ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第39話 死と踊る狂騒。貴様の殺意は、僕のもの。(後半)

 ――それだけは、僕が断じて許さない。

 

「嗚呼ッ、させるかよ! お前の踊る相手は、この僕だろうがッ!」

 

 リュスを庇うため、白の渦へと割り込む。

 ウロコに宿る、磁気干渉の力を全力展開。三日月の刃に、空間すらも捻じ曲げるような引力を込め――。

 

「さあっ! 飢えてるんなら僕を喰え! その殺意、ぜんぶまとめて堕ちてこいぃぃっ!」

 

 脳を鉄串でかき回されるような、激痛。左手の神経が、ブチブチと千切れそうだ。

 

 だが、賭けには勝った。

 

 僕が放つ強引な磁気誘導に抗えず、リュスを狙っていた弾幕は、不自然な放物線を描き殺到してくる。

 

 ――ガガガガガガガガッ!!

 

「ぐっ、がぁ……はっ……ッ!?」

 

 咄嗟(とっさ)に、三日月の斥力で受け流し(パリィ)を試みたが、弾き切れなかった。

 

 布鎧(ギャンベゾン)に複数の衝撃。内臓が殴られ、肋骨から嫌な音がした。

 染み込ませた忌避剤のおかげで、根の侵食こそ免れたものの、僕の身体を痛めつけるには十分すぎる威力だった。

 

「ご無事ですか、アスタ様!」

「……へっ、この程度、肩叩きと変わらない。もっと……もっと強めで来いよっ、綿毛(エグレット)ぉぉっ!」

 

 嘘だ。なんだか視界がチカチカするし、口にはどろりと鉄の味。

 それでも、一瞬だけマスクをずらし、血が混じった唾を吐き捨て、無理やり笑う。

 ……なぜそうしたかって? リュスが、今にも壊れてしまいそうな目で、僕を見ていたからだよ。

 

「吾輩を忘れるな、魔人ッ。騎士の生き様、その身に刻めぇッ!!」

「ナンデ、ナンデ? ナンデ、コンナ、悲シイコトスルノ?」

 

 ロダンが()え、果敢に再突撃した。

 重厚な大剣から放たれる渾身の一撃。魔人は残る蔓で、軽やかに迎撃。

 

「――モウ、痛イカラ。遊ブノ、ヤメルネ」

 

 そんな無垢な囁きが、合図だった。

 凄惨な死闘の密度が、もう一段階、さらに引き上げられる。

 

 綿毛の魔人(エグレット)は一気に高度を上げ、僕らを見下ろした。

 近接戦を、徹底的に拒否。高みから、一方的に蹂躙する構えだ。

 

「いやっ!? このっ……さすがにそれは――セコすぎるだろうがよっ!?」

 

 ふわり、ふわり。

 幻想的でありながらも、しかし、呪わしい死の粉雪。

 

 空を埋め尽くす捕食兵器を、遮蔽幕として利用。魔人は正確無比な種子を連射。雨あられと叩き込んできた。

 こちらの手が届かない高さからの、一方的な攻撃。

 

「ち、近づけねえっ……」

「タンポポ、キレイネ。ミンナ、キレイネ」

「しつけぇんだよ! こんなハメ技みたいなやり方で、僕を狙いやがって!」

 

 僕は三日月の刃を盾代わりに、率先して弾丸を無理やり叩き落としていく。

 もはや、全員が少なからず、被弾していた。

 

 明らかに劣勢。そんなさなか、この一打一打に――僕に、とある確信を覚え始める。

 

(さっきから感じてはいたが、こいつの攻撃。……まさか、僕の異能と同じ理屈か?)

 

 浮遊する魔人の肉体、その不自然な浮力。攻撃の指向性や追尾性。さらには綿毛の制御。

 バラバラだった思考のピースが、急速に繋がっていく。

 

(極小かつ無数の磁界操作による、並列処理の魔術式? 道理で、ウロコがこれほど過敏に反応するわけだ。僕という強い磁気の極へ、攻撃が誘導されやすいのも当然。ならば――)

 

 結局のところ、魔人もまた、魔素を用いて現象を操作する存在の範疇なのだ。

 

 しかし、この分析に思考リソースを割いた一瞬。

 真の牙は……足元から突き立てられた。

 

 地面のタンポポから、根が蛇のように蠢きだし、ブーツを執拗に締め上げ始めたのだ。

 

「んんっ、アスタ様、足場が……っ。これでは、踏み込みが利きません!」

 

 リュスも、足元が絡め取られ、華麗な剣筋が目に見えて鈍る。

 機動力を奪われれば、勝機はない。ただの的になりさがる。

 

「ぬぅぅ……おのれ、小賢しい雑草めがッ。吾輩らの足を封じ、なぶり殺しにする気か!」

 

 見上げれば、純白の死。

 足元は、地へと繋ぐ黄金の拘束。

 

 天国を模した花園は、いつの間にか、僕らをじっくりと噛み潰すための生きた檻へと姿を変えていたのだ。

 

「くっ。万事休すか……っ!?」

 

 必死にもがきながら一歩を踏み出そうとするが、粘りつく根の抵抗は凄まじい。

 さすがに、終わりを覚悟した。

 

 が、意外なことに、僕の足首に触れた根は、次第に力を失っていく。

 

「――んっ!? 急に緩く……あはは、そうか。そういうことかよ!」

 

 ブーツの靴底が、ベチャリと不快な音を立てる。

 だが、その不快感こそが、僕らの命綱だった。

 

「リュス、ロダン! 諦めるなっ! 僕らの全身は、今や歩く猛毒なんだ! この根は、僕らを掴んだだけで細胞が壊死してやがる」

「フフ……毒に(まみ)れたことさえも、吾輩たちの希望になるとはな。皮肉なものだ」

 

 聖騎士ロダンは笑い、毒液に濡れたブーツで黒土を蹴った。

 

「いいか、タンポポが抉れている場所を狙って踏め! 手持ちに陶器瓶が残っているなら、躊躇(ちゅうちょ)せずブチ撒けろ!」

 

 僕は、戦場の『穴』を指し示していく。

 

「これまでの乱戦で、奴は思うがままに蔓を叩きつけ、この花畑を自ら抉ってきた。今はその痕跡が、僕らの反撃の足場だ」

 

 これまで敵の猛攻を、凌いできた事実。それが僕らを助けてくれた。

 リュスとロダンが、迷いを捨てて地を蹴った。舞い散る綿毛を搔い潜り、三人が自然と集結したのは――。

 

「ここなら奴の『指先』は届かないッ!」

 

 そこは僕が毒液をぶちまけた、黒く爛れた腐食の地。

 

 綿毛の魔人(エグレット)の神経網がズタズタに引き裂かれ、地縛の呪いから隔離された、不毛の聖域(セーフティ)

 

「オニイチャン……アタチ。ソコ、キライ。――スゴク、ツメタイ」

 

 空気の温度が、一気に数度下がった気がした。

 魔人の頭部、針葉樹のように逆立っていた綿毛が、さらなる肥大化を遂げる。

 

「デモネ、デモネ。キャ……キャハハハハハッ! デモ、アタチノ『満開』ナラ、優シク包ンデアゲラエルヨ♪」

 

 魔人エグレットの叫びとともに、重圧(プレッシャー)が膨れ上がる。

 

 ――ヒュバババババババッ!!

 

 さらに容赦ない種子の連射が、僕らを襲った。

 

「……ッ、来い!!」

 

 パリィィィンッ!

 

 再度、磁気斥力を盾として展開、弾丸を逸らす。

 一発弾くごとに左手が、焼きごてを押し当てられたように痛み、腕が軋む。

 

(クソッ……指向性の高い弾丸はまだいい。だが、この不規則に舞う『捕食綿毛』が……!)

 

 剛の攻撃である種子弾と、柔の攻撃である綿毛。この性質の差に、脳の処理が追いつかない。

 

「うっ――ごふっ」

 

 とうとう鼻と口から、溢れるほどの鮮血が噴き出た。

 

 視界が真っ赤に染まる。脳が、これ以上の過負荷を拒絶していた。

 

 とうとう綿毛が、視界を覆い尽くし……死神の指先が、触れる。

 

 スパァアンッ!

 

「アスタ様。わたくしにも斬れます。……いえ、必ず斬ってみせます!」

「フム。吾輩が、あの弾丸をこの不屈の肉体で受け止めてやろう。案ずるな、ヤバマーズ男爵!」

 

 僕を支えるように、二人が左右から躍り出た。

 

(いや、でも、このままじゃジリ貧じゃないのか? そんなことをしても、もう意味なんてないんじゃ……)

 

 弱気な思考。けれど――二人の横顔を見たら、そんな迷いは晴れた。そう、晴れてしまった。

 僕すら勝利を信じられないこの戦いを、誰も諦めていなかった。

 

「……うしっ! 任せるっ! 死ぬ気で()ね退けろ!」

「心得たッ!」

「はいっ!!」

 

 迫る満開。迎え撃つ相手は、意思を持った雲の崩落。

 

(もうすぐ、空が堕ちて来る。そんな御伽噺みたいな状況だ。こんなの、どうにもならないと思うだろうがよ。フツー)

 

 でも、リュスもロダンも……僕がこの絶望をひっくり返すと、一点の疑いもなく信じている。

 

 だったら――。

 

「時間をくれ……これまでの殺意。そっくりそのまま、お返ししてやる」

 

 応えないわけには、いかないだろう。

 

 もしかしたら、この方法ならいけるかもしれない。死と踊る狂騒に見出した、唯一無二の勝機。

 

 ――貴様の殺意は、もはや僕のものだっ!




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