ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第51話 でしゃばりハイスペック、そんな令嬢に依存しそう

「とにかく。わたくしが、切に申し上げたいのは、これからの屋敷の運営体制についてです」

 

 リュスはスッと、僕の背から離れると、凛とした足取りで立つ。

 

 その立ち姿だけで、僕は社交界の主役を迎えたような気分になった。

 

「村の女たちや孤児たちを束ね、訪れる賓客を失礼なく、もてなせるよう整える。――この役割、どうか、わたくしにお任せいただけませんか?」

 

 ――僕が触れることが叶わなかった頃の、リュシエンヌ。

 

 王都で喝さいを浴びていた、公爵令嬢としての面影に、思わず気後れしそうになる。

 

「いや、そこまで、させるわけには……。貴女は、あくまで客人だし……」

「ご心配なく。わたくしは王妃教育だけでなく、フルーリス公爵家にて、最低限、領地経営と家政管理は叩き込まれておりますから」

「……能力を、疑っているわけじゃないんだよ」

「ならば、何が問題ですか? アスタ様」

 

 何が問題って……。

 

(どうしよう。急に、恐れ多くなってきたぞ。そもそも、こんなボロ屋敷の家政を、王妃候補だった女性に任せるなんて、人材浪費じゃないか!)

 

 僕は、言葉に詰まってしまった。

 すると、リュスはいたずらっぽく微笑んで、指先でトン、トン、トン、と小気味よいリズムでテーブルを叩いた。

 

「アスタ様。そのように黙られてしまうと、わたくしの出過ぎた真似に、気を損ねたのではないか……と、不安になってしまいます」

「えっ!? ……ああ、すまん。違うんだ」

「どうか、嫌わないでください。……本当に、怖いのです、貴方様に疎まれるのが……」

「嫌いになんか、なるわけがないだろう!」

 

 くっ。この上目遣いの破壊力たるや!

 仕草一つとっても、染み付いた気品と可憐さが隠しきれていないじゃないか!

 目が死んでてもなお、可愛すぎるっ! 抗えないっ!?

 

「それにですよ。今のわたくしの肩書は、聖王教会の祓魔女(エクソシスター)。……ヤバマーズを、田舎貴族と侮ってやってくる賓客たちを威圧……おっと、失礼。安心させるには、十分すぎるほどではないですか?」

「確かに……。聖王教会の威を背負う聖戦士が、補佐として控えていれば……ただの若造ではないと錯覚させるには十分、かもしれないが」

 

 正直に言おう。

 僕は領地経営も屋敷の切り盛りも、これっぽっちも自信がない。

 

 王立大学で勉強していても、人の心や金銭の流れを操る能力は、上級貴族の足元にも及ばないのだ。

 

(でもさー、これ……僕がますます、リュスに頭上がらなくなるのでは? いや、そこに全然、不満はないんだけどさっ!?)

 

 このままだと……僕が、リュスに依存しそうだ。

 あ、いや、それ以上に、懸念もある。

 

「リュス。言ってはなんだが、君はまだ本調子じゃないはずだ。つまり、精神的に、な。わざわざ、苦労を背負い込む必要はないんだぞ」

 

 今は、ただ穏やかに過ごしてほしい。

 僕が、君をそうさせてあげたいんだ。

 

「わかってくれ。……心配なんだよ」

「いいえ。安心して、貴方様のお傍にいたいからこそ。……わたくしも、自らの手で、ここを安心できる場所にしていかねばならないのですよ、アスタ様」

「……リュス」

「わかってくださいますね、アスタ様?」

 

 有無を言わせぬ、静かな迫力。

 僕は……押し負けてしまった。

 

「……わ、わかった」

「ありがとうございます。寛大に、ワガママを聞いてくださる殿方は素敵です」

「うぐぅっ!?」

 

 何百、何千回もの、果てしない絶望を潜り抜けたリュス。放つ凄みは、十九歳の僕では到底及ばない。

 

 この場所を、この『今日』という日々を、絶対に失いたくない。そんな、狂気にも似た熱量を感じた。

 

(精神的な年齢では……僕よりも、圧倒的に、大人なのかもしれないな)

 

 すると、扉の外で「ぐすっ」と盛大に鼻をすする音が響いた。

 こっそり、様子を窺っていた老執事ゲロハルトだった。

 

「おお……おおおっ! これで! これでようやく、ヤバマーズ男爵家も安泰にございますな! 爺めも安心して、先代様の元に逝けます……ううっ、若様、おめでとうございまする!」

「勝手に盛り上がって、勝手に隠居気分になるなよ、ジジイ! まだまだ、こき使ってやる気マンマンなんだからな!」

「おおおっ、何と有難き御言葉っ!」

 

 滝のような涙を流しながら、ゲロハルトは五体投地で拝み始めた。……もう、勘弁してくれよ。

 

 どうやら僕のボロ屋敷は……。

 今日から、このでしゃばりな祓魔女(エクソシスター)によって、劇的に作り変えられることになりそうだ。

 

(リュシエンヌって、こんなに容赦がなくて、強かな女性だったのだな。……でも、僕が遠目に見る分には、あいつと本当に、お似合いだったんだけどな)

 

 文武両道のイケメン王太子。かたや、才色兼備の美女。

 

 確かに彼女には、自分が正しいと思ったことに一歩も引かない頑固さはあった。

 でも、それは評判を落とすものではなく、むしろ、気高い公爵令嬢としての称賛の的だったはずだ。

 それが、どうしてあんな――。

 

「あら、そうと決まれば。……わたくし、まずはロダンに、了解を得てこなければなりませんね」

「……え?」

 

 今、なんて言った?

 あの堅物極まる聖騎士ロダンに、了解を取る、だと?

 

「だって、ロダンは公式には、わたくしの監督役――もとい、監視ですから」

 

 リュスは、ニッコリと整った笑顔を浮かべた。

 

 嫌な予感しかしない。

 そこにはまだ、聖王教会という巨大な影が、僕たちの未来に色濃く落ちていたのだ。




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