何百、何千という捕食綿毛が、嘲笑うように不規則な螺旋を描き、全方位から僕たちを押し包もうとする。圧殺寸前だ。
そこに無慈悲な種子弾が、
「――はぁぁぁあッ!!」
僕の鼓膜を震わせたのは、命を削りゆく聖騎士ロダンの咆哮。
飛来する種子弾が、ロダンの大剣に、鎧に、皮膚に、容赦なく着弾。激突の度に、甲高い破砕音。
「まだまだぁぁあっ! 吾輩は……吾輩は、聖騎士なのだッ! そう、あらねば……ならんのだっ!」
ロダンの防具は、限界だった。綿毛への抵抗を司る忌避剤は剥がれ、死が食らいつく。
だが、最後の一線――
それは文字通り、命の灯火を燃料に肉体を維持するものだった。さながら、凄絶なる信仰の肉盾。
されど、強化された肉体とて無敵ではない。傷口から、熱い血潮がしたたり落ちていく。
もう片翼を担うのは、
「止める、絶対に、一つも通させないッ! わたくしが、アスタ様をッ!」
リュスの恢復聖剣が、青白い閃光を撒き散らした。
網膜に焼き付く高速剣閃。銀の残像が綿毛の群れを次々と細断し、空中に光の軌跡を描き出す。
だが、相手は途方もない物量。
防ぎきれなかった一本、また一本と、リュスに触れるたび、布鎧に染みた白骨茸の成分と激しく反応。ジリジリと黒い煤を吹き上げた。
(ああ……くそっ、見ていられない。二人とも、僕のためにこんなボロボロになって――)
今すぐ叫びたかった。「もうやめろ」「下がれ」と。
でも、この喉から出たのは、僕自身の想いを裏切る命令だ。
「リュス、絶対に下がるな! 貴女ならできる、僕は貴女の剣を信じているッ!」
「――はいっ、アスタ様!」
かつての高貴な公爵令嬢の面影は、もう、そこにはない。
ただ、一人の男を……己の居場所を守り抜くと決めた。苛烈な
リュスは、地獄へ誘った僕を、喜んで受け入れたのだ。
まるで、福音のように。
「ロダン、右の弾幕を叩き落とせ。迎撃しろ!」
「承知ッ! この程度の
聖騎士ロダンも、当然のように頷く。
きっと、命を捨てるつもりだ。己が、最期まで聖騎士らしくあるために。
「キャハッ、キャハハハハッ! カエッタラ、カンムリ作ロウネ。ユビワモ、ウデワモ……オカーサンニ、イッパイ、ツクッテアゲル♪」
巨大な三日月の
僕は、その光景に恐怖を感じるより先に……声を聞いた。
そうだ、ヤバマーズの血が騒ぐのだ。『状況を打破せよ』と。
(……ああ、そうだ。結局、そうなのだ。ああ、思考を止めるな――観察しろ、脳を回せ)
だから、僕は何度でも、無慈悲な命令を下す。
たとえ、その相手が……この世で、最も尊く想う
「頼む。……二人だけで、あと十秒だ。もう、十秒だけ耐えてくれ」
「十秒ですね。……ええ、必ずや。わたくしの魂に代えましても」
リュスが、目を細めて僕を見た。
なんで、そんな風に笑うんだよ。どうして、そんなにも優しく、慈しむように笑えるんだ。
僕のなかで、カウントダウンが始まる。
「今までの、予兆は……僕のウロコが覚えてる」
魔人の頭部――白い塊が、脈動を繰り返しながら、さらに膨張。禍々しいオーラを放ち始めていた。
あれが決壊する時。この深い森も、領民たちが待つ村も、ヤバマーズのことごとくを飲み込む
「はあ、はあ……」
呼吸が鉛のように重い。肺の奥が焼けるようだ。意識が朦朧とする。
確かに、僕はもう限界だ。
だが、魔人の磁気出力が最大級に跳ね上がった今だからこそ、力の流れが、かつてないほど鮮明に理解できた。
リュスが、魂を振り絞って叫ぶ。
「何度でも、何度だって、防いでみせますっ!」
リュスが、迫りくる種子の雨を切り裂いていく。返す刀で、死を運ぶ綿毛を塵へと変えた。
「諦めないっ! 何度、死んでも、やり直すっ! ここを耐え凌ぐまでっ! アスタ様へと勝機を繋ぐまでっ!」
切っ先が、限界を越えて閃いていく。
リュスの瞳から、なにか大切な輝きが失われていくのがわかった。
僕は理解する。彼女は、今まさに回帰――無数の死を繰り返しているのだ。
コンマ一秒の隙間を埋めるためだけに、主観的な時間の中で、何十、何百回と凄惨な死を経験し、敗北の
(この卓越した剣技は……技術じゃない。死に覚えの試行錯誤で生み出された、今だけの
僕のために。たった一秒一秒を捻り出すためだけに、何十何百もきっと死んでいる。
僕がたった一撃を放つ、そんな
「わたくしの、これまでは! 臓物を弄ばれ続けた痛みは、誰にも理解されない孤独は、涙が枯れても止まらない悲しみはっ! 救われぬ苦しみはっ!」
ああ、ごめん。本当に、ごめんよ。本当に、謝っても許されない。
僕が、希望なんて見せてしまったから。命じたから、頼んでしまったから。
貴女に、
こんな生き地獄を、強いたかったわけじゃないのに。
「――きっと、この瞬間の、奇跡のためにあったのですッ!」
それでも、彼女は気高かった。
綿毛が舞い散る、吹雪のなかで――凛と、リュスは百死の盾となった。
(ああ。今、僕は……間違いなく。泥と血に
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