「……アスタ様、襟元を」
「ああ、悪い。頼むよ」
甲斐甲斐しく、世話を焼いてくれるリュス。
結局、服はあるもので見立ててもらった。
鏡に映る自分は、どこか頼りない……本当に、これでよいのだろうか。
「ずいぶんとお似合いですよ、アスタ様」
「あー、そうかなぁ? 着慣れないし、肩が凝るんだけど」
一方で、今日のリュスは
聖騎士ロダンも、出席するのですぐそこに立っている。
「本来ならば、わたくしもアスタ様のお傍に控えたいくらいなのですが――」
「気持ちは嬉しいけどな。今回、教会の立ち合い人としての役目がある。……リュスにしか出来ない大事な役割だ」
「そう、ですね。……此度は、見守らせていただきます」
リュスは、どこか憂鬱そうな影を纏うも頷いた。
正直、彼女が過酷な身分を象徴する法衣を、喜んで着ているとは思えない。
助かるのは確かだが、申し訳ないことをさせているな。
(そこから脱却したいからこそ、普段は男装で自分を隠しているのだろうか。……いかんいかん。相手のデリケートな部分を、勝手な憶測で決めつけるのは良くないな)
焦らず、少しずつ。
ゆっくり、彼女との距離を詰めていけばいい。
「アスタ、準備はいいかい?」
登場したオノレは、ラプラス伯爵家の名代として、優雅に礼装を着こなしている。
こいつ、旅路にこういう服も持ち込んでいる辺り抜け目ない。
「不愉快な奴だな。主役の僕より、三割増しくらいカッコいいじゃないか」
「三割? いいや、最低でも倍は違うよ」
「抜かせ」
軽口を叩き合い、強張った頬をほぐす。
これだけの仲間が揃っているんだ、なんとかなる。
そして、僕らは、今、心を一つにしている。万が一にも、内部から崩壊する心配もないほどになっ!
うん……そのはず、たぶん。
「若様、商人の皆様がお揃いになられました」
「そうか」
オノレ、リュス、ロダンに目配せ。
老執事ゲロハルトが、一歩先を往く。
この老人のほんのり腰が曲がっているところは、いつも通り。
「あれ? ゲロハルト、行き先は会議室じゃなくて大広間なのか」
「会議室では、皆様が収まりませぬ」
「ふーん、そうか」
「それに、大広間ならばそのまま会食に移行しても、作法上問題ありませぬゆえ」
なるほど。流れがスムーズなら、それでいいや。
僕は納得し、特に何も考えず大広間に入室。
――そして、すぐ気付いた。
下座に控える、大商人たちと取り巻き。
彼らは立ったままでこちらを注視していたが、その視線には歓迎の雰囲気はない。
……というか。
(待て待て待て!? こいつら、なんでみんな帯剣してんの!? しかも、顔付き怖くない?)
商談の場だというのに、誰も彼もが腰に剣をぶら下げている。
明らかな圧。誰かの鞘が鳴るたびに、無駄に緊張感が走る。
僕は、思わず小声で尋ねた。
「……なあ、ゲロハルト」
「なんでしょうか、若様」
「客人の護衛たちがさ、みんな武器持ったままなんだけど。……これ、僕が挨拶した瞬間、斬り合いが始まったりしない?」
どう見ても商談する空気じゃねえだろ、こんなの。
誰だ、こんな状況にセッティングしたやつ。
「お忘れですか、若様。我がヤバマーズ領では、客人の武器を預かるような野暮は致しませぬ」
「いや、預かれよ!? 警備体制ガバガバすぎんだろ、穴あきチーズの方がまだマシだわ!なんだ、この屋敷っ!」
お前が聖騎士ロダンと、あれほど警備体制を練り直した時間はどこへいった!? 何の意識向上もされてねえよ!?
もし、変にこじれて「ええい、斬り捨てろ!」なんてことになったら、真っ先に血を見るのは僕なのだ。
「しかし、若様。これこそがヤバマーズの伝統ですから」
「はぁああ? 伝統ぉ~?」
「はい。我が領では、剣は身体の一部。一時であれ奪うなど、屈辱を与える以外の何物でもありませんぞ」
「お前なあ、そんなバカな話があるか? 父上の頃だって……あれ?」
幼い頃の記憶を辿ってみる。
そういえば、我が家で客人から武器を取り上げている場面を、一度も見たことがない気がするぞ?
「でも、いくらなんでもさー。今時、ちょっと野蛮過ぎないか?」
「しかし……伝統ですから(二度目)」
「伝統」
「はい。爺めが知る限りですが、代々の伝統です(三度目)」
「……まあ、先祖代々の伝統なら仕方がない、のか??」
「はい、仕方がございませぬ(力強い断言)」
「そっかぁ。伝統なら、仕方ないよなぁ!??」
知らなかった。
うちのおもてなし精神って、元々こんな感じなんだ。
僕が当主になってから、客人なんて呼んだことなかったもんなー。伝統って下手に崩すと、家門の扱いが軽くなるとも聞くしな。
じゃ、このままでいっか!
――ジロリ。
いや、だめっぽい。
オノレが鬼の形相で睨みつけて来る!?
「常識を考えろよ、バカ」という心の声が、痛いほど聞こえてくる!?
やっぱり普通はダメらしい。
商談に武器を持ち込ませるのはダメか。そりゃそうだよな! 僕もそう思う!
「でも、まあ……」
思考を無理やり、ポジティブに切り替えた。
「最悪、
ボソリ。
うっかり声がデカくなった。
途端、最前列の恰幅の良い商人が、ヒィッ、と短い悲鳴を漏らして肩を跳ねさせる。
ついでに、オノレもますます睨みつけて来る。
(ヤベッ、聞こえちゃった? まずい、まずい。物騒な家だと思われちゃうもんな! 気を付けないと印象最悪になっちゃう!)
ゴホン!
僕は、誤魔化すように派手に咳払い。
「おっと、すまん。……独り言だ」
堂々とした仕草で、上座の領主席にドッシリと腰を下ろした。
なるべく、スマイルで行こう。ニッコリ。
「名だたる大商人の皆様。よくぞ、この僻地ヤバマーズまでお越しくださった。……堅苦しい挨拶は抜きにしよう。どうぞ、楽にしてくれ」
僕が促すと、大商人たちはおそるおそる着席をしていく。
遠巻きに、
実に、満足げな顔をして。
(グッ、じゃねえんだよ。ヒマだからって、やたらメンチ切んな。客が軒並み委縮してんの、どうせお前らのせいだろっ!)
前途多難。
ヤバマーズ商談編は、マジで最悪な空気で幕を開けた。
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