ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第31話 滅亡三日前、だけど憧れの君に格好つけたい

 ヤバマーズが滅びる。

 冗談として聞き流すにはあまりに鮮烈で、リュスの反応は致命的だった。勇猛果敢な聖騎士ロダンまでもが言葉を失っている。

 

「ふうん。……まあ、そうだろうなあ、と思ったよ」

 

 ただ一人、オノレだけが平然と受け入れている。

 

「おい、待て。滅びるって……何がだ。この領地が、か? オノレ、お前は何を掴んでいる」

「いや、俺は何も知らないよ。簡単な逆行推論(アブダクション)というやつだねえ」

 

 オノレは背もたれに深く身を預け、天井を仰ぎ見る。

 

「未来を知れるアドバンテージは絶大だ。たいていの災難なら、彼女は俺たちに知らせず、裏でこっそり処理したはずさ。でも、そうしなかった。……いや、出来なかったんだ。そうだろ?」

「……到着してから行われた、領地調査。あれか」

「そう。彼女はもう何度も努力をしたはずだよ。でも、リュシエンヌが視た結末のすべてで、この場所は救いようのない地獄になったんだろうね」

 

 オノレの知性は、いつだって僕を置き去りにする。

 

「だから、リュシエンヌ。君は賭けたんだろ。今まで一度も選ばなかった選択――この異端の男爵(アスタ)に頼る道をね」

 

 ヤバマーズにとって、危機は日常茶飯事だ。

 初代が国王から押し付けられた不毛の地は、飢えや魔物と隣り合わせ。だが、裏を返せば、並大抵の苦難を跳ねのける図太さが民にはある。

 

 だから。

 領主である僕が口にすべきことは、最初から決まっていた。

 

「よくわからんが――なんとかなるだろ」

 

 僕は断言した、それが役目だから。

 

「なあ、リュス(・・・)。貴女が視た『終わり』は、どんな形をしていたんだ?」

「いいね、その往生際の悪さ。嫌いじゃないよ、アスタ」

「ヤバマーズをなめるな。どんな状況でも、ひっくり返してやる」

「あはは。……でも、俺も気になるね。タンポポの綿毛に包まれて、みんな仲良く植木鉢になったのかい? それとも、魔熊に食べられちゃったのかな」

 

 あまりの物言いにロダンが、オノレの胸ぐらを掴み上げようとする。

 

「貴公っ! そのような無体な言い草があるかっ!」

 

 が、リュスの細い声が遮った。

 

「待ってください、ロダン。……もとより、お話しするつもりでしたから」

 

 リュスは僕を見つめ、祈りすがるように両手を組んだ。

 

「……あと、三日です」

「三日、だと?」

「はい。三日後の夜、このヤバマーズは、乾いた霧に飲み込まれます。……すると森の深淵から、あの『綿毛の魔人』が……圧倒的な群れを率いて来るのです」

「乾いた霧か。……確かに時折、村が霧に包まれる夜はあるが」

 

 あの綿毛。金属の鎧すら紙のように貫く捕食兵器。

 その上、タンポポゾンビの軍勢と来れば――。

 

「クロスボウや槍も、奴らには効果が薄そうだな。……対抗できるのは、火か?」

「それだけでは足りません。『綿毛の魔人』は、その夜、満開(・・)を迎えます。村の家々、広場、納屋……すべてが、吐き気を催すほどの白い綿毛に埋め尽くされるのです」

「満開……。つまり、以前戦った時よりもさらに強化されてるってことか」

「はい。人々は生きたまま種を植え付けられ……叫びすらも、花に喉を塞がれて……わたくしも、ロダンも、そして、アスタ様も――」

 

 リュスの言葉は、グスグス、と湿った音を立てて途切れた。

 既に彼女は、自らが苗床にされ、植物に侵食されていく苦痛を体験してきたのだ。それも一度や二度ではなく。

 

「……何度、何度やり直しても。わたくしの剣では、捌ききれない。ロダンの剛腕も、数に押し潰される。……この領地は……たった一晩で、死の花畑へと変わるのです」

「僕の異能は、役に立たなかったのか?」

「アスタ様だけでは、守備範囲に限界がありました。民は次々に怪物となり……最後には、貴方様も力尽きてしまうのです」

 

 降りた沈黙。

 

 ――パチン。

 

 それを切り裂くように、オノレは指を鳴らした。

 

「なるほどね。回避不能の飽和攻撃か。……確かに、現状の戦力じゃ詰んでる。ポンコツ気味な聖騎士様に、病み上がりの祓魔女(エクソシスター)。それに、逃げ回るのだけは一級品のもやしっ子男爵様。これじゃ勝負にならないね」

「言っとくけど、僕はお前も戦力に数えてるからな」

「勘弁してくれよ。領地防衛に、他領のゲストを宛てにするなんて。……まあ、でも。リュシエンヌ。前回までの敗北では――君の腕は治ってなかったんじゃないか?」

 

 リュスの瞳に、微かな、本当に微かな光が宿る。

 

「はい、そうなのです。……これまでは、わたくしの左腕は欠損したままでした。アスタ様が魔物肉を食べさせてくださることは……どの回帰でも一度も、なかったのです」

「それで……さっき『分岐』だとか言ってたのか」

 

 当然だ。

 あの時、僕は保身から除染肉を引っ込めようとしたのだから。

 それを踏み止まり、無理やりにでも食べさせた僕の傲慢が、予定調和の歯車に初めて小さなヒビを入れたのだ。

 

 リュスのやつれた顔。

 だが、濁りきった暗渠(あんきょ)の瞳に灯った、たった一滴の希望。

 彼女のこの変化の理由が、この僕であると言うのなら――ここで背負ってやる以外にあるか? いや、ないだろ。

 

「わかった、リュス! 僕がなんとかしてやる!」

「――え?」

「貴女の視た滅亡が、どれだけ理不尽で絶望的なものだったとしても! すべて、僕がひっくり返してやる。……ヤバマーズ現当主として、な!」

「……アスタ様、わたくし。貴方様に会えて……本当に――」

「おいおい、泣くのは勝利の美酒を酌み交わしてからにするんだな! ふはははは、我が領に美味い酒なんてないがな!」

 

 勝算なんて、まったくない。

 でも、僕が胸を張らなければ、この詰みきった領地で、誰が明日を信じられるっていうんだろう。

 今の僕は、情けない自分を脱ぎ捨てて、ヤバマーズ男爵として宣言せねばならないのだ。

 

「絶望のループ。そのクソったれな歯車は――僕が、必ずぶち壊す」

 

 

 

***

 

 

 

 さて、啖呵を切った僕は。

 その足で客間を飛び出し、解体小屋まで全力疾走した。

 

「ぁぁぁあああああああっ! 言っちまったぁぁぁあああああっ!!!」

 

 小屋に飛び込むなり、僕は頭を抱えて叫んだ。冷や汗が滝のように流れ落ちる。

 ぶっちゃけ、膝がガクガクしそうになるのを、太腿の筋肉を限界まで引き絞って、無理やり抑え込んでいたのだ。

 

 追いついてきたオノレが、小屋を覗き込んでくる。心底楽しそうに、ニヤニヤ笑ってやがった。

 

「ほらほら、三日後に滅びる予定のヤバマーズ男爵。逆転の方程式を聞かせてもらおうじゃないか。……まさか、気合でタンポポを根絶やしに出来るつもりじゃないよね」

「逆転の方程式? そんなもん、あるわけねーだろ!」

「おや、おかしいな? さっき、リュシエンヌに『なんとかしてやる』って豪語したよねえ。あれ、まさか単なるナンパ文句? 嘘ついたの?」

「嘘なもんか! 本気も本気、超がつくほど大マジだよっ! ただ……その、具体的なやり方がまだ一ミリも見えてないだけだ」

 

 猶予は、たったの三日。

 あの『綿毛の魔人』が率いる死の軍勢。

 物理攻撃に強く、増殖力は異常。降り注ぐ綿毛に触れれば一撃必殺の苗床化。

 クソ、神の野郎めっ! ヤバマーズには当たりが強すぎなんだよ!

 

 オノレは「やっぱりね」とため息を吐いた。

 

「アスタ。君ってさ、よくもまあ、あんな大言壮語がスラスラと出てくるよね。詐欺師の才能があるよ」

「だって、仕方ないだろぉおおおっ!」

 

 過酷な運命に翻弄され、ボロ雑巾のように摩耗しきった憧れの貴婦人(リュシエンヌ)

 あんな状態の女に、格好をつけてやれなくて、なにが貴族の矜持だっつのっ!

 

「それにだ! 未曽有の危機だからって、僕が右往左往してみろ! 領民の耳に入った途端、パニックだ! 防衛戦をやる前に、ヤバマーズは崩壊する!」

「うん。……まあ、その辺の『見せ方』を意識できてる時点で、君は立派に当主をやれてると思うよ。十九歳の若さにしてはね。……いや、これは珍しく皮肉じゃないよ、本心だ」

「それはどうも、ありがとよっ!」

 

 正直、これほど切羽詰まった内面をさらけ出せる相手なんて、この世にオノレくらいしかいない。

 

 恐怖で心臓はバクバク言っている。胃のあたりがキリキリと痛む。

 けれど――。

 

「うわぁ、マジでどうしよう……っ!?」

 

 情けなく叫びながらも、心のどこかでは。

 あの日、片隅から眺めるだけだったあの女性(ひと)に――今度こそ、手を差し伸べられたことが、たまらなく誇らしかった。




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