ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第46話 友情の押し売り、クロシュライトが猛ダッシュ!(前半)

 僕は、ヤバマーズの教会へと赴いた。

 リュスに、支えられながら。

 

「アスタ様、どうぞ。こちらに、お掴まりください」

「……ああ、すまない。助かるよ」

 

 激戦の代償で、まだ、動きがすこし不自由だったので助かった。

 その後ろを、ゲロハルト、オノレ、聖騎士ロダンと続いていく。

 

「若様。お足元に、段差がございますぞ」

「わかってるよ、ゲロハルト。あまり子供扱いするな」

 

 シスター・マグダリアに頼んで、礼拝堂(チャペル)の地下にある……ヤバマーズ一族の納骨堂へと降りていく。

 年季の入った石灰の匂いと、焚き染められたパチュリの芳香。

 

 ここには僕の身内……父上や母上も眠っている。

 その隣に、一つの壺を納めることにした。

 

「……これでよし」

 

 簡素な、素焼きの壺。

 

 入っているのは、タンポポの花畑が消え去った後に残った、一握りの灰。

 領地を滅ぼそうとした綿毛の魔人(エグレット)の――痕跡だった。

 

「ヤバマーズ男爵。……貴公は、正気か?」

 

 聖騎士ロダンが、こらえきれずに尋ねて来た。

 双眸には驚愕と、聖職者としての困惑が混ざり合う。

 

「ここは貴公の血脈が眠る、聖なる安息の地。そこに……あの惨劇を招いた、魔物の灰を納めると言うのか。……それは、先祖への冒涜ではないのか?」

 

 きっと、ロダンの言い分は正しい。聖騎士としての正論だ。

 でも、僕は首を振った。

 

「一つ、夢を見たんだ」

 

 ひときわ風化した石板へと、目を向けた。

 そこには、忌まわしき三代目、サキオン・ド・ヤバマーズの名が刻まれている。

 

「あの子が、ずっと待っている夢だ。このヤバマーズの男が……『サキオンおにーちゃん』が、迎えに来てくれるのを、何十年も、何百年も。……孤独な闇の中で、ただひとつの約束を信じて、待っている夢だ」

 

 リュスが、ハッとしたように見つめてきた。

 

「あの子が……ヤバマーズの身内だったと仰るのですか?」

「記録を遡れば、三代目サキオンには……歳が離れた、腹違いの妹がいたらしい」

 

 三代目サキオンは、恋文騒動の後、湖で死んだわけだ。

 ほぼ同時期に、その妹も母親と共に行方不明になっている。

 

 その後、当主となったのが、僕の曽祖父である。

 家督争いの末路か、あるいは別の悲劇か――真相は歴史の闇の中だが。

 

「もしも、万が一。僕の先祖が、彼女を待たせ続けていたなら。なにかの約束で縛り付けていたなら……今を生きる当主として、責任を取るべきだと思ったんだ」

「アスタ様の責任とは、どのような?」

「どんな人間にも、帰るべき場所は必要だろう?」

「……以前、仰っていた居場所、ですね」

「そうだよ。大事なことだ」

 

 ヤバマーズの男は、いつだって嘘つきだ。

 格好をつけて、ハッタリをかまして、最後には全部を台無しにする。

 

 きっとサキオンも、同類だったのかもしれない。

 

 オノレが、皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「相変わらず、ロマンチストだね。アスタ」

「……やはり、感傷が見せた夢だと思うか」

「さあね。だが、魔素には記憶を保有する性質がある――そんな学説もある。君の異能が、そこに繋がったのかもしれないし」

「このウロコが、夢を見せたとでも?」

「可能性は否定できないな。つまり……俺は嫌いじゃないよ、そういうの」

「そいつはどうも」

 

 夢の中で授かった、不格好なタンポポの花冠。

 そのお返しも出来ずに、あの子を忘れるなんて出来なかった。

 

「えらい王様には、到底なれそうにないけれど……お前が言った通り、おにいちゃんは、この不毛な地の領主様だからさ」

 

 タンポポが似合う、毒喰らいの男爵として――魔人(どく)が、我が墓に入ることすら許そう。

 

 僕は、壺を指で撫でる。そこに刻まれた名をなぞるように。

 

「おかえり、エマ(・・)。……ここが、お前の家だ。もう、どこへも行かなくていい」

 

 記録にあったのは、『エマ』という少女だった。

 

 その瞬間。

 納骨堂の闇深くから、ふわりと温かい風が吹いた気がした。

 それは春のひだまりのような、ひどく懐かしく、穏やかな。

 

 ――そんな錯覚。

 

「……ああ」

 

 リュスの瞳から、一筋の涙がこぼれ、石床に小さな染みを作った。

 この祈りにも似た弔いをもって、あの凄惨な戦いは、ようやく本当の終わりを迎えたようだった。

 

「クスクス……。本当に優しいこと、坊やったら」

 

 暗がりに溶け込むようなシスター・マグダリアの微笑みが……ひっそりと、僕たちを見守っていた。

 

「ヤバマーズの魂が、安らかであらんことを――」

 

 

***

 

 

 不毛の地の守護者、ヤバマーズ男爵。新時代の魔力資源『黒銀結晶』を以て、災厄たる『綿毛の魔人』を討伐せり。

 

 そんな報せが、僕が療養している間に、王都を駆け抜けたらしい。

 

 情報をバラ撒いた犯人は誰かって? 決まってるだろ。

 僕の悪友(とも)にして、稀代の策士。オノレ・ド・ラプラスその人だ。

 

「いいかい、アスタ。世の中っていうのはね、実態よりも『どう見えるか』がすべてなんだよ」

 

 書斎に広げられた、山のような書簡。

 オノレはコーヒー片手に、魔法仕掛けの羽ペンをさらさら躍らせた。

 

「ラプラス伯爵家の三男坊たるこの俺が、劇的な事件をまとめ、『未知の資源による勝利である』と墨を引いた。おまけに、聖騎士ロダン卿による『共に戦い、邪悪を討ち取った』という熱い証言も添えてね。……これ以上の宣伝文句が、この世にあるかな?」

 

 自称スパイのこの美男子は、僕が期待するどころか、頼んですらいなかったお節介を始めてしまったのだ。

 

 よりによって、聖騎士ロダンの名前を使っただと?

 これじゃあ、聖王教会が勝利にお墨付きを与えたように見えるじゃないか!

 

「……さすがに盛りすぎじゃないか? 一番活躍してたのは、白骨茸の廃液だろうに」

「でも、俺は嘘をついてないだろう」

「そりゃ、まったくの嘘ではないが……勝手に、僕の領地をブランド化するなよ。後で看板倒れだって苦情が来たら、どう責任をとってくれる」

 

 そもそも黒銀結晶の件で、王都から暗殺者が来るかもしれないと脅したのは、オノレ自身だ。

 さらに油を注いでどうする。

 

「まあまあ。リスクは確かにあるとも。でも、物事には機というものがある。これを見てごらん。社交会への招待状と、投資の打診。こんなに届いているんだよ」

「はあ? これが全部、僕宛てだって?」

 

 手紙の束をめくれば、名の知れた大貴族から商会までが揃っている。

 あの偶然の産物である黒銀結晶は、ヤバマーズが生み出した新時代の魔力資源として、王都の好事家たちの耳目を集めてしまったらしい。

 

「いやいやいや、待ってくれ! 話の規模がデカすぎる!」

「どうせ、君の不注意で存在は、バレていたんだ。なら、いっそ国家規模の価値があると吹聴して、利用し尽くすべきだと思わないかい?」

「思わねえよ! お前、すごい度胸だな!? 心臓に剛毛でも生えてんのか?!」

 

 ツッコミが追いつかない。

 事態が一人歩きどころか、猛ダッシュしてるじゃねえかっ!




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