おい、男爵。コヤツらを殺し過ぎたら、問題はあるか」
「えっ? ……血も内臓も、植物に置き換わってるみたいだし。別に、ない、かな?」
「要するに、ひたすら叩き潰してよいのだな。ならばよい」
なに言ってんだ、コイツ?
すると、ロダンは雄たけびと共に突撃した。
「ぬぉぉおおっ! 悪魔滅殺っ!」
戦車のごとき豪快な立ち回りで、魔物の群れを次々と粉砕していく。
「フフフフ、ハハハッ! 吾輩に流れる『
うわぁ、コイツ本当に人間かよ。聖騎士って、人間やめてるんだな。
このまま、押し切れる――そう確信しかけた、が……。
「アスタ様、空を見てください。あれは、何……?」
リュスは、上空を捉えていた。
霧の向こう。ふわ、ふわ、と。
空を舞う綿毛が、爆発的に増えていた。
雪のように。祝福を授けるように。
「綿毛? いや、待て――」
サイズがおかしい。一つ一つが牛の頭ほどもある巨大な塊、明らかにデカすぎだった。
白く、美しく、重々しく。
空を埋め尽くすように、一つ、また一つと、森の深部から運ばれて、今まさに舞い降りる。致命的な密度で。
「いやぁぁああああっ!?」
唐突に、リュスが絶叫した。突然、剣を投げ出し、頭を抱えて取り乱している。惨劇を今まさに目撃したかのように。
……理解不能だった。
「死ぬ死ぬ死ぬっ!!?
「ど、どうした!?」
「アスタ様っ、逃げて! 絶対に触れてはなりません! この綿毛は――動物を栄養源とする捕食兵器ですっ!」
なぜ、そんなことがわかる?
リュスが断言できる理由は不明だが……僕のウロコも、コレが危険だと叫んでいた。
「ロダン、退けっ! 囲まれるぞ!」
「……? 何だ、ただの綿毛ではないか。このような軟弱なものが捕食――」
今まさに戦っていたロダンは、一歩遅かった。
先行していた一個の綿毛が、ふわりと肩に着地。鋭い根が射出され、金属鎧を紙のように貫通、ロダンの肉へと深く食い込む。
「ぐ、おぉっ!? 吾輩の、肩がァッ!」
ロダンは、強引に綿毛を引き抜こうとするが……。
「ぐっ、抜けんっ!」
綿毛の弾幕が、僕らを上空から包囲。ゆらりゆらりと、逃げ場を塞ぐように降り注ぐ。
左手のウロコが、ピリリと鋭く知らせた。
(マズい、こいつら……僕を狙ってる!?)
オノレの不吉な予想が的中した。
空中に舞う綿毛たちは、僕を『最高の肥料』とでも認識しているように、不規則な軌道を描いて殺到してくる。
「おいおい!? 僕に花を植えるのは、せめて墓に入ってからにしろよ!?」
タンポポゾンビは、綿毛にやられた成れの果てってか?
生きたまま植木鉢にされるのはゴメンだぞ!
「おい、一度逃げるぞ! 分が悪いっ!」
「しかし、この状況では――」
「こっちに来るなっ! いやだ、来ないでぇっ!」
肩を押さえ苦悶する聖騎士ロダン。恐慌状態のリュスも、綿毛を必死に斬り払うが……。
このままでは全員、タンポポ畑の肥やしになっちまう。
(やるしかないのか。理屈も出し方もわからなかった、あの力を今っ……)
左手のウロコから、小さな閃光が芽吹く。
シチュエーションは最悪だ。だが、材料は揃っている。
『大気中の魔素を、刃状に収束させたんじゃないかな』
脳裏をかすめるのは、オノレの仮説。
転がる死骸、放たれた綿毛、これらを引き起こした存在の強大な気配。
そして、辺りを包む乾いた霧そのものに――僕は魔素を感じていた。
「こんなところで……死んでたまるかぁあああっ!」
僕は、左手を天へと突き出す。
現状を打破しろ。この詰んでる、クソみたいな現実をひっくり返せ! 出でよ!
――スパァァァアンッ!!
「ロダン、リュス! 僕が道を切り開くっ!」
降り注ぐ絶望も、乾いた霧をも切り裂いて。
「タンポポ如きが、僕の研究を先越してんじゃねえよっ!」
……今ここに、三日月の刃が顕現した。
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