道中は、驚くほど順調だった。
臆病なゴブリンは、僕らの殺気に気圧されて寄り付かず。
血迷って突っ込んできた魔物や
「なんて、巧みな技の数々でしょうか……」
リュスが、感嘆を漏らす。
聖騎士ロダンも頷いた。
「確かに聖騎士たちですら、こうも易々とはいかぬだろう」
「強さにも、いろんな形があるってわけだ」
我らがヤバマーズの
なにせ、日頃から僕の目を盗み、森を駆け回っている連中だ。
(しかし、本当に現金な奴らだな。……僕が密漁を良しとしたところで、今のヤバマーズに、まともな
どいつもこいつも戦場に向かう高揚感と、鼻先にぶら下がったご褒美に目が眩んでいる。
僕はヤバマーズの民の、こういう浅はかさが気に食わんのだ。
「全員、止まれ。……旦那様、あれですかい?」
先頭を行く、片目の
ついに辿り着いた、乾いた霧との境界線。が、明らかに記憶より近すぎた。
「チッ、境界が迫って来てやがる。諸君、覚悟を決めろ。僕はこの先に用がある」
「わかりやした。……いいか、皆の衆。鼻を鳴らすな。足音を殺し、耳を澄ませろ」
これは魔人に到達するまでの距離が、伸びたことを意味する。
(……予定よりも深く霧に潜り、進行する必要がありそうだな)
日の届かない森を、さらに覆い隠す混迷の領域。
整然と進めば、霧の向こう側には、点々と
森を駆けていたであろう野生動物。徘徊していた魔物の成れの果て。
肉体は植物の根によってズタズタにされ、頭部からは、あまりにのどかな
――ガサッ。
立ち上がる死骸ども。
「アスタ様……!」
「ああ、来たな。早速、タンポポゾンビの歓迎会だ」
思いの外、僕はワクワクしていた。肩に担いだネジ巻き式ボウガンを、水平に構える。
「フェーズ1。まずは挨拶代わりだ。撃てッ!」
僕が号令を掛ければ、ボルトの雨が霧を裂く。
狙いは正確だ。
「さあて。これは効くのかな?」
正直あまり期待はしていないが、ちょっとした実験だ。
タンポポゾンビたちは、痛みを感じないし、矢も槍も有効じゃない。
心臓を射抜かれようが、植物の根が神経や筋肉の代わりをして肉体を駆動させる。
本来なら、この程度の射撃では足止めにすらならないだろう。
だが――。
「見ろっ!」
誰かが叫んだ。
矢が突き刺さった箇所から、煤けて黒ずんでいく。さながら、インクが滲むように。
瑞々しかったはずの蔓も、蛇のようにのたうち回ってボロボロになった。
「効いてる……本当に効いてやがるっ!」
「あの化け物は、殺せるんだ!」
ボルトの先端には、白骨茸の成分を練り込んだ
しかし、僕は冷ややかに推移を見守った。
(やはり、ボウガンだけじゃ決定打にはならないな)
白骨茸の成分は、確かに有効だった。
植物の根と動物の死骸が高度に癒着したこの魔物にとって、白骨茸の廃水は、細胞レベルの劇薬。
それでも、一本、また一本と矢を受けながらも、ゾンビたちは執拗に距離を詰めてくる。
「アスタ様、仕留めきれません! 矢の消耗が早すぎますっ!」
「わかっている! ボウガンはあくまで牽制。僕の実験は終わらないっ!」
ボルトに塗った程度の、成分量で殺しきれないのは計算済みだ。体積に対して、合わないからな。
「次は陶器瓶だ!
続く号令。
手にするは、棒の先端に革のカップを取り付けた投石用具。
人力よりも遥かに遠くに届く、古くも冴えたリーズナブルアイテムだ。
「全員、装填完了っ!」
「よし。……放てッ!」
数十の小さな陶器瓶が、放物線を描き、タンポポゾンビの群れへと放り込まれた。
――パリンッ!
破砕音。高濃度に濃縮された煮汁が飛散し、魔物の死骸と絡み合う植物の蔓へと浴びせられた。
「ギ、ギガァアアアアッ!?」
直後、痛覚がないはずのゾンビたちが、激しい痙攣を起こしてもがいた。
シュゥゥゥゥゥゥゥッ!!
毒液を浴びたタンポポの蔓が、茶褐色に変色し激しく沸騰。
聖騎士ロダンが、驚愕した。
「なにぃっ!? ゾンビが苦しんでいる、だとっ!?」
「もし、獣が変異した魔物であったなら、こうはならなかっただろうな」
こいつらは穴だらけの死骸に、根と茎を張り巡らせている。そこから、たらふく濃縮した毒液を、吸収してしまっていた。
「……信じられません。前回戦った魔物たちが、どんどん殲滅されていく」
「いいか、リュス。死体を使う
駆動系を担う導管そのものが弱点だ。
猛毒で根こそぎ破壊されれば、肉体という重しを支えることは出来ない。
僕は、
「いいか、ちゃんと防毒マスクを点検しろよ! この湯気は吸うなっ!」
乾いた霧に紛れて、立ち上る煙。
植物が化学的に分解されて生じる、不快な臭気。死の湯気。
バカな当主たちが命を削り、挑んだ毒の研究は、今や魔物にすらも牙を剥いていた。
「ひるむな、瓶を投げ続けろっ!」
陶器瓶が砕けるたびに、ゾンビどもは崩れ落ち、沈黙していく。黄色いタンポポの花弁が焦げ落ちていった。
――明らかな優勢。それも長くは続かない。
「……来たか」
第一波を撃滅してやったと思えば、さらなる軍勢。
しかも、今度は上空を綿毛が舞い始めている。ふわふわと、雪のようにな。
「フェーズ2へ移行する! 対空防御態勢っ。
本当の地獄は、これからだ。
いつも応援ありがとうございます!
「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。
作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!