ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第71話 解釈違いだ、バカやろうっ! メイド服なんか似合うわけがないっ!(後半)

 ああ、なんて物分かりの悪い後輩なんだ。

 わざわざ言葉を尽くし、説明してやらねばならないか?

 

「まず、聞け。お前だけ、圧倒的に弱みが足りなさすぎる。そう思わないか?」

「……へ?」

 

 ジルは、長い睫毛をぱちぱちさせているが、どこかあざとい。

 

「しらばっくれるなよ、ジル。お前だけ安全圏から楽しもうとしても、それはダメだぞ?」

「な、なんのことっすかね……?」

 

 はは、愛い奴め。僕を、出し抜けると思ってたか?

 

「そいつは頂けないなあ、そういう立ち位置(ポジション)はヤバマーズの教義では無しって決まってんだよ」

「いやいやいや、うちはそんなつもりじゃ……」

「僕たちは、全員が全員分のスキャンダルを握りあった共犯関係じゃないと、チームとして成立しない段階にきている。そうだろ?」

「めちゃくちゃ嫌な判断してくるっすねっ!? その泥沼みたいな身内の縛り方、どこで学んだんすか?」

「そりゃ地元に決まってんだろ」

「マジ、最悪な場所っすね!? ヤバマーズ領!?」

 

 さっきからジルの顔が、雄弁に物語ってやがる。

 『こいつ、気付いてやがったか』と。

 

「アスタ先輩って空気読まない癖に、人の汚い部分への嗅覚だけ(・・)は、ものすごいっすよね?」

「そう褒めるなよ。……ただ、僕の血が囁いてくるだけだ」

「怖っ!? オカルトの類じゃないっすか?!」

「そうかも(素直)」

 

 でも、マジで血が囁くんだもん。やれって。

 まあ、本当は人の汚い部分なんて、わりと嗅ぎ慣れてんだよな。

 身内に関して、鈍くなるのは否定しないが。

 

 ジルは、平民から養子入りした成り上がりの癖に、妙にリスク管理が上手だ。

 それも、ドワーフ親方の教えだろうかね?

 美味しい蜜は吸いたいけれど、余計な面倒事は勘弁ってスタンス。

 

 こいつの小狡さなんて、素直で可愛いもんで。

 憎めない奴だから、大抵は僕も笑って見逃してやるが――。

 

「オノレはさ、もう何度も僕のために危ない橋を渡ってくれているんだよ。ああ見えてな? でも――お前は、まだ全然、つま先すら汚れてないよな?」

「あはははは。……先輩は、うちとの友情を疑わないっすよね? 大好きっすよね?」

「ああ。大好き、大好き、超好き(棒読み)」

 

 お前は本当に、最高の後輩だよ。

 趣味も感性も一番合う。

 

 だが、客観的に見て……今のところ、ジルだけはヤバマーズの内情をどこかにバラしても、痛くもかゆくもない立ち位置だ。

 

「だからこそ――やれ。その服で、客人の前に出ろ」

 

 前にオノレは、わざわざスパイが紛れ込む可能性を教えてくれた。

 あいつは、本当に頭が良い。宮廷陰謀がよく見えてるんだろうな。心配してくれたんだ。

 

 でも、僕はバカだからさ。

 政治とか複雑な盤面はよくわかんない。

 だから、もっとシンプルに、最短の解決法がないかを考えたわけだ。

 

 ――裏切り者がいても、そいつ自身が困るようにすればいい、と。

 

 商談を成功させるのは前提として。

 もし外部に情報が漏れたら、関わったすべての派閥にスキャンダルが直撃するように設計してある。

 

 ヤバマーズ男爵家、ラプラス伯爵家、マクスウェル子爵家。

 

 どの家も、転べばただでは済まない。

 特に本人たちのキャリアは、ぶっ壊れレベルまで調整済みだ。

 これで誰も裏切れなくなる。もう疑い合う必要がなくなる。

 

 ……僕は領地も、仲間も、リュスも。ぜんぶ守り抜くんだ!

 

「ここらで一発、全員一緒に綱渡りをしようじゃないか。なあ? そしたら、みんなイーブン。この先、僕たちは心から信じ合える仲間になれるぞ?(満面の笑み)」

「……ナチュラルに、最悪っす。この先輩、頭の回転を活かす方向性が、明らかに異常者やら闇組織のそれっす」

「おいおい、僕を褒め過ぎだって。いざと言う時、戦場で仲間割れしないようにしてるだけだっつの」

「判断基準が、戦場っ!?」

「戦場で、一番怖いのはな? 窮地に陥った時に、互いへの疑いが噴出することなんだよ。背中を預けられる前提があれば、まあまあ、なんとかなるもんだ」

 

 宮廷陰謀は、血を流さない戦争だと言うじゃないか。

 だから、政治も商売もとんちんかんな僕が、地方での戦場リアリティをブチ込んだだけ。

 

「こちとら貴族令息としての教養を、ヤバマーズの未来のために活かしてほしい。そう真っ当で、誠実なお願いをしているだけなんだが?」

「今ので頷くと思ってるんすか!? 全然真っ当じゃないっす! うちは、まだ貴族の経験年数浅いっす! 心の準備できてないっす!」

「都合の良い時だけ、元平民面すんな。やれんだろ」

「でも、メイド服って!? 股もブラブラ、スースーして落ち着かないっす! めちゃくちゃ心もとないっす、尊厳破壊っす!」

「別に、スカート捲って踊れとまでは言ってないだろ。ほら、お前だけが頼りなんだよ、本当に」

「ドラン親方に見られたら、間違いなく破門っすよ……っ!」

「いや、あのなあ? だからこそ、やれって言ってんだぞ?(容赦ない)」

「良心をどこに置いて来たんすか!? 正体、バレたらどうすんすか!」

「バレねえよ、似合いすぎてるから。子爵候補がメイド服着るとか、正気の人間は絶対思わねえよ」

「一番、正気じゃない人が言わないで欲しいっすよねっ!?」

 

 半泣きで、必死に抵抗を試みるジル。

 

 まあ、気持ちはわかるんだよ。

 メイドの格好するなんて、キャリア上の汚点だ。しんどいよな。

 でも、レベルの高いメイドは、マジで必要だし……。

 

 なにより、ジルが技術協力者であることを、今回は商人たちに伏せておきたいのだ。

 

(マクスウェル子爵家が関与していると見えれば、軍事色が強くなりすぎる。黒銀結晶(クロシュライト)が、ただの兵器に見えてしまえば、目的が達成できない。しかも――)

 

 短期間でも、ジルを隠せれば、切り札(ジョーカー)になりうる。

 ドラン子爵の跡継ぎというネームバリューには、それだけの威力がある上に。

 

(――まさか、専門家がメイドに扮してるなんて誰も思わねえよなぁ?)

 

 目立つジルを、メイドに変装をさせ運用するのは、一石三鳥どころか四鳥にもなる妙手。

 

 そして、リュスにメイドを任せないのにも、また別の、極めて正当な理由があった。

 

「リュスには、祓魔女(エクソシスター)として立ち会ってもらう役目があるんだ。教会の威光が背後にあるほうが、どう考えてもハッタリが効くだろ?」

「えっ、あのお姉さん、教会の女聖戦士なんすかっ!?」

「そうなんだよ、そこに聖騎士ロダンもセットでいれば完璧だろ? ほら、すげー、平和で人道的な発明に見えてくるじゃん?」

 

 聖王教会の正式な認可があるなどと、嘘を吐くつもりはない。

 ただ、勝手に向こうが「教会お墨付きの新資源か」と勘違いしてくれるなら、これほど有り難いことはないわけで。

 

 はあ、とジルは力なく、魂の抜けたような溜息をついた。

 

「……あのお姉さん。ただの愛人(メトレス)じゃなかったんすね」

「そのネタはやめろ」

「ってことは、うわあ……教会のシスターを手籠めにしたんすか。パないっすね~、さすがアスタ先輩。……マジ、ドン引き」

「やめろって言ったのが、聞こえなかったか?」

 

 隙あらば、下ネタを捻じ込もうとするのやめてもらえないかな。

 ジルってば、この童顔(ツラ)で下世話な話題が大好きなんだよなぁ。

 

「油断してたっす。甘ちゃんな先輩が、これほどまでにキツい盤面を組んで来るとは。……だてに頭ヤバマーズしてないって訳っすか」

「なんだ、降りるか? いいぞ、みんなと共犯になりたくないなら、今すぐ荷物をまとめろ」

 

 僕は慈愛に満ちた笑みで、確認を投げかけた。

 

 降りるか、と。

 

 すると、どう深読みしたのか。

 ジルは、うう、と困った顔をした。

 

「……理由があるなら、わかったっす。やればいいんでしょ、やればっ! ……でも、代わりに、マクスウェル子爵家にも相応の利権を回してほしいっすね。ゼリー希釈は、実質うちのアイデアっすよ?」

「そうだな、その要求は正しい。商談が形になったら、すぐに正式な契約書を交わそう」

「……ぐすっ。約束っすよ、先輩」

「ああ、僕は仲間は裏切らない。あーあ、理解のある後輩を持って僕は幸せ者だな! さあ、みんなで幸せを掴もうじゃないか!」

 

 涙目で、スカートの裾を握りしめるジル。

 ブルブル震えている。

 

 そうか、そうか。そんなにメイド服が嫌か。

 

「でも、泣き落とししようとしても、やめないぞ?」

「――チッ」

 

 舌打ちする、ジル。いい性格してやがる。

 

 それでも、一応。

 僕は「すまん」と心の中で手を合わせる。

 

(お前の尊厳は、ヤバマーズの復興を彩る尊い犠牲になってもらう。だが、必ずや借りは必ず返そうじゃないか)

 

 しかし、その感動の(?)和解シーンを。

 

 ――氷点下の視線が射抜いていた。

 

「……アスタ様」

 

 背筋が凍りつく。

 おそるおそる振り返れば、立っていたのはリュス。

 

「ジル様のメイド服、そんなにお気に召しましたか」

「え? いや、それは演出上の都合、戦術的判断の一環で――」

「わたくしは。これまで一度として、服装を褒められた記憶などございませんが。……アスタ様は、あのような可愛らしい姿が、お好みなのですね」

 

 暗渠(あんきょ)の瞳が、久しぶりに僕を捉えている。

 ようやく、目が合って話せる。

 

 なのに、まったく嬉しくない。

 

「可愛らしい? まあ、可愛いか。でも、お好みとは言ってないけど……」

「大好き、大好き、超好きだと」

「それは違う話だぞっ!?」

「では、何に対してのコメントだったのですか? まさか、ジル様個人が好きだと? ……その、つまり御寵愛を?」

「待て! 決して、そういう意味ではない!? そういう趣味はないんだっ!」

 

 適当に言った気がするが、普通に軽口だったんだよ!?

 

 暗渠(あんきょ)の瞳が揺らぎながら、近づいてくる。

 目が――切なそうに細められた。

 

「そして、わたくしに、あの服が似合わない。そう、断定なさるのですね」

 

 え、待て。なんで?

 なんで今、僕、詰みかけてる感じなの??

 

「……どうして、なのですか」

 

 聴力どうなってんだよ、祓魔女(エクソシスター)!?

 で、どこからどこまで、なにを聞いてたの!?




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