ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第78話 お・も・て・な・し! ヤバマーズ商談編、最悪の空気で幕を開ける。

「……アスタ様、襟元を」

「ああ、悪い。頼むよ」

 

 甲斐甲斐しく、世話を焼いてくれるリュス。

 結局、服はあるもので見立ててもらった。

 

 印章指環(シグネットリング)を嵌め、流行遅れの上着に袖を通す。飾りベルトには、細工の施された短剣。

 鏡に映る自分は、どこか頼りない……本当に、これでよいのだろうか。

 

「ずいぶんとお似合いですよ、アスタ様」

「あー、そうかなぁ? 着慣れないし、肩が凝るんだけど」

 

 一方で、今日のリュスは女家政代行(グヴェルナント)ではなく、祓魔女(エクソシスター)の法衣姿。

 聖騎士ロダンも、出席するのですぐそこに立っている。

 

「本来ならば、わたくしもアスタ様のお傍に控えたいくらいなのですが――」

「気持ちは嬉しいけどな。今回、教会の立ち合い人としての役目がある。……リュスにしか出来ない大事な役割だ」

「そう、ですね。……此度は、見守らせていただきます」

 

 リュスは、どこか憂鬱そうな影を纏うも頷いた。

 正直、彼女が過酷な身分を象徴する法衣を、喜んで着ているとは思えない。

 助かるのは確かだが、申し訳ないことをさせているな。

 

(そこから脱却したいからこそ、普段は男装で自分を隠しているのだろうか。……いかんいかん。相手のデリケートな部分を、勝手な憶測で決めつけるのは良くないな)

 

 焦らず、少しずつ。

 ゆっくり、彼女との距離を詰めていけばいい。

 

「アスタ、準備はいいかい?」

 

 登場したオノレは、ラプラス伯爵家の名代として、優雅に礼装を着こなしている。

 こいつ、旅路にこういう服も持ち込んでいる辺り抜け目ない。

 

「不愉快な奴だな。主役の僕より、三割増しくらいカッコいいじゃないか」

「三割? いいや、最低でも倍は違うよ」

「抜かせ」

 

 軽口を叩き合い、強張った頬をほぐす。

 これだけの仲間が揃っているんだ、なんとかなる。

 

 そして、僕らは、今、心を一つにしている。万が一にも、内部から崩壊する心配もないほどになっ!

 うん……そのはず、たぶん。

 

「若様、商人の皆様がお揃いになられました」

「そうか」

 

 オノレ、リュス、ロダンに目配せ。

 

 老執事ゲロハルトが、一歩先を往く。

 この老人のほんのり腰が曲がっているところは、いつも通り。

 

「あれ? ゲロハルト、行き先は会議室じゃなくて大広間なのか」

「会議室では、皆様が収まりませぬ」

「ふーん、そうか」

「それに、大広間ならばそのまま会食に移行しても、作法上問題ありませぬゆえ」

 

 なるほど。流れがスムーズなら、それでいいや。

 

 僕は納得し、特に何も考えず大広間に入室。

 

 ――そして、すぐ気付いた。

 

 下座に控える、大商人たちと取り巻き。

 彼らは立ったままでこちらを注視していたが、その視線には歓迎の雰囲気はない。

 

 ……というか。

 

(待て待て待て!? こいつら、なんでみんな帯剣してんの!? しかも、顔付き怖くない?)

 

 商談の場だというのに、誰も彼もが腰に剣をぶら下げている。

 明らかな圧。誰かの鞘が鳴るたびに、無駄に緊張感が走る。

 

 僕は、思わず小声で尋ねた。

 

「……なあ、ゲロハルト」

「なんでしょうか、若様」

「客人の護衛たちがさ、みんな武器持ったままなんだけど。……これ、僕が挨拶した瞬間、斬り合いが始まったりしない?」

 

 どう見ても商談する空気じゃねえだろ、こんなの。

 誰だ、こんな状況にセッティングしたやつ。

 

「お忘れですか、若様。我がヤバマーズ領では、客人の武器を預かるような野暮は致しませぬ」 

「いや、預かれよ!? 警備体制ガバガバすぎんだろ、穴あきチーズの方がまだマシだわ!なんだ、この屋敷っ!」

 

 お前が聖騎士ロダンと、あれほど警備体制を練り直した時間はどこへいった!? 何の意識向上もされてねえよ!?

 

 もし、変にこじれて「ええい、斬り捨てろ!」なんてことになったら、真っ先に血を見るのは僕なのだ。

 

「しかし、若様。これこそがヤバマーズの伝統ですから」

「はぁああ? 伝統ぉ~?」

「はい。我が領では、剣は身体の一部。一時であれ奪うなど、屈辱を与える以外の何物でもありませんぞ」

「お前なあ、そんなバカな話があるか? 父上の頃だって……あれ?」

 

 幼い頃の記憶を辿ってみる。

 そういえば、我が家で客人から武器を取り上げている場面を、一度も見たことがない気がするぞ?

 

「でも、いくらなんでもさー。今時、ちょっと野蛮過ぎないか?」

「しかし……伝統ですから(二度目)」

「伝統」

「はい。爺めが知る限りですが、代々の伝統です(三度目)」

「……まあ、先祖代々の伝統なら仕方がない、のか??」

「はい、仕方がございませぬ(力強い断言)」

「そっかぁ。伝統なら、仕方ないよなぁ!??」

 

 知らなかった。

 うちのおもてなし精神って、元々こんな感じなんだ。

 

 僕が当主になってから、客人なんて呼んだことなかったもんなー。伝統って下手に崩すと、家門の扱いが軽くなるとも聞くしな。

 

 じゃ、このままでいっか!

 

 ――ジロリ。

 

 いや、だめっぽい。

 オノレが鬼の形相で睨みつけて来る!?

 「常識を考えろよ、バカ」という心の声が、痛いほど聞こえてくる!?

 

 やっぱり普通はダメらしい。

 商談に武器を持ち込ませるのはダメか。そりゃそうだよな! 僕もそう思う!

 

「でも、まあ……」

 

 思考を無理やり、ポジティブに切り替えた。

 

「最悪、刃傷沙汰(にんじょうざた)が起こっても……こいつらが、先に剣を抜いたことにすれば、正当防衛で法処理できるし。うん、別にいいか。実に効率的」

 

 ボソリ。

 うっかり声がデカくなった。

 

 途端、最前列の恰幅の良い商人が、ヒィッ、と短い悲鳴を漏らして肩を跳ねさせる。

 ついでに、オノレもますます睨みつけて来る。

 

(ヤベッ、聞こえちゃった? まずい、まずい。物騒な家だと思われちゃうもんな! 気を付けないと印象最悪になっちゃう!)

 

 ゴホン!

 僕は、誤魔化すように派手に咳払い。

 

「おっと、すまん。……独り言だ」

 

 堂々とした仕草で、上座の領主席にドッシリと腰を下ろした。

 なるべく、スマイルで行こう。ニッコリ。

 

「名だたる大商人の皆様。よくぞ、この僻地ヤバマーズまでお越しくださった。……堅苦しい挨拶は抜きにしよう。どうぞ、楽にしてくれ」

 

 僕が促すと、大商人たちはおそるおそる着席をしていく。

 

 遠巻きに、猟兵(シャスール)どもが親指を立てていた。

 実に、満足げな顔をして。

 

(グッ、じゃねえんだよ。ヒマだからって、やたらメンチ切んな。客が軒並み委縮してんの、どうせお前らのせいだろっ!)

 

 前途多難。

 ヤバマーズ商談編は、マジで最悪な空気で幕を開けた。




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