ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第28話 科学と意地、魔物肉の常識をぶち抜く!

「よっしゃ! まずは、極薄切りの肉にしてやる!」

 

 シュッ、シュッ、とリズムよく肉を削ぐ。

 オノレはあっという間に混合液を調合。そこへ、肉をどんどん次々と投入。混合液は適正濃度、肉を崩壊させない絶妙な配合だ。

 

「さあ、アスタ。君の出番だ。磁気勾配をかけて、泡の中へと魔素を誘い出すんだ」

「オッケー。任せろ」

 

 桶の液体に、左手をかざす。

 闇雲に力を込めるんじゃない。肉の繊維の隙間を、金属粒子が滑り落ちる道をイメージするのだ。

 

 ――ピリリッ。

 

 ウロコが、音叉のように細かく疼き始めた。液体に、目に見えない力の川が生まれた気がした。

 泡の中に、じわりじわりと肉から、なにかが広がっていく感覚。

 

「これは……今までと、感覚が違う!」

「俺には見えてるよ、アスタ。泡の中に、君が追い出した魔素が拡散していくのがね」

 

 僕の肉眼では、まるで変化はわからない。だが、オノレには魔素の流れが、確かに見えているらしい。

 

「でも、この作業。結構……キツい」

 

 作業を終える頃には、僕は汗だくだった。

 ウロコに繋がる神経が熱を持ち、頭の芯がジンジン痛む。だが、桶の中に残ったのは――。

 

「へぇ。見てくれ、アスタ。……綺麗な赤身だ。本当に色が落ちたね、君の左手、実は洗濯板の才能があるんじゃない?」

「黙れ。……一応、これで成功なのか? でも、これじゃまだ食べられないぞ。シュウ酸と泡まみれだ」

「わかってるさ。仕上げはこれからだよ」

 

 オノレは、木灰から手際よく中和液を作った。

 酸で締まった肉をくぐらせてから、流水で徹底的に洗う。

 

「これで食べられるんじゃない? ……まっ、俺は絶対に食べないけどね!」

「ふむ、そうだな。早速、僕が試そう」

 

 僕は、もちろん躊躇(ためら)わない。

 すぐに、フライパンで軽く炙り――咀嚼。

 

「ぶぇぇっ!? マズっ、何これ!?」

「あはは! やっぱり魔物肉は魔物肉だ。……はあ、無駄骨だったけど、実験としては面白かったよ」

 

 オノレは、肩をすくめる。

 僕は、慌てて口をゆすいだ。ぶくぶく、ぺっ!

 だが、ここで話を終わらす気は無いのだ。

 

「ああ、ひどい味だったとも。旨味もなにもあったもんじゃない。味が腑抜けてしまっている」

 

 でも! と、僕は続ける。

 

「今までとは決定的に違う! 肉質を保ったままで、あの吐き気を催す、苦味がほとんど消えているんだから!」

「だがね。結局、不味いんだろう? ……おい、何をする気だい?」

「いいから見てろって!」

 

 僕は仕上げと言わんばかりに、マッケンジー商会から分けてもらった牛の獣脂(タロー)を取り出す。熱したフライパンに引いてやった。

 

 ジューッ。

 

 小屋に充満する、暴力的なまでの香ばしさ。

 洗浄で失われた旨味を、外部から脂で補填し、強引に肉に馴染ませてやる。そして、塩をぱらり。

 

「ほら、できたぞ!」

 

 皿の上に盛られた、青銅鹿(スタチュー)の極薄切り肉のソテー。湯気が立っている。

 

「……忌々しいが、どうやら香りは悪くないみたいだね」

「ふん、香りだけじゃないに決まってるっ!」

 

 僕は再び一切れ、口に運んだ。

 

「――っ!?」

 

 僕は叫んだ。

 

「旨い。旨いぞ、オノレ!!」

 

 涙が出そうだった。いや、実際に出ていたかもしれない。

 極薄切り故の物足りなさはあるが、牛脂の甘やかな旨味の影に、確かに――鹿肉の野生味が同居している。不快な苦みは、もうどこにもない。

 

 僕はようやく、科学と意地で、魔物肉という分野に風穴を開けたんだ。

 

「嘘だろ? 俺は騙されないぞ」

「別に、食えとは言ってないが?」

「……はあ、毒見くらい付き合ってあげてもいいか」

 

 拒んでいたオノレが、好奇心に勝てずフォークを伸ばした。

 恐る恐る口に入れ、咀嚼し……数秒後、ぺっ、と容赦なく吐き出す。

 

「食えなくはない、って程度だね。まあ、及第点じゃないか」

「おまっ、吐き出すなよ! 貴重な食料だぞ!」

「俺は美食家なんだよ。だいたい、蓄積毒があるかもしれないものを飲み込めるわけないだろう」

 

 だが、オノレは微笑んだ。青髪を満足そうに、かきあげる。

 

「でも、うん。いい経験だったな。で、アスタ。君はそれをどうするつもりだい?」

「だから、決まってるだろ。リュスの腕を治すんだよ」

 

 僕はすぐに皿を持って、すたこらさっさ。小屋を出た。

 

「えっ!? おおいっ、正気か! やっぱり、本気であの祓魔女(エクソシスター)に食べさせる気なのかい!? さすがにそれは、無しだよっ!」

 

 背後で絶叫するオノレの声を振り切り、全速力で屋敷へと向かっていく。

 待ってろよ、リュス! 今、助けてやるからな!(使命感)




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