横一閃。
三日月の刃が空を裂けば、霧が渦を巻き。殺到していた綿毛たちが、バチンバチン、と弾け飛ぶ。
「……なるほど、こういうことか」
周囲、半径三歩の間合い。綿毛の軌道が歪む。
見えない坂を転がるように、一度僕の左手へ引き寄せられてから――凄まじい斥力で弾き出されているのだ。
吸われて、散っていく。
「お前ら、僕の傍を離れるなよ!」
今、最も安全なのは“僕の背後”だ。
前面は、最高に危険。綿毛は、明らかに僕を優先して狙ってるからな。皮肉にも、そのおかげでロダンやリュスへの降下密度が劇的に減った。
「――僕が、みんなの盾になってやる!」
「男爵っ!? 貴公、一体何をしているのだ!」
「磁場流を作ってるんだよ! ……たぶんな!」
左腕が、じわりじわりと疼き続ける。
透き通る刃へと霧が集中。糸のように絡みついては、刀身の形状を鋭く研ぎ澄ませていく。
(刃が魔素を吸っているのか。だが、これ――長くは保たないっ!)
ウロコの導きに従う。一番、流れ込む殺意が薄い穴を探す。
「一点突破だ、ロダン。こっちを抜けるぞっ!」
「ぬぅ、心得た!」
三日月の刃を、薙いだ。
手応えはない。だが、その軌跡に触れた綿毛はパァンと霧散する。
すかさず、ロダンは片腕で大剣を振るい、立ちふさがるタンポポゾンビ共を跳ねのけた。
「あの死の
「リュス! お前もいつまで震えてやがる、やる気を出せっ!」
ベールの隙間からのぞく瞳は、依然として絶望に塗りつぶされている。
この女に何が見えているのかは知らない。だが。
「死ぬとか全滅するとか、勝手に決めんな! この地の主は僕だ。だから――誰がいつくたばるかは、僕が決める!」
「……アスタ様」
「いいから、僕の背中だけを見ていろ!」
ウロコが疼く。右、左、上っ!
腕をかざせば、死の綿毛が刃に吸い寄せられる。
感覚が告げるすべての殺意を、僕は三日月の刃で空間丸ごと斬り捨てて、強引に道を作る。
(狭くていい。一瞬でいい。ここを通り抜けられれば――っ!)
駆け抜けていくさなか、背中を強く押された。トンッ!
「えっ!? リュス、何を――」
僕がよろけた途端、嫌な、生々しい音がした。
――グチャリ。
リュスの左肘から先。
そこに、牛の頭ほどの巨大な綿毛が食らいついていた。
「……あ……ぁ…………ふ、ぅ……」
射出された根が、細腕の皮膚を、筋肉を、骨を。聖布ごとズタズタに引き裂き、急速に侵食していく。
「リュス!?」
「平気です、
痛みを堪えるリュスは、剣を握り直すと、
「はあ!? お前、何やって……!」
「……さあ、行きましょう。止まれば、無駄になります」
腕を一本切り捨てておいて「さあ行きましょう」だと!?
凄絶さに思考が止まりかけたが、左手のウロコが暴れるように脈動し、僕を現実に引き戻す。
「尋常じゃなく強力な……何かが迫って来る気配っ!? クソっ、急げっ!」
「無論だっ!」
「はい。あなたの背中を……見失いはしません」
僕はひたすら刃の磁場に巻き込んでは、綿毛を弾き飛ばした。霧の層が、わずかに薄くなる。
「あそこを抜けるぞっ! 全力で走れぇええっ!」
残った力を振り絞るように、最後の大振りを放ち。
僕たちは、もつれ合うようにして、たんぽぽ地獄から這い出した。幸い、魔物も追ってこない。
「はぁ、はぁ……っ! 死ぬかと思った……」
霧から離脱すると同時に、三日月の刃が霧散。猛烈な虚脱感が襲う。
「男爵、無事か」
ロダンが手を貸そうとしてくる。見れば、肩に刺さっていた綿毛は、不自然に枯れ落ちていた。
「それは……」
「ああ。『
「それはよかったな。――って、それより、リュスっ!?」
慌てて、リュスに駆け寄る。当然、左腕の先がない。
「お前……腕、腕がっ! 僕を庇ったせいで」
「……問題、ありません」
「問題ないわけないだろ! 腕だぞ、一生治らないんだぞっ」
「治ります」
「――え?」
絶句する僕。
聖騎士ロダンがため息をつく。
「リュスにも、
「……そんなことある?」
「だからと言って、傷ついて欲しい訳ではないのだが。特にリュスは……」
どこか言いづらそうにする、聖騎士ロダン。
リュスは青白く揺らめく、剣を抱きしめてみせた。
「わたくしには、この
「
「……どんな損傷を負っても、死にさえしなければ、また戦えるのです。そのための
見れば、リュスの傷口から淡い光が漏れ、早くも肉が盛り上がり始めている。
(マジで、なんだこいつら。聖王教会の技術って、そこまで人体の限界を逸脱してるのか?)
これじゃ、早々死ぬことすら許されない。
僕は、頭を振った。
「なんにせよ、これで作戦会議の必要が出たな。……魔物たちが里に降りてきたのは、きっと、あのタンポポに追い立てられたせいだ」
そりゃ、あんなのがいたら
ふと、森の奥から、笑い声が聞こえた気がした。
「……なんだ。ありゃ」
思わず、間の抜けた声が出た。
霧の海に浮いていたのは、巨大な綿帽子。
数百数千のタンポポの冠毛を丸めたような、純白で柔らかな球体。
だが、そんな球体から、ぶらり、ぶらりと。
しなだれる根が、不気味なシルエットを描いて揺れている。
絡み合い、
「……人間、なのか?」
手足の先も曖昧な、ヒトを模した根の塊が、雲のような球体に吊るされて浮いていた。
ぶらり、ぶらりと。
「カエッチャウノ、オニーチャンタチ? ……アーア、ザンネンネ」
そいつは、かつて人間だった頃の名残を、残酷な声にだけ留めていた。
「オニーチャンタチ……マタネ」
魔物化した人間、即ち――魔人。
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