「よっしゃ! まずは、極薄切りの肉にしてやる!」
シュッ、シュッ、とリズムよく肉を削ぐ。
オノレはあっという間に混合液を調合。そこへ、肉をどんどん次々と投入。混合液は適正濃度、肉を崩壊させない絶妙な配合だ。
「さあ、アスタ。君の出番だ。磁気勾配をかけて、泡の中へと魔素を誘い出すんだ」
「オッケー。任せろ」
桶の液体に、左手をかざす。
闇雲に力を込めるんじゃない。肉の繊維の隙間を、金属粒子が滑り落ちる道をイメージするのだ。
――ピリリッ。
ウロコが、音叉のように細かく疼き始めた。液体に、目に見えない力の川が生まれた気がした。
泡の中に、じわりじわりと肉から、なにかが広がっていく感覚。
「これは……今までと、感覚が違う!」
「俺には見えてるよ、アスタ。泡の中に、君が追い出した魔素が拡散していくのがね」
僕の肉眼では、まるで変化はわからない。だが、オノレには魔素の流れが、確かに見えているらしい。
「でも、この作業。結構……キツい」
作業を終える頃には、僕は汗だくだった。
ウロコに繋がる神経が熱を持ち、頭の芯がジンジン痛む。だが、桶の中に残ったのは――。
「へぇ。見てくれ、アスタ。……綺麗な赤身だ。本当に色が落ちたね、君の左手、実は洗濯板の才能があるんじゃない?」
「黙れ。……一応、これで成功なのか? でも、これじゃまだ食べられないぞ。シュウ酸と泡まみれだ」
「わかってるさ。仕上げはこれからだよ」
オノレは、木灰から手際よく中和液を作った。
酸で締まった肉をくぐらせてから、流水で徹底的に洗う。
「これで食べられるんじゃない? ……まっ、俺は絶対に食べないけどね!」
「ふむ、そうだな。早速、僕が試そう」
僕は、もちろん
すぐに、フライパンで軽く炙り――咀嚼。
「ぶぇぇっ!? マズっ、何これ!?」
「あはは! やっぱり魔物肉は魔物肉だ。……はあ、無駄骨だったけど、実験としては面白かったよ」
オノレは、肩をすくめる。
僕は、慌てて口をゆすいだ。ぶくぶく、ぺっ!
だが、ここで話を終わらす気は無いのだ。
「ああ、ひどい味だったとも。旨味もなにもあったもんじゃない。味が腑抜けてしまっている」
でも! と、僕は続ける。
「今までとは決定的に違う! 肉質を保ったままで、あの吐き気を催す、苦味がほとんど消えているんだから!」
「だがね。結局、不味いんだろう? ……おい、何をする気だい?」
「いいから見てろって!」
僕は仕上げと言わんばかりに、マッケンジー商会から分けてもらった牛の
ジューッ。
小屋に充満する、暴力的なまでの香ばしさ。
洗浄で失われた旨味を、外部から脂で補填し、強引に肉に馴染ませてやる。そして、塩をぱらり。
「ほら、できたぞ!」
皿の上に盛られた、
「……忌々しいが、どうやら香りは悪くないみたいだね」
「ふん、香りだけじゃないに決まってるっ!」
僕は再び一切れ、口に運んだ。
「――っ!?」
僕は叫んだ。
「旨い。旨いぞ、オノレ!!」
涙が出そうだった。いや、実際に出ていたかもしれない。
極薄切り故の物足りなさはあるが、牛脂の甘やかな旨味の影に、確かに――鹿肉の野生味が同居している。不快な苦みは、もうどこにもない。
僕はようやく、科学と意地で、魔物肉という分野に風穴を開けたんだ。
「嘘だろ? 俺は騙されないぞ」
「別に、食えとは言ってないが?」
「……はあ、毒見くらい付き合ってあげてもいいか」
拒んでいたオノレが、好奇心に勝てずフォークを伸ばした。
恐る恐る口に入れ、咀嚼し……数秒後、ぺっ、と容赦なく吐き出す。
「食えなくはない、って程度だね。まあ、及第点じゃないか」
「おまっ、吐き出すなよ! 貴重な食料だぞ!」
「俺は美食家なんだよ。だいたい、蓄積毒があるかもしれないものを飲み込めるわけないだろう」
だが、オノレは微笑んだ。青髪を満足そうに、かきあげる。
「でも、うん。いい経験だったな。で、アスタ。君はそれをどうするつもりだい?」
「だから、決まってるだろ。リュスの腕を治すんだよ」
僕はすぐに皿を持って、すたこらさっさ。小屋を出た。
「えっ!? おおいっ、正気か! やっぱり、本気であの
背後で絶叫するオノレの声を振り切り、全速力で屋敷へと向かっていく。
待ってろよ、リュス! 今、助けてやるからな!(使命感)
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