ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

41 / 98
第41話 十秒の向こう側、泣きじゃくる君に明日をあげる

 終焉へのカウントダウン、残り三秒。

 

 満開寸前、歪む空間。

 天に座する綿毛の魔人(エグレット)は、磁力線の束ねて、喉奥にある暗黒へ収束させる。

 

 そびえ立つ巨木は、力の中継塔だった。

 黄金の花畑から、空高く伸びる不可視の滑走路(レール)。  

 この場に咲き誇る、数万のタンポポすべてを、綿冠(パップス)と変え、ヤバマーズ領を埋め尽くすため大規模魔術。

 

 目の前で、我が身を犠牲にし続ける仲間たち。僕は覚悟を決めた。

 

(……さあ、ようやく僕の番だ)

 

 背負っていたネジ巻き式ボウガンを、構える。

 装填されているのは、最後の秘策――黒銀結晶を練り込んだ特製ボルト。

 

「この距離からでも――当てて見せるっ!」

 

 外せば、終わりだ。勝機を狙おうと、指に力を込める。

 だが、伝わってきたのは、信じられないほどに軽い(・・)手応えだった。

 

「……っ!?」

 

 思わず、目を見開く。

 愛用のボウガンは、破損していた。相次ぐダメージに耐え切れなかったのだ。

 

(この土壇場で、鉄くずになりやがったかッ!)

 

 思考が、濁りかける。

 だが、好いた女を――リュスを、あんなにもボロボロになるまで戦わせたのだ。

 

(それがどうしたっ! 今さら、武器が壊れた程度で、膝を折る理由になるものかよ!)

 

『――さあ、現状を打破せよ』

 

 脳髄で、ヤバマーズの血が囁く。

 こんな鉄くずはもういらない、迷いなく投げ捨てた。

 

『――この戯けた現実を、ひっくり返せ』

 

 傷だらけの左手を、眼前へと突き出す。

 頼みの三日月の刃は、もうそこにはない。

 

 代わりに、ボルトを掴み――左手のウロコへ、押し当てていく。

 

 ――カチリ。

 

 ボルトが、ピタリと吸着。

 

「僕の左手こそが、貴様を貫く最後の武器だ。……これまでのツケ、利子付けて返してやるよ」

 

 ――全神経、強制同調(シンクロ)

 

 僕の異能と、含まれる黒銀結晶の周波数が、寸分の狂いなく同期。

 ボルトが僕の一部となる。神経が通り、電流が走るような鋭い感覚。

 

 今や、この左手は、一つの砲身へと変貌を遂げていた。

 

「貴様の異能は、完全に見切った。……そのパワーに、タダ乗りさせてもらうッ!」

 

 パシィィィィィィィンッ!!!

 

 それは、発射ですらなかった。

 

 魔人が発する絶大な磁気ポテンシャル。その引力の波動に――ボルトをそっと置いてやっただけに過ぎない。

 

 魔人が作り出した破滅のレール上を、黒銀結晶のボルトが滑走開始。亜音速を超えた。

 衝撃波が、立ち込める霧も、綿毛も、なにもかもを吹き飛ばし――。

 

「場に満ちた、貴様自身のエネルギーで消えろッ!」

 

 光の条となったボルト。行き先は、力の中心。

 

 まさに今、『満開』という滅亡を引き起こそうとしていた――魔人の喉奥、主導管の核へと突き刺さる

 

「……ア、アタ、チ……オウ、チ……ニ……」

 

 綿毛の魔人(エグレット)に充満した超高圧の魔素と、黒銀結晶が大衝突。

 

 励起された結晶は、エネルギーを持つ触媒。

 臨界状態のボイラーへ起爆剤を投げ込むに等しい、物理学的・魔術的な禁忌(タブー)

 

 巨大魔術回路そのものが激しくスパークし、白い頭部に無数の亀裂(ヒビ)が刻まれていく。

 

「終わりだ、お姫様。……もう、誰も待たなくていい」

 

 ――ドォォォォォンッ!!!

 

 閃光が、花園を覆った。

 凄まじい衝撃波が吹き荒れ、たまらず腕で顔を覆う。

 

「ア……。オカ……ーサ……、ムカエ……ニ……キ……」

 

 魔人エグレットの巨躯は、眩い光の粒子となって霧散していく。

 

 そんな奔流の中で、一瞬だけ。

 綿毛の仮面が剥がれ落ち、透き通るような少女の顔が、穏やかに空を仰いだ気がした。

 

 無数の綿毛たちは、統制を失って枯れ落ちていく。

 訪れる、静寂。

 

「……これで、十秒、だ」

 

 そう。ひどく。ひどく永く。果てしない十秒だった。

 僕には、理解できない……何十、何百という、残酷な犠牲の歯車(ループ)を乗り越えて。

 

 預言された滅亡を、物理法則の彼方へと叩き落としたのだ。

 

 ……代償に、左手からは、煙が上がっていた。

 急激に力が抜ける。意識が遠のく。

 

「アスタ様……っ!」

 

 抱きしめられているような、ぬくもり。

 

 霞む視界のすぐそこに、リュスの顔がそこにあった。

 ベールを脱ぎ捨てた瞳から、大粒の涙が溢れ出している。でも、顔はひどく憔悴し、今にも消えそうなほど儚かった。

 

(結局……なにも守ってやれなかったな)

 

 そんなことをぼんやり想う。

 二年前と同じ。僕は、憧れの貴婦人に、手を差し伸べられない男のままだったんだ。

 

「勝ち、ました。わたくしたち、死ななかった。……アスタ様も、ロダンも……誰も、死ななかった。初めて……初めて、これからの朝を迎えられる……」

 

 リュスが、子供のように声を上げて泣きじゃくっている。

 でも、残念ながら、今の僕には……もう、格好をつけることも、慰めることも、できる力は残されてはいない。

 

(あげるよ、明日なんて。明日はさ、誰もが持ってていいんだ。だから……)

 

 舌が動かなかった。

 

 

 ――世界が暗転。

 

 

(あーあ。頼むから、幸せになってくれよ。……リュシエンヌ。僕には……そんな甲斐性は、やっぱりなさそうだからさ)

 

 

 はは。どうやら、僕では、貴女を守れないらしい。




いつも応援ありがとうございます!

「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。

作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。