「若様っ! いかがされたのですか、その泥まみれの格好は……!」
ほうほうの
「それに、リュス様の腕がっ、腕がああああっ!」
「うるさいぞ、ゲロハルト。……腕ならそのうち生えてくるらしい。騒ぐ暇があるなら、温かい湯と大量のメシを用意しろ」
ゲロハルトを宥めつつも、僕はリュスをソファへ座らせた。
リュスは、ただ
「はあ、お食事でございますか? 手当ではなく?」
「そうだ。教会の叡智を以てしても、欠損の復元には栄養が必要なんだとさ」
「左様ですか。むむむ、備蓄に精のつくものはあまりなく……」
ゲロハルトは厨房へと駆けていく。
ああ見えて従軍経験のある老人だ。一度方針が決まれば、テキパキと準備を進める辺りは流石というべきか。絶対に褒めてやらないけど。
「……大丈夫か。リュス」
「はい。……申し訳ありません、ご迷惑を」
見れば、断面には既に骨の芯らしきものが形成されつつあった。驚異的な再生速度だ。
「マジかよ。本当に
「……ご不快、でしょうか」
「いや。死ぬよりはマシだし、正直、羨ましいくらいだ」
「……羨ましい、とは」
リュスは、何か言いたげに唇を震わせたが、結局は黙り込んだ。
本来なら失神していてもおかしくない激痛だろうに。彼女は、耐えることに慣れすぎているように見える。
「そうだ、マグダリアの治癒能力なら、もっと早く――」
「お止めください。……その、どうもあの方が苦手で。教会では気が休まらず、疲れが、とれなくて」
「そう、か」
俯くリュスの姿に、胸がざわつく。
(なあ、本当に腕を斬らなきゃいけなかったのか? 他に方法は――)
喉まで出かかった言葉を飲み込む。終わったことを蒸し返しても、仕方ないから。
そうだ。過ぎたことは、いつだってどうしようもない。
聖騎士ロダンが、ムスッとしたまま言った。
「ヤバマーズ男爵。……感謝する。貴公がいなければ、吾輩たちは今頃あのタンポポの苗床だったろう」
「お。まさか、態度を改める気になったか?」
「……認めざるを得まい。貴公は腑抜けた貴族ではないのだ、と。これまでの無礼、謝罪させていただく」
「おいおい、いきなり殊勝になるなよ。……やりづらいだろ」
頑固者の聖騎士も、死線を共にしたことで思うところがあったらしい。
「やあ、おかえりアスタ。おおっと、これまた随分と派手な
オノレ・ド・ラプラスが、カップを片手に現れた。
僕たちの惨状を見ても眉一つ動かさない、相変わらずの不遜な態度だ。
「笑い事じゃない。森がタンポポの楽園になってやがった」
「タンポポ? 素敵じゃないか、なんだか春みたいで」
「死体を苗床にして、綿毛で人間を狩るタイプの春がお好みならな」
「あはは……で、そちらの女性が例の
オノレの視線が、リュスを品定めするように走る。そして、悠然とカップに口を付けた。
「ったく、呑気になに飲んでやがる」
「コーヒー。豆は王都からの持ち込みだよ、君も飲む?」
「いらん。……それよりオノレ、お前の仮説は大当たりだ。僕は魔物にモテモテ。綿毛のストーカー軍団に囲まれて、危うく死ぬところだった」
「へぇ。検証出来て良かったじゃない。三日月の刃はどうだった?」
「出せたよ。だが……おかげで今は、腕の感覚がガタガタだ」
手短に森での顛末を説明すると、オノレの瞳がきらりと光った。
「ふふふ、俺の予想を三段跳びで越えていく展開だね。魔人まで出てきちゃったか」
「感心してないで対策を考えろ。あの魔人、僕を『おにいちゃん』と呼びやがった。気味が悪い」
「えっ、君に魔物化した妹がいるの?」
「ふざけんな、いるわけないだろ! ……あの化け物は、いつの時代の人間かもわからねえよ」
思い出すだけで鳥肌が立つ。純真さと残酷さが同居した、あの歪な響き。
大方、森の深層部から、出て来たに違いない。
そこに執事ゲロハルトが、大きなトレイを運んできた。
山盛りの蒸かした芋に、パースニップと干しプラムの山鳩煮込み。
「爺めも、腕は鈍ってはおりません。裏庭で仕留めておきました」
と、ゲロハルトは誇らしげに笑った。
で、聖騎士ロダンも
(こりゃ、教会では遠慮してまともに食ってなかったんだな。……欠損再生にこれだけのカロリーを要するなら、今の備蓄じゃ到底足りない)
リュスの傷口を眺めて、改めて思う。なにかしてやれないかって。
原因が僕にあるのなら、責任の取り方は一つだ。
「やっぱ肉だ、圧倒的にたんぱく質が足りない。あんな貧相な山鳩だけじゃ……ダメだ」
***
「で、魔物を獲ってきたと。まあ、誰も食べないと思うけどなあ」
裏手の解体小屋。オノレが呆れた声を出す。
天井からゴブリン、
「だが、リュスの腕を治すには、アレじゃ追いつかないはずだ」
「理屈はわかるよ。肉体治癒という超高速代謝に、肉の摂取が必要という推測ね。それは理にかなってる」
「そうだろ。おそらく
オノレは、冷ややかに言い募る。
「でも、だからって、魔物の肉を食わせるのかい? 聖職者に?」
「……それは、リュスの意思次第だろ」
僕は
「待って!? ゴブリンも捌くの?」
「何が問題だ?」
「二本足で歩くやつは、ちょっと……なんか、生理的にダメだろ! 人間っぽくて!」
「哺乳類という意味では牛も豚も一緒だろうが。偏見で差別するな、オノレ。学問を志す者として恥じろ」
「えー、そうか? ……いや、待ってわからなくなってきた」
なんなら、ゴブリンより豚の方が人間に近そうに思えるまであるけどな。
「――いや、そうじゃない。そもそも魔物を食べるなんて、魔物化のトリガーになりかねないだろ! 君の左手が、その生きた証拠じゃないか!」
「ったく、うるさいな。なら、最悪、僕が食べる分に回せばいい。そしたら、まともな食事をリュスたちに回せる」
「……正気かい? 他人のために、そこまでするのか?」
「それに、こういう研究は気晴らしになる」
「正気かい!?」
「おい、2回も言うなよ! 僕が変なことしてるみたいだろ!」
「まさか、変なことをしてる自覚がないのかな!?」
オノレが青髪をわしゃわしゃとしながら、叫んだ。
「そう言うな。今回、試す魔素除去手段は、お前も気に入るはずだ」
「ありえないね。だって、俺が食べたいと思わないもの」
「そうか? なら、例えば――」
僕は左手の甲、黒曜石にも似たウロコを見せつける。
「僕の力が有効に使えるか、この肉に試すと言っても?」
……ウズ。
オノレの眼が、抗いがたい好奇心に塗りつぶされる。
「なるほど。異能による物理的な除染……。それは――実験する価値があるね」
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