ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第69話 名門の袖に、油汚れ。職人魂、ドレス舞う。

 で、アイデア通りに、やらせてみると文句だらけだった。

 特に、オノレがな。

 

 裏料理長として、オノレを任命してみただけなのに。

 

「君はバカか!? いや、バカだったな! しかし、ここまでとは――」

「僕は、現実的なレシピを考案して、必要な箇所だけ伝授をしろと言っているに過ぎんぞ」

「そこがおかしいと言っているんだ。俺は美食家であって、料理番ではないよ!」

 

 言っていることは正しい。実に正論だ。

 血統ある貴族が、厨房で(すす)油泥(ゆでい)にまみれるなど、本来ありえない。

 

 ……一部、例外はあるが。

 

「大人しく、出張料理人(トレトゥール)ギルドから、親方を呼びたまえよ! 大急ぎでね!」

「そう。それが問題だぞ、オノレ」

「なにがだい」

「この時期に、出張料理人(トレトゥール)を呼んで……邪魔が入らぬわけがないっ!」

「……まあ、そうかもしれないな」

「よしんば来たとして、だ」

 

 いつも政治は、オノレの方が頭が回る分野だが。

 辺境男爵が、どんな嫌がらせを受けるかについてだけ(・・)は、僕が上回る。

 

「筋の通った職人が、本気で来ると思うか? どこぞの飼い犬だったら?」

「……そう来たか、一理ある」

「格式あるギルドの印章も、金貨の重みでいくらでも歪む。そうだろ」

 

 一度、屋敷の敷居(しきい)を跨げば、妨害手段など腐るほどある。

 

 料理に一服、盛るまでもない。

 器を割り配膳を遅らせ、客人の耳にちょっと噂を吹き込むだけでいい。

 そしたら、夜会はおじゃんだ。

 

「僕が敵だったら、ここで仕掛ける。宮廷闘争はよく知らんが……これが“血を流さない戦争”だと言うのなら、僕はそうする」

 

 厚化粧をして誤魔化す、盛大なもてなし。

 弱みとお宝だらけの今、部外者を招き入れるなど……敵に城門の鍵を渡すに等しい愚行。

 

「君ってやつは。……そういう嗅覚だけは、外さないんだよなあ」

「あまり褒めるな、照れる」

「褒めてるんだけど、褒めてない」

「それに、な。……オノレ」

 

 僕は、わざわざ近づいて、オノレの前髪をいじってやる。

 

「僕と食卓を、一度も共にしないってことは、だ。何らかの方法で、自炊くらいしてるだろう。……なあ、ラプラス伯爵家の三男殿?」

 

 オノレは、実に嫌そうな顔をした。

 

 一部の例外。そう、上位貴族が料理可能であるとは、なにを指すか。

 

 高貴な道楽か? まあ、ごく稀に、それもある。

 

 だが、実利面では――野営能力と暗殺対策だろう。

 

 貴族の強固な建前はあるにしても、三男(スペア)のコイツは、必要だと修めてもおかしくはないスキルなのだ。

 

 なにせ、この男。

 一見ただの優男だが、こんな僻地まで、単独で馬を走らせる続けたほどの強者(つわもの)である。

 その辺の、お坊ちゃんと同じにしてはならない。

 

 趣味と称し、わざわざ自分で、コーヒーを淹れているほどだしな。

 これも用心深さの表れだと、僕は見ている。

 

 オノレは忌々しそうに、僕の手を払った。

 

「……はあ。仕方ないから、やってやるけどね」

 

 上着を脱ぎ捨て、袖をまくるオノレ。

 あとは、こいつの美学に任せておけば、それなりの味にはなるだろう。

 

「一言だけ言わせてくれ。……地獄に落ちろ、我が親友(とも)

「たぶん。僕はもう地獄に落ちてると思うぞ」

 

 凄まれたが、僕は軽く聞き流した。

 ヤバマーズだと、地獄はお散歩コースみたいなもんだ。

 

 なお、村の女たちは、喋り出すとお里が知れるので、お口チャックな裏方作業員として投入するつもりだ。

 あとで、母ちゃんたちを、ベタ褒めして持ち上げに行く予定。ヘソ曲げられたら困る。

 

「あっ! オノレ、もちろん当日は確定済みのスポンサーとして、熱弁も振るってくれよな。ラプラス伯爵家の威光ばんざーい!」

「……それもやるつもりだったけどさ。さすがに、俺をこき使いすぎだと思わないの?」

「間借りしてるんだから、それくらいやれよ(即答)」

「はあ。ねえ、一応確認するけれど、まさか、あの忌々しい魔物肉をメインディッシュに使えとまでは言わないよね?」

 

 なにを言ってるんだ、こいつ。

 さすがに、それは僕をバカにしてる。

 

「そんな野蛮なこと、言うはずないだろ。第一、薄切り肉での除染は成功したとはいえど、肉質はジビエの方が旨いしな」

「ホッ……。ようやく君にも、貴族としての良心が芽生えたようだね」

「代わりに、このスープを使えよ。今ある貧相な食材じゃ、商人の舌を黙らせるには到底足りないからな」

「スープ?」

 

 鍋に並々と注がれた、琥珀に輝くスープ。

 肉そのものはジビエでよしとしても、味の深み――すなわち、旨味だけは誤魔化しが利かないはずだ。

 

「……なんだい、これ?」

青銅鹿(スタチュー)から抽出した、出汁(フォン)だ」

「やっぱりか、この野蛮人めっ! そんなもの魔素汚染されてるはずだろ!?」

「いや、実験を繰り返して気付いたんだ。肉の繊維から魔素を取り除くのは困難を極めたけど……特定の手順で煮出した、出汁(フォン)なら容易い」

「うわぁ。本気でイカれてるよ、この男爵……」

 

 オノレが、表情を引きつらせる。

 

「心配するな、ちゃんと美味しかったぞ」

「味は、問題にしてないんだよ。わかる? 気にしてるのは、衛生面と安全性っ!」

「聞けって。試食させたネズミにも虫にも、異常はまったくなかったんだ。計算上、人間が数杯飲んだところで、毛が抜けたり肌が青くなったりはしないはず」

「そんなの年単位の蓄積で、異常がないとまでは言えないだろう!?」

「お前な。そこまで言ったら、魔素がある土地で大概の食材は使えなくなるぞ。この世のあらゆる食材は、潜在的に微量汚染されているはずだ」

「わからないかなあ! 既に変異した魔物は、微量じゃないんだよ!!」

 

 ぐだぐだ、うるさかったので耳を塞ぐ。

 

「あー、はいはい。んじゃ、僕、忙しいから後でな」

 

 罵倒を背中に浴びつつ、さっさと厨房をあとにする。

 

(オノレは、仕方ない奴だなあ。……いくら頭が良い人間でも、嫌悪が先に立つと定量リスク計算ができなくなるということか)

 

 よく考えて欲しい。

 その辺の野菜やジビエも、変異していないだけで、除染などは一切していない。

 しかし、魔素は絶対に残留しているはずだ。

 

 未除染の、通常食材。

 除染した、変異食材。

 

 さあ、どっちが比較上、安全だろうか?

 重要な点はなに? そう魔素の残留濃度だ。

 

「なんなら、残留濃度を比較したら、こっちのスープの方が安全な可能性すらあるだろうにな(割り切り過ぎ)」

 

 領民たちは、ずっとこの土地で暮らせているわけで。

 

 数十年単位で食べても、通常食材レベルまで残留濃度に抑えられているなら、汚染は問題ないと断言できる。

 

 つまり、オノレがなにも確認せずに嫌がっているのは、生理的な嫌悪感に過ぎない。

 

(もうそれって、気分の問題と言うやつだよなー。まったく仕方ないなぁ、育ちの良いお坊ちゃんは)

 

 で、また向かった先でも、場違いな絶叫が響き渡る。

 

 みんな、叫ぶのが好きだからさぁ。他人の屋敷でやめてほしいよな。

 なんだ、今度はジルか。

 

「嫌っす! 絶対に嫌っす! 断固拒否っす!!」

「ふーん、そうか。……でも、やれ」

「そんな先輩っ!? わからないんすか、これ、ハラスメントの極致っすよ! 訴えるっす!! 外交問題っす!」

「あいにくここはヤバマーズ領。つまり、僕が法律だ。文句あっか?」

「あー! 悪徳男爵だぁあああっ!?」

 

 騒ぎ立てるのは、エプロンドレスと頭巾に身を包んだジル。

 ヤバマーズ家の紋章色(リバリー・カラー)

 白と赤が取り込まれた、これこそが我が家の新しきメイド服。

 

「似合ってんじゃん。かわいい、かわいい(棒読み)」

「嫌がらせっす! 名誉毀損っす! なんでうちが、こんな女装しなきゃならないんすか!? ありえないっす、これでもマクスウェル子爵家の跡継ぎ候補っすよぉぉおおっ!?」

 

 トレードマークのポニーテールを揺らし、童顔を林檎のように真っ赤にして憤慨する。

 

 その姿は――ちょっと生意気な新人メイドそのものだった。




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