不毛の地ヤバマーズに突如として降臨した、美しくも苛烈な
もはや、誰かに依存するだけの壊れた人形ではなく――。
爪を大地に突き立ててでも、居場所から離れまいとする。
そんな躍動と執念を、リュスに感じていた。
(どう考えても、この超絶ハイスペック令嬢を切り捨てたのは、人生最大の不覚だろうよ。……なぁ、王太子殿下?)
あとは、せめて。
彼女の深い心の傷が、わずかでも……一ミリでも塞がってくれれば。
どこか祈りにも似た、そんな想いを込めて。
まじまじと、影ある美貌を眺めていると――。
ふいに、リュスもまた。何を思ったか。
吸い込まれるような
視線が、熱を帯びて絡み合う。
暗闇に呑み込まれそうな錯覚に陥り……ゾクリ、鳥肌が立った。
「な、なんだよ……。どうした、リュス」
「…………」
たまらず、聞いてしまう。
返事はない。
すると、リュスは手元の書類を、トントンと整えてから。
いきなり、懐へと飛び込んでくる。
さらりと流れるような動作で――むぎゅ。
「うひゃっ!? なっ、ななな……っ」
「失礼します、アスタ様。……少々、作業が立て込み。心が、ひどく乾いてしまったのです」
「……それはお疲れ様、だな」
挨拶代わりとなってしまった、抱擁。
伝わる、柔らかな重み。
掃除が行き届くようになった清潔な部屋で、その体温だけが、妙に生々しい。
「……リュス。誰かに見られるぞ。その、マズいんじゃないか?」
「なにが、マズいのですか?」
「そりゃあ、あれだ。貴女の淑女としての、体面であるとか……」
「構いません。わたくしは、もう――淑女であろうとは思っておりませんから」
「――っ!!」
「ええ、
それは、自分を傷物だと蔑んでいるからなのか。
僕は、泣きたい気分になった。
公爵令嬢リュシエンヌが、守ってきた正義。気高い誇り。潔癖さ。
それを、今の彼女自身が「いらない」と切り捨ててしまうのが……たまらなく悲しかった。
どうか、かつての栄光や輝きを、諦めないで欲しかった。
「――そんな風に言うなよ」
「別に、わたくし。自暴自棄になっているわけでは、ありませんよ」
「そうではなかったとしても、だ。僕は……」
「……でしたら。わたくしを安らかにするための、戯言だと。そう、割り切ってくださいまし」
そんな簡単に割り切れる感情なら。
僕は、とっくに貴女を忘れていただろう。
それでも、僕は降参するように息を吐く。
リュスを突き放すことなど、けっして出来ないのだから。
「……アスタ様」
「なんだ」
「また、わたくしに……魔物肉をご馳走してくださいますか」
あまりに風変わりな要望だった。
そりゃあ、食べたいと言われれば……いくらでも用意するが。
「なぜ、そんなことを望む?」
「アスタ様が、わたくしのために手を尽くし、初めて用意してくださったものですから。……何度でも、あの味をいただきたいのです」
――なんて、殺し文句。
あの時は……魔物しかいない、この領地での苦渋の策だった。
そんな出来事さえも、リュスは精一杯の贈り物として、大切に抱きしめてくれている。
「魔物肉で喜ぶ乙女なんて、世界中探しても……きっと、君くらいだぞ。普通はもっと、花とか宝石とかさ?」
「わたくしの命のためにと、面倒な手間をかけてくださる御方がいる。それが……これほど幸福なことだとは知らなかったのです。ですから、どうか――」
「わかった、わかったから!」
さらに、ぎゅっと腕に力がこもった。
「……あんなもんでいいなら、いくらでも作るけどさ」
「嬉しい」
気のせいだろうか。
向けられる感情が、以前よりもどろりと甘く……より身動きが取れなくなるほど、重たくなっている気がした。
いや、でも。これは今だけのはずだ。
(早く元気になってくれたらいいよな……そうしたら、いつか)
そんな穏やかながらも、どこか歪な時間の裏で。
次なる戦場が、着実に近づいて来ている。
それは、剣を振るう戦いでなく。
投資家という、欲深い狐たちとの、金を巡る化かし合い。
(リュスも、ロダンも、ゲロハルトも、領民たちも。みんながここまで必死に動いてくれているんだ。……ここで僕が結果を出せないなんて、万に一つも許されない――っ!)
でも、いつだって現実は非情だ。
ヤバマーズ再生の切り札――
その真価を世に知らしめるための、パフォーマンス準備は。
実は、未だ難航していたのだった。
***
薄暗い解体小屋は、仮初めの研究室だ。
ここで行われる実験こそが、僕らの未来――詰み切った領地の運命を決める。
「結論から言おう。――兵器としてのデモンストレーションは、最悪だ」
断言したのは、青い前髪をいじる、オノレ・ド・ラプラス。
手元にあるのは、鈍い光を放つ
この石コロに、資源としての市民権を認めさせる必要があるのだが――。
「いいかい、アスタ。商人たちは、いつだって現物主義だ。次に来るとき、彼らは必ず『証拠を見せろ』と要求するだろう。そして――」
「……商人は、魔導の専門家じゃない。小難しい理屈より、わかりやすい成果を好む」
「察しが良くて助かるよ」
必要なのは、素人でも気分が上がる。そんなド派手なパフォーマンス。
だが、その『形』が問題だった。
破壊力ある兵器か? 利便性がある道具か? それとも、効率的な燃料か?
「しかし。焔王家や聖王教会を刺激するのは、眠るドラゴンの尾を踏み抜くようなものだ。あまりに無謀がすぎる」
「お前が……ラプラス伯爵家が背後にいても、か?」
「それでも、だよ。今のヤバマーズは、政治的な後ろ盾があまりに脆弱すぎるんだ」
「でも、お前が
「あくまで『聖王教会の精鋭を伴った、奇跡的な英雄譚』の添え物として、だよ。もしこれが『辺境貴族が独占する未知の超兵器』だと思われてごらん? 来週には、笑顔の徴収官ではなく、抜き身の剣を携えた軍隊が挨拶に来るだろうね」
「うわぁぁ……」
「疑うなら、試すかい?」
「最悪な度胸試しを、提案してくるんじゃねえよっ!?」
なんて、シビアなバランスだ。
王家の不興を買えば、製造権は強引に剥奪される。
僕は生涯、飼い殺しにされかねない。
最悪、ヤバマーズ滅亡というチェックメイトまであり得る。
リュスを守ることも……彼女の隣に居続けることも、出来なくなる。
「なら、平和的に――それこそ、生活を豊かにするように見せかけろってことか」
「そういうこと。既存の魔力資源……例えば、魔晶石の範疇を一歩もはみ出さないフリをしながら、利便性だけで既存の市場を圧倒するんだ」
「魔晶石か。ありゃあ、一部の特権階級にしか扱えない高価な宝石だろ。素人が触れれば魔素に曝露して最悪変異するし、加工にも錬金術師の高度な技術が要る」
「対して、この
理屈は簡単だが、実現は難解だった。
言っていることはわかるのだ。
だが、オノレが平然と言っているのは、本質的に――。
「でも、それって。魔力資源を……適性がない一般人にまで、扱える玩具にしろって言ってるようなものじゃねえか?」
「その通り! 話が早くて助かるよ、我が親友《とも》!」
「いや。それは……無茶だろ」
オノレが求めているのは、一部の天才や異能者による現象ではない。
魔導の資質に依存しない、万人にとっての普遍的な価値。
「無茶を通して、道理にしなよ。アスタ。君が選んだのは、そういう道だ」
「……本当に、そこまでやらなきゃダメか?」
「リュシエンヌが欲しいなら、ね。そも、魔導の本懐とは、世界の法則を解明し、コントロールしようとする傲慢な意志にある。今更、尻尾を巻いて逃げ出すのかい?」
わかりやすい挑発だった。
けれど、今の僕には、そんな安っぽい煽りに乗るくらいのヤケクソさが必要だ。
大口を叩けば、後には引けなくなる。
それこそがヤバマーズ流だ!
「――いいさ、やってやるよ。必要なら、神様にだって喧嘩を売ってやるっ!」
「あはは! 相変わらず、惚れ惚れするようなバカだね、君は」
すると、オノレは心底愉快そうに、感嘆を漏らしたのだった。
いつも応援ありがとうございます!
「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。
作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!