頬染めたまま、エプロンドレスのジルは、恨みがましく上目遣い。
「屈辱っす……。アスタ先輩、まさかこういう趣味だったんすか?」
「ちげーよ。フツーに必要だからだよ」
「ああっ。うちってば、今、アスタ先輩のカラーに、染められているっすぅ……っ」
「その言い方は止めろ、誤解を招くだろ。気持ち悪い」
ヤバマーズ男爵家カラーなのは、その通り。
左胸には、角笛が刺繍。
赤と白を基調としつつ、赤紐でドレスをキュッと締め上げている。
安価な
落ち着きの中にも、どこか規律を感じさせる佇まいだ。
まさしく、我が家の旗印。
これを制服とし、順次使用人の女たちへ支給していくつもりなのだが――記念すべき第一号が、なんとジルになってしまった。
断っておくが、こんな後輩に
「跡取り候補としての嗜みだ。お前だって、他家で小姓修行くらいしてんだろ? 接待の席で、立ち居振る舞いの作法すら知らない自称メイドしかいないんじゃ、商談の格が下がるんだよ」
表に出すメイドを、まったくゼロにするのはさすがに不自然極まりない。
「だからって、うちはメイド修行なんてしてないっすよ!?」
「小姓がこなせるなら、メイドくらい余裕なはずだって」
「そんな横暴なっ!?」
そこに現れたのは――
「ジル、お静かに」
ジタバタ暴れるジルとは、対照的。
ヘイホーは、洗練された佇まいで、顎を引き背筋をピンと伸ばしている。
「今のあなたは、技師ではなく一介のメイド。背筋を伸ばしなさい。指先の角度一つで、男爵閣下の品格が決まるのですから」
「はぁっ!? ヘイホーの癖に、生意気っす!」
我が家の紋章が刻まれた、古臭い
あの情けない泣きべそが嘘のよう。こなれた従僕へと変貌を遂げていた。
「お前、誰だ? 本当にヘイホーか?」
思わず、問いかけてしまった。
「ボクは
「でも、大学の給仕と、屋敷の晩餐会はまた勝手が違うだろ?」
「ええ、もちろんです。……ですが、大学では多人数を短時間で捌かねばなりませんでした」
「おいおい、そんなにキツかったのかよ」
「給仕のミスは即、身分への侮辱扱い。食器の角度が僅かでもズレれば、徹夜で書いた論文やノートを、容赦なく破り捨てられる……そんな環境でしたからねぇ。常に退学の恐怖と背中合わせの、スピードと正確性の勝負でしたよ」
遠い目をするヘイホー。
「平民にとって、マナーとは――権力者に殴られないための、唯一の防具です」
うわぁ……発言に、悲哀が漂ってる。
「“礼法の重み”ってやつの定義が、僕らと違いすぎるだろ……」
「で、聞いてみれば、
「まあ、基本マナーは……同じかなあ?」
「はい。正直、黙って決められた手順だけやってさえいれば、殴られたりしないわけで。もう楽勝ですよ」
「お、おう。ただな、本番は……マニュアル外の、空気を読む場面もあるぞ? 例えば、目配せだけで動けるか?」
「思うに、先の展開が予想できれば、それほど問題ないと思うんです。理不尽な要求に応え、気位の高い方々の神経を逆撫でせずに振舞う。そんな技術だけは……講義よりも身についていますからねぇ」
まさか、
恐るべし、格差社会。
試しにいくつかの所作をチェックしてみたが、驚くほど隙が無い。
「きっと、横暴な教授や貴族学生たちよりも、商人の皆様のほうが、遥かに理性的で御しやすいはずですからねぇ……(やっぱり遠い目)」
心が死んでるみたいだが、文句の付け所はなさそうだ。
(給仕役は、本当にヘイホーに任せて問題ないみたいだ。……これで、大学の脱落者だと? いきなり
世渡り下手だと思っていたヘイホーの不遇な歳月。
血と涙が混ざり合い、確かな形となって結実していた。
正しく装えば、見目も決して悪くない。
(まさに思わぬ、拾いもの。人間とは、どこでどう花が開くかわかったものではないな。……そうだよな、能力や才能なんて、他人が容易く理解できるもんじゃなかったよなあ)
それに引き換え。
……ジルはまだ、騒ぎ立てている。
「納得いかないっす! なら、うちが給仕やればいいじゃないっすか! 立場的にも相応しいっはずっす!」
「それはそう。子爵候補を侍らせるとなれば、僕の箔が付くくらいだ。技師として、直接的な技術プレゼンも兼ねられる。男性使用人のほうが、見栄えが良いのも事実!」
「それならっ!」
パァッと、目をキラかせるジル。
「でも、ダメ。ダメなものはダメ」
「はぁああ!? そもそもメイドが足りないなら、リュスさんにこの服を着せれば万事解決じゃないっすか!」
「はぁあああああっ!?? 解釈違いだ、バカやろうっ! メイド服なんて、彼女に似合うわけないだろうがっ!」
「うちに似合って、お姉さんに似合わない根拠がわかんないっすよ!?」
メイド服を着た、リュスだと!? ばかばかしいっ!
もはや、美の化身に、ぼろ布被せるような暴挙。僕が許さん。
(リュスに執事服を着せるのでさえ、どうかと思っているのに。……
想像するだけで不愉快。
そんなリュスなど、見たくもない。
(だいたい、メイド服なんてものはな、女性の魅力と個性を殺すための制服なのだ。着せて喜ぶ奴がいたら、間違いなく変態だっての!)
情欲を刺激せぬよう徹底的に露出を排した、洒落っ気の欠片もない装い。
髪を閉じ込める、キャップ。
身体の曲線がわからぬ、ボリューム感。
くるぶしまで隠す、ロングスカート。
手首まで覆う
(そんなの、そんなのっ! ……――いや、意外にありだな? 隠され過ぎた結果、かえって素肌への想像力が加速する気がする!?)
よく考えれば、
……ヤッバ、親和性が高いってことじゃないか。
(結論。なにを着ても、魅力が隠しきれないと思うよ。リュスは! むしろ、慎ましさこそが、引き立ててしまう気がする!)
――じゃねえよっ!
クソっ! やめろ、煩悩がっ! 煩悩が僕を支配する!?
「ジル、お前っ! 真面目にやれよ! 僕を変な妄想に走らせるんじゃないっ!」
「それはこっちのセリフっすよ!? 先輩、目が血走ってるっす!」
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