ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第70話 解釈違いだ、バカやろうっ! メイド服なんか似合うわけがないっ!(前半)

 頬染めたまま、エプロンドレスのジルは、恨みがましく上目遣い。

 

「屈辱っす……。アスタ先輩、まさかこういう趣味だったんすか?」

「ちげーよ。フツーに必要だからだよ」

「ああっ。うちってば、今、アスタ先輩のカラーに、染められているっすぅ……っ」

「その言い方は止めろ、誤解を招くだろ。気持ち悪い」

 

 ヤバマーズ男爵家カラーなのは、その通り。

 

 左胸には、角笛が刺繍。

 赤と白を基調としつつ、赤紐でドレスをキュッと締め上げている。

 安価な(マダー)染めだが、存外に様になっている。

 落ち着きの中にも、どこか規律を感じさせる佇まいだ。

 

 まさしく、我が家の旗印。紋章色(リバリー・カラー)と同じだ。

 

 これを制服とし、順次使用人の女たちへ支給していくつもりなのだが――記念すべき第一号が、なんとジルになってしまった。

 

 断っておくが、こんな後輩に使用人(メイド)服を着せて、悦に至る趣味などはまるでない。

 

「跡取り候補としての嗜みだ。お前だって、他家で小姓修行くらいしてんだろ? 接待の席で、立ち居振る舞いの作法すら知らない自称メイドしかいないんじゃ、商談の格が下がるんだよ」

 

 表に出すメイドを、まったくゼロにするのはさすがに不自然極まりない。

 

「だからって、うちはメイド修行なんてしてないっすよ!?」

「小姓がこなせるなら、メイドくらい余裕なはずだって」

「そんな横暴なっ!?」

 

 そこに現れたのは――白目(ピューター)トレイを扱うヘイホーだ。

 

「ジル、お静かに」

 

 ジタバタ暴れるジルとは、対照的。

 ヘイホーは、洗練された佇まいで、顎を引き背筋をピンと伸ばしている。

 

「今のあなたは、技師ではなく一介のメイド。背筋を伸ばしなさい。指先の角度一つで、男爵閣下の品格が決まるのですから」

「はぁっ!? ヘイホーの癖に、生意気っす!」

 

 我が家の紋章が刻まれた、古臭い制服(リバリー)を着こなし……前髪を整えたヘイホー。

 あの情けない泣きべそが嘘のよう。こなれた従僕へと変貌を遂げていた。

 

「お前、誰だ? 本当にヘイホーか?」

 

 思わず、問いかけてしまった。

 

「ボクは王立大学(アカデミア)で、嫌みな教授や傲慢な貴族子弟たちに、二十四時間体制で雑用を叩き込まれましたからねぇ」

「でも、大学の給仕と、屋敷の晩餐会はまた勝手が違うだろ?」

「ええ、もちろんです。……ですが、大学では多人数を短時間で捌かねばなりませんでした」

「おいおい、そんなにキツかったのかよ」

「給仕のミスは即、身分への侮辱扱い。食器の角度が僅かでもズレれば、徹夜で書いた論文やノートを、容赦なく破り捨てられる……そんな環境でしたからねぇ。常に退学の恐怖と背中合わせの、スピードと正確性の勝負でしたよ」

 

 遠い目をするヘイホー。

 

「平民にとって、マナーとは――権力者に殴られないための、唯一の防具です」

 

 うわぁ……発言に、悲哀が漂ってる。

 

「“礼法の重み”ってやつの定義が、僕らと違いすぎるだろ……」

「で、聞いてみれば、基本思想(プロトコル)は共通ですし。今さら覚えるのに、まったく苦労しないですよねぇ」

「まあ、基本マナーは……同じかなあ?」

「はい。正直、黙って決められた手順だけやってさえいれば、殴られたりしないわけで。もう楽勝ですよ」

「お、おう。ただな、本番は……マニュアル外の、空気を読む場面もあるぞ? 例えば、目配せだけで動けるか?」

「思うに、先の展開が予想できれば、それほど問題ないと思うんです。理不尽な要求に応え、気位の高い方々の神経を逆撫でせずに振舞う。そんな技術だけは……講義よりも身についていますからねぇ」

 

 まさか、平民苦学生(サイザー)としての生存本能が、ここまでの副産物を生んでいたとは。

 恐るべし、格差社会。

 

 試しにいくつかの所作をチェックしてみたが、驚くほど隙が無い。

 

「きっと、横暴な教授や貴族学生たちよりも、商人の皆様のほうが、遥かに理性的で御しやすいはずですからねぇ……(やっぱり遠い目)」

 

 心が死んでるみたいだが、文句の付け所はなさそうだ。

 

(給仕役は、本当にヘイホーに任せて問題ないみたいだ。……これで、大学の脱落者だと? いきなり専門職(プロ)並みじゃん。実践経験の詰み方がエグすぎる)

 

 世渡り下手だと思っていたヘイホーの不遇な歳月。

 血と涙が混ざり合い、確かな形となって結実していた。

 正しく装えば、見目も決して悪くない。

 

(まさに思わぬ、拾いもの。人間とは、どこでどう花が開くかわかったものではないな。……そうだよな、能力や才能なんて、他人が容易く理解できるもんじゃなかったよなあ)

 

 それに引き換え。

 ……ジルはまだ、騒ぎ立てている。

 

「納得いかないっす! なら、うちが給仕やればいいじゃないっすか! 立場的にも相応しいっはずっす!」

「それはそう。子爵候補を侍らせるとなれば、僕の箔が付くくらいだ。技師として、直接的な技術プレゼンも兼ねられる。男性使用人のほうが、見栄えが良いのも事実!」

「それならっ!」

 

 パァッと、目をキラかせるジル。

 

「でも、ダメ。ダメなものはダメ」

「はぁああ!? そもそもメイドが足りないなら、リュスさんにこの服を着せれば万事解決じゃないっすか!」

「はぁあああああっ!?? 解釈違いだ、バカやろうっ! メイド服なんて、彼女に似合うわけないだろうがっ!」

「うちに似合って、お姉さんに似合わない根拠がわかんないっすよ!?」

 

 メイド服を着た、リュスだと!? ばかばかしいっ!

 もはや、美の化身に、ぼろ布被せるような暴挙。僕が許さん。

 

(リュスに執事服を着せるのでさえ、どうかと思っているのに。……下級使用人(メイド)にまで墜とさせるなんて、最悪の冒涜だ。侮辱でしかないっ!)

 

 想像するだけで不愉快。

 そんなリュスなど、見たくもない。

 

(だいたい、メイド服なんてものはな、女性の魅力と個性を殺すための制服なのだ。着せて喜ぶ奴がいたら、間違いなく変態だっての!)

 

 情欲を刺激せぬよう徹底的に露出を排した、洒落っ気の欠片もない装い。

 髪を閉じ込める、キャップ。

 身体の曲線がわからぬ、ボリューム感。

 くるぶしまで隠す、ロングスカート。

 手首まで覆う(カフス)――……。

 

(そんなの、そんなのっ! ……――いや、意外にありだな? 隠され過ぎた結果、かえって素肌への想像力が加速する気がする!?)

 

 よく考えれば、祓魔女(エクソシスター)の法衣も、ある種の禁欲的な記号。

 ……ヤッバ、親和性が高いってことじゃないか。

 

(結論。なにを着ても、魅力が隠しきれないと思うよ。リュスは! むしろ、慎ましさこそが、引き立ててしまう気がする!)

 

 ――じゃねえよっ!

 クソっ! やめろ、煩悩がっ! 煩悩が僕を支配する!?

 

「ジル、お前っ! 真面目にやれよ! 僕を変な妄想に走らせるんじゃないっ!」

「それはこっちのセリフっすよ!? 先輩、目が血走ってるっす!」




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